拝み屋怪談 来たるべき災禍

@Princest / 更新: 2026/01/29 21:00

花嫁の家の続編集にあたる
桐島加奈江との対決
※まだ仮なので見やすさが最底辺のクォリティ注意

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境界線の悪意


 宮城の片田舎で拝み屋を始め、早いものでもう十四年が経つ。
 住まいを兼ねた仕事場は、地元の山の麓ふもとに佇たたずむ古びた小さな一軒家。自宅の周囲には濃い緑を孕はらんだ深い森が広がり、家から少し足を延ばせば、ほどなく山の入口へと至る。〝人界〟として賑にぎわう里と〝異界〟に当たる山とのあわい──ちょうど境界線のごときうら寂しくて不安定な場所に、我が家はひっそりと佇んでいる。そんな環境の中で私は、〝彼岸〟と〝此岸〟を隔てる、目には視えざる境界線を扱う仕事を営んでいる。
 さて、本書はそんな〝境界線〟にまつわる怪談である。
 人が心に有する〝夢〟と〝現実〟を隔てる境界線とは、いかに希薄なものであるか。
 人が心に認識しうる現実とは、実はどれほど脆もろくて不確かなものであるか。
 人の心に日々刻まれる記憶とは、その真しん贋がんの証明がいかほど困難なものであるか。
 怪異とは畢竟、個人の主観へと帰結するもの。虚実の境が見えなくなってしまった時、人にとってありとあらゆるものが、怪異となり得る危険を孕んでしまうものなのだ。
 本書はそんな、視えざる境界線がもたらす〝悪意〟にまつわる怪談である。
 だから最後まで、くれぐれも油断をされぬよう──。

境界線の悪意 終わりへ向かいて 陸 幻化 幻成 怪物の夢Ⅰ 終わりへ向かいて 伍 魚と恋人たち 立体派の風景 怪物の夢Ⅱ 愛しのベラ 怪物の夢Ⅲ 彼女を巡りて 眠った花 終わりへ向かいて 肆 怪物の夢Ⅳ 白い磔刑 世界の外のどこへでも 終わりへ向かいて 参 灰色の恋人たち 怪物の夢Ⅴ 霊感 三時半(詩人) イカルスの墜落 皮を剝がれた牛 終わりへ向かいて 弐 怪物の夢Ⅵ 青いサーカス、あるいは蒼ざめた馬 不滅の少女 夢へのレクイエム 終わりへ向かいて 壱 異話 オルフェウス ノクターン、あるいは染まりゆく赤 終わりへ向かいて 零 画家とその二重自画像

終わりへ向かいて 陸


 ある夏の日。まばゆく煌きらめく青空の下。海辺の街の小さな橋の上で、少女は言った。 「わたしは海になりたいの」と。  山に湧いた小さな水の一滴が川の流れとなって陸を下り、やがて海へとたどりついてひとつの大きな水となるように。〝海〟という名の、果てなき世界となるように。  少女はいつか、紺こん碧ぺきの大海のごとく無限の可能性に満ち満ちた存在になりたいのだと、遠くにそびえる山々と眼下を流れる川かわ面もを眺めながら、しなやかな声で語った。  彼は少女の言葉に笑顔でうなずき、「きっとなれる」と笑いかけた。  ある時「死にたい」と、彼女が泣きながら言った。  でも彼は「じゃあ、一緒に生きるだけ生き抜いて、それから一緒に死のう」と言って、結婚を申し出た。彼女もそれを受け容いれた。  人生は楽園などではないから、それでも時々、互いに「死にたい」と思うことはある。けれども結婚の誓約が「一緒に死のう」なので、必死で生き抜くふたりがいた。  燃えるような西日の朱に染まった窓の向こうに浮かびあがる、巨大な女の顔。  白装束の女と、魔性の老婆。愛いとしき生家を跋ばつ扈こした、有象無象の悪鬼たち。 〝母〟という存在をひたすら欲し、魅入られ、翻ほん弄ろうされて逝いった、異能の女。  臙えん脂じ色の着物を着た、豪快な男。  首から下が血まみれの骸がい骨こつだけになった、髪の長い女。  旧家に嫁いだ花嫁たちを片っ端からとり殺していた、白しろ無む垢く姿の忌まわしき魔性。  藍あい色いろの目が印象的な、健けな気げで悲しく儚はかない女。満開の桜景色に浮かぶ女の生首。  長い髪頭を振り乱して狂ったように嗤わらう女怪。家族想いの優しき母の亡魂。  約束された一枚の絵を求めて、永えい劫ごうの時をいじらしく待ち続けていた女──。  まるで粗雑に繫つなぎ合わされた映画フィルムが、意識の中で回っているかのようだった。それも狂ったかのごとく、凄すさまじい勢いでぐるぐると。  意識の上へと浮かんでは消え、消えては浮かんでを繰り返していく無数の像の大半は、本来ならば思いだすことさえつらくて気疎い、この世ならざる魔性たちの醜悪な異体と、過去に去ってしまった優しい人たちの笑顔や仕草に埋め尽くされていた。  さながら走馬灯のようである。なぜに今、私の心にこんな記憶が巡っているのか。  あるいは本当に走馬灯なのかもしれない。私はもしかして、死んだのかな。  そんなことを考えた、多分その直後だったのだと思う。  そして気がつくと私は独り、赤くて暗い水の中にいた。  白々と霞かすみ、混濁した意識の中で私は自己を認識し、続いて自我を取り戻す。  まるで夢幻から目覚めたかのごとき感覚に、それは甚だ近しいものがあった。  頭の芯しんが締めつけられたように強こわ張ばって、首から上の全体に、鈍い痺しびれを感じる。  身体は鉛のように重たく、ひどい倦けん怠たい感に苛さいなまれ、指の一本すら動かす気になれない。まぶたを開けていることすら耐え難く、気を緩めると再び意識を失いそうになる。  ただ、そうした実感を覚える一方で、自分自身が今置かれているこの状況が夢なのか、現うつつなのかは判然としなかった。  そもそも、どうして自分がこんな状況に置かれているのか、思いだすことができない。首から上の鈍い痺れは感情にまで及び、まともな思いを巡らすことも難しかった。  差し当たって、五感を通じて伝わってくる実感から、あるがままの現状を受け止める。  身体は水の中をたゆたい、どうやら下へ下へと向かって、ゆっくりと沈み続けている。水はわずかに生ぬるく、肌をとおしてほのかな温ぬくもりと、水の重みの軽い抵抗を感じる。  けれどもその一方で、水の中にいるというのに、肺も気管もまったく苦しくなかった。そもそも私は呼吸をしておらず、痺れた頭はその必要性すらも考えていない。  水は紅を溶かしたように薄赤く、見渡す限りの視界一面を赤々と染めあげている。  およそこの世のものとは思えない異様な光景と状況。何もかもが非現実的な印象。  ならばこれは夢なのだろうか。あるいは、夢の続きの夢なのだろうか。  それともやはり、私は死んでしまったのだろうか。  まるで状況が摑つかめないのにもかかわらず、私の内には焦りも恐怖も湧き立たなかった。鈍った意識は、自分自身の置かれたこの状況を心のどこかで客観視してさえもいた。  視線を下方へ向けて見てみたが、水の底は見えなかった。ぴんと伸ばした足の先には、黒々とした闇が口を開けてどこまでも、無限のごとく広がるばかりである。  一体、我が身に何が起きたというのか。  茫ぼう然ぜんと思いながら、重たい頭を右へ左へ、のろのろと動かし始めた時だった。  一メートルほど前方の水中で、私以外にもうひとつ、人影が漂っているのが目に入る。  小柄で華きや奢しやなその輪郭は、両手脚を緩やかな大の字に伸ばし、腰まで伸ばした黒髪をどろどろとうねらせながら、私と同じく、水の底へとゆっくり、ゆっくりと沈んでいく。  小柄な人影はまだ面立ちにあどけなさの残る、うら若き少女のそれだった。  服装はシャガールの『青いサーカス』が胸元に大きくプリントされた白いTシャツに、花柄模様のロングスカート。スカートの裾すそから覗のぞく細い足の先には、三つ折りに畳んだ白いソックスと、クリーム色のスニーカーを履いている。  少女は絶命していた。  小ぶりな面に苦く悶もんと無念の色をまざまざと焼きつけたまま、両目と口をかっと開いて、声にならない悲鳴をあげているかのような、物凄まじい表情を浮かべている。  視線が彼女の姿を捉とらえたとたん、水底から浮きあがる泡のように、記憶が少し蘇よみがえった。  私は彼女を知っている。  それもよくよく、彼女のことを知り抜いている。  何しろずいぶん古い付き合いなのだ。忘れることのほうが、むしろ難しいとも言える。  彼女の名は、桐きり島しま加か奈な江え。  熱帯魚を愛めでることが何よりも好きだった、まだ十四歳の無む垢くで朗らかな少女である。  けれどもどうして私と加奈江は、こんなところにいるのだろう。  加奈江の着ているTシャツには、無数の穴が開いていた。傷口は確認できなかったが、破けたシャツの有り様を見れば、彼女の死因はおのずと察することができる。  何かに刺されて、それも執しつ拗ようなまでに刺し貫かれて、おそらく加奈江は絶命している。  ならばこの水を薄赤く染めているのは、加奈江の血なのだろうか。  やはり状況が、まるで吞みこめない。  果たしてどんないきさつがあって、加奈江はこんなことになってしまったのか。  同じく私もどんな経緯をたどって、こんなところに加奈江とふたりで沈んでいるのか。  直近の記憶を思いだそうとそれなりに努めてみるが、鈍く痺れた頭はろくろく回らず、答えは何も出てこない。  そもそも何かを必死になって思いだそうとする気力すらも、強くは湧いてこなかった。まぶたは重く、心も麻酔を打たれたようにだらりと弛し緩かんを続けている。  そもそもこの現状を目の当たりにして、私はどんな感慨を抱けばよいのだろう。  それが分からないから、考える意欲も、思いだす意欲も湧いてこないのだと思う。  薄暗く、薄赤い水中を、私の身体と加奈江の死体が、底知れない闇の中へと向かってゆっくり、ゆっくりと沈んでいく。  加奈江の亡なき骸がらを眺めながら水圧と重力のなすがまま、黙って沈むに身を任せていると、そのうち心が勝手に動きだした。  おそらく連想遊びのような単純な反応で、加奈江の風姿に記憶が喚起されたのだろう。  加奈江と私の馴なれ初めが、意識の上にゆるゆると押し寄せてくる。  半ば白昼夢を見るような心地で、私は昔の記憶の汀みぎわに心を寄せることにした。

幻化


 一九九二年。私の記憶が確かなら、今からもうすでに二十年以上も昔の話である。  私が中学二年生の時のことだった。  一学期が始まってまもなくから、私は新しいクラスの中で集団無視の憂き目にあった。  明確な原因は、未いまだに分からない。それはなんの前触れもなく、ある日突然始まった。いつものように登校し、いつものように教室へ入った瞬間から、私と級友たちの間には〝沈黙〟という名の分厚く、冷たい壁ができあがっていたように思う。  恥を忍んで担任に相談したこともある。けれども有う耶や無む耶やにかわされて終わりだった。 「そんなことはお前の勘違いだろう」  放課後の職員室。私の目を見ようとすらせず、吐き捨てるように言った担任の言葉は、私にとって、ある種の死刑宣告のように感じられた。  何度か両親に打ち明けようとしたこともある。  けれども当時、運送関係の会社を経営していた私の両親は、多忙な日々を送っていた。毎晩遅くに帰宅し、疲れた顔で夕飯をかきこむ両親の姿を見ていると、言葉が詰まって何も言いだすことなどできなかった。  結果として私は、終わりの見えない孤立無援な日々を過ごすことを余儀なくされた。  宮城県北部に位置する、ひたすら閑散としていて何もない、半分眠ったような田舎町。そんな町で暮らす私には、他に救いとなる者はおろか、ろくに言葉を交わせる存在さえ、満足にいなかったのである。  当時の私の趣味は、熱帯魚の飼育だった。六畳敷きの狭い自室には大小様々な水槽がひしめくように並び立ち、さながら小さな水族館のようだった。  右足首に先天性内反足という、骨に関する形態異常を持って生まれた私は、幼い頃に大規模な矯正手術を二度も受けている。幸いにも手術の甲か斐いあって、普通に歩くことや走ることに関してはあまり問題ないのだが、それでも長時間にわたって酷使し過ぎると、しばしば足首に鋭い痛みが生じる。  だから生来、激しい運動は大の苦手で、趣味といえば本を読んだり、絵を描いたりと、屋内で静かに楽しめるものが大半だった。  魚の飼育も私の性に合ったようで、小さな水槽で金魚を飼い始めたことをきっかけに、ほどなく熱帯魚の魅力にとり憑つかれ、短い期間に部屋中が水槽だらけになってしまった。  学校が終わって自室へ帰り着くと、私は茫ぼう漠ばくと水槽を眺めて、内なる世界に埋没した。心が削そがれるような学校生活の重圧を癒いやしてくれたのは、物言わぬ熱帯魚たちの存在と、水草や流木、川石などで再現された、水の中の涼やかで静せい謐ひつな風景だけだった。  募る孤独と不安を紛らわすため、私は毎晩遅くまで色鮮やかな愛魚たちを眺め続けた。  集団無視が始まってひと月ほどが過ぎた、ある日曜日の昼下がりのことである。  いつものごとく、自室の水槽前に座って魚たちを眺めていた時だった。ふと気づくと、私の隣にひとりの少女が並んで座り、一緒に魚を眺めていた。  腰まで伸ばした長くて艶つややかな黒髪と、抜けるように白い肌。  少し濃いめの黒い眉まゆ毛げに、小鹿のようにつぶらで若干黒目がちな大きな瞳ひとみ。  鼻は小ぶりで、鼻頭は少し丸い。  服装は、シャガールの『青いサーカス』が胴の中央にプリントされた白いTシャツに、花柄模様のロングスカート。足には三つ折りに畳んだ白いソックスを履いている。  それは私と同年代とおぼしき、はっとするほど美しい少女だった。  突然の邂かい逅こうに当惑しながら少女を無言で見つめていると、少女は魚たちを眺めながらつかのま瞳をぎゅっと閉じ、それから再び瞳を開いて、こちらへゆるゆると面を向けた。  目が合うと、少女はくすりと笑って「かわいい熱帯魚だね」と私に声をかけた。  どぎまぎしながらも、私は「ありがとう」と礼を述べる。 「君は誰なの?」  私の問いに、彼女は微笑みながらたわやかな声で答えた。 「わたし、桐島加奈江。熱帯魚、好きなんだ? いいよね、すごくかわいいもん」  それが私と加奈江の、最初の出で逢あいだった。  極彩色の熱帯魚が舞い泳ぐ水槽を前に、それからしばらく加奈江と話した。  加奈江は私と同じ十四歳で、やはり同じく、熱帯魚の飼育が趣味なのだという。  まるで青天の霹へき靂れきのような邂逅だったため、一体どこから来たのか尋ねてみたのだが、加奈江は答えをはぐらかし、「さあ。どこでもないところかな?」と笑うばかりだった。だからそれ以上の詮せん索さくはよした。実のところ、そんなことには大して興味がなかった。それよりも無粋な詮索を重ねて加奈江に去られることのほうが、私はむしろ心配だった。  集団無視が始まって以来、同年代の誰かと話をするのは、実に久しぶりのことだった。心に募った人恋しさは、些さ細さいな疑問などより、加奈江と会話を続けることを強く欲した。  その後、夢中になって加奈江とおしゃべりに興じた。  自室の水槽を前に、ずいぶん長い時間、話しこんだと思う。誰かと言葉を重ね合わせ、一緒に笑い合えることがこんなにも楽しいものかと感じ、私の心はうきうきとはずんだ。ずっと加奈江と話をしていたかった。もっともっと魚の話をしたかった。 「──ねえ、友達にならない?」  だから加奈江の発したひと言に、私は心底救われた心地になった。  すかさず「うん、いいよ」と答えると、加奈江は右手の小指を私の前に差しだした。 「じゃあ、今日から友達ね」  指きりをする。加奈江の小指はひんやりと冷たかったが、感触はとても温かかった。  色とりどりの熱帯魚が群泳する水槽を前に、私たちは小指を絡ませ、微笑み合った。  その後、加奈江と話をしていくうち、ふいに視界が真っ暗になった。  続いてひどい倦けん怠たい感。顔をしかめて目を開けると、私は自室の布団の中にいた。  枕元の時計を見れば、時刻は朝の七時半。惚ほうけた頭でつらつら記憶をたどっていくと、確かに昨晩遅く、自室の水槽の明りを全て消し終え、布団に入った自分を思いだす。  それでようやく今の今まで、自分が夢を見ていたことに気がついた。  けれども単なる夢にしては、ひどく現実感の強い夢だった。  たとえば、夢の中で他の誰かに「これは夢だ」と指摘を受けても、即座に「違う」と否定してしまえるほど、それは写実的で生々しいものがあった。  加奈江と交わした会話の内容を、ほとんどありのままに覚えていた。同じく加奈江の容姿や声、細かい仕草に至るまで、私の記憶はつぶさにそれらを保持していた。  夢ならば、目覚めとともに少しずつ立ち消えていくはずのディテールや全体の流れが、わずかも消える気配がない。  冷静に考えれば異様な体験なのだが、当時の私にとっては、寂しさのほうが先立った。  布団から起きあがり、制服に着がえ始めても、加奈江の記憶は頭から一向に離れない。思いがけず手に入れた安息に身を寄り添わせた瞬間、跡形もなく潰つぶされたという喪失感。そんな感慨すらも抱き、あんな夢など見なければよかったのに、と思った。  その日はいつにも増して、学校に行くのが憂ゆう鬱うつに感じられて仕方なかった。  ところがその晩、私は再び加奈江の夢を見た。やはり恐ろしく現実的な夢だった。  夢の中で私は、加奈江とふたりで熱帯魚店を冷やかしていた。当時、私が通っていた海辺の市街地に実在している小さな店である。  もう二度と会えないだろうと思っていた加奈江との再会に、私は諸もろ手てをあげて喜んだ。狭苦しい店内にびっしりと並べられた水槽群を眺め歩きながら、加奈江にそれとなく「これは夢なの?」と尋ねてみたが、加奈江は「夢じゃないよ」と晴れやかに微笑んだ。夢だろうとは思いながらも、加奈江の率直な答えと存在感に私は安堵する。  店の魚を眺めながら、しばらく話を続けていた時である。加奈江がふいに私に言った。 「そうだ。今度ね、友達に紹介したい」  人差し指をつんと突き立て、私の顔を覗のぞきこむ。 「友達? どんな友達?」 「熱帯魚が好きな友達。いっぱいいるよ。クラブ、作ってるの。参加しない?」  うんいいよ、と応こたえると、加奈江は「やった!」と言って私の両手を握った。 「じゃあ明日あしたね!」  二日目はそこで目が覚めた。  眠い目をしばたたかせながら布団を抜けだし、制服に着がえる。また針の筵むしろのような一日が始まるのかと思うと気が重かったが、加奈江の言葉を信じてどうにか立て直した。  加奈江が夢でもなんでもよかった。心を許せる存在が、当時の私には必要だった。  帰宅後、日暮れと同時に早々と布団に入る。  はたと気づけば、もう夢の中にいた。  その日はフローリング張りの小奇麗な部屋に座っていた。十畳ほどの広さの室内には私の自室と同じく、大小様々なサイズの水槽が、四方の壁に沿ってずらりと並んでいる。  部屋の床には加奈江と、見知らぬ少年少女が五、六人ほど座って、私を見つめていた。すぐに昨夜、加奈江が紹介したいと言っていた友達だと察する。  加奈江の口からみんなに紹介されると、彼らは喜んで私を迎え入れてくれた。  その後、部屋の水槽を眺めながらみんなで魚の話に花を咲かせた。こんなにも大勢の同年代の子たちと話をするのは本当に久しぶりだったので、私はとても興奮した。  部屋は加奈江の自室だった。友人、魚と水槽、趣味の話。欲しいものと好きなものが全て揃ったこの部屋は、私にとってすこぶる居心地のよい場所だった。  加奈江に紹介された面々は、誰も私を無視したりしなかった。話せばきちんと言葉が返ってきたし、明るい笑顔も返してくれた。加奈江も私にとても優しくしてくれた。  ずっとここにこうしていたい。ずたずたになった心が悲鳴をあげるように希こいねがった。  夢はその日も唐突に終わった。  目覚めて学校へ行くと夢との落差があまりにひどく、私はその日、トイレで嘔おう吐とした。 〝見えない〟存在として黙殺されるこの現実こそが、むしろ悪夢の中にいるようだった。三日続けて幸福な夢を見ると、夢こそ現実なのではないかという錯覚にも陥った。  その後も夢を見続けた。  夢は常に現在進行形で、クラブの友人たちとの親交も日に日に深まっていった。  みんなで行きつけの熱帯魚店を覗いたり、飼っている魚を交換したり、馴な染じみの店で食事をしたりもした。映画も観に行った。水族館にも行った。海水浴や釣りにも行った。船にも乗った。夢だから、子供だけで泊まりがけの旅行に出かけたこともある。  その傍らではいつも加奈江が、朗らかな笑みを私に差し向けてくれた。  桐島加奈江は、小鹿のようにつぶらで黒目がちな目が、とても印象的な少女だった。  微笑む時にまぶたを細めると、眼がん窩かの中が黒い瞳できらきらといっぱいに溢あふれ返る。それがなんだか黒い真珠を思わせて美しく、私は加奈江の笑顔が大好きだった。  腰まで伸ばした長く艶やかな黒髪に、色白の細面。  少し濃い目の黒い眉まゆ毛げに、丸みを帯びた小さな鼻。  身長はおよそ百五十センチ。猫のように細くしなやかな体たい軀く。  服装はいつもTシャツに、花柄模様をあしらったロングスカートの組み合わせ。  三つ折りに畳んだ白いソックスと、クリーム色のスニーカー。  一見すると、おしとやかなお嬢さま風の外見に似合わず、加奈江は明るく飄ひよう々ひようとした性格の持ち主で、いつもウイットに富んだ軽口や冗談を言っては、快活に笑う娘こだった。現実で笑う機会のまったくなかった私も、つられて一緒によく笑った。  ふたりで笑い合っていると浮世の厭いやなことなど、何もかも全て忘れ去ることができた。どこまでも底抜けに優しく、明るく美しい加奈江を、私はしだいに好きになっていった。  夜の時間だけでは全然満足することができず、授業中や休み時間も眠れるだけ眠った。幸い、眠れば昼も夜も関係なく、夢を見ることができた。おかげで学校で過ごす時間も、少しだけ楽なものになった。  苦しいことも、悲しいことも、つらいことも、私を傷つけるものが、何もない世界。  嬉うれしいことと、楽しいことと、好きなことしか存在しない、何もかもが幸福な世界。  澄んだ水の中、群れをなして泳ぐ極彩色の熱帯魚のように、どこまでも美しい世界。  そんな世界に自分がいられるということが、とても素晴らしいことだと感じられた。  これは不遇で苛か酷こくな現実を生き抜く私に授けられた、いわば特権なのだ。  特権ならば、何も遠慮する道理などない。思う存分、楽しめばよいのだと思った。  夢はいつしか、満たされない現実の埋め合わせから、私的な楽園へと変わっていった。  ただ、そんな退廃的な現実逃避にのめりこんでいると、夢と現うつつの境はますます曖あい昧まいで不確かなものになっていった。夢の中の記憶を現実のそれと誤認して、家族との会話が嚙かみ合わないこともままあった。  まずいという自覚はあった。けれども私は、それでも別に構わなかった。  そんなことよりも、加奈江と過ごす時間のほうがはるかに大事だった。  孤立無援の私にとっては夢の中こそ現実で、現実こそが悪夢だった。  夢を見始めてからふた月ほどが過ぎ、やがて一学期が終わった。  夏休み中は来る日も来る日も寝てばかりいた。蒸し暑い昼日中でも構わず眠り続けた。加奈江たちと過ごす目め眩くるめく日常を謳おう歌かするため、私はひたすら惰眠をむさぼった。  眠れば夢の中もまた、夏休みである。  元より、加奈江たちと過ごす日常に学校などという鬱うつ陶とうしいものは存在しなかったが、夢の中の設定では一応、加奈江たちも夏休みだった。 「夏休みだし、アルバイトでもしない?」  灼しやく熱ねつの太陽が街中を焦がすように照らしつける、土用凪なぎの暑い昼下がりのことである。自室で飼っている魚たちに餌をやりながら、加奈江が唐突にそんなことを言った。 「どこで?」と尋ねると、「熱帯魚屋さん。一緒にやらない?」と加奈江は笑った。  中学生がアルバイトなどできるはずもないのだが、夢の中の話である。私と加奈江はなんの問題もなく、その日から熱帯魚店でアルバイトを始めた。  店は私が馴染みにしている、件くだんの小さな熱帯魚店だった。  魚の世話に、水槽の水替え、入荷した魚の水合わせなど、店の親父にあれこれ指図を受けながら、私たちは毎日楽しく、熱帯魚の世話やら販売やらに勤いそしんだ。  店には時折、クラブの友人たちも顔を覗かせたが、基本は加奈江とふたりきりである。加奈江とふたりで過ごす夏休みは、安寧と享楽に満ち満ちた、幸せな毎日だった。  来る日も来る日も、熱帯魚屋で働いた。  寝るまも惜しむのと反対に、起きるまも惜しんで、ひたすら夢の中で加奈江と戯れた。昼夜を問わず、日に十六時間以上は寝ていたのではないかと思う。  あまり寝てばかりいたので、母に怒られたこともある。  しかし、私はまったく意に介さなかった。むしろ、寝てばかりいて何が悪いと思った。  そんなことより、今日は店にアジアアロワナが入荷するのだと加奈江が息巻いていた。早く眠って手伝いに行かなければならない。  何もかもが平板で退屈な現実など、起きている価値はなかった。食事と風ふ呂ろ、トイレ、熱帯魚の世話をする時間だけ布団から抜けだし、あとはひたすら眠ることに専念した。  あまりに寝過ぎてどうしても寝られない時には、祖父のウィスキーと睡眠薬をくすね、無理やり眠りに落ちることもあった。  夢から覚めて現実の世界へ引き戻されると、そわそわと気持ちが落ち着かなくなった。まるで自分が存在してはいけない世界にいるような心境に苛さいなまれ、逃げこむようにして夢の世界へ舞い戻ることを繰り返した。  眠りに落ち、夢の続きが無事に始まり、加奈江の姿を認めると、私は心底ほっとした。泡沫うたかたのようにある日突然、夢が潰ついえてしまうことを、私は心のどこかで恐れてもいた。  日に日に食欲もなくなり、身も心も衰弱していったが、別になんとも思わなかった。それよりもっと加奈江に会いたかった。再び夢へと戻れば、身体も気分も爽そう快かいだった。  福ふく禄ろくたる加奈江の夢に憂き身を窶やつし、夏休みを半分ほど過ごした、八月の中頃である。短い覚醒時間に魚の世話をしていると、餌が残り少なくなっていることに気がついた。いつもは母の運転する車に乗せられ、行きつけの熱帯魚店に連れて行ってもらうのだが、母に頼んだところ、今日は忙しいから無理だと返された。  どうしたものかと思い、その場で落胆していると、母が小遣いをくれた。 「しばらく家にこもってばかりだし、たまには外の空気を吸ってきなさい」と母が言う。  熱帯魚店は、最寄りの駅から三駅離れた市街の中にある。ふらつく身体でこの暑い中、電車に揺られたあげく、歩いて店まで行くのは堪たまらなく億おつ劫くうに感じられた。  私が暗い顔でうつむいていると、母は「駅までだったら乗せていってあげるから」と微笑み、半ば強引に私を車に押しこんだ。  気乗りのしないまま駅前に降ろされ、仕方なくホームへ向かって電車へ乗りこむ。  夏休みの昼日中とはいえ、田舎のさびれたローカル線である。電車の中はがらがらで、ほとんど貸し切り状態だった。  窓を開けると涼やかな風が顔を撫なでつけ、清すが々すがしい。久々に肌身へ受ける外気だった。  やがて三十分ほどで、市街の駅へ到着する。  店は駅前の商店街を横切り、昭和の香りが残る住宅地の小路を抜けた、さらに向こう。歩いて二十分ほどの距離にある。  街中の街路樹や民家の庭木の方々からは、蟬たちの鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。蟬の声にかぶさるようにして、民家の縁側からは涼しげな風鈴の音も聞こえてきた。  外はひどく暑かったが、久しぶりにひとりで街を歩いたせいか、気分は悪くなかった。暑さも慣れてしまえば大して気にならず、足どりも自然と軽やかになっていく。  ひとしきり心地よい汗を堪たん能のうし、馴染みの熱帯魚店の入口をくぐると、売り場にいた店の親父から「おっ、しばらくぶりだね」と笑いかけられた。  そのひと言に一瞬思考が止まり、それから少しの間を置いて、ようやく私は気がつく。  夢を見始めて以来、現実の熱帯魚店へ来るのが初めてだということに。  夢の中で加奈江と毎日働いている店なので、記憶がごっちゃになっていたのである。  しどろもどろになりながらも、「しばらくぶりです」と頭をさげる。  店の親父とは夢の中で毎日顔を合わせ、あれやこれやと言葉を交わし合っていたので、なんともいえず妙な気分になった。何も悪いことをしたわけでもないのに、親父の顔を直視することができなくなった。  餌だけ買えば用は済むのだが、この際だからと思いきり、売り場の水槽も覗のぞいてみた。嫌でも覗いてみないといけないと、心が必死で訴えているように感じられた。  夢の中で毎日世話をしている店内の水槽を一点一点、丹念に眺めて回る。  店の水槽を泳ぐ魚たちは、夢の中で泳ぐそれとは品揃えがまったく異なっていた。  加奈江が店内にいるような痕こん跡せきも、まるで感じ取ることができない。  同じく親父も「しばらくぶりだね」などと言うくらいだから、やはりそうなのだろう。夢の中で会っている親父とは同一人物であって、まったくの別人なのだと認識する。  今まで脳の表面に薄紙のように貼りついていた〝噓の現実〟が、ぴりぴりと少しずつ剝はがれていくような感覚を、私はひしひしと覚え始めていた。  店の親父は気のいい人で、中学生の私にも懇切丁寧に飼育のイロハを教えてくれたり、たくさん買った時には割引きや、おまけなどもつけてくれた。この日も自家繁殖させたディスカスの幼魚を、ほとんどタダ同然の値段で売ってくれた。 「またなんかあったらよろしくね。気軽に遊びにおいで」  帰り際、親父にかけられた何気ないひと言に、思わずはっとなって胸が震えた。  店を出て狭い路地を歩き始めると、気持ちが少し軽くなっていることに私は気がつく。現実もなかなか捨てたものではないのだな、などと久々に実感している自分がいた。  外は相変わらずの炎暑だったが、颯さつ々さつとした気分で駅へと向かい、細狭い路地を歩く。  思えば夏休みだったのである。私を無視する級友たちとも、顔を合わせることはない。少なくとも夏休みが終わるまで、私はこの現実世界において自由でいられるはずだった。そんなことに思いが至ると気持ちはますます軽く、安らかなものになっていった。  気になる魚もちらほらいたし、親父の顔も見たかったし、また店に来ようと考えた。  帰ったら母にディスカスを見せよう。それから何か少し、話でもしてみよう。  思いながらブロック塀にはばまれた角を一本曲がり、住宅街の路上に出ると、  加奈江がいた。  私から二十メートルほど前方、古びた民家の門口からちょうど出てきたところだった。  一瞬、他人の空似ではないかと思ったが、そうではなかった。  長い黒髪から覗く色の白い横顔は、夢の中でほとほと見慣れた加奈江そのものである。背にピンク色のナップザックを背負っている。バイトに出向く際、いつも背負っているザックである。色も形もすっかり同じものだった。  加奈江の身体が、わずかにこちらへ向きを変える。  白いTシャツの正面には、シャガールの『青いサーカス』がプリントされていた。  すかさず視線をさげて見れば、下は花柄のロングスカート。足には三つ折りに畳んだ白いソックスに、クリーム色のスニーカーを履いている。  その姿の何もかもが、桐島加奈江そのものだった。  ただし今は夢の中ではない。だから目の前に加奈江がいるなど、ありえるはずがない。  時間にすれば、おそらく一瞬だったのだと思う。だがその刹せつ那な、私は大いに逡しゆん巡じゆんした。  声をかけるべきか、かけざるべきか。  理屈ではなく、理性でもなく、感情でもなく。その決定を下す前に、私の内に備わる防衛本能のようなものが、心にがっちりとブレーキをかけてしまった。  もしも加奈江が、この世に実在する少女なら──。  あるいはそれは、とても素晴らしいことなのかもしれない。  夢ではなく、同じ日常の中で加奈江と一緒に過ごすことができれば、孤独な毎日から本当の意味で救われそうな気もした。  ただ、その一方で、私の本能はけたたましい警報も発していた。  接触すれば自分の中の何かが変わる。変えられてしまう。  取り返しのつかないことになる。  初めて現世でまみえる大好きな加奈江の風ふう姿しに、そんな危うさをなぜか切々と感じた。  先刻までの熱帯魚店での一幕を思いだす。  もう何週間も私は、あの店で働いていたというのに、親父はそのことを知らなかった。  当たり前である。夢の中の出来事なのだから。  噓なのだから。虚構なのだから。現実ではないのだから。  この数ヶ月もの間、我が身に起きた現象がどれほど異様なことなのか、ここに至ってようやく私は理解した。  同時に今、目の前にいるこの少女がどれだけ異常な存在であるのかも、了解できた。  動揺しながらその場に石のように固まっていると、ふいに加奈江が顔をあげた。  目が合ったとたん、加奈江は私の顔を見て、にいっと笑った。  黒い真珠を思わせる、あの黒目がちな優しい笑みではなかった。  加奈江の両目は皿のように大きくかっと見開かれ、口は耳の付け根にまで達するほど、真一文字にばっくりと裂けていた。  とたんに水を浴びせられたようにぞっとなる。  反射的に足が数歩、突かれたように退しりぞく。  加奈江の足がのろのろと、こちらへ向かって進み始める。  足の動きが少しずつ速くなる。同時に足音が大きく、鋭いものへと変わり始める。  加奈江がこちらへ向かってまっすぐに駆けだしたのが分かった瞬間、私は踵きびすを返すと、悲鳴をあげながら狭い路地を死に物狂いで逃げだした。  路地の角から角を、何度も何度も滅め茶ちや苦茶に曲がり、必死になって加奈江を撒まく。  背後では、無数の蟬たちが狂ったように鳴き騒ぐ声に混じって、スニーカーの靴底がアスファルトを蹴けりあげる乾いた足音が聞こえてくる。  肌身が灼やけつくような八月の熱気の中、全身から冷たい汗をしとどに噴きだしながら、私は走って走って、走り続けた。  後先も考えず無我夢中で走っていると、そのうち右の足首が、ずきずきと痛み始めた。まるで骨の中に釘くぎを打ちこまれたかのような激痛に、顔中が歪ゆがむ。  気づけば涙も流れていた。だが、それでも私は走って走って、走り続けた。  やがて足の痛みが限界を迎えて路上に膝を突き、恐る恐る背後を振り返った時には、加奈江の姿はもうどこにも見えなくなっていた。  その晩は眠るのが恐ろしく、明け方近くまで起きていた。  部屋の隅に膝ひざを抱えてうずくまり、がたがた震えながら私は泣いた。凄すさまじい恐怖と一緒に、とてつもなく大きな喪失感にも苛さいなまれ、声をあげて泣き続けた。  大好きだった加奈江が、自分の心の中で恐ろしい怪物に変へん貌ぼうしていくのが悲しかった。それにも増して、これまで加奈江と過ごしてきた目め眩くるめく夏の思い出の全てがおぞましく、ひたすら異様なものへと変貌していくのが、身を引き裂かれるほどつらかった。  加奈江にもう一度会いたかったけれど、会いたくもなかった。  夢の中でも、昼間と同じように追いかけられたら──。  そんなことを考えると、眠るのが怖くて堪たまらなかった。  ごめん、加奈江。本当にごめん。  もう会えない。許してください。本当にごめん……。  心の中で何度も何度も加奈江に謝り、私は一晩中泣き明かした。  やがて東の空が白み始め、自室の窓から〝今日〟という現実を照らす光が射しこむ頃。ようやく私は果てるようにして眠りに落ちた。夢すらも見ず、私はおよそ三ヶ月ぶりに、本来あるべき正常な睡眠をむさぼった。  それ以来、夢の中での虚構生活は潰ついえ、加奈江が夢に現れることもなくなった。

幻成


 これで話が終わるなら、過去の忌まわしい災禍のひとつとして割り切ることもできた。  大体において私の人生というものは、現世と幽世の境界線が極めて希薄なものなのだ。物心がついたばかりの幼い頃から、他人の目には決して視えない異形の姿を目撃したり、それらが引き起こす奇怪な事象を、折に触れては体験させられてきた身の上である。  ただしそれらの大半はその時、その場限りの体験であり、あとには怪異の継続しない、いわば一過性のものに過ぎなかった。たとえその瞬間、どれほど恐怖を感じたとしても、あからさまな実害さえなければ、気持ちが勝手に整理をつけてくれたものである。  加奈江に関する異様な体験も、この一度きりで終わっていれば、時が経つのに任せてしだいに仔し細さいも実感も薄れゆき、遠い過去の記憶へ霞かすんでいったはずである。  けれども、そうはならなかった。  歪んだ〝幻想〟が現実を侵食するさまをありありと目にした、十四歳の狂った夏休み。もう二度とないと思っていたこの〝侵食〟は、十年近い歳月を隔てたのちに再び勃ぼつ発ぱつし、以後、私の人生を延々と蝕むしばみ続けることになる。  忘れかけていた悪夢の再開は、二十歳を過ぎてしばらく経った頃だった。  ある日、なんの前触れもなく、加奈江は再びこの現世において私の前へと姿を現した。それも当時と寸分違たがわぬ、十四歳の少女の姿のままで。  予想だにしなかった突然の邂かい逅こうに私は心底慄おののき、震えあがる羽目になった。  それ以来のことである。  まるで私を弄もてあそび、私の神経をじわじわといたぶるかのように、折に触れては加奈江が私の前へ姿を現し、執念深くつけ狙うようになった。  それも今度は夢の中ではなく、天地自然の理ことわりが支配する、この現実世界のさなかにて。  時には街中の喧けん々けんたる人込みに紛れ、時には草木も寝静まった丑うし三みつ時の静寂に乗じ、その時々であらゆる狡こう猾かつな手段を用いて、加奈江は私の許もとへひたひたと忍び寄ってくる。何年経っても変わらない、十四歳の姿のままで。  思えばこんな災禍の繰り返しが、断続的にもう十年あまりも続いていた。  拝み屋を生業なりわいとするようになってからは、魔ま祓ばらいの儀式も数え切れないぐらい試みた。けれども、なんの効果も得ることはなかった。こちらがどれほど必死に祓い、拝めども、加奈江は平然と私の前に、満面の笑みを浮かべて現れるのである。  祓えども、祓えども、祓えども──。  まるで私の焦りと恐怖を嘲あざ笑わらうかのように、あるいは中学時代の夢の中で与えられた享楽と安らぎの代償を支払わせるかのように、加奈江は私の前に現れ続ける。  一九九二年の八月に始まり、二〇〇一年十二月、二〇一〇年一月、二〇一一年十二月、二〇一二年二月──。  とっくに終わったはずなのに。さすがにこれで最後だろう。これ以上はもうないはず。本当にこれで最後だろうか。いや、きっとまた来るに決まっている。  どうしてこんなことになってしまったのだろう──。  いつ終わるのかも分からない。あるいは未来永えい劫ごう、終わることがないのかもしれない、無間地獄のごとき忌まわしき邂逅と襲撃の繰り返し。  そうした長い年月の中、私の心はしだいに疲弊し、萎い縮しゆくし、加奈江に抗あらがうことよりも、その場をなんとか穏便に遣やり過ごすことのほうを、むしろ優先するようになっていった。  祓えないのなら抵抗しても意味はない。ならば無難に切り抜けることだけを考えよう。嵐が過ぎ去るのをじっと耐えて待つように、いつしか私は受け身に徹するようになった。  だが、そんな私の心を知ってか知らずか、加奈江のほうはこちらが予想もしなかった災禍を新たに引き起こし、厭いやでも抗わざるを得ない状況を作りあげてしまう。  二〇一三年、十二月半ばのことである。  加奈江は私のみならず、とうとう私の妻の前にも姿を現した。  それはあまりにも突発的な状況で、しかも至近距離でのあからさまな遭遇だった。  この時、妻は完全に怯おびえ、怯える妻に対して、私は何もしてやることができなかった。夫婦ともども心の芯しんから凍りつき、たちまち目の前が真っ暗になる。  その後、妻の不安を晴らすためにも、必死で打開策を考えた。  けれども考え抜いた末、私にできたことといえば、妻に魔ま除よけの御守りを作って渡し、相変わらず馬鹿のひとつ覚えのごとく、魔祓いの儀を執りおこなうだけのことだった。  無論、そんなものは気休めにすらならず、結局なんの意味も成さなかった。  代わりにその後、加奈江に関する資料をまとめる過程で、とんでもなく不穏な事実に気がついてしまい、私は再び慄りつ然ぜんとさせられてしまう。  この現世で加奈江と最初に遭遇したのは、中学二年生の夏休み。  だが、時を隔てて二十歳を過ぎた二度目の遭遇以降、加奈江が私の前へ姿を現すのは、毎回十二月から二月までの間と、全て冬場の寒い時期に集中していた。  加えて加奈江と遭遇する間隔も、年々短くなってきていた。  中学時代における最初の遭遇から、二度目の遭遇までが約八年。その次までが約十年。ところがその後は、およそ五年の間に加奈江は三度も私の前に姿を現している。  確かに重大な事実だとは思った。だが、決して有益な情報とは思えなかった。  無理もない話である。仮にそんなことが分かったところで、私自身は加奈江に対するなんらの対抗手段も持ち得ていないのだから。だから実質的には、毎年冬が訪れるたび、私たち夫婦は加奈江の出現に警戒し、ひたすら怯えることぐらいしかできないのである。まるで死刑宣告を受けたような心地にさえなった。  その後も不安に苛まれながら、私たちの暮らしは細々と続いている。  あの夏、夢の中で体験した輝かしき日々の情景は、今でも私の記憶に残り続けている。同時に私は、中学二年の一学期から八月までの、孤独に悲しむ現実の記憶も有している。  だから私は、この時期における記憶をふたつ持っていることになる。  本来ならば絶対にありえない二重の記憶。甘美と安寧を騙かたったひどく忌まわしい記憶。思いだすたび、狂わんばかりの恐れと不安を搔かきたてる最悪の記憶。  終生、二度と消すことのできない、加奈江が私の頭に押した烙らく印いんである。  今後も死ぬまでずっと、私の頭の中に残り続けるのだろう。  けれども当の加奈江本人は、これぐらいの仕打ちではまだまだ満足できないらしい。  本当にもうこれ以上は、何も起こらないでほしい。  加奈江が──あの忌まわしい化け物が、二度と私たちの前に姿を現すことがないよう、私は常々、心の底から願ってやまなかった。

怪物の夢Ⅰ


 けれどもそんな儚はかない願いは、脆もろくも破り捨てられた。  二〇一四年十月半ば。野山を彩る樹々や草々の緑が徐々に生彩を失い、軒のき端ばを揺らす乾いた秋風が、日に日に肌身に冷たく感じ始めた頃。  私はおよそ二十年ぶりに、加奈江の夢を見た。  夢の中で私は、加奈江の部屋のまんなかに大の字になって横たわっていた。  窓はカーテンでぴたりと閉ざされ、部屋の中は薄暗い。空気も澱よどんで息苦しかった。  部屋の四壁に並び立つ水槽群は健在だったが、いずれの水槽も、茶色く淀よどんだ汚水や濃緑色の藍らん藻そうに爛ただれた生臭い水で満たされ、魚の姿は一匹たりとて見当たらない。  また、水を抜かれて空になった水槽もたくさんあった。  部屋の様子も水槽と同じく、ひどく汚れて散らかり、古びた廃はい墟きよのようになっている。  床一面に散乱する熱帯魚関係の専門誌や飼育器具、バケツやひびの入ったプラケース。うっすらと埃ほこりの積もったそれらの合間を、蜘蛛くもの糸が細長い線を描いて幾重にも連なり、まるでワイヤートラップのように、部屋中の床一面に張り巡らされている。  かつて中学時代に夢の中で幾度も通った部屋だったが、当時の面影はまるでなかった。その凄すさまじい荒廃ぶりは、もう長い年月、部屋の主あるじが不在だということを示唆していた。  やはりあいつはとうの昔に夢の中から抜けだして、今は現世にいるのだな、とも思う。ただ、仮に主が不在だとしても、こんな部屋に長居をするのはご免だった。  私がここにいるのだ。ならばあいつも帰ってくるかもしれないではないか。  一刻も早く逃げださねばと狼ろう狽ばいし、急いで床から起きあがろうとする。  ところが周囲は、足の踏み場もないほどに堆うずたかく隆起して荒れ散らかるゴミの山である。しかもゴミの間には、蜘蛛の糸が縦横無尽に張り巡らされていた。  これは罠わなだ。それも大層、質たちの悪い罠である。  これらの一本にでも身が触れたら、何かとてつもなく悪いことが起きる。  警報が鳴るかもしれないし、天井から針のついた分厚い板が降ってくるかもしれない。なんの根拠もないのにそんな直感をまざまざと覚え、その場を一歩も動けなくなる。  そうこうするうち、部屋のドアが音もなくゆっくりと開き始めたことに私は気がつく。  部屋の向こうは、のっぺりとした黒一色の濃い闇である。  けれども、ドアの縁に引っかかる細長く白い物体だけは、はっきりと目に見えた。  生白い色味をたたえた、細くて長い人間の指だった。  背後の闇の中では、小さな体たい軀くに六十センチほどはあろうかという異様に長い黒髪が、さらさらと右へ左へ揺らめいているのも見てとれる。  言わんこっちゃない。やっぱり帰ってきやがった──。  ドアの縁から肩が見え、胸が見え、腰が見え、脚が見え、ついには顔も露あらわとなる。上体を傾げ、滑るような動きで部屋の中へ入ってきたのは、やはり加奈江だった。  すかさず視線を顔から背け、目が合わないように薄目で向こうの様子を探る。  胸元にシャガールの『青いサーカス』がプリントされた、白いTシャツ。  花柄模様のロングスカート。  スカートの裾すそから覗のぞく生白い脚には、三つ折りに畳んだ白いソックスを履いている。  生白い脚が堆いゴミの山を軽々と踏み越え、まっすぐ私へ向かって近づいてくる。  脚が接近して来るにしたがい、私の心臓の鼓動はドラムロールのごとく加速し始める。あまりに激しい動どう悸きに耐え兼ね、のど元からはあはあと荒い息もこぼれ始める。  逃げだしたかった。  それも、今すぐこの場を逃げだしたかった。  けれども私は動けない。その場を数ミリたりとも動くことができない。  周囲に張り巡らされた蜘蛛の糸が何かの罠だと、私は未いまだに疑念を抱いているから。  そんな恐ろしい糸たちのわずかな隙間を伝い、加奈江は器用な足どりで近づいてくる。  身の内で恐怖が臨界点を超え、絶望へと転化していくのが、ありありと感じられる。  やがて白いソックスに包まれたつま先が、私の眼前でぴたりと止まる。  恐る恐る視線を上に向けたとたん、私の口から獣じみた咆ほう哮こうが放たれる。  長い黒髪を簾すだれのように垂らした加奈江が大きな目を剝むき、嗤わらっていた。  絶望したところで、全身汗みずくになって目を覚ました。  夢の中で今でもはっきりと覚えているのは、この一幕だけである。  目覚めれば夢の中の光景は曖あい昧まい模も糊ことしたものとなり、朝日を瞳ひとみに浴びていくうちにその仔し細さいや前後はもろもろと、炎に捲まかれた紙きれのように崩れていった。  それは中学時代に体験したあの生々しい夢の感覚ではなく、単なる悪夢のそれだった。  だが、たとえ仔細を失っても、それが単なる夢なのだとしても、夢の中で私が感じた恐怖と焦りは、微み塵じんも色いろ褪あせることがなかった。  なぜ今頃になって夢なんか──。  恐怖と焦りに紛れて湧きあがった疑問は、やがて大きな不安へ転化していく。  長じたのち、この現実で幾度も加奈江と遭遇する災禍に見舞われても、加奈江の夢を見ることだけは、不思議とこれまで一度もなかった。  中学二年生の真夏、住宅地での襲撃を境にして、あいつは私の頭から抜けだしたのだ。だから少なくとも夢の中ではもう二度と、あいつと出会うことはないと思いこんでいた。再びあの怪物と相まみえるとするなら、それはこの現実世界、しかも冬場だろうとしか考えていなかったのである。  だから完全に虚を突かれた形だった。  折しも季節は夏を大きく過ぎて、今は秋季の真まっ只ただ中なかである。宮城の秋はとても短い。もうすぐ冷たい秋風は激しい木枯らしとなって、世間を冬へと一変させるだろう。  冬はもうすぐそこまで迫っている。ならば加奈江の夢は、ある種の警告と感じられた。あるいは恐ろしく底意地の悪い〝予告〟とも──。  単なる取り越し苦労に終わるなら、本当はそれに越したことはない。けれども事前に、今度こそなんらかの対策を講じることができるなら、多少は気持ちに余裕もできる。  寝汗で薄く湿った布団の中でそんなことを考えているさなかにも、私の心はしだいにそわそわと落ち着かなくなっていった。  答えが見つかるか否かは別として、とにかくなんでもいいから動いておきたい。  堪たまらず飛び起き、居間へと向かった。  座卓の定位置に座って時計を見ると、時刻は午前七時過ぎ。昨夜、布団に入ったのが午前三時近くだったから、いくらも寝ていないことになる。  けれども眠気はすっかり吹き飛んでいた。頭の中は、加奈江の問題でいっぱいである。  座卓の上にだらりと上体を突っ伏し、渋い顔をしながら思案を巡らせているところへ、台所にいた妻の真ま弓ゆみがやってきて、熱いコーヒーを淹いれてくれた。  座卓の上に突っ伏す私の姿を見て、おそらく真弓は、私が単に眠いのだと思っている。ならばむしろ都合がよい。先ほど見た夢の話は一切語らないことに決めた。  私より六歳下でまだ二十代後半の真弓は、日頃から口数が少なく、人見知りも激しく、独りで絵を描いたり、本を読んだりすることを好む、物静かで繊細な気質の女性だった。そんな気質だからこそ、恐怖に対する耐性も真弓はひどく脆弱である。  昨年の十二月、突発的に生じた加奈江との接触は、真弓の心に深々とした傷跡を残し、今では私以上に加奈江のことを警戒し、怯えるようになってしまった。  加えて加奈江の件とはまた別に、今年の春先から夏の終わりにかけて、私の周囲では公私ともども、様々な変事が相次いだ。真弓に直接的な被害はほとんどなかったものの、それでも結果として、多大な不安と心労を強いている。  そんな災禍に晒さらされ続けながらも、彼女は不平のひとつもこぼすことなく耐え抜いた。どうにかすべての事態が収束し、ようやく平穏無事な暮らしを取り戻すことができた今、わざわざ余計な不安材料を開示する必要もなかろうと、判じたがゆえの結論だった。  あらかたコーヒーを飲み終えると手早く顔を洗い、自宅の奥にある仕事場へ移動した。ここならずっと独りでいられるし、妙なそぶりを気取られる心配もない。  手がかりを得るための呼び水として、まずは当時の資料を洗い直してみようと考えた。仕事場に祀まつった祭壇の下から、ダイヤルつきのアタッシュケースを取りだす。  ダイヤルを回してケースを開けると、中には色褪せた大学ノートやスケッチブックが何冊も収められている。私が中学時代に書き留めた、加奈江とのやりとりや雑感などが記されたものである。  背筋にざわつくものを感じながらも、仕事場の中央に設えた座卓の上にノートを開く。  ぱらぱらとページをめくっていくと、当時、自室で飼育していた熱帯魚の観察記録やイラストなどに紛れこむようにして、加奈江の名前があちこちに散見された。  ──今日は加奈江と一緒に○○(飲食店の名前)でお昼を食べた。  ──加奈江の部屋でみんなと『○○』(テレビ番組のタイトル)を見た。  ──加奈江に誘われ、仙せん台だいの○○(当時、仙台市内にあった大型熱帯魚店)に行く。  他には、加奈江が主宰していた熱帯魚クラブに関する情報、クラブの名前や活動内容、メンバーの名前、夢の中で彼らと交換した魚のリスト、それからバイト先の熱帯魚店に新しく入荷した魚たちの名前や入荷日などが、拙つたない文字で記載されていた。  これが全て現実に起きた出来事ならば、なんの問題もない。几き帳ちよう面めんな中学生が記した、ありふれた日々の記録や雑感というやつである。  だが、そうではないから厄介だし、なおかつ甚だ恐ろしいのだ。  たとえ私自身に当時の記憶があったとしても、それは偽りの記憶だ。私の家族を始め、当時、身の回りにいた現実世界の第三者たちは、私がこんな日常を送っていたことなど誰も知らないし、認めてもくれないだろう。これは私の頭の中だけで起きた現実なのだ。傍はたから見れば、単なる馬鹿げた幻想の叙述でしかないのである。  とはいえ、加奈江の押した忌まわしい〝記憶の烙らく印いん〟は、二十年あまりが経った今も、私の頭の中に炳へいとして残っていた。ノートに書かれた記述を斜め読みしているだけでも、当時の情景が意識の水みな瀬せに次々と浮かんでは押し寄せてくる。  中学二年のあの当時。心に暗い孤独を抱えながらも、まだまだ無邪気な年頃の少年が天使のような少女に憧あこがれ、夢中になって寄り添った日々。  ノートの記述を改めて読み返していくと、自分がいかに充実した〝噓偽りの青春〟を謳おう歌かしていたのかが、如実にうかがい知れる。  だがあの頃の、孤独を胸に抱えた純情無む垢くな少年はもういない。代わりに今いるのは、心に不安と疑問を抱えた、三十半ばのしがない拝み屋である。  ましてや今は、極めて切羽詰まった状況にもある。  昔の甘い夢に溺おぼれることなく、むしろ寒々とした感慨を抱きながら、ページをめくる。加奈江の夢に関する記述は、時に微に入り細を穿うがち、時に情感をたっぷりと交えながら書き記されている。だがその半面、ノートの記述をひとつひとつ丹念に精査していくと、やはりこれが〝虚構の記録〟であるという揺るぎない事実が炙あぶりだされてくる。  いかに描写が精せい緻ちであれど、所しよ詮せんは夢。全ては虚構に過ぎないのである。  まず、現実生活と夢の中では、私が飼育していた魚の種類や水槽の数がまったく違う。現実では中学生の小遣いで買える、初心者向けの手頃な魚ばかり飼育していたのに対し、夢の中では百二十センチ規格の大型水槽に高価な魚を大量に飼ったりしていた。  ノートには現実と夢、双方で飼育していた魚の記録が線引きもなく混在しているので、ひどくちぐはぐな印象も受ける。  現実と夢の中で所有していた水槽の本数を合算すると、優に三十本以上の数になった。当時、私が自室として使っていた六畳一間の空間に、これらの水槽を全て並べることは物理的にどう考えても不可能なことだった。  加えて加奈江の夢は、現実味が強い割にご都合主義的な要素もまた多かった。  夢の中でも一応〝中学二年生〟という肩書きだけはあるくせに、私を始め、加奈江や熱帯魚クラブのメンバーが実際に学校へ通うことは一切なかったし、学校の話題すらも口の端に上ったためしがない。  また、時間の概念もあやふやなものがあり、退屈だったり煩わしかったりする場面は縮約や脱略がことごとくなされ、ただちに楽しい時間が始まるようにもなっていた。  たとえば中学生の私が自分の家から加奈江の暮らす隣町へ向かうためには、自転車で三十分ほどかかる最寄り駅から列車に乗り、二十分ほど時間をかけて至る必要がある。  だが、夢の中で私が列車に乗ったことなど一度もない。  加奈江のところへ行きたいと考えれば、一瞬のうちに場面が加奈江の自室や熱帯魚店、あるいは隣町の風景へと切り替わった。あとは加奈江や熱帯魚クラブの連中と合流して、やりたいことをやりたいように楽しむだけである。  そんなことを当時は大して疑問にすら思わず、私は夢の中の日常を謳歌していた。  毎日が夏休みのごとき日々。輝かしさに満ち満ちた幸福と栄光の日々。  まるで人生のいいとこどりである。楽しいことと、やりたいことばかりが選えり抜かれ、楽園のように編集された最上の暮らし。今振り返れば、真っ当な人生から完全に背中を向けた〝逃げ〟と〝まやかし〟だけの、およそ真実味に乏しい怠惰な世界。  これが当時の私が過ごした〝もうひとつの中学二年生の思い出〟である。  一方、楽しむために不要なものや都合の悪いものが徹底的に排除された夢の世界では、その弊害として様々な粗や綻ほころびが生じていたことも、今回の分析で明らかになった。  たとえば加奈江の自宅に関する情報である。  中学時代のあの八月、現実世界における加奈江との最初の遭遇後、夏休みが終わってだいぶ経った頃に、加奈江が出てきた住宅地の古びた民家を見に行ってみたことがある。遠巻きに恐る恐る様子をうかがってみたが、加奈江が再び姿を現すことはなかった。  そんなことにならず幸いだったが、実のところこの民家は、夢の中で私が通っていた加奈江の自宅とは、場所も造りもまったくの別物なのである。  夢の中に登場する加奈江の本当の自宅は、同じ住宅地内のさらにずっと奥に位置する、白いレンガ造りの瀟しよう洒しやな雰囲気の建物だった。  ただし私は、この家の玄関をくぐって加奈江の自室へ至ったことはほとんどない。  先述したとおり、加奈江の自室へ行きたい時は、眠りに落ちて夢の中へ意識が移れば、たちまち目の前に加奈江の部屋が現れる。ただそれだけで事足りたからである。  だから加奈江の部屋の仔し細さいをつぶさに覚えている一方で、加奈江の自宅の居間や台所、廊下やトイレなど、自室以外の場所に関する記憶は極めて朧おぼろげなものだった。  加えて加奈江の家に関する情報の欠落は、他にももうひとつあった。  私は加奈江の家族を、誰ひとりとして知らない。夢の中に両親や祖父母、兄弟などが登場することは一切なかったし、私と加奈江の間で話題に上ることすらもなかった。  だから実質的に、加奈江には家族など存在しないということになる。  夢の中の一幕一幕は異様に写実的かつ、生々しい現実感を伴って描かれているくせに、その他の不必要な背景や要素に関しては、まるで学芸会の書き割りのように薄っぺらく、手抜きのひどい、殺伐とした印象を抱かせる。  齢よわい三十代半ばとなり、当時の虚構の記憶を改めて思い返してみると、加奈江の自室や熱帯魚店で繰り広げられた数々のやりとりは、まるで精巧に造られた舞台セットの中でおこなわれた、茶番劇のようにさえ思えてくる。  加奈江が主宰していた熱帯魚クラブのメンバーに関しても、事情はあまり大差がない。彼らの自室ぐらいは訪れたことはあったが、自宅内の様子などほとんど覚えていないし、彼らの両親や家族に関する情報も、私はまったく持ち得ていなかった。  さらに加奈江と違って彼らの場合は、その存在そのものが、今となっては希薄である。ノートに記載されている名前や交流の記録などを見れば、容姿ぐらいは浮かんでくるが、それ以上の感慨は別段湧いてくることがない。  当時は加奈江と同じくらい頻繁に顔を合わせ、交流をしていた記憶があるというのに、その印象はとても希薄で、ドラマのエキストラのような実感を私に抱かせた。  あるいは彼らも加奈江が急ごしらえで用意した、作り物だったのではないのだろうか。そんな疑いすらも生じてくる。  案外、こうした夢の造りの粗さや杜ず撰さんさなどが、重大な示唆へと繫つながるかもしれない。  地獄より先、光へ至る道は長く険しい──。  冬まで時間が迫っているにせよ、まずは冷静であることが肝要である。とにかく今は昔の記憶をひとつひとつ整理していくのが、いちばんの近道である気がした。  加えて、記憶を手繰っていかないことには埒らちの明かない問題も、ひとつあった。  加奈江に関する資料の中から、書類用の大きな茶封筒を手に取る。茶封筒の表面には魔ま祓ばらいの御札が仰々しく貼りつけられ、ガムテープと糊のりとで二重に封がされている。  封筒の中にはB5判のコピー用紙に描かれた、加奈江のポートレートが入っている。  以前、著書にて加奈江の話を紹介する際、できるだけ当時の経過を正確に記述すべく、中学時代の大学ノートやスケッチブックを漁あさっているさなか、発見したものである。  封を開け、座卓の上に絵を置き、まじまじと眺める。  紙の上には、正面向きで直立した加奈江の全身が、淡い色使いで緻ち密みつに描かれていた。背景はなく、白一色の紙の上に加奈江の姿だけがでかでかと描かれている。  この絵をいつ描いたものなのか、私はまったく思いだすことができなかった。  描画力や色使いから察するに、中学時代に描いたものでないということだけは分かる。使用している画材は、透明水彩。これが一応、ひとつの大きな手がかりにはなるのだが、同時に混乱を来たす原因にもなっていた。  私が透明水彩を使い始めたのは、十八歳で美術専門学校に入学してからのことである。だから絵が描かれたのは専門学生時代か、もしくはそれ以降ということになる。  けれども、専門学校時代の色使いや作風ともまた、絵の雰囲気は微妙に異なっていた。では、美術専門学校を卒業したのちに描いたものかと考えてみたが、その頃の絵柄とも雰囲気が微妙に異なっていたし、かといって最近描いたものでもない。  ただ、この絵は紛れもなく私自身が描いたものである。この一点だけは揺らがない。全体に漂う雰囲気や描線、筆使いから推し量って、私が描いたものに間違いなかった。  しかし、いつ頃描いたものなのかは一向に思いだすことができない。  ゆえにこの絵を見つけた時には、大層薄気味悪く感じられた。  首筋にうっすらと粟あわが生じ始めるのを感じながら、さらに絵を凝視する。  絵の中の加奈江は笑っていない。能面のごとく、無表情な顔でこちらを見つめている。  表情からうかがって、少なくとも親しみをこめて描いたものではないだろうと判じる。  絵は加奈江の特徴を的確に捉とらえていたが、半面〝似ているようで似ていない〟という、奇妙な違和感もあった。中学二年生の少女にしては、加奈江の面相は妙に大人びており、手足や胴も長く、身長百五十センチという若干小柄な体たい軀くと等身が一致しない。  これについては、当時の担当編集者にも指摘されたことがある。  二〇一四年の春先、たまさか私の仕事場を訪れた担当に絵を見せたことがあるのだが、彼はしばらく絵を眺めたのちにこう言ったのだ。 「なんとなく僕がイメージしていたのと違うんですよね。中学二年生の女の子にしては、なんだか妙に大人びていませんか?」  確かに私も、そのとおりだと思う。絵の中の加奈江は、中学二年生の少女というより、むしろもっと歳を重ねた若い女性の印象を強く抱かせる。  描いた時期も動機も判然としない、正体不明の絵。しかも記憶の中に残り続けている加奈江の姿ではなく、不自然に身長が伸びたように描かれた加奈江の姿。  その意味すらも理解できない不詳の絵は、やはり何かの手がかりになるかもしれない。直感的に感じたからこそ、私はあえて絵を破棄せず、厳重に保管し続けていた。  つらつらと記憶をたどればつい最近、夏の終わり頃に起きた〝ある怪異〟においても、一枚の絵が事態を収束させる大きな鍵かぎになっていたことを思いだす。  まさか二番煎せんじのごとき収束とまではいかないだろうが、前例を経験しているだけに加奈江の絵から目を離すべきでないという直感も覚える。  表側は強い現実感を醸しながら、その実、裏側はひどく粗雑に造られていた夢の世界。そして目の前に置かれた数冊分の大学ノートと、一枚の絵。  まずはこの三つを基軸に、アプローチを始めてみるか。  少なくともこれまでのように、ただ闇雲に魔祓いの儀式をおこなったりするよりも、よほど建設的な方針ではないかと感じられた。  それに〝桐島加奈江〟という得体の知れない災厄は、もはや私だけの問題に収まらず、真弓にも及ぶ災いにまで延焼している。真弓の不安を解消し、安寧を確保するためにも、今回こそは収束へ向けて徹底的に打開策を考えなければならない。  いつ始まるともしれない〝冬の凶事〟に備え、私は密ひそかに動きだした。

終わりへ向かいて 伍


 ああ、そうだ。  思いだした──。  私にとって、もっとも忌まわしい思い出。もっともおぞましい記憶。  そして、もっとも忌避すべき存在。  それが桐島加奈江という少女だったはずである。  いつ終わるとも知れない、忌まわしき邂かい逅こうと襲撃の繰り返し。  およそ二十年ぶりに見た悪夢でまざまざと感じた、言い知れぬ不安と焦燥感。  来たるべき災禍を予感した私は「今度こそ」と思いなし、再び動きだしたのだ。  それもかなり躍起になって。  薄赤い水の中を沈んでいく加奈江の死体を見つめながら、漠然とした感慨を思い抱く。  けれども今、私の目の前で加奈江はすでに絶命している。  今や加奈江は、薄赤い水の中をゆるゆると沈下していく無惨な死体に成り果てている。  ならば全てはもう、終わったはずなのではないのか?  長年私を苦しめ続けた災禍は、ここに躯むくろとなって終結している。  だがやはり、なんの感慨も湧いてくることはなかった。  間の記憶がないからだろうか。  安あん堵どや達成感は元より、ここから帰りたいという気持ちすらも湧いてこない。  そもそも、今は一体いつなのだろう。  まるで覚えていなかった。  ただ、そんなことに思いが至っても、やはり焦りも恐怖も湧き立つことはない。  先刻、目覚めた頃に比べれば、思考は少しだけ明めい瞭りようなものへと立ち戻りつつあった。  だが、それでも喜怒哀楽は一様に欠落したかのように、わずかな情さえ湧いてこない。  まるで脳内で感情を司る大脳辺縁系が、故障を来たしてしまったかのようだった。  あるいは誰かに妙な薬でも飲まされて、自分は今、譫せん妄もう状態にでもあるのだろうか。  そんなこともちらりと頭に浮かんだが、だからどうだということもない。  身体はゆるゆると、薄赤い水の底へと向かって沈むがままに堕おちていく。  それでも意識は途切れることなく、だらだらと昔の記憶も再生していく。  やはり加奈江に関する記憶だった。  どうせ終わったことなのだから別に興味もないのに、記憶は勝手に沁しみだしてくる。  間の記憶か。それが分かれば、何か喜怒哀楽のひとつでも湧いてくるものだろうか。  曖昧な思いの中、私は意識の水脈から沁みだす記憶に、再び心を任せることにした。

魚と恋人たち


「グッピーって、そんなに難しい魚じゃないよ?」  水槽内をはらはらと舞い泳ぐ無数のグッピーたちを眺めながら、加奈江が言った。  戸外に色めく深緑の中に、羽化したばかりの蟬たちが盛んにすだく、初夏の昼下がり。その日、私は加奈江の自室にいた。  中学時代、私が熱帯魚を飼い始めた最初期の頃、何度かグッピーを飼ったことがある。中学生でも手軽に買える安い魚だったし、専門書には「初心者向けの魚」という文言が枕まくら詞ことばのようにかならず書かれていたので、私はこれを鵜う吞のみにした。  けれどもいざ飼い始めてみると、飼育はことごとく失敗し、購入したグッピーたちは数日から一週間程度で原因も分からないまま次々と死に絶えていった。  何度飼っても、結果はいつも同じだった。それで私はすっかり自信を失なくしてしまい、以後はグッピーにまったく手をださなくなってしまったのである。  ところが加奈江の自室には、健康体のグッピーが群れをなして舞い泳ぐ水槽ばかりか、別の水槽には自家繁殖させた稚魚までうじゃうじゃと泳いでいた。  それで飼育のコツを知りたくなり、加奈江に質問をぶつけてみたのである。 「たくちんが買ったのは、シンガポール産とか、スリランカ産の安いグッピーでしょ? あれはね、値段は安いんだけど、グッピーエイズっていう難病を持っている子が多いの。だからすぐに死んじゃうし、治すのも難しいんだ。初心者向けなんて、とんでもないよ。うちで飼っているのは国産グッピー。日本で作出されて系統維持されてる子たちだから、日本の水によく馴な染じんでて丈夫なの。面倒な管理とか、厄介な病気もほとんど心配なし。値段は少し高いけど、どうせすぐに殖えるしね。飼うなら断然こっちだよ」  まるでプロブリーダーのような口ぶりで加奈江が言った。ことさら魚の話題になると、加奈江は普段の五割増しぐらい饒じよう舌ぜつになる。 「ねえ、そうだ。うちのグッピー、少し分けてあげるよ。グッピーたちにあらぬ誤解を抱いているんなら、なおさら飼ってみてほしい。本当に飼いやすくていい魚だから」 「いいの?」と私が尋ねると、加奈江は「いいの」と微笑んだ。  水槽内に網を入れ、加奈江が器用な手つきでグッピーたちを掬すくっていく。 「ねえ、グッピーの和名って、なんていうか知ってる?」  掬いあげたグッピーたちを小ぶりなプラケースに移しながら、加奈江が私に尋ねた。私が「知らない」と答えると、加奈江は「へへん」と笑って、得意げに言った。 「虹にじめだか。綺き麗れいな名前でしょ? わたし、こっちの名前のほうが好き」  初夏の日差しを浴びたプラケース内のグッピーたちは、確かに虹のように輝いていた。同じく私と加奈江を取り巻くこの世界も、虹のようにきらきらと輝いて美しかった。  ここで記憶は途切れている。おそらくこの後に私は目覚めたのだろう。  およそ二十年ぶりに加奈江の夢を見てから、数日後の昼下がり。  朝早くから仕事場で長々と思案を巡らせてみたが、結局なんの妙案も浮かばなかった。代わりに浮かんできたのは、とりとめのない虚構の記憶の断片だけである。  活いきた水の清せい爽そうな香りがほのかに漂う、水槽だらけの部屋。南向きの窓から射しこむ、夏のまぶしく健すこやかな陽の光。極彩色のグッピーを眺めながら、明るく笑う加奈江と私。  気分転換をしようと、自宅の廊下に設しつらえたグッピーの水槽の水替えをしている時にも、然き様ような記憶が勝手に再生された。  たくちん、か。確かにそういう呼び方をされていた。  加奈江は私の本名をもじった渾あだ名なで、私のことを呼んでいたのである。  思えば、水魚の交わりだったのだ。  私たちは熱帯魚という共通の趣味を拠より所にして、見えない磁力線に引かれるように相身互い、軌を一いつにして琴きん瑟しつ相和していたのである。  たとえ、加奈江の本当の目的がなんであったにせよ、少なくともあの当時、私自身はそのように信じて疑わず、加奈江という絶対的な存在に惑わく溺できし続けていた。  水替えの済んだ水槽を覗のぞきこみ、水の中を蝶ちようのようにひらひらと泳ぐグッピーたちを、しばし悄しよう然ぜんとした心地で眺める。  目の前に泳ぐのは〝ガラスのブルーグラス〟と呼ばれる、国産グッピーの一種である。雄の個体は、すらりとした流線型の胴体に淡い水色や青、ごくごく薄い紫などで彩られ、帆のような形状をした背びれと三角形の大きな尾びれには、ターコイズブルーを基調に粒の細かい黒のドット模様が、全体に万遍なく鏤ちりばめられている。  寒色系の青を基調としているため、赤や黄色系のグッピーと比べると派手派手しさはそれほど感じられないが、代わりに上品で涼やかな印象を持つ、国産グッピーの中でもとりわけ私が好きな品種だった。  加奈江の助言があったからこそ、私は外国産グッピーと国産グッピーの特性に気づき、今では累代飼育にも成功して、長い目で気楽にグッピーを楽しむことができている。  虹めだかとは、よく言ったものである。  蛍光灯の光を反射して、きらきらと魚体を輝かせるグッピーたちの姿を見つめながら、私はひとり、なんとも言えぬ奇妙な感慨に耽ふける。  長じたのち、専門書を開いて調べたところ、確かにグッピーの和名は虹めだかだった。加奈江の言ったことは出で鱈たら目めではなく、事実だったのである。けれども私がグッピーの特性や和名を知ったのは、現実ではなく夢の中の出来事、この世に実在するはずのない少女によってもたらされたものなのだ。  この異様過ぎる経緯が、にわかにノスタルジックな気持ちになりつつあった私の心を現実へと引き戻した。その気がないにせよ、また魅入られるのはご免である。  気持ちを正気へ立て直すと、胃の腑ふに重たい鈍痛が生じた。救いを求めるようにして、再びグッピーたちに視線を戻す。  それにしても、である──。  こんな災禍に見舞われているにもかかわらず、私は未いまだに熱帯魚の飼育を続けていた。中学時代から今に至るまで何度かブランクはあったものの、結婚前の二〇〇九年頃から再び飼い始め、以後は途切れることなく飼い続けている。  だからとどのつまり、私は本質的に魚という生き物が好きなのだろうと思う。  加奈江に対する有効な対策は未だ何も浮かばなかったが、グッピーたちを眺めるうち、代わりにこんなことが脳裏をよぎる。  俗にレギュラー水槽と呼ばれる横幅六十センチの水槽には、三十匹ほどのグッピーが悠々と舞い泳いでいる。餌は日に二度、決まった時間に与えられ、水の状態も濾ろ過か器とヒーターによって常時最適なものに保たれている。水槽内には彼らの命を脅かす天敵はおろか、優雅な尾びれを傷つけてしまう尖とがった石や流木も転がっていない。  過酷な自然で生きる野生のグッピーたちに比べれば、水槽内に生きるグッピーたちの環境は、何もかもが完備された最上の楽園ということになる。  だが、本当にそうだろうか。当のグッピーたちは、本当の意味で幸せだろうか?  彼らは望んでこの水槽に飼われているわけではない。私が店屋で買い求めたのである。加えて彼らは、自分の意思ではもう二度とこの水槽から出ることもできない。  言葉を変えれば、これは紛れもない監禁と言えよう。 〝魚を飼う〟という行為はすなわち、水槽という檻おりの中に魚を監禁する行為なのである。  無論、彼らが快適に生きられる環境は整えるし、彼らを故意に傷つけることもしない。飼い主は魚たちにとって楽園となるべき世界を創造し、維持しようと努めるものである。  だが、飼い主がどれほど魚を慈しみ、大事にしたとしても、その本質に変わりはない。魚にとって最高の環境を与えることが、かならずしも彼らにとっての幸福とは限らない。そんなことは飼う側の勝手なエゴであり、単なる詭き弁べんに過ぎないのである。  珍ちん禽きん奇獣国に養わず。生き物を心から愛すなら、本当は檻やら水槽やらに閉じこめて、彼らを飼ったりしてはいけないのかもしれない。  魚が好きだからこそ、私は空くう漠ばくたる罪悪感とともに、時折自問自答することがあった。  それに加え、私も〝飼われた〟経験があるので、なおさら考えてしまうのである。  人工的な環境に生かされる魚の気持ちとは、果たしてどのような心地なのだろうかと。  楽しいことと嬉うれしいことしかない毎日。誰からも傷つけられることのない優しい環境。楽園とも呼ぶべき、何もかもが満たされた幸福な世界。  水草や流木、川石や砂利を用いて緻ち密みつに再現された、見目麗しく快適な水の中の世界。けれども実は、何もかもが人の手によって造られた、張りぼてのごとき薄っぺらな世界。自分の意思では入ることも出ることも許されない、外部から完全に閉ざされた世界──。  加奈江の夢は〝魚を飼う〟という行為と、気味が悪いほど条件が一致していた。  中学二年のあの当時、たった数ヶ月の間だが、私は加奈江に飼育されていたのである。  加奈江は〝夢〟という、とてつもなく巨大な水槽に甘美で伸びやかな日常を創りあげ、目め眩くるめく夏の日々に私を好きなだけ泳がせた。私が夢中になって溺おぼれてしまうほどに。  果たして、どのような意図があってのことか。  怪物の考えることなど見当もつかないが、結果は既知のとおりである。  夢の中で骨抜きにされた私は、自分の意思で抜けだせないほど、加奈江の創りあげた楽園にどっぷりと浸つかり、末期はほとんど正気を失っていた。  八月の昼下がり、市街の熱帯魚店で我に返っていなければ、未いまだに私は加奈江の夢に浸り続けていたかもしれないし、あるいは死んでいたかもしれない。  けれども水槽の魚と違い、私は加奈江の創った楽園から、どうにか自力で逃げだした。  最上の環境で飼育される魚たちも、チャンスがあれば私と同じことをするはずである。海や川に彼らを解き放てば、もう二度と飼い主の許もとへは戻って来るまい。たとえそこが水槽よりもはるかに過酷で、天寿を迎えるまで生きられないような環境だとしても。  それが生き物の性さがというものである。理屈や損得勘定では計れない複雑なものなのだ。  私も甘美な夢よりも、過酷な現実を選んだ。  日々を苦しみ悶もだえながらも、真弓とふたりでこの現実を懸命に生きている。  極めて人間らしい営みだと思えるし、淡い幸せも感じている。もっと幸せになろうと、幸せにしようと、必死で努力もしている。  だからもう、全ては終わったのだ。  楽園の夢など、もはや私には必要ない。  だが楽園の創造主にして、かつて私の〝飼い主〟だった加奈江のほうは、違う。  あの八月の昼下がり、楽園を逃げだした私を、件くだんの怪物は気に喰くわないらしい。  どうしてこれほどまでに、私に固執するのか。一体、あいつは私に何がしたいのか?  真意のほどは測り兼るが、よからぬことだということだけは容易に察しがつく。  仮に今度顔を合わせれば、七度目の遭遇になる。もういい加減うんざりだった。  火上の氷のごとき現状に焦りを感じながらも、私は再び収束への糸口を探り始めた。

立体派の風景


 それからさらに数日経った、深夜三時過ぎ。  自宅から車で四十分ほどの距離にある県北地域の簡素な住宅地に、私はいた。  二時間ほど前に自宅の電話が鳴り、初めての相談客から緊急の出張依頼が入ったのだ。  深夜に相談客からかかってくる電話は、その大半が緊急の用件と相場が決まっている。この日は憑つき物落としの依頼だった。  実家住まいで二十代半ばになる娘が、夜中に突然暴れだし、本人とは思えない言葉をしきりに口走っているのだという。  そんな説明を電話越しに、娘の母親から切羽詰まった声で聞かされた。  その後、午前一時半過ぎに依頼主の家へ到着し、半時ほどで憑き物落としは終わった。私が到着した際、件くだんの娘は男のような太い声でげらげらと笑い、怯おびえる家族に向かって「うぬらの娘の身体はもろうた!」とか、「この家を末代まで祟たたってくれるわ!」とか、やたらと時代がかった口調で悪態をわめき散らしていた。よく聞く脅し文句である。  娘は私の来訪に気がつくと、私に対しても大声であれやこれやと暴言を並べ立てたが、適当に受け流し、粛々と憑き物落としの儀をおこなった。  半時後、娘が正気に戻ったのを確認したのち、すでにほとんどマニュアル化している〝憑ひよう依いの構造〟やら〝予防法〟やらを、娘本人と家族一同におよそ一時間かけて説明し、最後に「あとはくれぐれも気に病まないように」と念を押して、依頼者宅を辞した。  私の憑き物落としは二段階の構成になっていて、第一段階は当事者にとり憑いている〝何者か〟を祓はらい落として正気に戻す。続いて第二段階は、正気に立ち返った当事者とその関係者に対し、憑き物全般に関する知識をなるべく簡素な語句を用いて説明しつつ、「正しく理解できれば、過剰に恐れる必要はまったくない」と言い聞かせる。  こうした説明をしていくことで、彼らがこうむった精神的なダメージや今後の不安を、多少なりとも緩和することができるのだ。大概の場合、依頼はこれで解決する。  依頼主の恐怖や不安を煽あおって増幅させるのが、拝み屋の仕事ではない。その逆である。依頼主の抱える恐怖や不安を解消し、元の日常へ返らせるのが拝み屋という仕事なのだ。少なくとも私自身は、常々そうしたスタンスで仕事を続けている。  夜中に緊急で呼びだされたのは少々身体に応こたえたが、年に数度は起こる事態だった。日頃おこなう憑き物落としと手順に違いはまったくないし、仕事は慣れたものである。高揚感も恐怖心も覚えることなく、私は平板な気持ちで家路をたどっていた。  この程度の憑き物落としやお祓いならば、実は造作もないことだった。  憑かれた側の状態と状況を的確に見極め、必要に応じた対処を粛々とおこなっていく。種も仕掛けも何もなく、ただそれだけのことである。  そういえば今日の娘は、「覚えていない」と言っていたな──。  ひと口に憑依と言っても、憑依下における人間の意識レベルには、様々な違いがある。もっとも多いのが、憑依状態における記憶が一切ないというものだった。  仮に当事者が憑依時にどれほど盛大に暴れ騒いだとしても、それはまったく関係ない。憑き物が落ちて意識が正常に戻った時には、散々酷使された身体の痛みや疲労感だけが、後遺症のごとく残るというのが、このパターンである。  次に、自分が憑依されていることは自覚できるが、身体の自由が利かないという状態。これは自分の意思に反して、とり憑いている者の為なすがままにされるというものである。自分の身体が勝手に動きだして暴れたり、口から言葉が出たりすることは認識している。ただし、それらを自分の意思で止めることはできない。  こちらの場合は、憑き物落としが無事に終わって本人が正常な状態へと立ち返っても、自分自身が憑依されたという自覚と、憑依状態の記憶が綺き麗れいにそのまま保持されている。  また、いささか変則的なものとしては、自分が憑依されたという自覚こそないのだが、自分が意図しない行動をしたという事実だけは認識できるというパターンもある。  たとえば誰かと一緒にいる時、意図せぬ言葉が口から勝手に飛びだし、それを聞いた相手側から「亡くなった母親の口癖でした」などと言われて涙ぐまれる。  あるいは自分ではその気がないにもかかわらず、はたと気づくといつのまにか自殺の名所に足が向いていた、などという体験がそれらに該当する。  少々見極めの難しい面もあるが、これも一種の憑依状態だろうと、私は解釈している。  その他、厳密には憑依という表現こそ用いないものの、自分以外の〝誰か〟の意識を自らの意思で身体の中へ呼びこみ、意図的な憑依を再現するという意識状態もある。  俗に霊媒師と呼ばれる人々の仕事が、それである。  拝み屋とはまた違い、霊媒師とは亡くなった身内や先祖の霊魂を自らの身体に降ろし、本来なら聞くことの叶かなわない彼らの声を依頼主に届けるのが、主たる務めである。  霊媒師の場合、死者の霊魂を身体に降ろしている状態でも、意識が消えることはない。あくまでも自分の意識は明めい瞭りようとしていながらも、身体の中へと呼び寄せた死者の意識も、同時に把握することができるのだという。  そうした状況下における意識状態は、人によって微妙に異なり、個人差があると聞く。  ある霊媒師は、死者の魂を身体に降ろした際、頭の中にまず自分という意識があって、同時に自分の意識と並ぶようにして、死者の意識も対等に認識できるのだという。  また他の霊媒師は、死者の魂が身体に入ってくると、自分の意識をほんの少し抑制し、ちょうど舞台の袖そでへさがるような立ち位置で、死者の意識を見守るのだと語る。  それとは逆に、死者の意識のほうを適度に抑制し、自分自身の意識を主体とする者や、自分自身と死者の意識をひとつに混ぜ合わせて口寄せをおこなう者もいるらしい。  斯か様ようにその実践方法は十人十色といったところなのだが、いずれのやり方においても特異な資質と心構えなくしては、決して成立しえない芸当である。  本職と素人の決定的な違いは、そこにある。  プロの霊媒師は一定の自我を保持した状態で、身体に降りてきた死者の意識を認識し、一定の制御下に置いたうえで依頼人との対話を実現させることができるのだ。  制御下に置くということはすなわち、霊媒師自身の意思で死者の意識を身体の外へと、好きな時に追いだすことが可能だということでもある。  これができるからこそ、霊媒師というものは生業なりわいとして成り立つのだし、裏を返せば確実にこれができなければ、生業として決して成り立たちはしないのである。  ただ、何事にも例外は存在する。  プロの霊媒師とて、あらゆる災禍に対して、決して万能ではない。  今夜、私が憑き物落としをおこなった娘は、憑依状態のさなかにあった自分の記憶がまったくないと語っていた。事が無事に済めば、それはむしろ幸いなことだと私は思う。その身に起きたおぞましい災禍など、本当は覚えていないに越したことはないのだ。  残念ながら、プロの霊媒師にはそれができない。  己の身体に降ろした死者の意識を把握し、一定の制御下に置くという命題がある以上、霊媒師と死者との意識間は、憑依状態にある素人のそれより、はるかに根深い状態かつ、緊密な相互関係にある。  そんな状況下、意想外のトラブルが発生すれば、時として我々の想像を絶するような、とんでもない深手を負ってしまうこともあるのである。  もうだいぶ昔のことになるのだが、有ゆう花かさんという、当時四十代前半の主婦の方からこんな話を聞かされ、今でも強く印象に残っている。  有花さんがまだ独身で、実家住まいをしていた頃の話である。  有花さんの祖母・文ふみ江えさんは、自宅で霊媒師の仕事をしていた。  その頃で七十代半ばになる文江さんは、霊媒師として四十年以上の経験を積んできたその道の大ベテランで、はるばる他県から人が訪ねてくることも多かったという。  そろそろ夏の名残も消え去ろうかという、九月の終わり頃だったそうである。  ある日のこと、自宅の奥に設しつらえた文江さんの仕事場に、ひとりの女性客が訪ねてきた。年代は四十代半ば。小奇麗な身なりをした美人で、彼女は未亡人とのことだった。  女性の依頼は数年前に亡くなった主人の魂を呼んでもらい、声を聞かせてもらうこと。加えて、できれば主人と会話もさせてもらいたいとのことだった。  平素引き受けることの多い、別段珍しくもない依頼だった。文江さんは女性の願いを快く引き受け、仕事場に祀まつられている祭壇に向かって経を唱えながら、彼女が所望する亡き主人の霊魂に向かい、「この身にどうぞ、乗り移りください」と語りかけた。  しばらく経を唱え続けていると、自分の意識の中に大きな波が押し寄せるようにして、まったく異質な別の意識がもうひとつ、心の中に芽生えたように立ち上る。  これが霊媒をおこなう際、いつも文江さんが感じる〝降りてきた〟感覚なのだという。  あとは心の中で「さあ、お話しください」と語りかければ、身体に降りてきた故人が勝手に話を始めてくれる。  ひとしきり語ってもらい、依頼主と故人の気持ちが互いに満たされたのを見計らって、最後に「それではお戻りください」と念じれば、故人の魂は再び意識の中から立ち消え、霊媒の儀はつつがなく終了する。長年変わらず続けてきた、手慣れたはずの流れだった。  ところがこの日は違った。  故人の意識が心の中に入りこんできてまもなく、文江さんは祭壇前にどっとひれ伏し、それから白目を剝むいて全身に激しい痙けい攣れんを来たした。  文江さんの悲鳴を聞きつけた有花さんの母が、仕事場の中へ駆けこんでいった時には、文江さんは畳の上に嘔おう吐とし、両の手足をばたつかせながら、失禁までしていた。  まもなく救急車で病院に搬送された文江さんは、それから丸二晩、昏こん睡すい状態に陥った。文江さんが再び意識を取り戻したのは、入院から三日が経った、夕方近くのことである。病院から報しらせを受けた家族一同は、涙を流して安あん堵どした。  だが、家族揃って病室へ行ってみると、文江さんの様子はあからさまにおかしかった。  上体を起こした姿勢で毛布の端を両手でぎゅっと握りしめ、顔色を真っ青にしながら全身を小刻みに震わせている。 「とんでもないことになってしまった……。もう生きてさえもいたくない……」  目にうっすらと涙を浮かべ、嘆願するような面持ちで家族にぼそりと訴える。  あの時一体、何があったのか?  尋ねてみると、文江さんは震えながらも家族一同に、当時の状況を語り始めた。  未亡人の依頼主に頼まれ、夫の魂を身体に降ろす──。  ここまでは、いつもどおりの流れだった。  けれどもその後の流れが、あの日はまるで違ったのだという。  意識の中に立ち上り始めた夫の魂へ「さあ、お話しください」と語りかけるより早く、文江さんの心に突然、黒々とした闇がぶわりと覆い被かぶさるように広がった。  続いて夫の抱える無数の記憶が、意識が、怒ど濤とうのごとく次々と頭の中に再生される。  裸に剝かれて泣き叫ぶ女たち、水を張った風ふ呂ろの中に頭を押しこめられて暴れ狂う女、目の前で恋人を犯されて泣き叫ぶ男、逆さ吊づりにされた状態で顔面をどす黒く染める男、震えながら縮こまる老ろう爺やに老婆、幼い子供、犬や猫といった動物たち。  彼らに向かって爛らん々らんと注がれる、嗜し虐ぎやくと淫いん欲よくと色情にまみれた、どす黒い視線。  真っ赤に燃える焼き鏝ごて、鋸のこぎり、鉤かぎ爪づめや針などが先端についた、得体の知れない道具の山。  炎、悲鳴、肉の焦げる臭い、ふしだらな色を滲にじませた嬌きよう声せいと、狂ったような嗤わらい声。 「……これ以上は口にすることさえ、おぞましい」  震え声で、一いつ旦たん言葉を区切ったのち、文江さんはさらに話を続けた。  それは長年、数えきれないほどの死者の心に触れてきた自分でさえも見たことがない、あまりにも常軌を逸した人間の記憶に浮かんだ願望だった。渦巻く闇はどろどろとして形も底も知れず、常人にはおよそ理解の及ばぬ深刻な狂気と欲望を孕はらんでいた。  このままでは心が壊される。直感した文江さんは、即座に「出ていけ!」と念じた。  ところが意識の内へと入りこんだ〝依頼人の夫〟は、まるで言うことを聞かない。  文江さんが必死で抵抗すればするほど、それは根を張るように意識の中へしがみつき、しだいに心ばかりか、文江さんの身体も乗っ取ろうとし始める。必死で抵抗していると、そのうち全身が激しく痙攣し始め、とうとう目を開くことさえできなくなってしまった。  ただ、そんな状態でもかろうじて意識だけはあったのだと、文江さんは語る。  その後、二晩にわたって文江さんは、昏睡状態にありながらも心の内では抵抗を続け、ようやく〝依頼人の夫〟を身体から追いだすことに成功した。 「普段お世話になってる神仏や先祖方にご助力いただいても、これだけ時間がかかった。こんなことは生まれてこの方、初めてだし、あんなに醜い人の心を見たのも初めてだよ。なんと恥知らずで恐ろしい……。なんだかあたしは、心の芯しんが折れちまった……」  ぶるぶると総身を震わせながら、文江さんは弱々しい声で話を結んだ。  幸い、脳や身体に後遺症が残ることもなく、まもなくして文江さんは病院を退院した。だが退院したその日をもって、文江さんは霊媒師の仕事をきっぱり引退してしまう。  厳密には、後遺症があったのである。頭の中に、記憶が残ったのだという。  思いだすことさえおぞましく、正気の心にはおよそ耐え難い、常軌を逸した男の記憶。あたかもそれが自分自身の過去のごとく、心の中にごっそりそのまま、残ってしまった。  もはやそれが自分の記憶なのか他人の記憶なのか。あるいは現実なのか、虚構なのか。それすら判別がつかないほど、得体の知れない男の記憶は、文江さん自身の記憶の中へ溶けるように浸みこんで、渾こん然ぜん一体となってしまった。  それが恐ろし過ぎて耐えきれず、二度とこんな思いもしたくないからと、文江さんは長年続けた仕事から逃げるように身を引いてしまったのだという。  客観的な立場から俯ふ瞰かんすれば、ここまでに至る一連の流れは、全て文江さんの脳内で起こった出来事である。事の真偽を問われれば、真実の証あかしとなるものは何もない。  けれども、そんな私の心を見透かしたかのように、有花さんはさらに話を続けた。  事の発端となったあの日、祭壇前で文江さんが痙攣している現場へ最初に駆けつけた有花さんの母は、のちにこんなことを証言したのだという。  取り乱した母が、必死で文江さんに声をかけるその傍らで、件くだんの未亡人は居住まいを崩すことなく座布団の上に楚そ々そと座り、涼し気な笑みを浮かべていたのだ、と。  果たして彼女は何者で、亡夫とどんな話がしたくて、祖母の許もとを訪れたのだろう。  考えるたび、有花さんは得体の知れない怖おぞ気けを感じて、背筋が凍りつくのだという。 「霊媒師も、拝み屋さんも、客観的証明のしようがない曖あい昧まいなものを扱う仕事ですけど、だからこそ、何が起きるか予測のつかない危ない仕事なんだとも思います。郷ごう内ないさんも本当にご用心してくださいね。四十年以上のベテランだった祖母でさえ、たった一回の〝想定外〟に出くわしただけで、やめてしまうような仕事なんですから……」  かすかに憐れん憫びんの漂う声こわ風ぶりで、有花さんは私にそう告げたものである。 〝想定外〟ならもう、すでに出くわしてしまっている。  私は私で、なかなかのっぴきならない苛か酷こくな現実に直面しているのだ。  偽りの記憶を頭に刷りこまれるという苦痛は、被害に遭った者でなければ分からない。だから私も時々、恐ろし過ぎて耐えられなくなってしまいそうな時がある。  その身に起きたおぞましい災禍など、やはり覚えていないに越したことはないのだ。なぜなら記憶というのは、自分の意思では決して消すことのできないものなのだから。  複雑な思いを巡らせながら、私は真っ暗闇の田舎道を自宅に向かって急いだ。

怪物の夢Ⅱ


 二〇一四年十月下旬、冷たい秋雨が降りそそぐ肌寒い晩。私は再び厭いやな夢を見た。  夢の中で私は、中学二年生の無力で無抵抗な、ひどく脆ぜい弱じやくな少年に逆戻りをしている。  中学時代の教室で自分の机に向かってじっと座り、私は深く顔をうつむかせている。  周囲では級友たちの談笑する明るい声が、さざ波のごとく静かに耳へと入ってきた。  とても楽しそうだと感じる。でも私は、彼らの輪の中に入っていくことができない。  どれだけ私が声をかけても、彼らは私のほうを決して振り向こうとはしないからだ。  無言の疎外感から生じる冷たい寂しさに打ちひしがれ、私はさらに深々と項うな垂だれる。  周囲の談笑が賑にぎ々にぎしく、明るくはずめばはずんでいくほど、私の心は沈んでいった。  どうして私は、こんなところにいるのだろう。私の存在意義とは、なんなのだろう。  言葉にならない悲しさに胸が詰まって、涙がこぼれ、しだいに死にたくなってくる。  こんなところにいて、ごめんなさい。生まれてきてしまい、すみませんでした……。  彼らに向かって泣きながら謝るけれど、それでも彼らは私の顔を見ようとはしない。  泣きながら謝り続け、それでもみんなに無視され続け、私はますます悲嘆にくれる。  まるで生きながら幽霊にでもなったかのような心地で、それでも私は謝り続ける──。  なおも冷たい雨がしとしと降りしきる正午近く、いかにも重たい気分で私は目覚めた。  殴られたり蹴けられたり、私物を隠されたり、あるいは罵ば声せいを浴びせられたり──。  そんなことは、ただの一度もなかった。  代わりにあったのは、石のように強固で冷たい沈黙と、乾いてざらついた教室の空気。それから時折、視線の端に垣かい間ま見える級友たちの薄笑い。横目で私を見ながら浮かべる、不穏な含みのこもった奇妙な薄笑いだけ。  ただそれだけが、あるばかりだった。  ひたすら静かで孤独なこの地獄は、私が三年生に進級するまで休むことなく継続され、新学期が始まるのと同時に、突然終息を迎えた。  ある日の休み時間、級友の何人かが、まるでこの一年間、何事もなかったかのように平然と私に声をかけてきたのをきっかけにして、長い集団無視は終わりを告げた。  その後は極めて平板な学生生活を送り、私は中学を卒業している。  ただ、卒業するまで級友たちとは、上辺だけの付き合いしかできなくなった。  薄気味が悪かったし、怖かったのである。  理由も明かされないまま一年間も無視された末、今度はなんの申し開きもないままに、私はクラスの輪の中に復帰させられたのだ。彼らの気ままに付き合わされているとしか思うことができず、多大な不信感を抱かざるを得なかった。  大体、あの集団無視さえなければ、私は加奈江と出遭っていなかったのかもしれない。今さら彼らに恨みはないが、事の発端を鑑かんがみると、複雑な思いに駆られることはあった。  理由も知らされないまま、集団無視という仕打ちを受ける羽目になったあの頃の私は、夢の中で桐島加奈江という美しい少女を見いだし、つかのま彼女の優しさに溺おぼれた。  ところが彼女の正体は〝得体の知れない化け物〟で、彼女の素性に疑問を抱いた瞬間、真夏の住宅地で生死を賭かけた鬼ごっこをさせられるという、悲惨なオチがついてしまう。  まさに弱り目に祟たたり目である。  考えてもみれば、あまりにも理不尽過ぎる話ではなかろうか。  こんな憂き目に遭わされるほどのことを、私は何かしでかしたのだろうか?  おまけに災禍はこの時のみにとどまらず、私のその後の人生も延々と蝕むしばみ続けている。それもPTSDやAPBSなどより、はるかに深刻で具体的な危機感を孕んで。  虐げられるといえば、二度目の災禍が訪れた時もそうだった。  あの頃も私は、他者からひどく虐げられていたのである。ただ、かつての級友たちと決定的に違うのは、二度目の他者は私に対して明確な悪意を持ち、より具体的な言動と行動をもって、私を徹底的に責め苛さいなんだということである。  中学時代の集団無視が〝静かな地獄〟なら、この時の地獄は〝荒れ狂う地獄〟だった。後にも先にも、対人関係でここまで追いつめられた経験は他にない。  そんな地獄のさなか、忘れかけていた悪夢は予想だにしない形で再開された。  一九九九年。私が二十歳で、まだ拝み屋を始める以前のことである。  当時、私はあるサービス業のチェーン店でアルバイトをしていた。  美術専門学校を卒業後、就職口が見つからなかった私は、アルバイト生活をしながらイラストレーターを目指し、地道に創作活動をしていくつもりだった。  ところが勤め始めた職場は、今でいうところのブラック企業というやつだった。  長くなるのでくわしい経緯は省略するが、バイト開始から一年ほどで店長が店を辞め、代わりに私が、待遇は変わらず時給制のバイトという形で店長代理をやらされた。  連日、本分である接客業務の合間を縫いながら、わけの分からない書類仕事をこなし、シフトの作成や売上の管理まで、本来は店長がすべき仕事を全てやらされた。  本部にも打診したが、店の業績が悪いため、新しい店長を雇う余裕などないと言われ、けんもほろろに突っぱねられた。ちなみに店長どころか、店には正社員すらいなかった。  代わりに本部が差し向けたのが、隣町の別店舗で店長を務める、鬼き頭とうという女だった。定期的に彼女を視察に向かわせるので指示に従えというのが、本部からのお達しだった。  ところが、この女がとんでもない曲くせ者ものだったのである。  売上に関する嫌味に絡め、「書類仕事も満足にできない」「日本語が不自由過ぎる」、挙げ句の果ては「最終学歴は幼稚園か?」「犬のほうがまだ賢い」などといったことを私に向かって平然と宣のたまう。鬼頭というのは、概おおむねそのような人格の女だった。  鬼頭が来店時に床掃除をしていれば、「カウンターにいろ、馬鹿!」と怒鳴られたし、カウンターで仕事をしていれば、「掃除をしろ、馬鹿!」と脛すねを蹴け飛とばされた。  私のすることに対して、何もかもが否定的。それを伝える手段は罵ば詈り雑ぞう言ごんと暴力のみ。今でいうところのパワハラというやつを、私はだいぶかまされたのである。  何度か退職を願い出たこともあるが、「無責任なことを言うな!」と悪し様に罵ののしられ、分厚い電話帳で頭を殴られた挙げ句、半ば脅迫するような形で引き止められた。  今振り返れば、そんな脅しなど突っぱねて、さっさと辞めてしまえばよかったのだが、当時は若く、世間のこともよく知らなかったため、私はその後も渋々仕事を続けた。  店は朝昼晩の三交代制で仕事が回っていたが、欠勤とシフトの変更が異様に多かった。従業員は私を含め、全員がアルバイト。しかも学生が多かったことに起因する。  試験期間や祝祭日には平然と休みを入れられ、遅刻や無断欠勤もほとんど日常茶飯事。バイト経験がもっとも長く、年長でもあった私が、彼らの穴を埋める羽目になった。  朝の九時前に出勤して、店が閉まる深夜一時過ぎまで働きづめというのがザラだった。休日も欠勤したバイトの代わりに出張らされることが多く、身体を休める暇すらもない。気づけばもはや、片手間で絵を描くどころではなくなってしまっていた。  鬼頭にバイトの増員を嘆願しても、「それなら結果をだせ、この給料泥棒!」などと怒鳴られておしまいだった。仕方なく、孤立無援の状態でしばらく頑張ってみたものの、二年ほどで心身ともにほとほと疲れ果て、とうとう私は限界を迎えてしまう。  あの日のことは、今でもよく覚えている。  二〇〇一年のそろそろ暮れも押し迫る、とても寒い朝のことだった。  昨日の疲れも癒いえないまま目覚めると、無性に死にたいと思う自分がいた。  この日も店の開店から閉店時間まで、シフトを入れられていた。おまけに午後からは鬼頭も店にやってくる。想像しただけで気持ちが鬱うつ々うつと沈んでいくのが分かった。  ようやく布団から抜けだしても、仕事に行く気などもはや微み塵じんも湧き立ちはしない。  ならばもういい。今日限りで店からもこの世からも、さよならしようと心を決める。  死ぬなら飛び降りがいいと思った。手軽そうだし、一瞬で事が済みそうな気もした。  思い立つとだらだらしているのも嫌だったので、すぐに着がえて部屋を出た。  玄関口で靴を履いていると、母が「いってらっしゃい」と言いながら弁当をよこした。目も合わせずに弁当を受け取り、「いってきます」とだけ言って車に乗りこむ。  田舎なので投身できそうなビルがあるのは、車で三十分ほど走った市街地にしかない。駅前の大型デパートがいちばん手頃だろうと判じ、迷わず車を発進させた。  早くも死人になったような心地で黙々と車を走らせ、デパートまでたどり着く。  螺ら旋せん状のスロープで構成された立体駐車場を上り、人気のない屋上の駐車スペースに車を停めると、車内で遺書を書きしたためた。  戯たわ言ごとのような駄文を書き終えると、車を降りて迷わず屋上の鉄てつ柵さくへと向かう。  高さ一メートルほどの簡素な作りの柵だったので、越えるのはたやすかった。  鉄柵を乗り越えてビルの縁へりへと屹きつ立りつする。うしろ手に柵を摑つかみながら眼下を見やると、路上を行き交う人も車も蟻のように小さく、ちっぽけなものに見えた。  同じく自分自身も、甚だ卑小で無意味な存在だったのだな、などと思う。  屋上に吹き荒すさぶ師走しわすの風は、骨身に沁しみるほど冷たく、黙って風に身を晒していると耐えがたいほどの寒気を感じ、早く楽になりたいという衝動がますます高まった。  落下による巻き添えをださないようにと、着地点と定めた歩道付近の様子をうかがう。路上を行き交う人影はまばらで、覚悟が決まればいつでも飛べそうな雰囲気だった。  意を決し、鉄柵を摑む手の力をゆるめ始める。続いて少しだけ前傾姿勢になる。  あとはこのまま手を離せば、数十メートル真下の路上に叩たたきつけられて終わりである。  ざまあみろ──。  毒づきながら手を離しかけた時、歩道を歩く小さな人影が、ふと視界の端に留まった。  決心が鈍る。早く行け。  焦じれながら向こうの動きを見ていると、やがて人影は私の真下でぴたりと足を止めた。続いてゆるゆると花の開くような緩慢な動きで、こちらに向かって面をあげ始める。  まもなく小ぶりな細面がほぼ九十度、こちらに向かってありありと晒された。  互いの目が合う。互いが互いを認識し合う。  とたんに身体が、総毛立つ。  地上から私を見あげているのは、加奈江だった。  たとえ遠目からでも、はっきりと分かった。  腰まで伸ばした長い黒髪に、色の生白い小さな顔。黒い真珠のごとく煌きらめく双そう眸ぼう。  戸外は霜が降るほど凍てつく寒さだというのに、服装は相変わらず、白いTシャツにロングスカートという出いで立ち。  その姿の何もかもが、当時と寸分違たがわず同じだった。  長い歳月を経ても、まったく成長していない加奈江の姿に、心の芯しんからぞっとする。  ありえざる邂かい逅こうに私が慄おののき、身を竦すくませているうち、加奈江ははるか遠くの地上からとびきりの笑顔を輝かせ、やおら私に向かって「おいでおいで」をし始めた。  人違いだと思いたかったが、思わせてくれなかった。  真冬の凍てつく寒空の下、あんな薄着で外をうろついている人間などいるはずもない。  茫ぼう然ぜん自失となった私は、死ぬ気もすっかり消え失うせ、屋上の駐車場に停めていた車に乗りこむと、螺旋状になったスロープを猛スピードで駆けおりた。  スロープをおりきった出口の先は、加奈江が立っていた、まさにあの歩道の前である。すれ違う可能性は十分に考えられたが、人気のない屋上へ向こうから出向かれるよりは、はるかにマシだった。進退窮まる思いでスロープを猛然とおり続ける。  やがてスロープを半分ほど下った曲がり角付近で、再び加奈江とばったり出くわした。あやうくハンドルを切り損ねて、場内の太い柱に激突しそうになる。  歩道から立体駐車場の中へ入りこみ、こちらへ向かって上ってきていたのだろう。  加奈江はスロープの端側を歩き、私の顔を見ながら笑っていた。  正面からその姿をしかと見やれば、シャガールの『青いサーカス』がプリントされた白いTシャツに、花柄模様のロングスカート。足には三つ折りに畳んだ白いソックスにクリーム色のスニーカーも、しっかりと履いている。  やはり間違いなく加奈江だった。  だがそれは、先ほど屋上から見た加奈江でも、あの頃、夢の中の楽園で微笑んでいた優しい加奈江でもなかった。  スロープの端をまっすぐ歩いてくる加奈江は、両目を皿のようにかっと大きく見開き、真一文字にばっくりと裂けた口を三日月のように広げて、嗤わらっている。  忘れもしない。  あの夏の日、住宅地で遭遇した、壊れた桐島加奈江の顔だった。  悲鳴をあげながら加奈江の真横を猛スピードで通り過ぎる。螺旋状に曲がりくねったスロープを飛びだすなり、あとは無我夢中でアクセルを吹かした。  車でなければ、おそらく捕まっていただろうと思う。だがどうにか私は逃げおおせた。その後は市街地を全速力で抜けだし、私は加奈江の追跡を免れた。  またもや弱り目に祟たたり目というやつである。  我ながら、未いまだに思い返すも悲惨極まりない話なのだが、事実である以上仕方がない。発端も経過もまったく異なってはいるにせよ、忘れかけていた悪夢の再開はまたしても、〝他者から受けた心ない悪意〟が引き金となっていた。  あるいは、生きる気力が著しく失われた私の心が引き金になったものか。  いずれにしても、まるで私に漂う〝死の臭い〟を嗅かぎつけてやってきた死神よろしく、加奈江は十年近いブランクを経て、再び私の前へと姿を現した。  ちなみに私が身投げをしようと選んだ、市街地の駅前にある大型デパートというのは、中学時代に私が馴な染じみにしていた熱帯魚店からそう遠からぬ、同じ街の上に建っている。  他に飛び降りられそうな建物がなかったため、意図して選んだわけでは決してないが、今となって振り返れば、私はかつて加奈江と過ごした忌まわしい記憶が色濃く漂う地を、自らの死に場所として選んだということになる。  夢と現実という大きな差異はあるにせよ、かの街の駅前周辺は、少し見方を変えれば〝加奈江のテリトリー〟と考えることもできる。そんな場所にのこのこと足を踏み入れ、私は再び加奈江と出くわす羽目になったのだ。  それは果たして単なる偶然だったのか、それとも視えざる何かに引き寄せられたのか。今となっては藪やぶの中だが、私と加奈江の第二幕はこの日を境に始まった。  人の悪意のもたらす地獄は、果てることを知らない災禍へ引き継がれたというわけだ。まったくもって、どこまでも救いのない話である。私が一体、何をしたというのだろう。中学時代の級友たちに対しても、鬼頭に対しても、そして加奈江に対しても──。  陰気に頻しき降ふる蕭しよう雨うの音を聞きながら、布団の中でしばし悶もん々もんと思いを巡らせてみたが、いかほど思いを巡らせようと、答えらしい答えが出ることはなかった。  ならばこれは保留でよい。思いが堂々巡りをするだけで、愚痴っぽくなるだけである。答えが出ないことに長々と思考を費やすほど、時間は潤沢にはないのだ。  がばりと布団から身を起こすなり、がらりと気持ちを切り替えた。  今必要なのは、意味のない愚痴や感想などではない。仮説でも憶説でもなんでもよい。とにかく些さ細さいな取っ掛かりでも構わないから、過去から今へと連なり続けるこの災禍を収束させる、なんらかの指標を見いださねばならないのだ。  しっかりしろよと自分に言い聞かせながら布団を抜けだし、洗面所で顔を洗う。  冷たい水を繰り返したっぷり顔に叩きつけていくうち、昨夜見た中学時代の厭いやな夢も飛沫しぶきのごとく意識の方々へとはじけ、生々しい情感も希釈されて薄まっていった。  夢の記憶の霧散と入れ替わるようにして、再び現実的な思考が意識の上へと立ち返る。  シャガールか。それも『青いサーカス』ときた。なぜに『青いサーカス』なのか。  取っ掛かりはなんでもよい。まずは調べたうえで考えてみること。それに尽きる。  さっそく資料を取り寄せることにした。

愛しのベラ


 マルク・シャガール。一八八七年、ロシア(現ベラルーシ)生まれの画家。  生涯にわたって、美しき妻ベラを一いち途ずに愛し続けたことや、恋情や結婚生活について材をとった作品が多いことから、別名「愛の画家」とも称される。  加奈江のTシャツにプリントされている『青いサーカス』は、深い青一色に染まった背景の中央に、空中ブランコをおこなう赤い衣装の女性が、逆さになって描かれている。女性の周囲には緑色の馬の頭や、太鼓を叩く鶏、明るく輝く黄色い満月の中で弦楽器を抱きこむようにして佇たたずむ目のついた三日月、花束を持つ魚などが配されている。  巨大な天幕の下、外部から隔絶された空間で催されるサーカスは、〝非日常〟という世界を観客たちに体験させる、いわば夢の世界の再現とも言うべきものである。  シャガールの『青いサーカス』もまた、そんな非日常の世界観をありありと醸しだし、夢ならではの浮遊感や摑つかみどころのなさ、幻想的な美しさを感じさせる作品だ。  ただ、私自身は別段、シャガールのファンではないし、特に造ぞう詣けいが深いわけでもない。『青いサーカス』についても平板な感想しか持ち得ていないし、自分が絵を描くうえで何がしかの影響を受けたこともなければ、参考にしたことすらもなかった。  けれども加奈江のTシャツにプリントされているのは、『青いサーカス』なのである。  加奈江は別に、芸術が好きな娘ではない。絵に関する話など、一度もしたことがない。加奈江がいつも語るのは、魚の話とくだらない冗談ばかりと相場が決まっていた。  加奈江が現世に現れるようになって以降は服装が固定され、いつでもTシャツの柄は『青いサーカス』になってしまった。けれども、夢の中で過ごしていた頃は違っていた。同じシャガールでも、妻ベラとの幸福な結婚生活の情景を抽象的に描いた『誕生日』や『街の上で』という作品、晩年に描かれた『イカルスの墜落』など、その時々によってTシャツの柄は毎回、異なっていたのである。  だがそれにしても、やはりシャガールはシャガールなのだった。  Tシャツの絵は、私の好きなスーラやミュシャでもなければ、クリムトでもなかった。どんな時でもシャガールの作品ばかりだった。  先述したとおり、シャガールは別名「愛の画家」と称されるほど、愛や結婚に関するテーマを終生、自身の作品に数多く取り入れた画家として知られている。  そして彼の作品におけるもうひとつの特徴が、『青いサーカス』にも顕著に見られる独特の浮遊感と、抽象的なモチーフと構図で表現された非現実的な世界観にある。  今になるとシャガールの絵はまるで、夢を夢だと裏づける暗あん喩ゆのごとく感じられた。  まるで私に「早く真実に気づいて目を覚ませ」とでも言うように、加奈江の胸元にはいつでもシャガールの絵が、色鮮やかに面を覗のぞかせていたのである。  私を幻想的と呼ばないでほしい。  反対に私はレアリストなのだ。  これは自伝『シャガール わが回想』で、シャガール自身が叙述している言葉である。  宙に舞いあがる恋人たちや魚といった、いかにも幻想性の強い諸作の印象とは裏腹に、シャガールは空想好きの夢想家などではない。むしろ日常に感じ得た様々な想いを始め、ふたつの世界大戦に翻ほん弄ろうされ、目まぐるしく変わっていった当時の世相に対する憂いや怒り、希望などを鮮烈な表現と色彩感覚で作品に投影する、現実派の画家だった。  彼が生涯にわたって諸作の中に描き続けた世界は、夢に着想を得た意味不明な事象や、怠惰な夢想の末に表出された世界などではなく、己おのが人生の折々で生々しく思い抱いた、彼自身の偽らざる感情の発露だったのである。  シャガールと比べてどうなのかは知る由もないが、私も基本的には現実主義者である。  日頃、霊だの魂だのという、科学的実証が不可能な事柄を多く扱う拝み屋だからこそ、物事の思考の根幹は、世間の常識に根差したものをよすがとしている。  ただしそれは、この世ならざるものや非現実な事象を否定するための価値観ではない。現実という確固たる基盤を持ち、正常と異常を分かつ境界線を自分の中で引くからこそ、怪異に対して公平かつ冷静な観測をすることができる。そのための価値基準である。  私はそうして長い間、心は現世におきながら、必要な状況に応じて視線を幽世へ向け、拝み屋として数多あまたの怪異を観測してきた。怪異の真しん贋がんを含め、本質を見極めるためには、自分自身の揺るがざる立ち位置と、冷静な観察眼が必要不可欠なものと考えている。  加奈江の件も例外ではない。肝心なのは冷静であること、立ち位置を見失わないこと。災禍の規模や長さは関係ない。今回こそは理性を保って、事態の収束に臨むべきである。  シャガールについて深く知れば、あるいは何かヒントが得られるのではないかと考え、あれこれ資料も集めて調べてみた。けれども残念ながら、直接的な解決に繫つながるような情報は何も出てくることはなかった。  果たして加奈江がシャガールの諸作を写したTシャツを着ていたのは、単なる偶然か。それともなんらかの暗喩を含んだ必然だったのか。  早く真実に気づいて目を覚ませ──。  唯一頭に思い浮かんだのは、極めて抽象的で短いフレーズのみである。  資料によればシャガールは、絵画に暗喩的な要素を取り入れた、最初期の画家だった。現実主義者であるシャガールの思想から鑑みると、やはり然さ様ような意味になるのだろうか。  ただ、中学時代の夢とシャガールの間にこれ以上の関連性が見いだせないのであれば、シャガールに関する考察はこのあたりで切りあげてもよいかと感じた。  シャガールがベラを心から愛し、大事にし続けたように、妻を想う気持ちは私も同じ。真弓を守りきるためにも、立ち止まっている時間など私にはなかった。

怪物の夢Ⅲ


 地元にそびえる山々が、赤や黄色に燃えるがごとく色づき始めた、十一月の初旬。  その日の午後六時過ぎ、私は隣町の郊外に位置するショッピングモールにいた。  半時ほど前、午後の出張相談を終えて家路をたどるさなか、携帯電話に着信が入った。  出ると、夏場に知り合った若い女性の相談客からだった。最近勤め始めたケーキ屋のケーキを差し入れしたいので、都合をうかがいたいのだという。  彼女が勤めるケーキ屋は、私が車を走らせる市街地の只ただ中なか、それもかなり近くにある。わざわざ仕事場まで持ってきてもらうのも悪いと思ったため、予定を尋ねてみたところ、「でしたらショッピングモールで会いましょう」という運びとなった。  モール内のフードコートで待っていると、まもなく彼女はケーキを持って現れた。  挨あい拶さつを交わし、ケーキのお礼を丁重に述べながら、ついでに彼女の近況も尋ねてみる。その後は何も変わりはなく、平穏無事な暮らしを続けられていると、彼女は答えた。  けれども半面、夏場に起きた怪異については、未いまだに不安を感じることがあるという。面差しに浮かぶ薄い陰りを見れば多くを語らずとも、それは十分に察することができた。ケーキの代替わりだと思い、しばらく話に付き合うことにする。  夕飯時というせいもあり、周囲のテーブルは食事を楽しむ家族連れやカップルなどで、がやがやと盛大に賑にぎわっていた。  また、この日は昼からずっと白糸のような雨が降り続いていた。雨足は日が暮れてもまったく衰える気配を見せず、周囲で賑わう客たちの声に重なって、絶えずさらさらと冷たげな雨声が聞こえてくる。そのため、あまり周囲を気にすることなく、秘密めいた話をするには最適な環境となっていた。  この夏、彼女の身に起きたのは、〝もうひとりの自分〟にとり憑つかれてしまうという、非常に特殊な事例だった。  要するに彼女は、自分自身の生き霊にとり憑かれたのである。  災禍はすでに潰ついえたものの、彼女の心に残った傷は生々しく、また同じようなことが起きるのではないかと、折に触れては彼女の胸をざわめかせていた。  むべなるかな、と思う。  それほどまでに彼女が体験した怪異は物もの凄すさまじく、私自身も怪異を終結させるまでの過程においては大いに慄おののき、消耗させられたのだから。 「自分がやるべきことをしっかりがんばっていれば、大丈夫。とにかく今は前を向いて、目の前にある現実に一生懸命取り組んでいくことだよね」  言葉をかけると、彼女はいくらか自信を取り戻したようで、私のほうも安あん堵どする。  その後、フードコートで彼女と別れ、外へと向かって歩き始めた。  人波で賑わうメインストリートを進みながら、数年前の出来事に記憶を巡らせ始める。  実はこのショッピングモールは、三度目に加奈江と遭遇した、曰いわく付きの場所だった。  客の混み具合は当時と比較にならないほど少なかったが、当時の記憶を眼前の風景に重ね合わせれば、あの日に起きた意想外の出来事が脳裏に鮮やかな像を結んで蘇る。  二〇一〇年の正月のことだった。年の瀬に眼鏡のレンズを片方紛失してしまった私は、新年早々、このモールにテナントを構える眼鏡屋へ車で出向くことになった。  たまさか私の実家に泊まりにきていた結婚前の真弓も連れ、初売りを冷やかしがてら、レンズの注文をする予定だったのである。  ところが店へと向かう車の中で、私と真弓は珍しく口論になってしまう。  今となっては、くわしい内容など覚えていないため、些さ細さいな揉もめ事だったのだと思う。けれども駐車場に車を停める頃には、すっかり険悪なムードができあがっていた。  苛いら立だちながら車を降りると、私は眼鏡屋を目指してずかずかと歩きだした。  すかさず真弓も私の背中を追ってついてきたが、構わず無視して店の中へと入る。  真弓は仲直りがしたいのだと察してはいた。だが、それでも腹の虫が治まらない私は、真弓を無視してひとりでさっさと眼鏡屋に入った。  それから数十分ほどが過ぎ、レンズの注文を終えて店を出ると、いつのまにか真弓の姿が見えなくなっていることに気がつく。  大方、ひとりで店内をぶらついているのだろうと呆あきれ、私も店内の散策を始めた。  初売りだったので、店の中は普段よりも大勢の客でぎゅうぎゅうとごった返していた。家族連れも多かったが、カップルで来店している客もそこかしこに散見される。  初めのうちは苛々が晴れず、はらわたの煮えくり返るような思いで歩いていた私も、楽しそうに店内を歩くカップルの姿を見るにつれ、そのうちだんだん胸が痛んできた。  新年早々、嫌な思いをさせられたが、それは真弓だって同じである。  せっかくの正月に、自分は一体何をしているのだろうと、恥ずかしくもなってくる。  フードコートで彼女の好きな料理でも食べながら、早いうちに仲直りをしよう。  上着のポケットから携帯電話をとりだして、真弓の番号をコールする。  電話を耳に押し当て、真弓が出るのを待ちながら、眼前の往来を眺めていた時だった。人波を見渡す私の目が、ぴたりと止まった。  コートや厚手の防寒着を着こんだ人波に混じって、白いTシャツが目に入ったのだ。  なんともいえぬ厭いやな予感を覚え、Tシャツに向かってそっと目を凝らす。  胸元にでかでかと、シャガールの『青いサーカス』がプリントされていた。  そのまま視線をさげると、花柄のロングスカートが人込みの中にちらついて見えた。  足にはクリーム色のスニーカーと、三つ折りに畳んだ白いソックスを履いている。  厭な予感がみるみる顕在化していくにつれ、動どう悸きも急激に速まっていく。  視線をTシャツから上へと向けた瞬間、のどの奥から声にならない悲鳴があがった。  通路を行き交う人込みの中に、加奈江がこちらを見つめて屹きつ立りつしていた。  すかさず視線をそらそうとしたが、もう遅かった。刺し合うように目が合ってしまう。  加奈江は私の顔を視認するなり、両目をかっと見開き、大仰に笑ってみせた。  この時点で前回の遭遇からすでに十年近くが経っていた。時の空白が長過ぎたゆえに、完全に油断していた。私は再び、加奈江の存在を忘れていたのである。  正気が潰つぶれたような笑みをこしらえ、加奈江がまっすぐこちらへ向かって歩いてくる。周囲を行き交う客たちは、加奈江の前進に肩を引っこめたり、道を譲ったりしていた。  人込みの中を並んで歩く若いカップルの間に向かって、加奈江がずかずかと前進する。ふたりは加奈江とぶつかる直前で左右に分かれ、加奈江のために道を開けた。  他の客も、皆そうだった。一直線に突き進む加奈江に対し、あわてて道を開けている。  その様子を目の当たりにして、思わず凝然と目を瞠みはる羽目になった。  加奈江の動きに合わせて、道を開く周囲の客たち──。  それはすなわち、他の人間にもこの女が見えているという確たる証あかしだった。  一体何がどうなっている? たちまち頭が混乱を来たし始める。  その場でがちりと固まる間にも、加奈江はこちらへ向かってぐんぐん近づいてくる。  加奈江と肩がぶつかった若い女性が「すみません」と、加奈江に小さく頭をさげた。  ──やはり視えている。  呆気あつけにとられながらも、はたと我に返れば、人込みの只中を突き進んでくる加奈江は、もうすでに残り五メートルというところまで距離を縮めていた。  あわてて加奈江に背を向け、私も人込みを縫うように早足で歩きだす。  本当だったら全力疾走で逃げだしたいのだが、人波に揉まれて思うように足が進まず、早歩きが限界だった。電話を耳に押し当てたまま、緩慢な歩調で前へ前へと進んでいく。  歩きだして数秒ほどしたところで、ようやく真弓が電話にでた。 「ごめん、マナーモードにしてて分からなかった……」  か細い声で謝る真弓の言葉をさえぎるようにして、「今どこにいる?」と訊きき返す。  だが、真弓の言葉は震えて要領を得なかった。私がまだ怒っていると思っているのだ。 「ごめん。もう怒っていない。それより今どこにいる? 周りにどんな店が見える?」  真弓と話しながら背後を振り返る。すでに加奈江は、私から三メートルほど後方まで接近してきていた。顔には相変わらず、壊れたような笑みが貼りついている。 「……コーヒー豆を売ってるお店と、あとアイスクリーム屋さんが近くにある」  おどおどした声で真弓が答える。  真弓の言うコーヒー屋とアイスクリーム屋は、私の歩く先とはまったくの逆方向──加奈江が迫りくる、そのはるか後方にある。思わずのどから荒いため息がこぼれた。  歩きながら振り返ると、加奈江は小首を傾げ、声もださずに胸元だけで笑ってみせた。  すぐさま電話で真弓に指示をだして、店の外へ出てもらうこともできる。  店外であれば、人込みでごった返す店の中より、合流するのはまだたやすい。  ただ、真弓がこのショッピングモールに来るのは、この日がまだ数度目のことだった。加えて、店の面積は腹立たしいほどにだだっ広く、また、それなりに入り組んでもいる。歩き慣れていない真弓が迷うことなく、すんなり外へ出られる保証はなかった。  それに、万が一である。馬鹿げた考えかもしれないが万が一、加奈江の矛先が私から、真弓のほうへ切り替わってしまったら──。  厭な予感が脳裏を掠かすめると、とても真弓をひとりで歩かせる気になどなれなくなった。 「分かった。すぐにそっちに行くから、絶対にそこを動くな!」  そんな気はないのに鋭い声が出てしまう自分が嫌だった。真弓は私の声に怯おびえていた。  再び背後を振り返る。加奈江はもう二メートルほど近くにまで接近していた。  どの道、このままのペースだと確実に捕まる。  ままよと思いきって踵きびすを返し、人込みを搔かき分けながら加奈江のほうへと向き直った。  私が振り返ると、加奈江は一瞬驚いたような顔を見せた。が、すぐに元のはち切れた笑顔に立ち返ると、さらに歩調を速め、私へ向かって一直線に近づいてくる。  加奈江に対してできるだけ斜めに歩き、真正面からの接触を防ぐ。  人込みを盾に、斜めに、前へ、斜めに、前へ、斜めに、前へと進んでいく。  加奈江は逆に人込みをこじ開けながら、私の真横にぴったり貼りつこうとしていた。  互いの距離があと一メートルから二メートルという、ぎりぎりの死線を保持しながら、ついたり離れたりを何度も何度も、繰り返す。  けれども私のほうは、そろそろ気力が限界だった。  口の中がからからに干あがり、胃も握り潰されたかのようにきりきりと痛んでくる。これ以上、加奈江の顔を見ていたら、どうにかなってしまいそうだった。  進退窮まり、周りが避よけてくれるのを頼んで、思いきり駆けだす。  前方の客たちは、私の急な突進に驚いたようだったが、どうにかぎりぎりのところで道を譲ってくれた。そのまま一気に進んでいくと、人込みが『十戒』のモーゼよろしく、まっぷたつに割れていく。  これでなんとか振りきれる。確信しかけた時だった。 「しにぞこない」  耳元で、およそ十五年ぶりに蘇よみがえるあの忌まわしい声が、ぼそりと小さく囁ささやいた。  驚いて振り返ると、加奈江の顔が真横にぴたりと貼りつき、私を見あげて笑っていた。  その後はなりふり構わず、全力疾走で真弓の待つ店の前まで駆け抜けた。  やがてアイスクリーム屋の前までたどり着くと、真弓は店の前で暗い顔をうつむかせ、所在なげに佇たたずんでいた。急いで手を引き、周囲に目を光らせながらその場を離れる。  幸い加奈江の姿は、もうどこにも見えなくなっていた。 「しにぞこない」か。  当時の記憶を振り返りながら、心の中でひとりごちる。  確かに二十代前半の冬、デパートの屋上から飛びそこなった私は死にぞこないである。それについて否定するつもりは毛頭ない。  けれどもずいぶんとご大層な嫌味じゃないか。一体いつからそんなひどい悪たれ口を吐きだせるようになったのか。化け物のお前にそんなことを言われる筋合いはない。  化け物、か。  中学時代の夢の中、加奈江が猫を被かぶって、私に本性を隠していたのでないとするなら、あいつは私にこんなひどい言葉を浴びせる娘では決してなかったはずだ。  一体、何が加奈江をここまで変えてしまったのか。  言葉のみならず、行動自体もそうだし、皿のように大きくなる目や、耳の付け根までばっくりと裂ける口もそうである。この現実世界で遭遇する加奈江は、その何もかもが夢の中の加奈江と、あまりにもかけ離れた存在になっていた。  こんなことを考えてみる。  中学二年生の八月、現実と虚構の瑕か疵しに気がつき、夢の楽園を逃げだした私はその後、正気を取り戻し、元の日常へ立ち返ることができた。無事に立ち返ることができたのは、ひとえに私が本来生きるべき世界が、この現世だったからこそだろう。  一方、加奈江のほうはどうだったのだろうか?  それについては加奈江の正体が何者であるのかを、まずは明確にしなければならない。  先刻、フードコートで話した相談客の身に降りかかった怪異を、再び思い返してみる。  彼女はこの夏、自分自身の無意識が創りあげた〝もうひとりの自分〟に苦しめられた。怪異としては極めてイレギュラーな事案ではあったが、少し視点を変えて考えてみれば、私自身の身に起きていることも、あるいは同種の怪異と言えなくはないだろうか?  すなわち桐島加奈江を、私自身の生き霊とする説である。 「誰の心にも怪物はいる」  これは九月の終わり頃、先ほど会った彼女に向かって、私が語ったひと言である。 「誰の心にも」というのは、私自身の心も含めてのことだった。  加奈江が私の意識の外より飛来した魔性ではなく、私の心の内から生まれてしまった一種の生き霊と仮定した場合、おのずとこんな推察が成り立ってくる。  あの日が来るまで、加奈江は生まれてこの方、外の世界に出たことのない存在だった。私を追ってこの現世へ足を踏み入れた瞬間、加奈江は変わってしまったのである。  生身の人間である私が生きるべき世界は、自然科学の理ことわりに支配されたこの現世である。だから私がこの世界に生きることについては、なんらの矛盾も生じない。  だが、加奈江のほうは違う。  加奈江は〝夢の楽園〟という虚構の世界に住まう、いわば〝常とこ世よの存在〟なのである。そんな者がこの世に足を踏み入れた場合、世の理は加奈江にどんな役割を与えるか。  答えはおそらく〝化け物〟である。  それも〝規格外〟という仰々しい冠がつく、極めて特殊な〝化け物〟である。  この世に存在してはならない者がこちら側の土を踏んだ瞬間、それは怪異と成り果て、怪異にふさわしき歪いびつでおぞましき存在へと変へん貌ぼうさせられてしまったのだ。  それはちょうど、水槽で飼いきれなくなって河川や沼へと放流された巨大ピラニアや、アリゲーターガーのたどる運命にも似ている。  生まれ故郷の水辺では、ごくありふれた存在であったはずの彼らも、その身を異国の水中へと放たれた瞬間、〝異質で凶悪〟な存在へと成り果てる。生き抜くためとはいえ、異国の河川や湖沼において、本来ならば口にしてはならない数多あまたの在来魚を喰くい荒らし、無自覚のままに生態系を破壊していくその様は、やがて人から恐れを抱かれ、忌避され、いつしか〝怪物〟として認知されてしまうのだ。〝怪物〟にされてしまった彼ら自身もその汚名を返上することなく、死ぬまで脅威を振るい続けることになる。  そこにはもはや、生まれ故郷の水辺に生きてきた彼らの姿はどこにもない。  外来種である熱帯魚を水槽から野へ解き放つことが禁忌であるのと、同じことである。どんな理由があろうと、加奈江もあの〝夢の楽園〟から飛びだすべきではなかったのだ。  この世界の冷然たる理が、加奈江を化け物に変えてしまった──。  確たる証拠はないため、これはあくまでも妄説に過ぎない。だが、これまで見てきた加奈江の凄すさまじい豹ひよう変へんぶりを考えると、なんとなく理に適かなった印象を覚える。  愚か者めが──。  あいつは禁忌を犯した代償に、正気も居場所も、帰るべき場所も失ってしまったのだ。その腹いせに私をしつこく追い回しているのだとしたら、迷惑千万もいいところである。そろそろ決着をつけてやらないと、私もさすがに正気でいられる自信がなかった。  いつ頃からそうなったのかは定かでないが、いつのまにかこの現世に現れる加奈江は、幽鬼や鬼神のごとき曖あい昧まいな存在ではなく、おそらくは誰の目にも認知することができる、〝可視の存在〟にもなっていた。  桐島加奈江という化け物が抱える真の恐ろしさは、この一点にこそ極まる。  何年経っても加奈江の容姿は変わらず、今でも中学二年生のままである。  だからあいつは決して人間ではない。人間になることもできない。  あいつは生身の肉体を持った、得体の知れない怪物である。  都会の喧けん騒そうやうらぶれた路地裏、あるいは奥深い山中や薄暗い森の樹々の合間に紛れ、今日もあいつは世間のどこかをふらふらと、薄笑いを浮かべてさまよい歩いている。  そんなことを考えるだけで、身が竦すくみあがるほどぞっとする。  あるいは吸血鬼か食しよく屍し鬼きのごとく、冬がくるまで土の中で眠ってでもいるものか。  いずれにせよ、あいつが私の目の前に現れるまでには、どうにか備えを固めねば。  じくじくと胃に刺すような痛みを感じながらメインストリートを歩いていたところへ、ふいにうしろから肩をぽんと叩たたかれた。反射的にびくりと身体が跳ねあがる。  振り返ると、先ほど別れたばかりの彼女が立っていた。 「帰り道が同じだったんで声をかけたんですけど、びっくりさせちゃいました?」  私の反応に驚いたのだろう。いかにも申しわけなさそうな顔で、彼女が言う。  ぎこちない笑みを浮かべて「大丈夫」と返したものの、心臓は早鐘を打ち始めていた。 「……あの、ちょっと気になっていたんですけど、何かあったんですか?」  今度は心配そうな顔で、彼女が尋ねる。 「どうして?」と尋ね返すと、フードコートで話をしている最中、顔色がずっと暗くて気がかりだったのだと聞かされた。  たちまち、「しまった」と思う。  自分ではまるで意識していなかったが、少なくとも彼女の目にはそう映ったのだろう。そう言われてみると確かに、私は彼女との会話中、なんとなく上の空だったように思う。彼女ともあまり視線を合わせることなく、話を聞いていたのではなかったか。  大層失礼なことをしたと思い、丁重に謝罪したが、逆に彼女のほうが恐縮してしまい、互いになんともバツの悪い雰囲気になる。 「とりあえず、仕事も生活もがんばっているみたいで安心した。今日はケーキをどうも。そのうちまた会おう。今度は女房が作ったスフレでもご馳ち走そうするから」  今度はできる限り自然な笑顔をこしらえ、彼女に再び礼を述べて別れた。  彼女には不快な思いをさせて悪かったが、素直に指摘されてありがたくもあった。  自分では抑制しているつもりでも、また気づかぬうちに顔に出てしまうかもしれない。ならば真弓にも気取られる可能性がある。真弓には余計な不安を感じさせたくなかった。今後は厳に気をつけねばなるまい。  同時に、どうして私が彼女と視線をあまり合わせられなかったのか、理由が分かった。  多分私は、彼女の〝今〟がまぶし過ぎて、直視できなかったのだろう。  この夏、彼女の身に降りかかった怪異は、解決に至るまで私も多少の手助けはしたが、最終的に事態を完全に収束させたのは、他ならぬ彼女自身の強い意志によるものだった。それも考え得る限り、これ以上はないというほど最良の形で、彼女は事態を収束させた。私は多分、心のどこかでそんな彼女をうらやましく思っているのだろう。  仮に加奈江の正体が、私の生き霊だったとして、彼女と同じことができるだろうか? ましてや、あんな規格外の化け物を相手にである。とてもそんな自信は持てなかった。  できれば再び対峙することなく、加奈江を滅してしまいたい。心がへし折れるような鬼ごっこを強いられるのも、壊れた笑みを向けられるのも二度と御免である。  自分でも弱腰なのは重々承知しているが、それが偽らざる私自身の願いだった。  とにかく打開策を見つけださねば。できれば災禍の迫る、はるか前に。  その後、足早にショッピングモールを抜けだした私は、闇夜に降りしきる冷たい雨をしとどに浴びながら、駐車場に停めた車を目指して走りだした。

彼女を巡りて


■高校時代から十五年近くにわたり、まったく身に覚えのない若い女のスナップ写真が、自分の身辺で発見され続けている。写真に写る女の正体は、未いまだに誰なのか分からない。 (三十代半ば・男性) ■夢の中で出会った美女に、「私と一緒になってください」と迫られた。夢の中なので、「いいですよ」と答えた。翌朝目覚めると、隣で寝ていた妻が死んでいた。 (二十代後半。男性) ■学生時代の同級生に、「自分には強力な守護霊がついている」という女子生徒がいた。ある時、クラスの不良グループが馬鹿にしたら、教室の黒板に大きな亀き裂れつが走った。 (二十代半ば・男性) ■夢の中で花摘みをした。目覚めると右手に、夢の中で摘んだ花が握られていた。 (四十代前半・女性) ■幼い頃、近所の空き家で拾った小さな鏡の破片の中に、綺き麗れいなお姉さんが住んでいた。会話はできなかったけれど、いつも優しく笑いかけてくれるので、わたしは鏡の破片をしばらく大事に持っていた。 (二十代半ば・女性) ■時折夢の中に、ウェディングドレスを着た不気味な女が現れて、げらげら笑いながら私を強く抱きしめる。これまで四人の女性と交際したのだが、交際からしばらく経つと、誰もがウェディングドレスを着た女の悪夢にうなされ、私の許もとを離れていった。 (三十代後半・男性) ■小学校低学年の頃、都内の小さな墓地で毎日、等身大の日本人形と鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたりして遊んだ。当時はなんとも思わなかったけれど、今考えてみると人形にそんなことができるはずなどなく、大層恐ろしく感じている。 (四十代半ば・男性) ■昔、空想で描いた女の子の絵が、今になって夜な夜な枕元に立ち、笑うようになった。 (二十代後半・男性) ■幼稚園の頃、夢の中で優しいケーキ屋のおじさんに、ケーキをごちそうしてもらった。とてもつらいことがあった時だったので、心がほっと安らいだ。けれども成人したのち、そのケーキ屋が実在していたことを知った。店の主人も、まったく同じおじさんだった。〝優しい〟という性格だけを除いては。 (三十代前半・女性) ■昔暮らしていたアパートでは時々、体長二十センチばかりの小さな着物姿の娘が出た。娘は私のことが好きらしく、しきりに私の周囲を跳ね回っては、笑顔を浮かべてみせる。綺麗な娘だったので私も悪い気はしなかったが、半年ばかり経つと、身体がだるくなり、医者に診てもらったところ、血液に関する非常に難しい病気だと診断された。 (四十代半ば・男性) ■昔からピエロの夢を見るたび、起きると自分の意に反して、首を吊つろうとしてしまう。 (三十代前半・女性) ■時々、消したはずのテレビにアイドル風の女が映って、じっとこちらを見つめている。 (二十代半ば・男性) ■生来、一人っ子だった僕は、高校時代のふとした時に「姉がいたらいいのに」と思い、想像の中で理想の姉を創りだした。しばらくは幸福な空想と戯れながら暮らしていたが、そのうち実在するはずのない姉が、僕の前に姿を現した。 (二十代半ば・男性) ■小さい頃から見知らぬ異国の戦場で、幼い子供だけの部隊に入隊させられ、戦う夢を見続けている。生々しい夢で、目覚めたあとも全体の流れを覚えている。夢は成人後も見続けており、夢の中で「もうこんな夢は見たくない」と懇願しているが、同じ部隊の子供たちは、私のことを「敵前逃亡だ!」と罵ののしり、今でも除隊を許してくれない。 (三十代前半・男性) ■見知らぬ海辺の砂浜で、得体の知れない老人に鯛たいを食べさせられる夢を見続けている。夢を見るたび、なんらかの重い病が発症する。 (五十代前半・男性) ■稀まれに夢から覚めないことがある。どこかの牢ろう屋やで一日を過ごし、ようやく目が覚める。 (二十代後半・女性)  二〇一四年の五月、私の初めての単著である『拝み屋郷内 怪談始末』が刊行された。同書には桐島加奈江に関する話も、発端から順を追って詳細に書きまとめていた。  おそらく加奈江の話が呼び水になったのだろう。 『怪談始末』の刊行直後から、少しずつではあるが、得体の知れない夢に関する怪異や、いわゆる〝幽霊〟とは解釈しかねる、正体不明の魔性に魅入られて苦しんだことがある、あるいは今も苦しんでいるという電話やメールが、私の許へ届くようになった。  先に羅列したのは、そんな特異な体験内容の一部を抜粋したものである。  こうした話を聞かせてくれた方たちの大半が、誰にも悩みを打ち明けることができず、長年独りで苦しんでいたのだと語る。  単に〝幽霊らしきものを視た〟という話ぐらいならばいざ知らず、自身の身に起きた怪異の内容があまりにも奇矯なものだったため、口にするのがためらわれたのだという。  仮に話したところで、誰も信じてくれないだろう。信じてくれないだけならまだしも、もしかしたら頭がおかしいと思われるかもしれない。  彼らが口を噤つぐんだ理由は、私とほとんど大差のないものだった。私も『怪談始末』で加奈江の話を公にすることは、かなりぎりぎりの段階まで悩んだのである。  怪異として既定の枠に嵌はめることのできない、他者からの共感が得られにくい体験を告白するというのは、それほどまでに大きな覚悟と勇気を要してしまうものだ。  中には実際に仕事として、解決を希望される方もいた。  対症療法として様々な加か持じ祈き禱とうを試みた結果、それでなんとか解決した事案もあれば、まったく手の施しようのない案件も残り、それらは保留とさせていただく結果となった。  類例の少ない怪異とは、いかに対処が難しいものであるか。  改めて実感させられ、ほとほと戦せん慄りつさせられた。  ただそうした一方で、解決不能と思われた事案であっても、取り組み次第によっては解決できるという実績と示唆を得られたことは大きかった。  ならば加奈江の件も、何がしかの突破口を見つけだせるかもしれない。  寄せられた体験談は、ノートに詳細なデータを書きだし、資料集としてまとめていた。  中学時代に書いた異様な夢の記録と併せ、こちらの資料も折に触れては引っ張りだし、私は連日、頭を抱えながら十一月の初めを粛々と過ごしていた。

眠った花


 けれども結論から言ってしまえば、さして得られるものはなかったといえよう。  ノートにまとめあげた奇怪な資料集は、比較検証や事象の整理という見地においては、適度な気づきをもたらす作用はあった。それは事実である。  だがその半面、加奈江に対抗しうる具体的な回答が得られることは、ついぞなかった。  理由は単純である。集まった資料のうち、加奈江の体験に似た体験であればあるほど、怪異が未いまだ収束していない、未解決状態のものばかりだったからだ。  私と同じような体験をしている者は少数ながらも、確かにこの世の中に存在している。しかし、それだけではなんの実利ももたらさない。こちらが本当に必要としているのは、同系の怪異が解決に至ったという実例とその解決方法、解決までに至るプロセスだった。これが得られない限り、単に同系統の怪異のサンプルを収集・整理しただけに過ぎない。残念ながら、手元に集まった資料の中にそうした解決例はひとつも存在しなかった。  ただ、まったく収穫がなかったわけではない。得られるものもあるにはあった。  けれどもそれは、私の心に平穏をもたらすものではなく、逆に我が身に降りかかった怪異の深刻さをさらに増長するものでしかなかった。  美み知ち恵えさんという、三十代後半の女性から寄せられた話である。  今から五年ほど前のある日、朝食の席で夫の信しん太た朗ろうさんがこんな告白をした。 「今まで黙ってたんだけど、なんだか最近、同じ夢を何回も見るんだよ」  二週間ほど前から、数日おきに同じ夢を見るようになったのだという。  夢の中で信太朗さんは、どこかの神社の境内にいて、古びた拝殿の前に佇たたずんでいる。  拝殿の前には、白衣と緋ひ袴ばかまを召した若い巫女みこがぽつりと立って、こちらを見ている。  面差しに生気や情の感じとれない、まるで人形のような面相をした若い巫女だった。  巫女は信太朗さんの目をまっすぐ見つめながら、しきりに何かをつぶやいている。  だが声は聞こえない。夢の中はまったくの無音で、静寂が耳に痛いほどだからだ。  巫女は無表情な面持ちでひとしきり、ぱくぱくと口を動かすと、最後に薄く笑んだ。  両目を弓のように細めた、性の悪い狐のような笑みに、信太朗さんはぞっとする。  それから視界が溶けるようにぼやけていき、気づくと目覚めて布団の中にいる。  夢は毎回同じ内容だったが、今朝は少し変化があったと、信太朗さんは話を続けた。 「今日は初めて、巫女の声が聞きとれたんだよ」 「なんて言ってたの?」と美知恵さんが尋ねると、信太朗さんは暗い声で答えた。 「『そろそろ殺す準備ができそうです』って言ってた」  予期せぬ陰惨な答えに、美知恵さんはぞっとする。 「夢は夢でしょう? 仕事で頭が疲れているから、そんなヘンな夢を何遍も見るのよ。何か気分転換になることでもしてみたら?」  努めて明るく、励ますように声をかけたが、自分の言葉に説得力を感じなかった。  今は別段、信太朗さんの仕事は取り立てて忙しいわけではない。生活は規則正しいし、家庭問題や対人関係に関するストレスも、特にこれといって思い当たる節がない。  さらに加えて信太朗さんは、昔からかなり頑固な無神論者でもあった。  自宅に神棚を祀まつらないのは当然として、神社仏閣にも無む頓とん着ちやくでまったく興味を示さず、初はつ詣もうでに誘っても面倒がって行こうとしない。せっかく神社で頒布してもらった御守りも居間にほっぽらかしておくような性分である。  神仏に対するスタンスも斯か様ような心得だから、夢見がどうだの、幽霊がどうだのという話題についてはなおさら関心がなく、日頃はそうした話題など一切口にだすことがない。信太朗さんとは本来、そうした価値観に基づいて生きている人間だったはずである。  ところがそんな彼が唐突に夢の話を持ちだして、さらには暗い顔をうつむかせている。萎しおれた様子は日頃との落差があまりにも大きく、美知恵さんをも不安にさせた。 「気にしないほうがいいよ」と言う美知恵さんの慰めに、「ああ、そうだよな……」と信太朗さんは返したが、その面差しにいつもの笑顔が戻ることはなかった。  それから五日ほど過ぎた、深夜のことだった。  寝室のベッドで美知恵さんが寝入っていると、隣に寝ていた信太朗さんの口から突然、奇妙な節をつけた声が大きくあがった。 「身み罷まかりてえぇぇぇ、影もおぉぉぉ、形もおぉぉぉ、無くうううなれどおおおぉぉぉぉ、罷るはあぁぁぁ、神のおぉぉぉ御み心こころのぉぉぉうちいいいぃぃぃぃ!」  信太朗さんは仰あお向むけの状態で目を閉じたまま、蒼あおざめた顔から脂汗をしとどに垂らし、同じ言葉を何度も何度も、叫ぶように諳そらんじていた。  抑揚も言葉の印象も、それはまるで祝詞のりとのような響きだった。  すかさず飛び起き、声をかけながら信太朗さんの身体を揺さぶる。だが信太朗さんは目を覚ますことなく、なおも奇妙な文句を諳んじ続ける。 「身罷りてえぇぇぇ、影もおぉぉぉ、形もおぉぉぉ、無くうううなれどおおおぉぉぉぉ、罷るはあぁぁぁ、神のおぉぉぉ御心のぉぉぉうちいいいぃぃぃぃ!」  そうして数分ほど、同じ文句を一心不乱に繰り返したあとだった。 「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」  天に上っていくような細い声を長々と吐いたあと、信太朗さんは眠るように事切れた。  死因は心不全と診断されたが、裏を返せばそれは「死因不明」ということである。  今でも美知恵さんは、夢の中で夫の身に何か恐ろしいことがあったのだと信じている。誰とも知れないあの巫女に、何かをされたのだとしか思えないのだという。  また、茂しげ代よさんという四十代の女性からは、こんな話が寄せられた。  茂代さんにはかつて、理り子こさんという中学一年生の娘がいた。  理子さんの出産後、まもなく離婚した茂代さんは、それから女手ひとつで理子さんを育てることになった。幼い頃の事情で天涯孤独の身にあった茂代さんは、周囲に気安く頼れる知人もなく、これといった才覚も持ち得ていない人だった。だから稼げる仕事は、おのずときつい職種に限られた。娘を育てるためには、仕事がひとつではとても足りず、ふたつの仕事を掛け持ちで、毎日倒れそうになるほど働いた。  ひとりで娘を抱えて生きていく。ただそれだけのことが、どれほど過酷なものなのか、ほとほと思い知らされた。だが、それでも茂代さんは腹を括くくって力の限り働き続けた。  幼い理子さんは保育所に預けられ、すくすくと順調に育っていた。  連日、多忙な仕事に追われ、満足に構ってあげられる時間はほとんどなかったけれど、理子さんは我が儘ままを言ったり、愚図ったりすることの少ない、気性の大人しい娘だった。  保育所でも手のかからない子だったが、理子さんが三歳になってしばらく経った頃に若い女性の保育士から、こんなことを尋ねられた。 「サーシャって、どんな子なんですか?」  邪気のない笑顔で保育士は尋ねてきたのだが、質問の意味がまったく分からなかった。逆にくわしい事情を尋ね返したところ、こんな話を聞かされる。  保育所内で過ごす理子さんは、他の子供たちとあまり積極的に遊ぶことをしなかった。代わりに独りで絵本を眺めたり、玩具おもちやで遊んだりしていることの目立つ娘だったのだが、最近になってしきりにひとり言を話すようになったのだという。 「ねえ、サーシャ。サーシャ、これ好き?」 「うん、いいよ。じゃあそうしようね、サーシャ」 「サーシャ、これなんて読むの?」  食事をしている時、積木遊びをしている時、絵本を読んでいる時。ひとりでいる時にこんな言葉が理子さんの口から飛びだし、くすくすと楽しそうに笑っているのだという。それで保育士の彼女が気になって本人に尋ねてみたのだが、理子さんは朗らかな笑顔で「しーっ」と人差し指を口に押し当て、何も教えてくれなかったとのことだった。  サーシャ……。  そういえば最近、自宅でひとり遊びをしている時にもそんな名前を聞いた覚えがある。ただそれは、幼い子供特有の空想遊びだと思ったので、さして気にも留めなかった。 「ええ、わたしもそう思います。空想遊びですね。イマジナリーフレンドと言いまして、小さなお子さんは自分の空想の中に見えないお友達を作って、遊ぶことがあるんです」 「それって、異常なことなんでしょうか?」  少し心配になって尋ねてみたが、若い保育士は「心配いりませんよ」と笑みを返した。幼い子供にとってはむしろ正常なことなのだと聞かされ、ほっとする。 「ただ、理子ちゃんがあんまり楽しそうにお話ししているものですから、サーシャってどんな子なのかなって興味が湧いたんです。それでお母さんならご存知かと思いましてお尋ねしたんですけど、なんだか心配させてしまったみたいで申しわけありません」  はにかんだ笑みを浮かべながら彼女はもう一度、「大丈夫ですからね」と念を押した。  その晩、茂代さんも理子さんにサーシャのことを尋ねてみた。 「ねえ、理子。サーシャってどういうお友達なの?」  初めのうち、理子さんはうつむいてもじもじしていたが、辛抱強く尋ね続けていると、そのうち「サーシャはね、外国の女の子なの」と笑顔で答えた。  理子さんの話によると、サーシャは自分と同い年の金髪の女の子で、お姫様みたいに綺き麗れいなドレスを着たかわいい子なのだという。 「サーシャはねえ、優しいの。いつも理子と一緒に遊んでくれるんだよ!」 「だよね、サーシャ?」と、自分の胸に向かうようにして語りかけたあと、理子さんは「うん、うん!」と言いながら、快活な笑い声をあげた。  これが保育士の先生が言っていた、空想の友達なのかと得心する。  それと同時に茂代さんは、見えざるサーシャとしきりに楽しく語り合う娘の姿を見て、こんなことも思った。  この子はこの子で、幼いながらも健けな気げにがんばってくれているのだなと。  多忙な日々に翻弄され、思うように愛情をそそぐことができない自分が情けなかった。一日でも早く生活を楽なものにして、娘と過ごす時間を増やしたいと思った。  ごめんね……ごめんね……と心の中で何度も謝りながら、娘を強く抱きしめた。  それから先も理子さんとサーシャの交流は続いた。理子さん大事なく成長していき、やがて保育所から幼稚園に入園し、幼稚園から小学校へ入学した。  ただ、それでも理子さんの中に芽生えたサーシャが、消えることはなかった。  理子さんが幼稚園に通っている間は、まだあまり気に留めてはいなかったのだけれど、さすがに小学生にもなると、何かにつけて空想遊びを始める娘の様子が気になり始めた。何度かやんわりたしなめたこともあったが、それでも治まることはなかった。 「いつまでも自分の殻に閉じこもっていたら、本当の友達ができなくなるよ!」  語気を強めて叱ったこともある。  けれども叱ると理子さんは、なおさら意固地になって反発した。 「サーシャがいれば、他にお友達なんかいらないもん!」  目に涙を浮かべて突っ張る理子さんを見ていると、時々ぞっとすることさえもあった。  結局、小学生になってからも、理子さんとサーシャの交流が途切れることはなかった。休み時間の教室でしきりにぶつぶつと何事かをつぶやいては、虚空を見つめて笑いだす理子さんの姿にクラスメートはしだいに気味悪がり、友達ができることもなかった。  初めのうちは叱しつ責せきを続けていた茂代さんも、理子さんの頑固さにだんだんと根負けし、日々の忙しさにかまけて、そのうち言葉を交わすことも減っていった。  仕事を終えて疲れて帰宅すると、居間でテレビを見ながら「面白いね、サーシャ!」「へえ、そうなんだあ」などと独りで喋しやべり続けている娘の姿にげんなりもした。  理子さんとサーシャの交流が続けば続くほど、母と娘の距離は遠ざかり、理子さんと世間を結ぶ接点もしだいに少しずつ消えていった。  やがて理子さんが小学校を卒業し、中学校へ入学してまもなくのことである。  ある日、担任の教師から茂代さんに連絡が入った。  どうやら理子さんが、クラスメートに虐いじめを受けているらしいとの報告だった。  中学校に入学後も、理子さんの奇癖は一向に治まらなかった。  さすがにいい年齢だし、世間体もあるため、親の立場としてそれなりの注意もした。  せめて人前ではやめなさい、と。  理子さん自身も「分かった。もうしない」と、不承不承ながらも一応了解したのだが、それでも時々、口から勝手に言葉が漏れて、茂代さんを苛いらつかせることがあった。  おそらく学校でも、同じ調子だったのだろう。  周りの子供たちだって難しい年頃である。同じクラスにそんな奇矯な振る舞いをする子供がいたら、目をつけられてしまうのも当然といえば当然のことだと思えた。  一計を案じた茂代さんは、そろそろこの辺でどうにかしておかねばと腹を括る。  その日、茂代さんは学校から帰宅した理子さんに向かって、激しい怒鳴り声をあげた。 「いつまでもバカなことをやっていないで、きちんと現実に目を向けなさい!」  居間に設しつらえたテーブルを挟み、半ば身を乗りだすようにして理子さんを叱りつける。 「何がバカなことなのよ! わたしはサーシャがいたから、今日まで生きてこられた! 仕事、仕事、仕事ばっかりで、わたしのことをろくに見もしないアンタなんかと違って、サーシャはわたしのことをきちんと見てくれてる!」  両手でテーブルをばん! と叩たたき、理子さんも負けじと身を乗りだして憤激した。  娘の主張は、茂代さんが母親として、もっとも申しわけないと思っていることだった。だがその半面、いかに娘が寂しいと思えど、その娘を女手ひとつで育てていくためにはどうしようもないことでもあった。  悲しさよりも怒りが勝り、気づくと娘の頰を思いっきり張り飛ばしていた。 「親に向かってなんてことを言うのよ! 何がサーシャだ、このバカ!」 「サーシャを悪く言わないで! サーシャのことを悪く言うのは絶対に許さない!」 「サーシャなんていないの! そんなものがいるのはお前の頭の中だけでしょう!」 「うん、そうよ」  怒鳴り合いのさなか、聞き覚えのない女の声が、突然ふたりの間に割りこんだ。  声は理子さんのすぐ背後から聞こえた。 「あっ、だめ! サーシャ!」  とたんにはっとなって、理子さんが自分の胸を両手で押さえこむ。 「何……今の。今のなんなのよ!」  驚きと恐怖が頭の中で同時にはじけ、茂代さんがさらにテーブルから身を乗りだす。 「なんでもない! なんでもないの! いいからもうほっといて!」 「分かってもらお」  また聞こえた。それも今度は、理子さんの叫び声に完全に重なって聞こえた。 「いるのね。娘の中に。出ていきなさい」  茂代さんの胸の内で、母親としての強い本能が働いた。  娘を守らなければならない。視えざる何かに向かって鋭い声を放つ。 「理子はわたしの娘です! 今すぐ理子の中から出て行けッ!」 「行けないの」  また聞こえた。全身にぞわぞわと鳥肌が立つ。 「出て行けないなら、殺してやる! 母親として娘を守るためにあんたを殺す!」  本能の赴くまま身体が勝手に動き、立ちあがってテーブルを離れると、居間に設えた茶ちや簞だん笥すの引き出しから古びた御守りを取りだしていた。だいぶ昔に知人から観光旅行の土産にもらったなんの変哲もない御守りだったが、そんなことは構わなかった。  御守りをかざした右手をまっすぐ伸ばし、理子さんの背後へ向かって突きつける。 「やめて! やめてよ、お母さん! お願いだからやめて!」  泣きながら茂代さんの身体に取り縋すがる理子さんを制し、御守りを突きつけ続ける。 「どこから来た! 今まで理子に何をした! あんたなんか消えてなくなれ!」  肚はらの底からありったけの声を振り絞って叫んだ直後だった。 「きゃあああああああああああああああああああああ!」  理子さんのうなじの付け根辺りから、甲高い悲鳴が高らかとはじけた。  沈黙。  居間じゅうに轟とどろいた悲鳴がすっかり収まると、あとには沈黙が入れ替わるように訪れ、それから理子さんのすすり泣く声が、静寂の中に切々とした音色を帯びて重なった。 「サーシャ……サーシャが死んじゃった……」  涙で両目を潤ませながら理子さんが、蚊の鳴くような小さな声でぽつりとこぼす。 「サーシャもね、今年で十三歳になるはずだった。だって、わたしと同い年なんだもん。ずっとふたりで仲よくしてきたのに……どうして……。サーシャ、死んじゃったよ……サーシャがいなくなっちゃった……サーシャはわたしの〝半分〟だったのに……」  大粒の涙をとめどなくこぼしながら、力のない声で理子さんはつぶやくように語った。  自分の娘がこれほどまでに悲嘆にくれて涙を流すのを見るのは、初めてのことだった。 「もう大丈夫。大丈夫だから、安心しなさい」  娘を抱きしめ、優しく髪を撫なでてあげたが、理子さんの元気が戻ることはなかった。  その後も理子さんの気き塞ふさぎは続いた。  茂代さんが声をかけても、まるで魂が半分抜けてしまったかのように反応は弱々しく、黙って虚空を見つめたり、だらりと横になったりすることが多くなった。  時折、か細い声で「サーシャ……」とつぶやく姿が痛々しく感じられて胸が震えたが、今後の娘のためには仕方のないことだったのだと思い、茂代さんは割り切った。  けれどもサーシャがいなくなって、四日目のことだった。  学校の授業中、理子さんは教室の机の上で、眠るようにして亡くなってしまった。  死因は分からず、娘の身に何が起きたのかは未いまだに分からないのだという。  ただ、それはあくまでも理屈の上での話である。 「サーシャはわたしの〝半分〟だったのに……」  あの日、理子さんが泣きながらつぶやいた言葉。  それを思いだすたび、茂代さんは激しい悔恨の念に駆られ、胸が張り裂けそうになる。 「サーシャはね、外国の女の子なの」 「サーシャはねえ、優しいの。いつも理子と一緒に遊んでくれるんだよ!」  まだ幼い頃、無邪気な笑みを浮かべながら、初めてサーシャのことを紹介してくれた理子さんの顔を思いだすたび、茂代さんは涙が止まらなくなってしまうのだという。  美知恵さんの夫の夢に現れた巫女みこも、茂代さんの娘と共生していたサーシャのことも、その正体について正確には分からない。だが、信太朗さんと理子さんの死因については、なんとなくこうではないかという推測が、私の中にあった。  ブレインロック現象と呼ばれる、脳の誤作動に起因するものである。  今のところ、科学的根拠があるものではないが、簡単に説明すると、本人の意識下で真実だと思いこんだ現象に対して、脳も一緒に反応してしまうという現象である。  夢の中で自分自身が「殺された」と認識すれば、脳が生命活動を停止させてしまうし、仮に空想であっても〝もうひとりの自分〟という存在が「死んだ」との認識が生じれば、やはり脳が誤作動を来たして生命活動を停止させてしまうのである。  ふたつの特異な症例を知り、こうした推察が浮かんだ瞬間、私は恐ろしくなったのだ。  特に理子さんの身に起きたケースが恐ろしく感じられた。  仮に加奈江が私の空想が生みだした虚構の産物なのだとしても、それが私の心の半分、すなわち〝生き霊〟のようなものだと仮定した場合、今後、加奈江をなんらかの手段で滅したのと同時に、自分の生命にもなんらかの危害が及ぶのではないか。  そんなことに思いが至った瞬間、言い知れぬ不安と恐怖が生じてしまった。  無論これも、確証があっての結論ではない。単なる憶説、推測の域を出ないものだ。  だが仮に、万が一にでもある。その推測が当たっていたとしたら、どうだろう──。  考えると私は、とても胸苦しい感覚に陥ることが少なからずあった。

終わりへ向かいて 肆


 なるほど。  あれこれと理論的な考察を巡らせていたのは、それなりに思いだすことができた。  ただ、ここまで思い返してみて、何か肝心な部分が抜け落ちているような気もした。  それが何かははっきりとしないが、どうにもすんなりと受け容いれがたいものを感じる。 「早く真実に気づいて目を覚ませ」  シャガールの絵について考えていた時に浮かんだひと言が、なぜか妙に引っかかった。  本当のところ、これはどういう意味だったのだろう。  その後に答えが出たのか、出なかったのか。  それともこの言葉自体が、正しい答えだったのだろうか。  仮に正しい答えなら、何に対する「真実」に気づいて「目を覚ませ」なのだろう。  駄目だ。分からない。  頭が錆さびついたように軋きしんで、うまく回らなかった。  眼前の水中では、胸腹部に無数の穴を開けた加奈江が、私と一緒に沈んでいく。 『青いサーカス』も穴だらけになっていたが、それでも絵として認識することはできた。  長年、私の心と人生を蝕むしばみ続けた桐島加奈江。  その化け物が今、穴だらけになった『青いサーカス』を表に晒さらして、事切れている。  だが一体、どうして?  何がどうなって、こんなことになったのだろう。  ここまで記憶をたどってみても、未だ今へと繫つながる接点が見えてこない。  ならばもう少し、思いだしてみようか。  ただ、なんだか少しだけ気乗りのしない感じがした。  相変わらず感覚は痺しびれて鈍ったままだというのに、ほんのわずか気持ちが尻しりごむ。  別に思いださなくてもいいんじゃないのか?  なぜかそんなことまで脳裏をよぎる。  だが、穴だらけになった『青いサーカス』に視線を戻すと、再び記憶が動きだした。 「早く真実に気づいて目を覚ませ」  絵が、そんなふうに語りかけているように感じられる。  気の迷いであってもそんなふうに感じられるなら、思いだすだけ思いだしてみるか。  あの後に続く記憶は──そう。  確か〝焦り〟だったのではないか? どうやらあまり、よくない記憶のようである。  それでもゆるゆると動きだした記憶の渦に、私は再び意識を投じ始めた。

怪物の夢Ⅳ


 そもそも私を殺す気ならば、チャンスは何度かあったはずである──。  十一月上旬の肌寒い昼下がり。私は仕事場でひとり、こんな思案を巡らせていた。  そう。加奈江の目的が単に〝私を殺すこと〟であるなら、その機会はこれまで何度か、確実にあったはずなのだ。だが、どうして加奈江はそうしなかったのか。  たとえば三年前の冬場がそうだ。あの時など、千載一遇の好機だったはずではないか。  真弓と結婚し、新居を構えたばかりの二〇一一年。暮れもそろそろ押し迫る頃だった。  夕方の五時頃、午後の相談を終わり、仕事場で煙草を吹かしていると、電話が鳴った。出ると相手は、若い女性だった。 「対人関係の悩みなんですが、こういう相談は大丈夫でしょうか……?」  仕事の範囲内なので、相談の内容自体にはなんの問題もなかった。けれども電話口の声が若いというより、なんだかやけに幼く聞こえた。うちは風営法の決まりがあるため、未成年者のみの相談はお断りしている。一応念のため、確認してみる。 「大変失礼ですが、お客さまは未成年ではいらっしゃいませんか?」 「いえ、違います。どうしてですか?」  あっさりと否定されたので、すぐさま謝罪した。  気を取り直し、予約の希望日時を尋ねる。三日後の三時がいいと言うので、承諾した。 「それではその時間で、よろしくお願いいたします──」  ところが電話を切ろうとしたところで、先方の名前を聞き忘れていたことに気がつく。 「ああ、すみません。お客さまのお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」 「桐島です」  女性は即答した。とたんに頭の中で、何かがはじける音がした。 「……どうしたんですか?」  言葉を継げずに沈黙しているところへ、電話口で女の声が囁ささやいた。  思えばどこかで聞き覚えのある声だとは思っていた。とたんに鳩尾みぞおちが冷たくなる。 「いえ、なんでもありません……」  ただ、それでも確信はなかった。桐島という苗みよう字じは、取り立てて珍しいものではない。単なる私の勘違いかもしれないとも思った。  というより、そのように考えるのが常識である。加えてそのように考えたくもあった。そもそも現実的に考えて、あいつが電話をかけてくることなどありえないのである。  馬鹿げている。ただちに確認して、安心したい欲求に駆られた。 「あの、よろしければフルネームでお願いできますか?」 「桐島加奈江です」  女は即答した。私は再び無言になる。 「どうしました? ……わたしの相談は、受けられないんですか?」  声のトーンがこちらを牽けん制せいするような、悪意のこもったそれに切り替わる。 「あ。もしかして震えてる? がんばって、拝み屋さん!」  声が耳へと入るたび、中学時代の夢の中、加奈江と過ごした忌まわしき日々が脳裏にまざまざと蘇よみがえる。おどけて人を茶化すような口調は、まさしく加奈江そのものである。  自分でも気づかぬうちに、いつのまにか電話を耳元から離していた。通話を切ろうとボタンを押すが、指が震えてまともに動かない。と、そこへ。 「せえぇっのおおっ……行くからねえええええええ! きゃははははははははは!」  電話のスピーカーから加奈江の声がびりびりと鳴り響いた直後、通話は唐突に切れた。  その後、しばらく震えたまま放心した。  夜になり、いくらか落ち着き、果たしてどうしたらよいものかと沈思する。  加奈江は「行く」と言っていた。予約もきちんと受けている。  三日後の午後三時、あれが我が家に訪れる。あれが来たら、私は一体何をされるのか。およそよからぬことだろうという以外は、まったく想像がつかなかった。  電話の着信履歴を調べると、加奈江からの着信は非通知になっていた。  夕方受けた時には、しっかり番号が表示されていたのに。  そもそも仕事で使う電話は、非通知拒否の設定をしてあるというのに。  履歴に残るはずのない「非通知」の文字を眺めていると、胃がじわじわと痛みだした。  誰に相談することも、打ち明けることもできず、まるで死刑執行を待つような心地でその後三日、私は独りでひたすら悶もん々もんとして過ごした。  加奈江が予約した当日。その日は朝から雪が降っていた。  庭先に積もる白雪を眺めながら、悒ゆう々ゆうたる気持ちで仕事着に着がえ、相談を開始する。  昼を過ぎ、午後の初めの相談が終わると、時計はもうすでに二時五十分を回っていた。  あと十分ほどであいつが来る。  異様な緊迫感に耐えられず、今すぐにでもこの家から逃げだしたくて堪たまらなくなった。しかし加奈江の作ったこの状況が、それを決して許してくれなかった。  実はこの三日、何度も逃げることを考えてはいた。  加奈江が来訪する当日は真弓を連れ、どこかに避難していればよい。  そのように考えて、一時は安心したのである。  だが、それをすることによって、とんでもないリスクが発生してしまうことに気づき、泣く泣く断念することになっていた。  もしも留守中、加奈江が家の中に侵入してしまったら。  知らず知らずの間に、あいつが家のどこかに身を隠してしまったら……。  天井裏にそっと身を伏せ、板の隙間から布団の中で寝入る私をじっと見つめる加奈江。  うそ寒い光景が頭に浮かんだとたん、私は即座に逃亡することをあきらめたのだった。  生きた心地もしないまま、静まり返った仕事場で独り、加奈江の来訪を待つ。  座卓に突っ伏し懊おう悩のうしていると、やがて時刻は三時に至った。  がばりと身を起こし、来襲に備えて身構える。  ところが三時を過ぎても、加奈江が現れる気配は一向にない。  十分が過ぎたあたりで、思わずはっとなって慄おののいた。予約の電話を寄こしたとはいえ、あいつが馬鹿正直に玄関をくぐってくるものかと思ったのである。  もしかしたらもうすでに、家の中に入りこんでいるのではないか……。  思いたつなり居ても立ってもいられず、ただちに家中をくまなく調べて回った。  茶の間に台所、寝室、風ふ呂ろ、トイレ。果ては押入れ、地袋、天井裏、物置に至るまで。家中の全てを歩き回り、微に入り細を穿うがってしゃにむに気配を探り尽くした。  しかしどれほど捜せど、加奈江の姿は見つからない。憮ぶ然ぜんとしながら仕事部屋へ戻る。  それから三十分が過ぎ、一時間が過ぎ、二時間が過ぎた。  結局、五時まで待ったが、加奈江が仕事場へ現れることは、とうとうなかった。  やがて、日もすっかり暮れ落ちたあと、ようやく私は安あん堵どの吐息を漏らした。  と、同時になんだか腹も立ってくる。この三日間、あの化け物に散々もてあそばれた。そんな気がして虫むし唾ずが走った。  あとはもう、本当にたくさんだからな──。  腹の中で毒づきながら気を取り直し、夜に予約の入っている相談客の来訪を待った。  その後、夜の相談が終わって、遅い夕飯も済ませたあと。  仕事場で黙々と書き物を続けていると、あっというまに日付をまたいでしまった。  そのまましばらく机に向かっていると、ふいに背後の窓ガラスが、こつこつと鳴った。  何気なく振り返ったところへ再びこつこつ、と音。  一瞬、気のせいかと思ったが、違った。  カーテンが閉まっているせいで外は見えないが、音は確かに窓の外から聞こえてくる。静かに立ちあがり、忍び足で窓へと向かうさなか、ふいに部屋の柱時計が目に入る。  時刻は午前三時ちょうど。  そこへ再び、ガラスがどんどん! と叩たたかれた。  たちまち悲鳴があがりそうになるが、すんでのところでどうにかのどへ押し戻す。  ほとほと自分が馬鹿だと思った。窓の向こうにいるのは、間違いなく加奈江である。  三日前、電話で加奈江は「三時の予約でお願いします」とだけ言った。  午前とも午後とも言っていない。  なんのことはない。あいつは初めから、深夜に私の家を訪れる気でいたのである。  どんどんどん! 「そうです」と言わんばかりに窓ガラスがまた叩かれる。音も露骨に大きくなった。  心臓が早鐘を打ち始め、同時に強烈な目眩めまいを感じる。全身が凄すさまじい悪寒に見舞われ、指も腕も膝ひざも歯の根も、がたがたと激しく音をたてて震え始める。  どん、どん、どん!  短い間隔を開けて、再びガラスが叩かれる。  音に悪意がこもっているのが手にとるように分かる。私を脅かして愉たのしんでいるのだ。  どんどんどんどんどん!  ガラスを叩く音が、割れんばかりに大きなものへと様変わりする。  がたつく膝に力をこめ、気配を殺し、窓のほうへゆっくりと近づいていく。  窓枠の端へと身を寄せ、カーテンの隙間から戸外の暗闇をそっと覗のぞきこむ。  とたんに目の前の視界がぶわりと一面、肌色にぼやけた。  磨すりガラスの向こうにぴったりと顔を貼りつけて、加奈江がこちらを覗きこんでいた。  長い黒髪の間から覗く色白の細面。小鹿のように黒目がちで大きな目。小さく丸い鼻。  磨りガラス越しのぼやけた視界でも、はっきりと分かる。  あの頃、あの夏、あの夢の中。狂おしいほど見慣れた顔が、私のすぐ目の前にあった。  闇に霞かすんだ磨りガラスの向こうで、ぼやけた加奈江の口元が横に引っぱられるように、にいっと広がる。私の目を見て、笑ったのである。 「しにぞこない」  加奈江の声を聞いた瞬間、私は意識を失った。  翌朝、仕事部屋で伸びているところを、真弓に揺さぶり起こされた。  その間、およそ六時間である。こちらは昏こん倒とうしていて一切抵抗ができない状態だった。その気になれば、何百回でも好きなだけ私を殺せたはずなのだ。  だが、なぜそうしなかった?  いくら人外とはいえ、所しよ詮せん、加奈江は十四歳の非力な少女だから、などと思うのなら、それは大きな間違いというものである。  我が家の玄関前には、金魚を飼育している横幅九十センチほどのいけすが置いてある。この日、水面には分厚い氷が張っていた。  意識が戻ったのち、いけすの様子を見てみると、氷が叩き割られ、氷面のまんなかに直径二十センチほどの大きな丸い穴が開いていた。穴の縁にはがちがちに凍った金魚が放射状に広げて並べられ、無惨な打ちあげ花火のようになっていた。  穴はどうやら、拳こぶしで打ち抜かれたような形をしていた。  氷の厚さは五センチほどもある。とても人間業とは思えない芸当だった。  こんなことができるのである。私の頭を叩き潰つぶすことだって、造作もないことだろう。  だが、なぜそうしなかった?  年が明けて、しばらく経ったあともそうである。  この頃、私は原因不明の高熱が長期にわたって続き、ろくに歩くこともできずにいた。  ある晩遅く、尿意を催し、廊下を這はってトイレにたどり着いたまではよかったのだが、用を足したと同時に力尽きてしまい、そのままトイレの床に倒れこんでしまった。  声をだして真弓に救たすけを求めたが、弱りきった身体から絞りだす声はあまりに小さく、寝室まではおろか、廊下にすら届いていないだろうという有り様だった。  ひどく寒い晩で、私はトイレの床に海老えびのように丸まり、じっと寒さに耐えていた。  真弓が気づいてくれることを祈りながら、しばらく独りで震え続けていた時である。  トイレの窓に、ふと人影が差したので見あげてみると、加奈江がいた。  加奈江は磨りガラスに鼻先をべたりと貼りつけ、こちらを見おろし笑っていた。  この時だって殺そうと思えば、たやすく殺すことができたのだ。  熱で身動きがとれず、叫ぶことすらできない病人など、頭を潰そうが、首を捻ひねろうが、なんなりと好きなようにすることができる。  だが結局、そうはならなかった。  その後、加奈江は磨りガラスに顔を貼りつけたまま、微動だにせず私を見おろし続け、およそ一時間が過ぎる頃、唐突に姿を消した。  やがて早朝になり、私は異変に気づいた真弓に救けられ、どうにか事なきを得ている。  加奈江の目的が私を殺すことでないのなら、では一体なんだというのか。  単に私をからかうことが目的か? それも、かなり度が過ぎる手をあれこれと講じて。  否。まったく現実味が感じられない。そんな馬鹿げた目的ではないはずである。  どうにも見当がつかなかった。とにかく十月半ばからこっち、考えれば考えた分だけ、加奈江に関する疑問は解消されるどころか、いや増していくばかりだった。  動機や行動原理、解決策は元より、正体すらも摑つかめず、手がかりは未いまだゼロに等しい。一方、それに比例して、不安と焦りのほうは張り裂けんばかりに増大していく。  改めて、とんでもない災禍に見舞われてしまったものだと、つくづく思い知らされた。同時に拝み屋としての自信も、そこはかとなく薄れていく。  なまじの案件であれば、それ相応の対応ができるというのに、この体たらくである。  加奈江の件に関してだけは、本当に何ひとつ手の施しようのない事態となっていた。  あとひと月も経たないうちに、本格的な冬が到来する。  決定的な対抗策が得られない中、私の心は日に日に追いつめられていくようになった。

白い磔刑


 同じく、十一月上旬のある日。  終わりの見えない苛いら立だちに、ささくれだった気分で日々を過ごすさなかのことである。私は加奈江の件とはまた別の意味で〝祓はらえない〟案件に携わった。  数日前に新規の相談客から連絡があり、娘に憑ひよう依いしている〝何か〟を祓ってほしいと頼まれた。依頼主は五十代の父親で、娘は二十代半ばだという。  これだけならば、ごくありふれた依頼である。比較的容易に対処することもできた。  だが依頼を承諾したのち、男性が告白した事実が、私の気持ちを大きく後退させた。  件くだんの娘は数ヶ月前から精神病院の、それも閉鎖病棟に入院しているのだという。  男性曰いわく、半年ほど前から娘の様子が変わり始め、異様な言動や奇行が目立ち始めた。親の目から見て精神疾患を第一に疑い、ほどなくして精神科に娘を受診させた。  診断の結果、娘は統合失調症ということで、閉鎖病棟での入院が決まり、現在に至る。だが最近になって男性は、娘の症状に強い疑念を抱くようになっていた。  ある日のこと、娘の部屋の本棚の奥や引き出しから、降霊術を扱った怪しげな書籍や、呪じゆ文もんのようなものがびっしりと書かれたノートを大量に発見したからである。  娘は本当は病気などではなく、悪い〝何か〟にとり憑つかれているのではないか──。  薄気味の悪い書籍とノートを発見した時から、疑わざるを得なくなったのだという。  男性の説明を一通り聞いたあと、私は依頼を断った。  あまりに条件が悪過ぎるからだ。  娘の変へん貌ぼうに対し、真っ先に精神疾患を疑ったという男性の判断は、別段誤りではない。むしろ正しい判断だったと言える。  統合失調症に限らず、重度の鬱うつ病や人格障害などの精神疾患は、一見するといわゆる〝憑き物〟の症状によく似ている部分がある。けれども、だからといって素人が闇雲に「霊の仕業だ」「狐の仕業だ」と断定するのは早計というものだ。  それが憑き物などではなく、本当の精神疾患だった場合、拝み屋などにできることは皆無に等しい。せいぜい早期の回復を願って祝詞のりとをあげるぐらいが関の山である。  だが、世間にはこうした依頼主の弱みと思いこみにつけこんで、実際には存在しない〝悪霊〟やら〝怨おん霊りよう〟やらを除霊するふりをして、長期間にわたって依頼主の心を摑み、多額の金銭を巻きあげる悪質な霊能者も存在する。  そんな連中のカモにされて泣きを見るくらいなら、然しかるべき医療機関にかかるほうがよほど健全だと私は思っている。拝み屋は決して万能ではないのだから。  男性の依頼内容も、状況を鑑かんがみればすでに拝み屋の仕事ではなく、病院の仕事だった。医者が娘を統合失調症と診断したのなら、回復するまで治療に専念すべきだと思う。  仮に娘の身体に本当に〝何か〟がとり憑いているのだとしても、もはや手遅れなのだ。  当の娘が閉鎖病棟で療養中ということは、何か強い薬を飲まされている可能性が高い。薬によって本人の感情が抑圧され、そのうえで〝悪い何か〟がとり憑いているとなると、彼女の心の中はすでに〝そいつ〟の独壇場になっているはずである。  憑依されている側に抵抗する意志や気力がなくなれば、心は好き放題に荒らされ続け、最後は心を完全に乗っ取られてしまう。  過去にも何件か同じような案件を手掛けたことがあるが、いずれも失敗していた。  憑き物落としとは、生身の人間にとり憑いた〝何か〟と交渉したりするものではない。とり憑かれてしまった生身の人間にこそ強く語りかけ、心の中を蝕むしばんでいる〝何か〟を追いださんとする強い気持ちをうながすのが、憑き物落としの本質である。  憑かれた本人が強い気持ちを表すからこそ、相互作用として私の魔祓いも有効となる。身体の内側と外側、そして心の内側と外側から〝視えざる異物〟を攻撃していくことで、憑き物落としは初めて強い効果を発揮するのである。  少なくとも、私のやり方はそうだった。  けれども薬によって心を閉ざされた者には、こうしたやり方が通用しない。  それは単に本人の意識がない状態とは、まるっきり性質を異にするものだからである。薬で抑圧された自我というのは、言い換えれば本人の心が縛られた状態と極めて等しい。そんな状態にある心に揺さぶりをかけて、奮起をうながすのは容易なことではない。  実質的には、とり憑かれた側にこちらの声が届かないという時点で、お手あげなのだ。それほどまでに精神薬と憑き物の組み合わせは厄介だったし、質たちが悪いものだった。  あるいは先述したとおり、私が拝むより先に、すでに心を壊されている可能性もある。  だから私は、先方に状況を包み隠さず説明し、素直に「できません」と固辞したのだ。  ところが男性のほうは、それでも私に食いさがってきた。  父子家庭なのだという。母親は娘が中学生の頃、よそに男を作って娘を捨てていった。以後はふたりきりで暮らしてきたが、自分自身も仕事に忙殺され、娘が多感な時期にもまともに向き合う機会はほとんどなかった。  こんなことになってしまい、今は心底後悔している。娘が元に戻る可能性があるなら、ほんのわずかな希望にでも賭かけたいと、彼は言う。  ならばなおのこと、私では力不足だった。そのわずかな希望に応こたえられないからこそ、私は依頼を断っているのだ。自分自身で無理だと判ずる仕事を引き受けるということは、意図的な詐欺に値する行為である。そんなことはしたくなかった。  だが、それでも男性は構わないと言う。事情は承知したので、一度だけでもいいから娘を見てほしいと、何度も何度も懇願された。  まったく気乗りはしなかったのだが、最終的には根負けした。  娘と面会するだけという条件つきで、私は男性の依頼を渋々承諾することにした。  そんな流れがあった数日後、私は市街のとある精神病院の閉鎖病棟の前にいた。  受付窓口の面会者名簿には、娘の親しん戚せきということで氏名を記し、カード式のロックで堅けん牢ろうに閉ざされた分厚い鉄扉を看護師に開けてもらう。  鉄扉をくぐって病棟内に入ると、薬品や尿などの混じり合った厭いやな臭いが鼻を突いた。一方、耳に入ってくるのは経のように果てることなく何かをつぶやき続ける男性の声や、乾いた奇妙な声音で笑いさざめく男女の声。うめき声をあげながらも、時折けらけらと思いだしたように笑う女性の声など。  そんな声が渾こん然ぜん一体となって耳の中で渦を巻き、三半規管を混乱させた。  目に飛びこんでくるのは、休憩スペースのソファーに項うな垂だれて微動だにしない男性や、薄暗い廊下の片隅に置かれたストレッチャーに合掌している若い女性の姿などである。  閉鎖病棟には以前にも何度か訪れた経験があったが、いずれも似たような光景だった。けれども、何度見たって見慣れることはないし、場の雰囲気に慣れることも決してない。ありのままを受け容いれることはおろか、なんとも評しようのない周囲の空気や雰囲気に、私の気持ちは萎しおれることしかできなかった。  男性にうながされて廊下を進んでいくと、ほどなく娘の入院する病室に着いた。 「どうぞ」と促す男性の背を追い、私も中に入っていく。  部屋は個室になっていた。六畳ほどの小さな室内にベッドがひとつちょこんと置かれ、ベッドに掛けられた布団の中では、ひとりの女性が窓側に身を向けて横たわっている。  男性が声をかけると、彼女はゆっくりと上体を起こし、それからこちらに面を向けた。顔を見た瞬間、背筋にぞわりと粟あわが生じる。  娘の顔の右側には、目が四個ついていた。ひとつは娘自身の物だったが、眉まゆ毛げの上とこめかみ、頰の上にも余分な目が開いて、ぱちぱちと一斉にまばたきを繰り返していた。  さらに右唇の下辺りからは、ごつごつと骨張った太い指が、だらりと三本垂れている。指もゆっくりと、まるで死にかけた蜘蛛くもの脚のようにのろのろと蠢うごめいていた。  一方、左側の頰には、男とおぼしき小さな顔が、まるで腫はれ物のように浮き出ており、切り傷のような唇をもごもごと動かしながら、濁った目つきでこちらを睨にらみ据えている。  その他、左目のすぐ下には赤ん坊ぐらいの小さな指が数本垂れさがり、左側の額には左頰のものよりもさらに小さな顔が、ふたつ並んで浮かびあがっていた。  滅茶苦茶である。元の娘の顔がまったく分からないほど、顔中が目と鼻と口と指とで、びっしりと埋め尽くされている。  ここまでひどいと、娘の中に〝何人〟入りこんでいるのかすらも見当がつかなかった。とても正視に耐えきれず、娘の顔から目を背ける。 「何か視えましたか?」  傍らに立つ男性がすかさず尋ねてきたが、まともに答える気にもなれなかった。 「いや……具体的には何も。ただ、どうにも難しそうなのは分かります」  それだけ言うのが精一杯だった。これではおそらく、私以外の拝み屋でも無理だろう。 「あなたが呼ぶからだよねえ、そうだよねえ、みんなお前が悪いんだからねえ」  ふいに娘の本当の口が開いて、何かわけの分からないことを口走った。 「あなたが悪い。わたしじゃない。あたしでもない。あなたが全部、全部悪いんだから。そうだそうだ、貴様が悪い。全部てめえが悪いんだ。分かったかね、そういうことだよ。我らは何も悪くない。全部こやつが悪いのだ」  抑揚のない早口で、娘は一気に捲まくし立てた。  察するに、娘の口から次々と出てくる「あなた」や「お前」「貴様」「てめえ」とは、私のことではなく、娘自身のことを指しているのだろう。  娘の口を借りて顔中に貼りついている連中が代わる代わる、内側から娘をなじる形で語っているのである。仮にこの状態で娘自身にまだわずかでも自我が残っているのなら、とても耐えられるような責め苦ではなかった。惨むごたらしい状態に愕がく然ぜんとなる。  その後、なんとか娘本人と会話を試みようとしてみたが、彼女の口から出てくるのはいずれも同じような台詞せりふばかりで、まるで要領を得なかった。  男性に訊ねると、やはり薬で意識が抑えられていた。むしろそのほうがよいと感じる。せめて心が何も感じないことが、今の彼女にとっては幸いなのだ。  この日、私は男性から謝礼を受け取らなかった。何もしていないのだから当然である。  むしろ最後の望みが絶たれて、花がゆっくりと枯れていくように萎しぼんでいく彼の姿が、あまりにも痛々しく、申しわけない気持ちでいっぱいになった。  仮に降霊術や魔術の実践が原因で、彼の娘があのような状態になってしまったのなら、本当に不幸なことである。  彼女がなぜそんなことを実践したのか、明確な理由は分からない。  母親に捨てられた心の傷を埋め合わせるためだったのかもしれないし、多忙な父親とまともに接してもらえない寂しさが高じたのか、あるいは怒れる気持ちでもあったのか。動機はいろいろ考えられたが、最悪の結果が出たことだけは変わらない。  どうして安易に人は、視えざるものや力に寄り縋すがろうとするのだろう。  そんなものは本来、日常の遠くにあるものだから特別に感じられるだけのものなのに。不用意に関わりを持ってしまったら、取り返しのつかなくなるような事態に陥ることも往々にしてあるのだ。どうしてそれが分からないのだろうと思う。  仕事柄、これまでも視えざる事象や世界に憧あこがれ、ひどい目に遭ってしまった人たちを私は何人も知っている。いずれも安易な気持ちで手をだし、身の破滅を招いていた。  そういえばずいぶん前、仕事場に変わった女が来たことがあったな。  あの女は結局、あれからどうなってしまったのだろう。  ふとしたはずみに昔の記憶が蘇よみがえり、私は夢路のように当時の記憶をたどり始めた。

世界の外のどこへでも


「〝視える人〟が限界まで脳を使ったら、どんなものが視えるんですか?」  仕事場の座卓を挟んで座る若い女が、私に向かって意想外の質問を投げかけた。  くわしい年齢は不明だったが、一見する限り、おそらく二十代の半ばから後半くらい。瘦やせくぼんだ頰筋に薄い陰が差す、顔色の悪い女だった。  あれは確か二年前、二〇一二年の夏場だったように記憶している。  その日、私は初対面の相談客とふたり、仕事場の座卓越しに顔を合わせていた。  質問の意図を測り兼ね、「どういうことです?」と尋ね返す。  私の問いかけに、女はじっとりしたまなざしを向けながら、口を開いた。 「わたしも実は霊や気とか、人に視えないものが視えるんです。先生もそうですよね? 今の状態でも色々なものがはっきり視えるほうなんですが、もっと珍しいものが視たい、それこそわたしの想像すら及ばないような、凄すごいものを視たいと思うようになりまして、よろしければそのコツというか、秘ひ訣けつのようなものを教えていただきたいんです」  訥とつ々とつとした口調で、声もか細く小さなものだった。だがそれでも、女の言葉にこもる情念は針のごとく鋭く、私の耳に一言一句、突き刺さるように届いた。 「どうしてそんなものが視たいんです?」  今度は率直な疑問を、女に向かって投げ返す。すると女は、即座に答えた。 「天井から逆さまになってぶらさがる女とか、バスタブの中から伸びてくる真っ白い手、近所の夜道をうろつく背広姿の首のない男、何年経っても成長しないずぶ濡ぬれの女の子。そんなものを今まで日常的にたくさん視てきましたけど、もう飽きてしまったんですよ。せっかく生まれながらに授けられた特別な才能です。わたしはもっと異様で奇怪なもの、それこそ、今まで誰も視たことがないものを視てみたいし、体験してみたいんです」  そう言って女は、生気に乏しい薄い笑みを浮かべて見せた。  女の言葉に、笑みに、居住まいに、私は心の底からぞっとする。  恐ろしいことを考える女だと思った。仕事場に通したことを後悔する。  言葉を返せず押し黙る私を尻しり目めに、女はさらに話を続けた。 「眩暈めまいがするくらい脳に力をこめて目を凝らすと、普段より珍しいものが視えることは、最近少しずつ分かってきました。でもそういったものははっきりした像を結んでくれず、朧おぼろげにしか視えないんです。本当にあともう少し、あともう少しで視えそうなのに……。先生だったらきっと、私よりも脳の使い方をご存知ですよね。教えていただけません? 脳を限界まで使うと、どんな世界が視えるのか? それを視るためには、どんな手段で脳を限界状態まで持っていくのか。ぜひともわたしは知りたいんです」  瘦せこけた細面に目ばかり鈍く輝かせ、女は私に向かってわずかに身を乗りだす。  まったく、誤解もいいところである。  平素、私は特に何かを意識して〝不可視の怪しい存在〟を目にしているわけではない。あくまでも受動的かつ、無自覚の状態でもたらされる体験に過ぎないのだ。  有り体に言うなら、それは事故のようなもので、〝視える〟という表現よりはむしろ、 〝視えてしまう〟と言い換えたほうが、感覚的には正しかった。だから私は自分自身を〝視える人間〟だと語ったことは一度もないし、女が選民気取りで自画自賛するように、他人に視えないものが視えてしまうことを〝才能〟だとも感じたことはない。  そもそもである。女が言うような「脳を限界まで使う」などということをしなくとも、〝視なければよかった〟と後悔するようなものなら、加奈江の件も含めてこれまでの間、うんざりするほど視てきているし、取り返しのつかない経験も何度かさせられている。  生まれてこの方、特に意識などしなくともそうなのだ。そこへわざわざ自らの意思で〝これまで視てきた以上のもの〟を視たいなどと、私は夢にも思ったことがなかった。 「触らぬ神に祟たたりなしです。興味本位で妙な世界へ首を突っこまないほうがいい」  女が放つ異様な佇たたずまいに少々気け圧おされながらも、努めて平静を装い、釘くぎをさす。 「そうですか。わたしとしては、この才能をさらに磨きたいと考えているのですが……。やっぱり本職の方って、その辺のさじ加減は慎重なのね。分かりました、もう結構です。わたしはわたしで、なんとか脳の花が開くよう、独自にがんばってみますから」  気味の悪い捨て台詞ぜりふを吐くと、女は笑いながら仕事場を辞していった。  それからさらに数週間が過ぎた、深夜一時過ぎ。仕事場の座卓で原稿を書いていると、私のPCに一通のメールが届いた。送り主は、あの女からだった。 〈脳の花、開きました。凄い世界が視られました。何もかもが驚きと興奮の連続でした。でも閉じてくれないんです、脳の花。もう何日間も開きっぱなし、ずっと視えっぱなし。私の想像をはるかに超えたとんでもないものが、周りにうじゃうじゃいるのが視えます。目が合ったら、喰くわれて殺される。呼び声に応こたえたら、即座に憑つかれて潰つぶされてしまう。そんなものが、実は自分の身近にたくさんいたということに気がつき、後悔しています。今はもう毎日が怖くて怖くて怖くて怖くて不安で不安で不安で不安で、堪たまらないんです。わたしはこれから、どうなってしまうんでしょう? 救たすけてください、お願いします〉  メールを読み終え、気でも触れたのかと思っていた矢先である。  漆黒の戸外が一瞬、青白く輝いたかと思うと、続いて家中をびりびりと震わすような凄すさまじい雷鳴が轟とどろいた。耳をつんざくような轟ごう音おんに、思わず総身が竦すくみあがる。  それからしばらくの間、その場でじっと身構えていたのだが、こちらの予想に反して、二度目の雷鳴が聞こえてくることはなかった。  頃合いを見計らって窓を開け、闇空を振り仰いだ瞬間だった。  今度は「えっ?」と声があがる。  頭上には雲ひとつない満天の星空が広がり、銀色の月が煌こう々こうと輝きながら浮いていた。  わけが分からず、ネットで天気を調べてみたところ、この日は終日快晴で雷はおろか、雨の降る気配さえまったくないことが分かった。  じわじわと厭いやな予感を覚え始めているところへ、再び女からメールが届く。 〈開く開く開く開く 脳の花 もっともっと 開いた開いた 脳の花〉  異様な文面に戦せん慄りつし、返信メールを送ろうとキーボードに指を伸ばしかけた時だった。再び戸外が青白く光り、満天の星空に得体の知れない雷鳴が盛大に轟く。  そこへメールがもう一通届いた。 〈開き過ぎた 救けて わたし 開き過ぎた〉  雷鳴の凄まじさと、さらに異様さを増した文面に慄おののきながらも、それでも震える指で恐る恐るキーボードへ手を伸ばす。  だがそこへ三度目の雷鳴が轟き、びくりと身体が跳ねあがった。  今度は前回よりも一際大きく轟いた。巨獣の叫びのような轟きに、総身が震えあがる。  雷鳴が止み、PCのディスプレイに視線を戻すと、メールの受信箱から女のメールが三通とも跡形もなく消えていた。たちまち私の中に、暗くて寒々とした確信が生まれる。  これは視えざる何者かからの、「これ以上、関わるな」という警告なのではないかと。  メールが消え、他の連絡先も分からなかった私は、結局それ以上の詮せん索さくをよした。  その後、女から連絡が入ることはなく、彼女の安否は今もって不明のままである。 〝脳の花が開いた〟  文面どおりに受け取れば、彼女は一体〝何〟を視てしまったのだろう。

終わりへ向かいて 参


 気持ち悪い──。  水の中で意識が戻って以来、初めて胸の内にうっすらとした不快感を覚えた。  なんだろう。  これはなぜか、あまりよろしくない記憶に感じられる。  脳の花──。  頭の中で言葉を反はん芻すうすると、ほんのわずかだったが、忌まわしさすらも感じられた。  ただ、あの一件は加奈江に関する問題とは、一切関係のない出来事だったはずである。  それなのにどうしてなのか、当時のことを思いだすなり、私は胸苦しい気分になった。  否。もしかしたら、そうではないのかもしれない。  私はあの夜に起きた怪異よりもむしろ、「脳の花」という言葉に不快感を覚えていた。  記憶をさらにたどってみたが、思いだせる限りでは、その後の記憶は何もない。  あの女性客との接触は多分、異様なメールの一件で最後になったはずである。  脳の花。脳の花。脳の花──。  ああしかし、頭の中で言葉を繰り返してみると、やはり気持ちが悪い。  なんなんだ、これ。  今自分が置かれている状況と、何か関係があるのだろうか?  無性に気になり、頭の中の記憶の糸をあちこち引っ張り、思いだしてみようとする。  だが駄目だった。  再び頭がじんと痺しびれて、まともに物を考えられなくなってくる。  同時に不快感も忌まわしさも、泡のように搔かき消えた。  またぞろ、どうでもよいという気持ちになる。  ただその一方で、これまで思いだしていた記憶の流れは、止まることなく続いていた。  波の流れに身を預けるような心こころ許もとない感覚で、再び意識を過去の記憶に寄せる。  真弓の顔が、頭に浮かんだ。  続く記憶は、真弓の顔から始まるようだった。  真弓は今頃、どうしているのだろう──。  そんな思いが脳裏を掠かすめたが、単に掠めただけだった。  それ以上の感慨は、何も生じることがない。  目の前に浮かぶ、加奈江の亡なき骸がらに対してもそうだ。やはり何も感情が湧くことがない。  薄赤く、わずかに温ぬるい水の中を加奈江と一緒に沈みながら、私はさらに記憶をたどる。  ほとんどなんの感情の起伏もないままに──。

灰色の恋人たち


 二〇一四年十一月半ば。  鈍にび色いろの空から銀色の粉雪がうっすらと舞い降りる、その日の午前十一時過ぎ。  私は真弓と連れだち、松まつ島しま町まちにあるマリンピア松島水族館に出かけていた。  開館から八十八年目を迎えるこの古びた水族館は、来年の五月に閉館が決まっており、戦前から続いた長い歴史に幕をおろす。  私自身は幼稚園の遠足に始まり、家族の行楽、中学時代には熱帯魚飼育の熱が高じてひとりで見学に来てみたりと、幼い頃から慣れ親しんできた馴な染じみの水族館だった。  結婚前は真弓ともデートでよく訪れていた。結婚後には年間フリーパスを毎年買って、私たちは懐具合に少し余裕ができると、手軽な憩いの場として楽しませてもらっていた。  そんな思い出深い水族館が、あと半年足らずでなくなってしまう。  だから通える限り足を運んで、最後の最後までこの場所で過ごせるだけの時を過ごし、その何もかもを目に焼きつけて、大切な思い出としてずっと記憶に残しておきたかった。  加えてここしばらくの間、日がな加奈江のことばかり考えて、さすがに疲れてもいた。少しだけ息抜きをしたいという思いもあって、この日は水族館に参じたのである。  世界最大級の淡水魚ピラルクーや、アロワナたちが悠然と泳ぐ巨大水槽。  黒潮の海を模した八角形の大型水槽に泳ぐ、メガネモチノウオやニセゴイシウツボ。  コバルトスズメやカクレクマノミなど、極彩色の海水魚が群泳するサンゴの海。  マンボウ、イロワケイルカ、ゴマフアザラシ、バイカルアザラシ。  クラゲにクリオネ、バジェットガエル、メガネカイマン、オオサンショウウオ──。  何度も見ている馴染みの彼らだったが、何度見ても、心は素直にはずんで胸が躍った。ほんのつかのま、元の日常が返ってきたかのような安らぎを感じ、ほっとする。  アシカのショーを笑いながら観終わったあと、真弓が「お腹すいたね」と言ったので、屋外の食堂コーナーで醬しよう油ゆラーメンをふたつ注文した。  海の家や大衆食堂で供されるような、いかにも懐かしい風情の東京風ラーメンである。けれども値段が五五〇円と安価な割に、和風だしの優しげな味わいと、黄色い縮れ麵めんの口当たりがよく、麵の上にたっぷりと載せられた半割りの煮玉子や分厚いチャーシュー、メンマなどのボリューム感も嬉うれしくて、いつもふたりで食べるのを楽しみにしていた。  ラーメンを食べ終え人心地つくと、やがて真弓がひとりで館内の売店を覗のぞきにいった。私は館内の片隅にある喫煙所で、煙草を吸い始める。  そのさなかにふと、中学時代に加奈江と水族館を訪れた時のことを思いだしてしまう。こんな時にまで……とうんざりしたが、一度蘇よみがえった記憶は意識の底へ戻ることはなく、当時の情景を色鮮やかに再生していく。 「ねえ。ピラニアの別名って、なんていうか知ってる?」  館内のジャングル・コーナーにあるピラニアの水槽を指差しながら、加奈江が言った。  二〇一四年の今現在、ピラニアが泳いでいるのは、館内の入口を抜けてすぐ横にある、石組みの枠にアクリル板を嵌はめこんだ、横幅一メートル程度の比較的小さな水槽である。展示されているのもせいぜい五、六匹程度で、あまり迫力はない。ちなみにこの水槽はかつて、錦にしき鯉ごいを展示していた池を加工して造られたものである。  だが一九九二年の、この当時は違った。  現在のピラニア水槽がある位置よりも、もう少し奥まった場所に、横幅二メートルか、あるいはそれ以上ある大型水槽にピラニアたちは悠々と展示されていた。  数も数十匹単位の大群で泳がされており、型も一様に大きかったから、間近で見るとかなり恐ろしげな迫力があった。  この日は加奈江とふたりではなく、例の熱帯魚クラブの連中も一緒だった。私も含め、その場に六人ほどいたが、加奈江の質問に答えられる者は誰もおらず、神妙な顔つきでピラニアたちを眺めながら、皆一様に首を捻ひねるばかりだった。  逆に加奈江のほうは忍び笑いをちらつかせ、私たちの顔をしげしげと眺めている。  やがて、久ひさ山やまという眼鏡をかけた少年が「ギブアップだ!」と叫んだのをきっかけに、私も他のメンバーたちも次々と降参の声をだした。 「オーケイ、それでは発表とまいります!」  やたらと芝居がかった声こわ風ぶりで、微笑みながら加奈江が叫んだ。 「正解は、三声の魚。原産地の南米では地元の人たちから、そう呼ばれているんだって。なんでかっていうとね、人が川を渡る最中とかに水の中でピラニアの群れに襲われたら、『救たすけて!』『救けて!』『救けて!』って、三回叫ぶ間に食べられて死んじゃうから。だから別名、三声の魚といいます。ね、ちょっと怖いでしょ? でも面白くない?」  すかさずその場にいた一同から、「おお!」と一斉に感嘆の声が沸きあがる。  まさに桐島先生、かく語りきである。  魚に関する知見だけはとにかく恐ろしく豊富で、そのうえ饒じよう舌ぜつだから人を惹ひきつける。  実際のところ、ピラニアという魚はとても臆おく病びような性質で、現地で人が襲われることは滅多にないのだという。ピラニアに怪物然とした獰どう猛もうなイメージがついてしまったのは、昔の記録映画や、テレビのバラエティ番組などにおける誇張表現によるところが大きい。  それでも現地では「三声の魚」などという、物々しい異名をつけられているのだから、ピラニアという魚はやはり、人間の潜在意識下では恐れられてきた魚なのだろう。  その後も館内の水槽群を一槽一槽、丹念に眺め歩いては、加奈江は私たちに事細かに、そして時には面白おかしく、魚たちの生態や雑学を逐一解説してくれた。  夏の光と海風の香りが心地よい昼下がり、私たちは夢中になって加奈江の話を聞いた。  二十年ほど前、虚構の世界でそんなことがあった。ただそれだけのことである。  だらだらと記憶が再生されてみたところで、「だからなんだ」という感慨ぐらいしか思い抱けなかったし、毛ほどの役にも立たない情報だと思った。  三声の魚か。まさか妖よう怪かい退治の呪じゆ文もんのごとく、「救けて!」と三回叫べば、加奈江が消えてくれるというわけでもあるまい。そんな簡単な話なら、どれほど楽でよいことか。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。  しだれ気味の気持ちで煙草をくわえながら眼前を見やると、ペンギンの屋外プールやアシカショーのステージ、ゲームコーナーなど、水族館の全景を一望することができた。  背後や周囲に視線を向ければ、古びたメリーゴーラウンドやロケット型の回転式遊具、フラミンゴとビーバーが展示されている小さな庭園の外周には、SLのレールが敷かれ、頭上を見あげてみれば、少々くたびれた風情のモノレールが館内を取り囲むようにして、ぐるりと一周している。  近年建てられた大型水族館にはない、全体的にどこか時代の波に取り残されたような昭和の懐かしい趣きと香りが、未いまだ至るところに生き生きと染みついている場所。  それがマリンピア松島水族館という、私たち夫婦の楽園だった。  この古めかしくも、人の儚はかない温ぬくもりがそこかしこに漂う雰囲気が私も真弓も大好きで、ただ館内の空気を吸いこみ、周囲の音に耳を預けるだけでも、なんともいえぬ安らかな気持ちになることができた。  あの頃、加奈江の目には、この〝ちっぽけな楽園〟がどのように映っていたのだろう。加奈江もはしゃいでいたけれど、ここも楽園だということに気がついていただろうか?  思うに楽園なんていうものは、こんなふうに、ほんのささやかなものでよいのだ。  大掛かりな仕掛け、派手な演出、永久に続く時間。そんなものは、何ひとつ必要ない。なぜなら過剰な快楽は、依存を生みだしてしまうから。そんなものは楽園ではない。  疲れた時に少しだけ羽を休め、ほどよく心を満たし、また日常へと返してくれる。  楽園とは本来、そんなささやかで、温かいものであるべきなのだ。  仮に加奈江と私の思い出が、夢の中で一度会った程度のものなら、私も今に至るまでこんなに苦しむこともなかったのに──。そんなことを思うと、ため息がこぼれた。  二本目の煙草をちょうど吸い終えたところへ、真弓が売店から戻ってきた。 「これ、買ってきた」  言いながら真弓が、手のひらに載せた小さな紙袋を差しだす。  袋を開けて中を見ると、珍妙な作りのキーホルダーが入っていた。  白、黒、赤、青、黄の五色に着色された、プラスチック製の小ぶりな勾まが玉たまの表面上にそれぞれ白びやつ虎こ、玄武、朱雀すざく、青せい龍りゆうのシルエットと、陰陽太極図がプリントされている。それらを紐ひもで繫つないでひとつにまとめた、見るからに陳腐で安っぽいキーホルダーだ。  これは水族館の特製グッズなどではない。地方の観光地などでよく売られている類たぐいの、出自がよく分からない〝謎の土産〟といった感じの代物である。 「なんだこれ?」  苦笑いしながら尋ねると、真弓は即座に答えた。 「御守り」  少しだけ憂いを滲にじませた面差しで、真弓が私の顔をじっと見つめる。 「どうして?」  分かってはいるのだが、あえて真弓の口から聞いておきたかった。 「この頃、元気なさそうだから。大丈夫かなって思って」  やはりそうか。先日、ショッピングモールでケーキをくれた女性客に指摘されて以来、気をつけてはいたのだが、知らず知らずに疲れが顔に出ていたのかもしれない。  あるいは夫婦というのは、こういうものなのだろうか。伴はん侶りよの抱える疲弊ぐらいなら、何も語らずとも易々と察してしまうものなのかもしれない。 「ありがとう」  ため息を押し殺し、代わりに微笑を浮かべて真弓に短く礼を述べる。  それから上着のポケットから取りだした車の鍵かぎに、さっそくキーホルダーをつけた。  なんだか気づかないうちにずいぶん強くなったものだな、と思う。  私と真弓が初めて出で逢あった頃、彼女は心が芯しんまですり減った、ひどく脆ぜい弱じやくな娘だった。  複雑な対人関係や肉親の急死、持病の問題など、様々な悩みをひとりで抱え続けた末、あの頃の真弓は、身が骨と皮ばかりに瘦やせ細り、半ば失語症のような状態に陥っていた。  だから私たちの馴なれ初めは、沈黙から始まった。  声の代わりに私と真弓を結んだのは、電子メールだった。  たまさか知り合った真弓からある日、私はメールを受け取り、悩みを打ち明けられた。それに返信を重ねていくうち、だんだんとたわいもない話もできるようになった。  ただ、それでも実際に顔を合わせると、極度の緊張でがちがちに固まる彼女の口から言葉が出てくることは、ほとんどなかった。  私は別にそれで構わないと思っていたから、あえて真弓を励ますことはしなかったし、無理に言葉を引きだすこともしなかった。  会話はメール、対面では無言。そんな奇妙な関係が、しばらくの間ひっそりと続いた。  出逢って数ヶ月目に「付き合いたい」と言ってきたのは、意外にも真弓のほうだった。その告白は彼女自身にとって、私が想像する以上に多大な勇気のいることだったと思う。  初めの頃に比べれば、緊張もだいぶほぐれ、顔に笑みを浮かべる機会も増えていたが、それでも真弓はこの頃も、まだほとんど満足に言葉をだすことができずにいた。  けれども彼女はありったけの勇気を振り絞り、自分の声で私に想いを伝えてくれた。  とても拙つたなく、短い言葉だった。けれども声は生き生きとしていて、綺き麗れいだった。  きっとそれがどんな言葉でも、私はよかったのだと思う。  言葉も声も、所しよ詮せんは人の想いを伝える媒体に過ぎない。肝心なのは想いのほうなのだ。真弓の強くてまっすぐな想いが、私はとても嬉うれしかった。  ただ、それで真弓の心に平穏が訪れたわけではない。  真弓が心に負った瑕きずはとても深く、その後も折に触れては彼女のことを苦しめ続けた。  楽しいこともたくさんあったけれど、つらいこともたくさんあった恋だと思う。  時折、真弓の笑顔がふっと搔かき消え、涙をこぼす姿を見るのがつらかった。  そんな自分の姿を私に見せることが、彼女もきっとつらかったと思う。  浮いては沈み、沈んでは浮き、輝いては陰り、陰っては輝きを延々と繰り返しながら、私たちの恋は、だがそれでも潰ついえることなく細々と続いていった。  真弓はとても苦しかったと思う。何度も自暴自棄に陥り、悲嘆にくれることがあった。  だが私のほうは、彼女のことを投げだしたいと思ったことなど、一度もなかった。  真弓に告白を受けたその日から、彼女とずっと一緒にいたいと思っていたから。  だから今度は私のほうが、真弓にありのままの想いを打ち明けた。  ある時「死にたい」と、真弓が泣きながら言った。  でも私は「じゃあ、一緒に生きるだけ生き抜いて、それから一緒に死のう」と言って、結婚を申し出た。本当は私自身も心のどこかで、生きることには疲れていたのだけれど、真弓のために「生きよう」と奮起した。そんな私の想いを、真弓も受け容いれてくれた。  人生は楽園などではないから、それでも時々、互いに「死にたい」と思うことはある。けれども結婚の誓約が「一緒に死のう」なので、必死で生き抜くふたりがいた。  以来、私たちの今がある。かけがえのない今がある。  結婚から四年を迎え、真弓の心にもようやく明るい光が灯ともるようになっていた。  口数が少ないのは相変わらずだし、引っ込み思案な性格や、人見知りも健在だったが、それでもかつて、どん底に陥っていた頃と比べれば、今や別人のように真弓は変わった。私が誇れる数少ないもののひとつが、彼女という伴侶の存在だった。  潮の香りが漂う海辺の小さな水族館で、私は車の鍵にとりつけた妙なキーホルダーを微笑ましい心地で眺めながら、真弓の小さな気遣いに心の中で「大丈夫」と応こたえた。

怪物の夢Ⅴ


 水族館から帰宅したその晩、真弓は早々と布団に入ると、そのまま深い眠りに落ちた。  昼間、はしゃぎ過ぎたからであろう。持病のせいで、身体もあまり丈夫ではないのだ。だが、こんなに疲れたところを見ると、よほど楽しかったのだろうなと思いなす。  本当は何気ない一日だったはずなのに、今はこんな日すらも貴重な一日に感じられた。  それもこれも、加奈江という存在が私たちの毎日を脅かしているがゆえである。  真弓の寝顔を黙って見つめていると、昨年十二月に起きた痛ましい事件が思いだされ、たちまちいたたまれない気分になってくる。  二〇一三年十二月半ば。  あの日、私と真弓は、私用で仙台市内へ出かけていた。  短時間で済む簡単な用件だったし、翌日は仕事の予定も入っていなかった。  クリスマスも近かったので、せっかくだからふたりで食事や買い物を楽しもうと思い、私は市内のビジネスホテルを予約した。本来ならば、楽しい一夜になるはずだったのだ。  あんなことにさえ、ならなければ──。  午後の九時過ぎだったと思う。  夕食を済ませ、ホテルの部屋へ戻ると、ベッドの上に長い髪の毛が何本も落ちていた。  チェックインから出かけるまでの間、ベッドを使った記憶はない。そもそも髪の毛は、私のものでも真弓のものでもなかった。  髪の毛の長さは、およそ六十センチ。真弓の髪の毛の、実に倍ほどの長さがある。  出かける際、部屋へ残していった荷物に荒らされた形跡はなかった。ゴミ箱の中身も、出かける直前のままである。泥棒や清掃スタッフが入ったわけではなさそうだった。  よく見ると、髪の毛は床上のカーペットにも何本か散在していた。拾いあげてみると長さはやはり六十センチほど。ベッドの髪の毛と、どうやら同じ人物の物のようである。  夫婦揃って、なんともいえず薄気味の悪い気分になる。  ただ、せっかくの休暇の最後を、たかだかこんなことで台なしにされるのも癪しやくだった。  すでに食事の席でしこたま吞のんでいたのだが、吞み直したい気分になる。部屋を出て廊下を突き当たった曲がり角に自販機があったので、缶ビールを買いに向かった。  ほとんどぼったくりのようなビールとつまみを適当にみつくろい、部屋へと引き返す。  廊下の角を曲がって前方に目を向けると、私の部屋の前に中学生ぐらいの子供たちが五、六人、円陣を組んでたむろしているのが目に入った。  大声で馬鹿騒ぎをしているわけではないが、それでもくすくすと囁ささやくような笑い声が、静まり返った薄暗い廊下に反響している。  子供たちは、私が部屋の前まで至る頃にも動く気配がまるでない。ドアも開けられず、邪魔である。先ほどの髪の毛の件もあり、多少いらついてもいた。 「おい、何やってんだ。どけ」  ドアの前までつかつかと歩み寄り、恫どう喝かつ気味に低い声を投げつける。  にやけ面で井戸端会議のようなことをしていた子供たちが、こちらへ一斉に向き直る。  瞬間、自分自身の注意力のなさにつくづく絶望させられた。  子供たちの輪の中に、加奈江がいたのである。  私と目が合うなり、加奈江は相好を崩し、ひたひたと歩み寄ってきた。  とたんにがちりと身体が固まり、動けなくなる。まるで蛇に睨にらまれた蛙だった。  互いの身体がくっつきそうなほど接近したところで、加奈江の足がぴたりと止まった。  私と加奈江が、至近距離で対たい峙じする。私自身がもっとも警戒していた構図が完成した。  蒼あおざめた私の顔を見あげると、加奈江はさらに口元をほころばせ、白い歯を覗のぞかせた。  シャガールの『青いサーカス』がプリントされたTシャツに、花柄のロングスカート。三つ折りにたたんだ白いソックス。クリーム色のスニーカー。  そして黒髪。六十センチほどもある、長い黒髪。  部屋に散らばっていた黒髪が誰のものであるのか、ようやく合点がいく。  同時に、部屋にいる真弓のことがひどく心配になった。  だがそれでも身体は石のように固まり、動くことができない。  加奈江の笑顔に呼応するかのように、他の子供たちもこぞって私へ笑顔を差し向けた。いずれも目と口を半開きにした、寒気のするような薄ら笑いだった。  よく見ると、こいつらの顔にも見覚えがあった。  中学時代、夢の中で交流していた、熱帯魚クラブの連中である。今となっては名前も素性もろくに思いだせないような奴もいたが、顔だけはしっかりと覚えていた。  クラブの連中は、薄手の生地の半はん袖そでシャツやらTシャツやら、いずれも夏服姿だった。どうやら加奈江と同じく、こいつらもあの夏以来、時間が止まったままらしい。  まるで値踏みをするような目つきで、加奈江が私の顔を見つめる。  それからくすりと鼻を鳴らし、わざとらしく小首を傾げてみせた。  なんの意味かは分からない。あるいは意味などないのかもしれない。  仮にあったとしても、こいつが考えていることなど知りたくもなかった。  なぜならばこの女は、この世の者でもあの世の者でもない、人知を超えた怪物である。そんな者が考えていることなど、おぞまし過ぎて想像すらもしたくなかった。 「行こう」  加奈江のひと言に、取り巻きたちがぞろぞろと部屋の前から離れ始める。  予想外の展開だった。わずかな安あん堵ども感じたが、同時に強い混乱も頭の中に生じた。 「また来るね。しにぞこない」  言いながら加奈江は小さく手を振り、くるりと踵きびすを返して廊下の奥へと消えていった。加奈江たちが廊下を曲がり、姿が完全に見えなくなると、ようやく身体が自由になった。  すぐさま突進するようにドアを開け、部屋の中へ飛びこむ。  部屋の中では開け放たれたバスルームの前に真弓がへたりこみ、真っ青な顔になってぼろぼろと涙をこぼしていた。 「どうした!」と尋ねると、「変な女の子がバスルームにいた……」と真弓が答えた。  つい数分前。私が部屋を出て、すぐのことだという。  吞み始める前に風ふ呂ろの準備をしておこうと、バスルームのドアを開けた。  ふと足元に目をやると、タイル張りの床の上に長い黒髪が何本も落ちている。  部屋の中に散乱していた黒髪と、同じ長さのものだった。  バスタブへ視線を向けると、シャワーカーテンがぴたりと閉じられているのが見えた。  とたんに嫌な胸騒ぎを感じる。カーテンを閉めた覚えなどまったくなかった。  そろそろと足音を殺しながらカーテンへ近づき、さっとひと思いに開け放つ。  空っぽのバスタブの中に、見知らぬ少女が立っていた。  そこから先は、ほんの一瞬の出来事だったという。  真弓がカーテンを開け放つなり、少女はバスタブのへりを猫のようにぽんと飛び越え、棒立ちになった真弓の真横を、風のごとくすり抜けていった。  顔と顔とがすれ違う瞬間、少女は真弓の耳に「ふっ」と冷たい息を吹きつけた。  はじかれたように振り返ると、バスルームを飛びだす少女の背中がちらりと目に入る。真弓もすぐにバスルームを飛びだしたが、すでに少女の姿はどこにも見当たらなかった。部屋を出ていったのかと一瞬、ほっとしかけたが、すぐに「違う」と気づいて蒼ざめる。  そういえば、ドアの開く音を聞いていない。  ならば少女はまだ部屋の中にいて、どこかに隠れているのではないかと思った。  クローゼットの中かもしれないし、あるいはベッドの下に潜りこんだのかもしれない。いずれにしても覗いてみれば、答えははっきりするはずである。  けれども怖くて確認することなど、できなかった。  両膝ががくがくと震えて笑い始め、気づけば床の上にへなへなとくずおれていた。  部屋を飛びだし、私に救たすけを求めようとも思った。けれどもそれもできなかった。  万が一、ドアを開けた向こうにあの女の子がいたら……。  生々しい光景が頭の中に浮かびあがった瞬間、涙が勝手にこぼれて止まらなくなった。  そこからはどうすることもできず、真弓はバスルームの前で泣き続けていたのである。  二〇一三年のこの時点では、加奈江に関する話は真弓を含め、誰にもしたことがない。たとえ長じたのちに何度加奈江に襲撃されようとも、ひたすら心の内に隠し続けてきた。それほどまでに私自身にとっては、かくも忌まわしい記憶だったから。  だから真弓が加奈江について知ることなど、絶対にありえないことだった。  けれどもその一方で、先ほどまでの廊下の件もある。時間と状況を合わせて考えると、真弓が遭遇した少女は、加奈江と断定するよりなさそうだった。  恐る恐る、真弓に少女の容姿を訊たずねてみると、加奈江の特徴に全てぴたりと一致した。たちまち絶望的な気分になる。  思えば中学時代、全ては私の夢の中から始まった話である。妄想と言い換えてもよい。  これまで何度も加奈江と遭遇するたび、あらゆる祈き禱とうをおこなっては失敗するたびに、私は心のどこかで「これは己の妄想なのだ」と思うようにしていた。少なくとも当時は、そのように割りきることで、わずかながらも安心することができたのである。  その最後の砦とりでが、完膚なきまでに叩たたき壊された思いだった。  私の頭の中にしか存在しないはずの桐島加奈江が、真弓も目撃する運びとなった。 〝共同幻想〟という言葉が一瞬脳裏をよぎったが、目の前の現実にすかさず拒絶された。部屋中に散らばる長い髪の毛は、いつまで経っても消える気配がなかったからだ。  すすり泣く真弓を慰めながら、だいぶ悩んだのだが、隠しておくこともできなかった。結局その晩、私はこれまでの経緯を包み隠さず、真弓に全て打ち明けた。  結果、夫婦ともども多大な恐怖と不安に慄おののく、私たちの今がある。  寝室の布団で寝入る真弓の姿を見ると、やはり話すべきではなかったのではないかと、今さらながら後悔の念に駆られる。  仮に今後、真弓が再び加奈江と出くわす機会があろうとなかろうと、同じことである。あんな話を聞いて耐えられるほど、真弓の心は頑健ではないのだ。  配慮すべきだった。  出で逢あったばかりの頃の瘦やせさらばえて、何かひと言喋しやべる時も過呼吸気味になっていた弱々しい真弓の姿はもはやない。今は自分なりにこの日常を健けな気げに毎日生き抜いている。あの頃のような真弓に戻ってほしくなかった。戻したくなかった。 「大丈夫……」  静かな寝息に紛れて真弓がぽつりと寝言を言った。加奈江の襲来を案じているのか、それとも昼間、水族館で私に渡した御守りのことを思いだしているのだろうか。ただ、いずれであっても私はますますいたたまれない気分になった。 「うん、大丈夫」  眠る真弓に言葉を返しながら、私は彼女の長い髪を優しくそっと撫でさすった。

霊感


 野山を燃やすように彩る紅葉もしだいに葉を落とし始めた、十一月の半ば過ぎ。  連日、加奈江について思案を巡らせ、頭を悩ませていた昼下がりのことだった。  居間の炬こ燵たつの上で絵を描いていた真弓が、「水彩絵の具、使ってみたい」と言うので、私は年季の入った絵の具箱を開け、真弓に水彩画の基本を教えていた。  絵など夏の終わり以来、ずっと描いていなかったので、数ヶ月ぶりに握る筆の感触とパレットの上に絞りだされた絵の具の色の鮮やかさが、なんとも心地よく感じられる。  古い水彩紙を使って、意気込む真弓にあれこれと絵の具の使い方を教えているうちに、やがて日はうっすらと陰り始め、ふと気がつくと、時刻は午後四時を回ろうとしていた。四時から仕事が入っていたことを思いだし、あわてて支度を整える。  仕事用の着物に着替え、「あとは好きなように練習すれば大丈夫だろう」と言い残し、私は仕事場で来客の到着を待った。  やがて仕事場に依頼主が訪れ、相談を開始する。  あまり込み入った用件ではなかったが、それでも三時間近く先方の話に耳をかたむけ、今後に関する助言を語り聞かせた。普段と変わらない、いつもどおりの流れである。  無事に相談が終わって来客を玄関先まで見送り、再び居間へと戻ると、炬燵で真弓がコピー用紙に描いた下書きに水彩絵の具を塗っていた。 「水彩紙を使えばいいのに」と言うと、「だって、もったいないから」と真弓が応こたえる。薄いコピー用紙は絵の具を含んだひたひたの水に濡ぬらされ、紙全体にぐねぐねと歪ゆがんだ波のようなうねりを、幾筋も作っている。  その傍らの炬燵布団の上では、我が家で飼っている二匹の猫たちがすやすやと静かな寝息を立てて、丸くなっていた。  それは日常生活の中のありふれた一コマ、けれども平穏と幸福に満ちた一コマだった。  十月半ばに加奈江の悪夢を見て以降、拝み屋の仕事自体を含め、日々の暮らしの中に不穏な出来事や凶事が発生することは何ひとつなかった。体調だって、どこも悪くない。あんな悪夢さえ見なければ、貧しいながらも平穏無事な暮らしを続けられていたのに。そんなことを思うと、無性に遣やり切れない気分になった。  ため息をつきそうになるのを自制して、炬燵に入って真弓の描いた絵を眺めていると、そのうち真弓が「コーヒー淹いれてくる」と言って、台所へ消えていった。  石油ファンヒーターと、水槽のポンプ音だけが静かに聞こえる居間の中、炬燵の上にずらりと並ぶ習作に再び目を落とし、茫ぼう漠ばくとした心地でそれらを眺める。  水彩絵の具の水気にまみれたコピー用紙は、やはりどれもぐねぐねと大きくうねって、せっかくの仕上がりが台無しになってしまっている。  真弓が本格的に水彩画を始めたいのなら、奮発して水彩紙のスケッチブックを何冊か買ってやろうか。そんなことを漫然と考えていた時だった。  水気で歪んだコピー用紙を凝視していた目が、突然はっと見開かれる。  そこへコーヒーカップを手にした真弓が、居間へと戻ってきた。  私は努めて平静を装い、コーヒーを受け取ると、廊下を伝って仕事場に向かった。  祭壇下に保管してあるダイヤルつきのアタッシュケースを引きずりだして、開錠する。続いてケースの中から魔ま祓ばらいの御札を貼った茶封筒を取りだすと、座卓の上で封を開き、B5判のコピー用紙に描かれた加奈江の絵を凝視する。  やはりそうだ。私の読みは当たっていた。  正面向きで直立した加奈江の姿が、水彩絵の具の淡い色使いで描かれた一枚の絵。  コピー用紙に水彩絵の具で着色したものだから、当然ながら紙はしとどに水を吸って、ごわごわと波打った状態で固まっている。  初めてこの絵を見つけた時から、私はずっとそう思っていたのだ。  紙は水を吸ったからこそ、波打っているのだと。  けれども違った。紙の波打ちは、絵の具のせいばかりではなかったのだ。  加奈江の姿は、B5判の紙の中に、ほとんどぎりぎりのサイズで窮屈に描かれている。曲がりなりにも私は、美術専門学校を卒業した身である。仮に酔っ払っていたとしても、紙の大きさに対して、こんな構図で絵を描いたりはしない。  そう、本来ならばもっと、紙の天地に余裕が残るように描いてしかるべきなのである。  それでようやく思いだしたのだ。この絵が、いつ描かれたものであるのかを。  だが今はそんなことよりも、絵に起きている異変のほうに私の心は向けられていた。 「なんとなく僕がイメージしていたのと違うんですよね。中学二年生の女の子にしては、なんだか妙に大人びていませんか?」  今年の春先、担当編集者が絵を見て語った感想は、まさに正せい鵠こくを射ていたのである。  絵の中で加奈江は、十四歳の少女から〝大人の女〟へと成長していた。  実際は身長百五十センチほどの小柄な体たい軀くであるにもかかわらず、その外見的特徴とまるで一致しない、すらりと長く伸びた手足と胴体。全体的に艶なまめかしく成熟した体形。そしてあどけなさを失い、能面のごとく凍りついた、冷たく無表情な面差し。 「妙に大人びている」のではない。  コピー用紙に描かれている加奈江は、紛まがうかたなき、大人の女のそれだった。  コピー用紙の余白部分には、背丈が伸びた証あかしのように、加奈江の首や手足の内側から外側へと向かい、まるで紙が引っ張られるかのようにして波状の皺しわが幾筋もできている。  水彩絵の具で着色している以上、薄いコピー用紙が波打つのは至極当然のことである。けれども、この皺の付き方は違う。単に水を吸っただけでこんな皺はできない。  何度見たって、思いだせないはずだった。当時、私が描いた十四歳の桐島加奈江とは、まったく違う姿になってしまっているのだから。  おまけに絵は先日、封を開いて見た時よりもまたわずかに印象を変えている。  気の迷いなどではなかった。絵は先日よりも、微妙に背丈が伸びているのだ。  ざわざわとした心地で絵を見つめるさなか、様々な思いが脳裏を錯さく綜そうし始める。  冬とう至じを迎えるのは、まだもう少し先のことだが、それでもあと数週間で十二月に入る。広義では、季節はもはや冬と言って差し支えない。いよいよ危険水域へと突入するのだ。残された時間は、あといくばくもなかった。  これまでの間、いくつかの貴重なメルクマールは得られたものの、決定打となるべき打開策は未いまだに何も摑つかめていない。この絵に関してもそれは同じである。描いた時期や異変の正体が判明したところで、これ自体は直接なんの解決策にも繫つながらないのだ。  この調子でいくと最悪の場合、出たとこ勝負で加奈江と対たい峙じする可能性も考えられる。だが、そんな事態になることだけは、是が非でも回避したいところだった。  冬が来るたび、死ぬまでこんな思いをするのかと思うだけで、目の前が真っ暗になる。それが厭いやならば今度こそは、今年こそは、逃げずに加奈江と向き合わなければならない。そのためにはやはり、決定的な打開策となるべきものが必要だった。  いずれ死ぬまで冬の恐怖に慄おののき続けるか、それとも一度限り、本気であいつと闘うか。積年の憂いを断ち切り、今後の安寧を勝ち取るための答えはひとつしかなかった。  禍わざわいを転じて福と為す、というわけでもないが、加奈江の絵の真相に気がついたことで、頭は妙に冴さえ始めていた。  できればこの冴えと心の勢いに乗じて、さらなる真相を摑んでおきたい。  今さらなりふりなど、構っていられないのだ。やれることは、やっておくべきである。決心すると私は仕事場で独り、夜が深まっていくのを息を殺して静かに待った。  やがて時計が零時を回り、深夜の二時を過ぎる頃。  寝室を覗のぞき、真弓が熟睡しているのを確認したのち、私は自宅の車庫から車をだした。  門口を抜け、坂道を下り、向かう先は海辺の市街地。  かつて加奈江に追われたあの住宅地やデパートの建つ、あの海辺の街である。  今だからこそ何か、それもこんな時間であるからこそ何か、今まで見えてこなかった重大な手がかりが得られるかもしれない。そう思い至っての出立だった。  馬鹿げたことをしているかもしれない。頭のどこかには、そんな思いも確かにあった。けれども今動かなかったら、これ以上の真相にはたどり着けまい。  そんな思いのほうが強かった。  草木も寝静まった田舎道をたどり、私は一路、海辺の街を目指して車を走らせた。

三時半(詩人)


 加奈江の絵に起きていた異変に気がついた、十一月半ばの深夜。  私は夜道に独りで車を走らせ、かつて加奈江と遭遇した海辺の市街地の只ただ中なかにいた。  時刻はすでに二時三十分。歩道に人影はなく、路上には車の一台さえも走っていない。街は死んだように静まり返り、まるで時が止まったかのような空気に包まれていた。  勢い任せで自宅を飛びだしては来たものの、今頃になって背筋が冷たく強こわ張ばり始める。人気も絶えたこんな夜中に、独りでこの街を訪れたのは、果たして賢明なことだろうか。もしも件くだんの住宅地やデパートの周辺で、再び加奈江に出くわすような羽目になったら? 仮に心の準備はできていても、私は現時点において加奈江に抗あらがう手段を何ひとつとして持ち合わせていない。そんな事態に陥った場合、私は一体、どんな心地になるのだろう。そして加奈江に、今度は何をされてしまうのだろう?  夜陰に染まった住宅地のどす黒い門口から、ふいに路上へ飛びだしてくる加奈江。  車を停めているさなか、運転席の窓ガラスをこつこつと叩たたいてくる加奈江。  バックミラーを覗きこむと、凄すさまじい脚力で車のうしろを追ってくる加奈江。  デパートの屋上から微笑を浮かべ、車のフロントめがけて飛び降りてくる加奈江──。  生々しさを帯びた惨さん憺たんたる光景が、頭の中でむくむくと肥大化していくのを感じ取り、あわてて「大丈夫だ」と自分に言い聞かせ、乱れ気味になった気息を整える。  そう、大丈夫だ。こっちは鍵かぎのかかった車に乗っている。  車から降りることもない。私は安全な箱の中にいる。仮にあいつに追われたとしても、車を飛ばせば難なく逃げられるはずである。  ──ふと気がつくと車の後部座席に座って、こちらをじっと見つめている加奈江。  まるで間欠泉のごとく、意識の奥から突如として噴きだした強烈なイメージに仰天し、思わず「うおっ!」と短い悲鳴があがった。  縮みあがった己の心に再び「落ち着け」と声をかけ、目的地へ向かって車を走らせる。  それにしても、なんというザマだろう。改めて自分が心に負った傷の深さを痛感して、恐怖や不安と一緒に憤りも感じ始める。  それからしばらく車を走らせると、やがて駅前のデパートに到着した。  田舎の総合店といえば、ショッピングモールが主流となってしまった昨今では珍しい、六階建ての大きな構えの建物である。だが、店そのものはかなり以前に閉業してしまい、現在は市役所として利用されている。  思えばこの場でもたらされた突然の再会が、忘れかけていた悪夢の再開にもなった。  路肩に車を停めて暗い屋上を見あげると、その昔、鉄てつ柵さくを乗り越えて死のうと思った不ふ甲が斐いない記憶と、加奈江の姿を地上に見つけ、心底慄いた情景をまざまざと思いだす。  加奈江から逃れたのち、私は地元にほど近いコンビニの駐車場に車を停めた。  それから鬼頭に電話をかけ、その日限りで仕事を辞めた。  朝方、母が作って渡してくれた弁当を車の中で食べているうちに、決心がついたのだ。  この日、母がよこした弁当には、いつにも増して私の大好物ばかりが詰められていた。  凍える真冬の朝早く、いつものように台所に立った時、よもやこの弁当が息子に作る最後の弁当になるなどと、母は夢にも思っていなかったはずである。  それでも弁当箱には、まるで示し合わせたかのように私の大好物ばかりが入っていた。  手作りのおかずを夢中になって頰張っていると、無性に涙がこぼれて止まらなくなり、「やはり生きよう」と、私は気持ちを改めた。  私が大の冬嫌いになったのは、この一件があって以来のことである。  人を自殺寸前まで追いつめた職場の上司。  屋上の鉄柵を乗り越えた時に感じた、肌身を斬りつけるように凍てつく師走しわすの風。  鉄柵を乗り越え、生と死の境界線を乗り越えようとした時に訪れた、加奈江との邂かい逅こう。  車の中で「生きたい、生きたい」と、むせび泣きながら食べた母の弁当──。  そんな情景を思いだすたび、私の心は十数年前の卑小で末うら枯がれた気分へと後退を始め、言葉に言い表せないほど陰いん鬱うつなものになる。  思いだすのは、決まって冬。  鈍にび色いろに曇った凍て空の下、刈り入れが終わった田んぼが広がる荒涼とした田園風景や、冷たい風に身を晒さらしていると、たちまち心が凍えて、あの日の情景が脳裏をよぎっては、気持ちが氷塊のごとく冷たく強張る。  だからあの当時、私が負った心の傷は、今でも回復していないということになる。  医者から診断してもらったわけではないため、はっきりと断言できることではないが、どうにも冬季鬱うつ病のような状態が、ここ十数年あまりも続いていた。  闇夜に染まって屹きつ立りつする、巨大な墓石のような元デパートを無言で眺め続けていると、加奈江がどうして冬場を狙って現れるのか、なんとなく分かったような気がした。  十三年前、このデパートの屋上から飛び降りようとした私は、だが結局死ななかった。代わりにその瞬間から私は、加奈江が言うところの〝しにぞこない〟になったのである。その後に続く人生を前向きな気持ちで生きてきたかといえば、決してそんなことはなく、今でも毎年冬がくると心に暗い影が差し、生きる気力を大きく減退させ続けている。  加奈江のほうからしてみれば、私のほうこそ生きている人間でも死んだ人間でもない、魂の中途半端な存在と言えないだろうか?  いずれにせよ、冬は私の心がいちばん弱る季節である。  あいつは私が再び絶望に駆られて、自分で死を選ぶのを待っているのかもしれないし、私の絶望を煽あおって、生きる気力をさらに削そぎ落とすために現れるのかもしれない。  だからこそ加奈江は、冬を選んで現れる。  あるいは、私自身の心が加奈江を呼び寄せていると言っても過言ではない。  仮にこの推測が正しいとするなら、今年の冬こそはくれぐれも気をつけねばなるまい。気持ちが大きく減退することのないよう、厳に努める必要があると判じた。  加えてもうひとつ。 〝成長していた〟加奈江の絵に関する件も、再び脳裏に思いだす。  実はあの日、螺ら旋せん状になった立体駐車場のスロープを下っていくさなか、私の心中にふと、こんな思いがよぎったのである。  加奈江とまた、一緒にいられたらどうだろう──と。  まやかしの楽園でもいい。中学時代のあの頃と同じように、このろくでもない現実を忘れさせてくれるのならもう一度、加奈江の夢に溺おぼれてみたいという誘惑が湧いた。  幸いにも加奈江は今、私のすぐ手の届くところにいる。この機を逃したらもう永遠に、私の心を救いうる至宝は失われてしまう──。そんなことまで私は思った。  だがその刹せつ那な、スロープの途中で凄まじい形相を浮かべた加奈江とばったり遭遇する。  皿のように大きく見開かれた丸い両目と、耳元までばっくり裂けた大きな口。  それを目撃した瞬間、私は正気を取り戻し、死に物狂いで車を飛ばしたのである。  けれども心の中に芽生えた誘惑は、枯れずにその後も残り続けた。  私が件の絵を描いたのは、この一件があってから、まもなくのことである。  職場の件が片づいたのちも、私が心に抱える不安や苦痛は、潰ついえたわけではなかった。実家における怪異という問題も、当時の私の心に黒い影を落としこんでいた。  その概要から顚てん末まつまでは、拙著『拝み屋怪談 逆さ稲荷いなり』でつまびらかにしているし、あまりにも長い話になるので、ここでの詳細の開示は割愛させてもらう。  要約するならばこの当時、私は実家にとり憑いてしまった〝得体の知れない何か〟に連日のごとく悩まされ、身も心もほとほと疲れ果てていたのである。  私が家族に〝他人の目に視えないものが視えてしまう〟という事実を打ち明けたのは、拝み屋になる直前の、ここからさらにだいぶ先のことだった。悩みを相談する相手すら誰ひとりとしていないまま、私は来る日も来る日も不安と苦痛に耐え続けていた。  死ぬことも叶かなわず、かといって日々を正気で生きることさえ耐えがたく、困難な毎日。それは中学時代に級友たちから集団無視を受けていた頃の状況と、よく似ていた。  加えてこの頃は、家の怪異に絡んだひどい悪夢を見せられることも、しばしばあった。どこにあるとも知れぬ広大な屋敷の中で、若い娘たちが裸に剝むかれ、狂った男たちから凄せい惨さんな拷問を受けるという夢である。これも私の心に大きな負担を強いていた。  夜毎見る夢にさえ、怯おびえ続けなければならない。そんな毎日が厭いやで厭で堪たまらなかった。  同じ夢ならいっそのこと、加奈江の夢のほうがいい。また、あの楽園の中で溺れたい。加奈江や熱帯魚クラブの連中と楽しい毎日を過ごしていたい──。  疲弊し、萎なえ衰え、弱りきった心は、再び虚構の世界に戻ることを頓とみに欲した。  この頃、長らくやめていた熱帯魚の飼育も再開した。魚を飼って水槽を眺めていれば、中学時代に初めて出で逢あったあの頃と同じように、加奈江がいつのまにか私の隣に座って、「かわいい熱帯魚だね」と微笑んでくれるような気がしたからだ。  だが、どれほど願えど〝楽園の夢〟は一向に像を結ばず、私は悪夢にうなされ続けた。日に日に焦燥感が募り、息が詰まるような不安と孤独に心がへし折れそうになってくる。そんな時に痺しびれを切らし、矢も楯たても堪らずに描いたのが、件くだんの加奈江の絵だった。  荒れ散らかった自室から、画材を搔かき集めるのに大層難儀したのを覚えている。  鬼頭から常軌を逸したパワハラを受けるようになって以来、私の筆は急激に荒れ始め、気づけば絵そのものを描くという気力や興味すらもなくしている状態にあった。  この頃、愛用していた筆洗は灰皿代わりに使われ始めて久しかったし、筆やペン類も自室の四方八方に紛れこんで、まともに絵を描けるような環境になかったのである。  ぱっと目につくところで見つかった画材が、学生時代から使っていたシャープペンと、透明水彩絵の具だった。筆洗は、部屋に転がっていたウィスキー用のグラスを代用した。  手近に水彩紙が見つからなかったため、紙は仕方なくB5判のコピー用紙を使用した。水を吸って紙面が波打つのを承知で、コピー用紙に着彩したのはそのためである。  中学時代、夢の中で微笑んでいた加奈江を心に思い浮かべ、できるだけ克明に描いた。B5判のコピー用紙のまんなかに完成した加奈江の姿は、上下左右に十分な余白を残し、十四歳の小柄な体たい軀くにあどけない笑みを浮かべた、まったく邪気のないものだった。  それが長い歳月を経て、どうしてあんな姿に変へん貌ぼうしてしまったのか。  それは皆目見当がつかない。だが間違いなくこの当時、私が救いを求めるようにして描いた加奈江の全身像は、十四歳の少女のそれだった。  絵は無我夢中の状態でほとんど一気呵か成せいに描きあげたものの、これが完成したのちに加奈江が私の前へ現れることもなければ、夢に出てくることさえもなかった。  その後、しばらく部屋の机の上に置いてあったのだが、実家にまつわる怪異が収束し、いろいろと複雑な経緯があって私が拝み屋になる頃には、段ボール箱の中に紛れこんで、いつのまにか見えなくなってしまっていた。  然さ様ような流れがあって件の絵は描かれ、仕舞われ、そしていつのまにか成長をしていた。今はこれ以上のことは不明である。  だが、当時の自分自身の心の機微を追えただけでも収穫だった。  窮地に陥っていたとはいえ、危うく私は、再び加奈江の夢に溺れるところだったのだ。  その代償として、我が身にどんな災禍が降りかかるのか、想像することもないままに。  それは、月の都へ帰ったかぐや姫を呼び戻すのとは、まったく意味の違うことである。もう二度とクスリはやるまいと誓っていた麻薬中毒者が、ある日突発的な衝動に駆られ、血眼になって売人を探し回る。そんな愚行に、それはむしろ限りなく等しい。  何事もなかったからまだしも、己の愚行を顧みると甚だぞっとするものがあった。  まったくもって、馬鹿なことをしでかしたものだと思う。  ぞわぞわと背筋に粟あわが生じるのを感じつつ、駅前の路肩から再び車を走らせる。  駅前の大通りを一本逸それて脇道を曲がると、今度は前方に簡素な住宅地が見えてくる。中学時代、加奈江が門口から出てきた民家の建つ、あの住宅地である。  深夜の闇に静まり返った路上にゆっくり車を走らせながら、問題の民家を探してみる。ところがおよそ二十年ぶりに訪れた住宅地は、その様相を一変させてしまっていた。  道路の造りは同じようだが、記憶にある建物が一軒も見当たらない。時も経ているし、当たり前のことかと思いかけたが、同時に別の事情を思いだしてはっとなる。  海から極めて近い場所にあるこの界かい隈わいは、かの東日本大震災で発生した大津波による甚大な被害を、諸もろにこうむった地域なのである。  周囲をよくよく見渡してみると、夜陰に包まれた住宅地のあちこちに更地があったし、最近建て直されたとおぼしき真新しい民家や、アパートなども散見された。  その変わりようは、たとえ暗闇からでも胸を締めつけられ、肝を潰つぶされるものだった。  震災からすでに三年の月日が流れていたが、それでもたかだか、まだ三年なのである。あの津波がもたらした災禍は、昭和の鄙ひなびた風情と情緒を内包していた小さな住宅地を丸ごと吞のみこみ、消し去り、まったく異質な土地へと刷新させていた。  中学二年の夏休み、加奈江との忌まわしい遭遇さえなければ、この住宅地の狭い道は、駅から熱帯魚店まで向かうのに歩いていた、思い出深い通い小路こうじだったのである。  こんな光景を目の当たりにしていると、加奈江の件などちっぽけな問題にしか思えず、思考がうまく定まらなくなってくる。  自分は一体、何をしているのだろうという気持ちにもなった。  それでも一応、住宅地内の主なる小路をぐるりと巡り回って、件の民家を探してみる。だがどうしてもそれらしい構えの建物は、見つけることができなかった。  それでは、夢の中で存在していた〝ある意味本当の〟加奈江の家のほうはどうだろう。加奈江の本当の家があったのは、この住宅地のさらに奥まった区画のどん詰まりである。  かの家が実在するのかどうか、私はこれまで一度も確認したことがない。  理由は、語らずとも分かっていただけると思う。本当にそんな家があったらと思うと恐ろし過ぎて、当時の私は住宅地の奥へ足を踏みこむことなどできなかったのだ。  けれどもこの夜は、津波が残した爪つめ痕あとのほうに強いショックを受けていたせいなのか、不思議と恐怖は微み塵じんも感じなかった。ためらうことなく住宅地の奥まで車を進めていき、しばらく加奈江の家らしきものを探して回る。  しかし結果は空振りだった。  果たして津波に流されたのか、やはり初めからそんな家など存在していなかったのか、真相は不明だったが、白いレンガ造りの家などどこにも認めることができなかった。  少しほっとするのと同時に、しばらくぶりに自分の正気を疑い、軽い眩暈めまいも覚える。  その後、住宅地を抜けた先にある熱帯魚店も見にいってみたが、店があった場所には見覚えのない建物が建っていて、あの頃の面影は跡形もなく消え去っていた。  中学二年生の夏休み、住宅地で加奈江と遭遇したのちも、店には少しの間通っていた。ただ、夏休みの終わり頃にいろいろあって、当時私の飼っていた熱帯魚は全滅している。その後は水槽の数を減らし、細々と飼育を続けていたのだが、飼っていた最後の一匹が死んでしまうと、あとは飼育自体をやめてしまった。  それから二十代の前半に飼育を再開した折、一度だけ店を訪れたことがあったものの、結局それが最後になってしまった。  あの凄すさまじい大津波から、店の親父は無事に生き延びられたのだろうか?  親父の連絡先など分からないため、今となっては彼の安否すら確認しようがない。  太い息を吐きながら車内のデジタル時計に目をやると、時刻は午前三時を少し回る頃。周囲は未いまだに暗かったし、これ以上粘っても収穫が得られるとは思えなかった。  そろそろ帰ろうと思い立ち、自宅に向けて車を走らせる。  ところが駅前の大通りに戻らず、別のルートで帰ろうとしたのが仇あだになってしまった。津波で様変わりした街中の風景にうっかり惑わされ、私は道に迷ってしまった。  車にはカーナビなどといった気の利いたものは備えていない。多少の焦りを感じつつ、そのまましばらく異国のように姿を変えた街中を、だらだらとさまよい走る羽目になる。  やがて十分ほど迷った頃だろうか。  ふいに前方の視界が開け、目覚えのある橋と川が見えた。  ここからだったら道が分かる。安あん堵どの吐息を漏らし、橋の上を渡り始める。  この川のまんなかには大きな中州があって、橋は中州の上に敷かれた道路を経由して向こう岸へと繫つながっていた。だから橋は川の上に都合、二本架けられているのである。  津波に流され、今は見る影もないが、かつてこの中州の道路沿いには映画館があった。私が物心ついた頃には、すでに古びてくたびれた風情を醸す小さな映画館だったのだが、館内全体に漂うレトロな雰囲気が大好きで、面白そうな映画がかかるたびに通っていた。  そんな思い出の場所が、またひとつ消えているんだな──。  寂じやく寞まくとした思いを抱きながら、更地となった映画館の前を通り過ぎた直後だった。  ほとんど忘れていた昔の記憶が──否。昔の噓の記憶が、ふと脳裏に立ち上った。  夢の中で加奈江と働いていた熱帯魚店とこの映画館の距離は、実はそんなに遠くない。思いがけず道に迷ったせいで、やたらと時間がかかってしまったが、件の熱帯魚店から十分も歩けば、この映画館に来ることができる。  こんな距離関係にあったため、加奈江の夢の中にもこの映画館は何度か登場していた。加奈江を始め、件の熱帯魚クラブの連中と一緒に映画を観た記憶が、私の中にあった。  中州の反対側に架けられたもう一本の橋を渡り、車がそろそろ向こう岸に至る頃にも、はるか昔の忌まわしい記憶が再生された。  それはこんな情景である。  土耳古トルコ石のごとく淡い青みを湛たたえた夏空と、その青の壮健な輝きと戯れるかのように、天上でむくむくと膨らむ巨大な入道雲。燦さん々さんと照りつける白はく銀ぎんのごとき、まばゆい太陽。  その日、私は加奈江とこの橋の欄干に並び立ち、ふたりでラムネを飲みながら川かわ面もを見おろしていた。 「この辺はね、汽水域だから海の魚も泳いでるんだって」  真夏の日差しに煌きらめく水面を見つめながら、笑顔を浮かべて加奈江が言った。  確かに川は湾に近く、この街の湾は広大な汽水域なのだという。時折そよぐ涼風には潮の香りがほのかに混じって、鼻び腔こうを軽くくすぐりもする。  実際に川の水など飲んだことがないので、本当のところはどうだか分からないのだが、加奈江の言った言葉にはそれなりの説得力があった。  川上のはるか彼方かなたに見える山々をすっと指差し、加奈江が話を続ける。 「水って、すごくない? 山から染みだした少しの水が、だんだん大きな流れになって、うねりになって、川と混じって、押し流されてって、最後は海にまで出ていくんだよ? ていうか海そのものになるのか。全然違うものになって、全然違う世界に行くんだね」  ──そういうふうに、わたしもなれないかな?  加奈江は言った。  頭上では海猫たちが、しきりにみゃあみゃあとかまびすしく鳴き交わしている。  加奈江の言葉の真意を測り兼ね、私は「どうして?」と尋ね返す。 「だってさあ、これから行ってみたいとこ、やってみたいこと、いっぱいあるんだもん。山の水がいつかは海になるみたいにさ、わたしはもっと知らない遠くに行ってみたいし、いろんなことがいっぱいしたい! たくちんもそういうふうに思わない?」  黒目がちな目を細め、加奈江が私に微笑んだ。白目が隠れ、つぶらな目元が黒い瞳ひとみでいっぱいに溢あふれ返る。黒い真珠を彷ほう彿ふつさせるその輝きに、私は思わずはっとなる。  欲しいもの、見たいもの、やりたいことなら、私自身にもたくさんあった。  まだ見ぬ未知の魚に触れて興奮したかったし、加奈江が運営している熱帯魚クラブをもっと大きく立派なものにして、魚に関する楽しい活動もますます広げていきたかった。半面、夢も希望も、救いすらもない現実のことなどどうでもよかった。そんなところで欲しいものや見たいもの、やりたいことなど何ひとつなかった。当時の〝夢に溺おぼれる〟私の関心は、加奈江と過ごす毎日と、魚のことしかなかったのである。 「うん。そう思う」と私が答えると、加奈江の笑顔がさらに明るく、輝かしくなった。 「そうでしょ! やっぱりたくちんも、そう思うよね?」  黒真珠のような瞳をきらきらと輝かせながら、無邪気な面差しで加奈江が笑う。 「いつかきっと、そうなるようにがんばろう。ねえ、絶対だよ?」  頭上で海猫たちが鳴き騒ぐ中、私たちは張りぼての世界で、顔を見合わせ笑い合った。  ここで記憶は一いつ旦たん、途切れている。しばらくぶりに橋を渡るまで完全に忘れていたが、確かに昔、こんな一幕がこの橋の上であったはずである。  だがそれは、加奈江が私の頭に残していった狂おしい光景の一部に過ぎない。  これは果たして、いつぐらいに見た夢だったのか?  じかに現地を訪れていたのが刺激となったのか、割かしすぐに思いだすことができた。八月の初め頃、白昼の住宅街で私が加奈江と初めて出くわす、その直前あたりのことだ。ただ、これが最後に見た加奈江の夢ではない。  では、最後は一体どうであったのか?  私が住宅街で加奈江と出くわす前日、最後に見たのはどんな夢だったのだろう?  こちらも記憶を手繰り寄せていくうち、すぐに思いだすことができた。  けれどもそれは、私が期待していたような特別な情報を有するものではなかった。  いつもの熱帯魚店でのバイト中、「今度はこんな魚を飼ってみたいんだよね」などと、加奈江が笑顔で私に語りかける。それに対して私は、「そうなんだ」などと相あい槌づちを打つ。そこで記憶は、もやもやとした朧おぼろになって途切れ、続きはあの思い返すにも忌まわしき、住宅地での遭遇へと行き至るのだ。  直前の夢の中で、何か特別な展開があったわけでも、トラブルがあったわけでもない。最後の夢で起きたことと、その後の現実で起きたことに明確な脈絡など、何もなかった。だから大した記憶ではないのである。今後の手がかりになりそうな予感も覚えない。  その発端は夢なれど、今へと連なる災禍の原因は、夢にあらず。  やはり以前、ショッピングモールからの帰り道に浮かんだ考えのほうが正しいか。  加奈江が化け物へと豹ひよう変へんし、この現世に姿を現した理由は、私が現実と夢との齟そ齬ごに気がつき、恐怖と混乱を覚え、正気に立ち返ったがゆえ。  あの八月の昼下がり、楽園を逃げだした私を、桐島加奈江はこの現世まで追ってきた。そして加奈江は変わってしまった。  ただそれだけのこと。複雑な理由など、何もない。ただそれだけの単純な理屈である。〝理不尽〟という名の、極めて単純な理屈に過ぎないのだ。  散々考え抜いた末、私の頭が導きだしたのは、こんな稚拙な結論だけだった。  車はすでに中州の橋を渡って市街地を抜け、国道上を自宅へ向かって走っていた。  それなりの収穫はあれど、求める答えにたどり着くにはまだ遠し、といったところか。  果たして何をどうすれば、加奈江を消すことができるのだろう──。  答えはやはり、何も出ない。  なんとも微妙な成果に大息が漏れ、今頃疲れがどっと押し寄せてくる。  重たくなり始めたまぶたをしばたたかせながら、私は用心深く家路を急いだ。

イカルスの墜落


「スワローキリー、飼ってみたいなあ」  八月の蒸し暑い昼下がり、バイト先の熱帯魚店で加奈江が唐突に発したひと言だった。  店内に立ち並ぶ水槽の水替え作業をおこないながら、加奈江は確かにそう言ったのだ。  スワローキリーというのは、グッピーと同じカダヤシ目に属する熱帯魚である。  原産地はベネズエラ。体長は四センチ前後。アユやサケなどと同じく、生まれてから一年しか生きられない年魚でもある。  正確にはテラナタス・ドリコプテルスという、ラテン語の長ったらしい名前なのだが、一般の愛好家には、スワローキリーの愛称のほうが広く定着していると思う。  スワローキリーはその愛称が示すとおり、成長した雄魚の背びれ、尻しりびれ、尾びれが翼のごとくすらりと長く展開し、まさしく大空を舞うツバメのようなシルエットを成す。体色も全身に宝石を鏤ちりばめたようにきらびやかで、何かと魅力の多い魚だった。  けれどもその一方で、この魚を飼育するには敷居の高い難点もいくつかあった。 「でも飼えないよね、売ってないし」  ため息混じりに、加奈江が言った。  これが難点のひとつめである。スワローキリーは一般的な熱帯魚店にほぼ流通しない、いわば幻の魚だった。流通のみならず、当時私が所有していた専門書や専門誌などにも写真すら掲載されておらず、書籍に掲載されたモノクロのイラストでしかスワローキリーを見たことがなかった。  文献を読んでみると水質や水温の変化に敏感な体質を持ち、加えて性質も臆おく病びようらしく、安定した飼育自体も含め、その繁殖と累代維持が非常に難しい魚であるらしい。  ゆえに安定した頭数を商業ルートに乗せるのが困難だというのが、スワローキリーを幻の魚たらしめる原因であり、書籍に写真が掲載されない理由でもあった。  どれだけ欲しいと願っても、店頭にほとんど並ぶことのない希少性と、飼育の難しさ。そしてそんな魚であるからこそ、仮にどこかの店にスワローキリーが入荷したとしても、おそらく売値は相当に高いだろうという点。  これらの障壁が、スワローキリーの入手と飼育を困難なものにしていたのである。  そんな魚を、加奈江は欲しいと言っているのだ。 「店長に取り寄せをお願いしても『無理だ』って言われたけどさ。でも、あきらめない。絶対いつか飼ってやるんだ。で、繁殖まで漕こぎつける。絶対絶対、そうしたい」  熱っぽい眼まな差ざしをまじまじと私に向け、加奈江が言う。 「大丈夫。いつか絶対、飼える日が来ると思う」  私は確か、こんな答えを加奈江に返したはずである。  中学時代、八月の住宅地で加奈江と遭遇する直前、私が最後に見た加奈江の夢である。  深夜の市街地巡りから帰宅した朝まだき、私は寝室に敷かれた布団の中に身を横たえ、再び答えの見えない問題にじりじりとしながら、思いを巡らせていた。  希少な魚、スワローキリーに憧しよう憬けいの念を抱く加奈江。  加奈江の話に聞き入る私。  これが最後の夢かと力抜けしてしまうほど、それはあまりにも平板過ぎる内容だった。不穏な気配や予兆はおろか、有益な手がかりに繫つながる奥行きすらも感じられない。  古い記憶を洗い直し、改めて仔し細さいを思い返してみたものの、この一幕が今へと連なる凶事の引き金になったとは、到底考えられないものがあった。  やはりこれ以上、夢解きのようなことを続けても無駄なのではないか。  ほとんど確信めいた思いが、脳裏をよぎる。  躍起になって考察を重ねれば重ねていくほど、求めるべき真実は、潮の流れで沖へとさらわれていく帽子のようにどんどん彼方かなたへ遠ざかっていくような気もしていた。  終わりの見えない不毛な精神労働に辟へき易えきしながら、しばらく経った頃である。  寝室の障子越しに、東の空を照らす乳白色の朝の光が、部屋の中へと射しこんできた。徐々に光が強まり、部屋の中が明るくなっていくにつれ、まぶたのほうは重たくなって、意識は墨を落としたように濁っていく。  ──ふと気がつくと、私はうら寂れた商店街の歩道を、とぼとぼと独りで歩いていた。  見慣れたような、見慣れぬような、そんな奇妙な感慨を覚える、名も知らぬ街。  見あげる空は陰気な薄曇りにぶすぶすと燻くすぶり、頭上一面を暗い鼠色に染めている。  周囲に人の姿はなく、路上を走る車も、人の声や気配すらもまるで感じられない。  思えばいつでもここはそうなのだ。人の営みというものが冷厳なまでに欠落している。  果たして加奈江の夢がもたらした、後遺症とでも言うべきものか。  加奈江の夢を見なくなって以後、私はごく稀まれにだが、こんな夢を見ることがあった。  加奈江の夢とは違って、この夢には物語も連続性も存在しない。ただ見知らぬ土地を私がひたすら逍しよう遥ようするだけの夢である。強い現実味もなければ、執着を抱くこともない。目覚めれば、夢ならではの曖昧な記憶が、頭の隅に霞かすみのごとく残されているだけである。  けれどもこの夢にはひとつだけ、普通の夢とは異なる奇妙な特徴があった。  この日の夢は商店街から始まったが、どこかの駅のホームから始まることもあったし、現実生活で車の免許を取得してからは、古めかしい民家が点在する田園地帯の田舎道や、川べりの細い道路を車で走る場面から始まることもあった。  夢はこの二十年ほどで、少なくとも五十回以上は見ていると思う。  たとえ見るのが不定期でも、何度も何度も同じ夢を見続け、その光景の断片や印象が記憶に蓄積されていくうちに、いつしか私はあることに気がついた。  夢の中に登場するこれらの風景が、夢の中で全部繫がっていくのである。  たとえば、今歩いている商店街を抜けてしばらく進むと、古めかしい民家が点在する田園地帯の田舎道に繫がる。そこからさらに道をたどって大きな街の中を抜けていくと、今度は川べりの細い道路に道が繫がっていく。  斯か様ような具合に、私の頭の中で無意識に形成された夢の中の風景は、年を重ねるごとに互いが連結し合い、膨張し、今やひとつの地域と呼べるまでの広がりを見せていた。  ただ先述したとおり、この夢には物語も連続性もない。無味乾燥で味気ない夢なのだ。  もやもやと濁った意識の中で商店街の様子を眺めながら、当て所どもなくさまよい歩く。  何度も歩いたことのある場所だったので、店の配置などもなんとなく頭に入っていた。たとえば通りの角を左に折れて少し進むと、ほどなくして小さな本屋の前へと行き着く。やはり思ったとおり、足を進めていくと本屋が見えてきた。  ただし、店の中に人の姿は見当たらない。加えて、店の表に掲げられた壁面看板には店名すらも記されていない。その殺伐とした光景は、加奈江が創りあげたあの夢の裏側、書き割りのように白々しくて杜ず撰さんな趣きを感じさせた。  ──本屋のくせに字も書けないのか? 看板ぐらい、ちゃんと造れってんだ。  店の頭上で白地を晒さらしたまま貼りついている看板に向かって、やんわりと毒づく。  直後、看板の中から染み出るようにして墨色の店名が現れた。思わず目を瞠みはって驚く。続いて、自分の意識に起きている異変にもようやく気がつき、はっとなった。  自分は今、これを「夢」だとはっきり認識している。  意識は澱よどんで、視界も霧がかかったようにぼやけているものの、自分が置かれている状況は容易に吞のみこめるし、自分の意思で考えることも、歩くこともできる。  のみならず、今目の前ではっきりと起きた、看板の豹ひよう変へんである。  私は自分の意思で、夢の中の光景を改変することもできていた。  ためしに周囲の風景に目を向け、同じく白地のままになっている店の看板に向かって念じると、果たして本屋と同じく、看板から店名が染みるようにして浮き出てきた。  なるほど、と思ったところで、もう十分だと感じる。今度は自分自身に「起きろ」と指示をだし、その場に屹きつ立りつしたまま目を閉じる。  再び目を開けると、朝日に包まれた寝室の布団の中に私はいた。  長い年月をかけ、広大無辺に膨張を続け、道と景色と街並みが繫がり合っていく夢。この夢の有あり様よう自体は、異様と言えば異様だし、不思議と言えば不思議なものである。だがたった今、夢の中で私の意識に起きた現象に関しては、おそらく怪異の類たぐいではない。  私の推察が間違っていなければ、これは明めい晰せき夢むというものだろう。  明晰夢とは何か?  広義では睡眠時、前頭葉が半はん覚かく醒せい状態の際に起こるとされる、特異な意識状態である。明晰夢の特性を平たく説明するなら、体験者は夢を夢だと自覚しながら見ることができ、自分の意思で夢の内容を自在に改変したり、補強したりすることができるのだという。  思えば十月半ばに見た、加奈江の夢もそうだった。  今振り返ると、あの時に見た夢も、私は夢の中で「これは夢だ」という認識があった。中学時代に体験した生々しい現実味はなく、目覚めれば記憶が曖あい昧まいな部分も多かったが、それでも「これは夢だ」という自覚だけは、確かに私の中にあったのである。  夢の中では、ワイヤートラップのように張り巡らされた蜘蛛くもの糸ばかりに気を取られ、私は完全なパニック状態に陥っていた。だから、先刻の夢で店屋の看板に起きたような〝改変〟ができることに気がつかなかったのだ。  あるいはあの時、気持ちに余裕さえあれば、己の意志の力ひとつで蜘蛛の糸はおろか、目の前に迫りくる加奈江さえも、消し去ることができたかもしれない。  そんなことも考えてみたが、所しよ詮せんは夢の中の話である。  とうの昔に私の心を抜けだし、今はこの現世のどこかをさまよい歩いているであろう、〝本物の加奈江〟を消し去ることができるわけではない。馬鹿馬鹿しい考えだと思った。  ただ、加奈江の件は馬鹿馬鹿しいと思うにせよ、私が明晰夢を見たという事実自体に、変わりはなかった。  自分がこんなことができるということに、どうして今まで気づかなかったのだろう? あるいは今頃になって、急にこんなことができるようになってしまったのだろうか?  明晰夢を体験した自分自身の心についても、にわかに興味が湧いてくる。  それからしばらくの間、何か夢を見るたび、検証を試みた。  夜毎見る夢は、毎回中身がばらばらで、一貫性もとりとめもないものばかりだったが、〝広がる街の夢〟と同じように、意識を集中すると、夢を夢だと認識することができた。認識さえできてしまえば、あとは大抵のことが自由にできるという点も確認できた。  自宅の夢を見た時は、開けたいと思うドアや戸を選んで自由に開けることができたし、車を運転する夢を見た時は、ハンドルを右へ左へ自在に回すことができた。  その他、食卓に並ぶ料理の種類を自由に変えたり、壁紙の模様を好みのものに変える。また、手を使わずに窓を開け閉めしたりすることもできた。  結果はおよそ十回中、半数ほどが成功。割合で見るとかなりの成功率であるといえる、なんの訓練もしていないというのに、それは易々と実現することができた。  だが同時にそれは、大層異常なことでもあった。  先述したとおり、明晰夢というのは前頭葉が半覚醒状態の際に起こるとされる特異な意識状態であって、怪異の類などではない。だが〝特異な意識状態〟で引き起こされる現象だという事実だけは、揺らぐことがないのだ。  どうしてこんなことがなんの苦もなく、私ごときにできるというのか?  体質や才能と思えばそれまでかもしれないが、どうにも割りきれない不信感があった。  摑つかみどころのない疑念に答えが出たのは、十二月の初頭。自宅の庭木に、薄うっすらと白霜の降りた肌寒い朝方、仕事場の座卓で滔とう々とうと思いを巡らせていた時だった。  当然のことながら明晰夢というのは、望むだけで容易に見られるようなものではない。その実現の大半は、脳と意識の偶発的な作用による賜たま物ものである。だからこそ多くの人は、任意で明晰夢を体験することができないのである。  ただし、明晰夢を体験しやすくするための準備や要領というのは、一応存在している。手元にあった文献を参考にして以下に挙げるのが、その代表的な方法である。 〈睡眠前に心身の状態を整え、リラックスして眠れる環境を作る〉 〈深い眠りの時よりも、浅い睡眠状態の時のほうが、より高確率で明晰夢を見やすい〉 〈睡眠前に自分自身が見たいと思う夢を頭の中でイメージする〉 〈夢を夢だと認識しても、自分の意思では目を覚まさない〉 〈自分が見た夢を日記に記録する習慣を身につける〉  記述を目にしてまもなく、ざわざわと胸中が騒ぎだし、言い知れぬ不安を感じ始める。  これらの行為のいずれにも、私は心当たりがあった。  自覚しながらおこなっていたことでは決してないが、これらは全て、私が中学時代に加奈江の夢を見る際に実践していたことだった。  日々、眠りに就く前には「加奈江に会いたい」と願いをこめて夢路をたどっていたし、あまりにも寝すぎて眠れない時も、無理にでも眠りに就いて夢を見たいという欲求から、浅い眠りもだいぶ経験している。夢を夢だと自覚しながらも、意図して目覚めることを拒み続けていたのもそうである。  それに加えて、あのノート。数冊分にも及ぶ、あの大学ノートという存在である。  忌いま々いましい。中学時代の古びたノートには、夢の中で体験したおびただしい量の雑感が、日記のごとくびっしりと書き記されてもいる。  そうだ。そう。つまりは、そういうことである──。  だから図らずもあの頃の私は、〝桐島加奈江〟という〝明晰夢〟を見るための手段を、全て無意識のうちにおこなっていた、ということになるのだ。  思いが至った瞬間、こめかみに弾丸を喰らったような衝撃を覚えた。  真相を探るべく、躍起になって追い求めた結果がこれである。  客観的かつ、現実的な見地から事態を鑑かんがみて、これまで邁まい進しんしてきた加奈江に関するどんな考察よりも、それは全てにおいて理に適かなっていた。  薄々分かってはいたのだ。若い時分から。ただ、必死になって真相を追求していけば、望むべき答えが見つかるものだと思って、ここしばらくは考えようとしなかった。  心臓がどくどくと、痛いまでに早鐘を打ち始め、強い眩暈めまいと吐き気を覚え始める。  私の頭はどうかしている。  結局は何もかも、当時の私の頭が無意識に作りあげた絵空事に過ぎなかったのだ。  その発端は夢なれど、今へと連なる災禍の原因は、夢にあらず──。  先日、深夜の市街地で漫然と思った見解は、完全な間違いである。  正しくは、その発端は夢であり、今へと連なる災禍の原因もまた、夢だったのだ。  決定的な証拠が発見されると、もはやそうとしか考えられなくなってしまった。  やはり桐島加奈江など、私の無意識が創りあげた、妄想の産物に過ぎない。  私はおよそ二十年にもわたって、自分自身の創りあげた妄想に怯おびえていただけである。  絶望に打ちひしがれた心が自暴自棄を来たし、無慈悲な結論を己に向かって宣言する。同時にそれは、強制的な終息宣言にも繫つながった。  今までこの現実で目撃してきた加奈江も、おそらく私の無意識が視せた幻でしかない。中学時代に繰り返しおこなってきた明晰夢の、いわば後遺症のようなものだろう。  今まで思いを巡らせ続けてきた様々な考察も、たちまち白々しいものへと変じていく。そんな妄想じみた考察などより、「幻覚」という二文字のほうがよほど説得力があった。  昨年十二月、市街のホテルで真弓が加奈江と遭遇した一件もそうだ。あの一件だって、最初に浮かんだ合理的な解釈をそのまま押し通しておけばよかったのだ。  一種の共同幻想が引き起こした、パニック症状。あるいは同一幻覚という症状である。そのように捉とらえたほうが、手っ取り早く片がつく。  部屋に散らばっていた長い髪の毛は、単なる偶然だろう。なんの証明にもならない。  けれどもあの当時、真弓は加奈江のことをまったく知らなかったはずではないのか?  否。それについても、いくらだって合理的な解釈は成り立つ。  もしかしたら以前、私が断片的に加奈江の話を真弓にしたことがあるかもしれないし、あるいは何かの拍子に真弓が、仕事場の祭壇下に隠してあるアタッシュケースを開けて、件くだんのノートを読んだことがあるかもしれない。  その可能性は極めて低いにせよ、まったくのゼロではない。  合理的かつ、現実的な解釈で全てを判断していくのであれば、何がしかの形で真弓が事前に、加奈江の情報を頭に入れていたと考えるべきだろう。  絵の件も同様である。  あんなものは自分の記憶違いだと割り切ってしまえば、それで済んでしまう話なのだ。何が「知らない間に絵が成長していた」だ。馬鹿馬鹿しい。  合理的解釈を進めれば進めていくほど、自分の心の異常さをまざまざと思い知らされ、加速度的に気持ちが乱れていく。  だが、どうしてもやめることができなかった。  加えて拝み屋になって以来、怪異というものが日常の一部となってしまったことにも、よからぬ影響が多大にあったのではないかと思い始める。  もう長い間、数多あまたの相談客から持ちこまれる異様な体験談を聞かされ続けてきたため、私自身も己に降りかかる怪異や変事に関して、寛容に受け止め過ぎていたきらいがある。  怪異を見聞きし、それらに直接携わること。そんな暮らしが当たり前になってしまい、自分でも気づかぬうちにすっかり感覚が麻ま痺ひしていたのだ。  さらには『怪談始末』が世に出て以降、奇怪な夢や得体の知れない魔性に関する話が私の許もとに多く集まってきていたことも、今振り返れば甚だよろしくないことだった。  実際のところ私は、あの手の異様な体験談が自分の手元に集まれば集まってくるほど、内心ほっとしている部分もあったのだ。自分は狂っていないのだと。  荒唐無む稽けいな実例は他にもたくさんあるということで、私はそれらを鵜う吞のみにしたうえ、自分の正気を本気で疑うということを、いつのまにかやめてしまっていたのである。  いや、むしろ心の深い部分では、逃げ続けていたというべきか。  理由は簡単である。そのほうが楽だったからだ。  自分の生き霊だの、肉体の現実化だのと、いかにもそれらしい理屈が頭に浮かぶなり、それだけで「自分は狂っていない」と、容易に納得することができたから。  あとは自分の心の有り様に疑問が生じても、深く考えることはしなくなってしまった。むしろ疑問が生じた瞬間、疑問自体を無意識のレベルで打ち消してさえもいた。  けれどもそのツケが今頃になって、一いつ瀉しや千里に押し寄せてきたというわけだ。  自業自得である。自分自身に甘いから、こういうことになるのだ。  そもそも昨年までは、逆に〝己の妄想〟だと思って安心しようとしていたではないか。それはひとえに、あの頃までは妄想だと思っていたほうが楽だったがゆえだろう。  それが今度は、本当に自分の妄想だったという揺るがざる証拠にぶち当たったとたん、おたおたとあわてふためく羽目になっている。  自分の心に及ぶ負担の多寡によって、ころころ考えを変えるからこういうことになる。曇った視点と濁った思考で物事を自分の都合のよい方向にばかり捉え、不都合な事実は歪わい曲きよくするか目を背ける。振り返れば私の心は、こうしたイカサマの繰り返しだった。  そのくせ、自分もシャガールと同じ現実主義者のつもりだったとは、我ながら呆あきれる。そんなものは夢想家と自称するのもおこがましい、卑小で下劣な感性でしかない。  代わりに以前、加奈江とシャガールの絵の関連性を考えていた時に浮かんだひと言が、二発目の弾丸となって脳幹を直撃する。 「早く真実に気づいて目を覚ませ」  多くの狂った妄想の中で、あの推察だけは正解である。だが、なんという皮肉だろう。  答えははるか昔、中学時代に夢を見ていた時から、とっくに提示され続けていたのだ。加奈江の着ていたTシャツには〝全てが虚構〟という証あかしが、シャガールの絵という形で嫌味のように暗あん喩ゆされていた。まさに灯台下暗しもいいところである。  そんなことを考えていくうち、事はしだいに加奈江の件だけに収まらなくなってきた。自己へと向けられた理性の光は、自分自身が物心ついた頃から折に触れて目にしてきた、〝他人に視えざる全ての存在〟についてさえ、とうとう波紋を投じる羽目になる。 〝お化け〟だの〝幽霊〟だの〝この世ならざる者〟だの、呼び方自体はどうだっていい。肝心なのは、あれらも全部、私の脳が勝手に創りあげた幻想なのではないか? という、根源的な疑惑に関する問題である。  拝み屋になる直前、師匠筋に当たる人物からは「幻ではない」と言われたこともある。当時はそのひと言で、多少なりとも気持ちが楽になったことは事実である。  けれども今となってはそんな言葉も、ただの気休めにしか感じられなかった。  そもそも私の脳と心は、簡単に噓をつく。それは加奈江の件ですでに証明されている。ならばその他の異様な実体験も全て、その延長として単線的に解釈して然しかるべきである。  ならば答えはひとつしかない。自分が〝お化け〟だの〝幽霊〟だのを視てしまうのも、全て故障した脳と心が引き起こす、単なる視覚と知覚の異常に過ぎないのだ。  あまりにも絶望的な結論だったが、元を正せば自業自得というものである。  加奈江の件もその他の件も、これ以上考えるべきことは何ひとつとしてない。  ここにようやく結論は出た。  思い返すに、若かりし頃にも己が持ち得る特異な知覚に、正気を疑った時期があった。けれども今回の不安と衝撃は、あの頃の比ではなかった。  やはり拝み屋になるまでに抱いていた疑念こそが、正解だったのである。  思うなり、これまで拝み屋として生きてきた自分自身の立ち位置や価値観、存在意義、そんなものの全てがみるみるうちに薄っぺらく、無意味なものへと変じていった。  私は愚かにも自らの手で自らの狂気を暴き、自らの心にとどめを刺してしまったのだ。  加奈江の件も、他者には決して視えざる幽霊の件も、この解釈で何もかも解決である。代償として失ったものはあまりにも大き過ぎたが、今さら抗あらがう気力すら私にはなかった。  その後は半ば抜け殻のような心境に陥り、私はしだいに深まる冬の気配すらも構わず、ただただ無為に時を過ごすようになっていった。  やがて十二月に入り、戸外に白雪がちらつくようになってさえも、それは継続された。  時節で言うなら、とうに危険水域だった。  もはやいつ加奈江が現れてもおかしくはない。  けれども私はこの期に及んで、焦りも恐怖も微み塵じんたりとも感じていなかった。  仮にまた私の前に加奈江が現れたとしても、こう思えばいいのだ。  幻覚だ、気にするな、と。  それから加奈江に向かってこう念じれば、事は簡単に片づくことだろう。  このくそ忌々しい幻が。さっさと消えてなくなっちまえ、と。  明めい晰せき夢むとまったく同じ要領である。  仮にこれで加奈江が消えないのなら、その時は然るべき医療機関に診てもらえばいい。  自分自身の心に強い猜さい疑ぎ心しんを抱くようになってしまった私は、実に投げやりな心地で日がな薄ぼんやりと、こんなことばかりを考えるようになっていった。

皮を剝がれた牛


 それから夢を見るということが、堪たまらなく憂ゆう鬱うつになった。  なまじ明晰夢の要領を知ってしまったがゆえ、その気がなくとも夢の中で夢を夢だと認識してしまい、うんざりしながら目を覚ますのが疎ましくて仕方なかった。  夢の中では時々、自由に歩くことも、話すことも、思考を巡らすこともできた。  以前見た夢の時と同じように、店屋の看板ぐらいなら自由に改変できることもあった。  ただその一方で、自分が望む夢というのは一度も見られたためしがない。  夢の中でもいいから、ずっと昔に亡くなった拝み屋の先輩に会いたかった。  私がまだ駆けだしだった頃、とても親しく接してくれた拝み屋なのである。  拝み屋としてはかなり型破りな変わり者だったけれど、情に厚く、何かと私のことを気にかけてくれる優しい人だった。  彼だったら、今の私にどんな言葉をかけてくれるだろう。笑い飛ばされてしまうかな。それとも呆れられてしまうかな。あるいは怒られてしまうだろうか。  どんな言葉や反応が返ってきてもいいから、とにかく彼に会いたかった。  けれども彼は、決して夢の中に現れてはくれなかった。  本来、明晰夢というのは、自分が見たい夢を好きなように見られるはずのものなのに。私の壊れた頭は明晰夢さえ満足に見られないのだと思うと、気持ちはさらに陰った。  彼だけではなく、亡くなった身内や親しい人々に会いたいと思い、願ったこともある。  父方、母方の両祖父、学生時代の友人、かつて縁の深かった知人たち。  今から逃れたいという思いが高じると、寝入りばなに手を合わせて長々と願った。  だがやはり、駄目だった。  私が会いたいと思う人たちは、誰ひとりとして夢の中に現れることはなかった。  自分が求めているのが幻だと分かっていても、それでもなんだか無性に寂しくなった。会いたいと思う者には会えず、視たくもない幻ほど日常の中に垣かい間ま見てしまう。  そんな自分の頭の不具合が、今になってこれ以上にないほど、呪わしく感じられた。  自分の中で何があったのかについては、真弓にひと言も話さなかった。  余計な心配をかけたくないという気持ち自体に変わりはなかったし、話したところでどうなる問題でもなかったからである。  だから真弓の前では努めて笑うようにしていた。  ただ、来る日も来る日も独りで思い悩んでいると、気分はさらに陰々と滅め入いってくる。そのうちとうとう耐えきれなくなってしまい、気づくと私は、拝み屋の師匠の仕事場へ車を走らせていた。  私の師匠は水みず谷たに源げん流りゆうという、齢よわい七十を超えた老練の拝み屋である。  私が二十三歳の時に師事し、拝み屋としての基本的な心得や作法を教示してもらった。  水谷さんは元来、師弟関係というものを好まない御仁だったので、厳密に言うと私は、水谷さんの弟子ではない。ただ、拝み屋としての基本ぐらいは教えてやるということで、駆けだしの頃は一時的な見習いとして、あれやこれやと学ばせてもらった。  その後、私は拝み屋として独立し、水谷さんと一緒に仕事をすることは少なくなった。大掛かりな祭さい祀しや、人手を要する厄介な悪霊祓ばらいの時などに時折呼ばれて、仕事をする。基本的にはそうした、つかず離れずの関係がもう何年も続いていた。  水谷さんの仕事場は、自宅の門口に建つ大きな長屋門の片側を改装した一室にある。  中へ入ると、仕事用の着物に身を包んだ水谷さんが、応接用のソファーに座っていた。祭壇に置かれた立派な香炉には、白々と煙の立ち上る線香が何本も立てられていたので、つい先刻まで供養の仕事でもしていたのだろう。ちょうどよい時に来たのだと思う。 「ご無ぶ沙さ汰たしてます。突然押しかけて申しわけありません」  挨あい拶さつすると水谷さんは小さくうなずき、「ああ」とだけ言った。  向かいのソファーに腰をかけたが、何を話せばよいのか分からなかった。  私が書いた『怪談始末』は、水谷さんにも献本しており、一応の感想はもらっていた。  だが、同書に書き綴つづられている加奈江の話に関しては、水谷さんは何も語らなかった。だからあえて自分のほうから感想というか、意見を尋ねづらいものがあった。  加えて、自分も拝み屋として独立している以上、己おのが身に起きている怪異については自力でなんとかすべきだという思いもあり、水谷さんを頼ることもしなかった。  今日だって別段、加奈江の件を相談しにきたわけではない。  自分の中で答えはもうとっくに出ていることだし、今さら必要のないことだった。  ただ、それでも私はなぜか矢も楯たても堪らず、気づけば水谷さんの許もとを訪ねていた。  さらに気がつけば結局、私は今現在に至るまでの経緯と顚てん末まつ、さらには結論までをも、たどたどしい口ぶりで水谷さんに洗いざらい語っていた。  だから私は結局のところ、水谷さんに縋すがりつきたかったのだと思う。 「自分の目に視えるものが真実かどうかなんぞ、誰にも分からないんじゃないのか? 久しぶりに顔をだしたかと思えば、駆けだしみたいなことを言いだす」  私の話を渋い顔でじっと聞き続けたのち、水谷さんは呆あきれたような口調で言った。 「昔も言ったと思うが、お前は自分自身の目に視えているものが全部幻覚だ、病気だと割りきって、それで本当に気持ちが楽か?」  片かた眉まゆをわずかに吊つりあげ、憮ぶ然ぜんとした面持ちで水谷さんが問う。  確かに昔、言われたことがある。  あの時、私は「いいえ、すごく苦しいです」と答えたのだ。それに対して水谷さんは、「なら幻覚なんかじゃない。それでいいじゃないか」と返してくれた。  当時はそれで、気持ちはだいぶ楽になることができた。  だが今は違う。私は自分が知覚する何もかもに自信を失い、信じられなくなっている。 「今は幻覚だと割りきろうが、本物だと認めようが、どっちにしたって気が重いんです。でも結果的に自分の頭の問題なんだってことが分かって、安心している部分もあります。それだけはまあ、幸いでした」  私の言葉に、水谷さんは無言でため息だけを返した。 「拝み屋の仕事も、近いうちにやめようと考えています。自己認識さえも危うい人間が、とてもこんな仕事なんか続けていけるわけがありません。人の迷惑になるのは厭いやですし、この際きっぱりやめて、他の生き方を探してみたいと思います」  本心だった。もはや私に拝み屋を名乗る資格などないのである。 「医者というのは病気にならない存在か? 病気にならない医者は立派な医者なのか? あるいは持病のある医者は、医者ではないのか?」  藪やぶから棒に水谷さんが言った。 「拝み屋に置き換えてみろ。拝み屋というのは、自分自身の在り方に悩まない存在か? 悩まない拝み屋は立派な拝み屋なのか? 自分自身の在り方に悩んでしまう拝み屋には、拝み屋としての資格がないものなのか?」  言わんとしていることは分かる。だが、素直に同意することはできなかった。 「至言ですけど、それでもやめるやめないの問題は、結局個人の判断だと思います」  何がしかの答えが欲しくて本当は来たはずなのに、心は無為に反発してしまう。 「逃げだしたいんならば、逃げればいい。それでお前の気持ちが楽になるんだったらな。俺も商売敵がひとり減って助かる。ただな、これだけは聞いておけ」  私の顔を覗のぞきこんでいた水谷さんの目が、少しだけ鋭く険しいものになる。 「人というのはどうしようもなく困難な問題に直面した時、自分にとっていちばん楽で、もっとも傷つかないで済む道を選びやすい。さらに言えばそんな時、人は自分にとってもっとも都合の悪い事実を必死になって誤魔化すか、考えないようにしてしまうもんだ。だがそれは結局、問題の先送りか、破滅に向かって進んでいくだけのことに過ぎない」 「どういう意味です?」 「自分の身に降りかかる困難を本気で解決したいんだったら、むしろ今の自分にとっていちばんつらい道を選び直せ。それから自分にとって、もっとも都合の悪い事実にこそまっすぐ目を向けて、もういっぺん、よくよく考えてみるんだな」  それからだって遅くはない──。言い終えると水谷さんは、むっつりと押し黙った。  何をかいわんやである。思わず耳を疑った。  今以上に、どれほどつらい道があって、どれだけ都合の悪い事実があるというのか。自分が正気ではないということを潔く認め、拝み屋も廃業しようと私は考えているのだ。これ以上、私に何をどう苦しめというのだろう。 「そうですか、分かりました。いろいろ考えてみますよ。失礼します」  高声をあげそうになるのをどうにか堪こらえ、ソファーから立ちあがる。 「おい」  仕事場の引き戸を開けようとしていたところへ背後から声をかけられた。振り返ると水谷さんがソファーの上で腕を組みながら、こちらをまっすぐ見つめていた。 「お前は初めから、何にもとり憑つかれてなんぞいやしない。心得を間違えるな」  そんなことも、今さらである。 「そうでしょうね。初めからそんなものは存在していなかったんですから、当然です」  吐き捨てるようにそう言うと、私は急ぎ足で仕事場を辞した。  車で自宅へ戻るさなか、激しい自己嫌悪と後悔の念に駆られ、自分自身に失望する。  そもそもこちらが勝手に押しかけて、くだらない話を延々と語り連ねただけなのだ。水谷さんからどんな答えが返ってこようとも、こちらが怒りだすような道理はない。  まるで子供だな。  だからこんな歳になっても、自分のことが分からないままだったのだ。  水谷さんはおそらく、自分自身の立ち位置から差しだすことのできる最大限の助言を、私に語ったまでのこと。それをこちらが吞のみこめるかどうかなど、本当は関係ないのだ。素直に感謝すればよいだけなのに、どうしてそんなこともできないのだろう。  本当に子供である。  あまりにも情けなくて、自分自身に怒りすらも沸いてきた。  けれどもその一方で、私の中で一度出てしまった答えは、何も変わることはなかった。頭の使い物にならない拝み屋など、故障したテレビよりも役に立たない。  いや、むしろ依頼主にとっては、害悪にすらなりかねない存在だろう。  蓋ふたを開けてみれば中身は壊れていたものの、それでもこの十数年間、拝み屋としてはそれなりに人から感謝され、喜ばれることもあったのだ。  これから先、自分が何かとんでもない失態をやらかして、これまで頼りにしてくれたたくさんの人たちを失望させたくなかったし、それ以上に嫌われたくもなかった。  そんなことになる前に私はもう本当に、潔くこの仕事から手を引くべきなのだ。  壊れた頭の私には、他にどんな仕事ができるのかな──。  今後の生活の不安なども考えながら、私は暗あん澹たんたる気持ちで家路をたどった。

終わりへ向かいて 弐


 そう。自分の頭はどうかしている。  救いようのない真相にたどり着いてしまい、私は心底打ちのめされてしまったのだ。  自分の頭がどうかしているのなら、今置かれているこの異様な状況にも察しがつく。  またぞろくだらない明めい晰せき夢むを見ているか、あるいは頭が完全に壊れてしまったのだ。  わけが分からないのも、当たり前といえば当たり前である。  おそらくなんの意味もないのだろう。  これはただ、壊れた頭が意識の上に作りだしている、胡う乱ろんな光景に過ぎないのだから。  答えは出た。ならばもうこれ以上、記憶を掘り返すことに大きな意味はない。  大体、私はずっと眠くて仕方がなかったのだ。そろそろ休んでもいいだろう。  それにしても夢の中で眠いとは、甚だ滑こつ稽けいである。本当に頭が壊れているんだな。  このまま眠って、また目が覚めたら、元の現実に意識が戻っているのだろうか。  それとも再び、この水の中で目が覚めるのか。  まあ、どちらでもいい。なるようになるだけだろう。もはや、さして興味もない。  目を閉じて、心を閉じて、意識も閉じて、何もかもを一切合財、閉じようとする。  だが駄目だった。  どれほど全てを閉じようとしても、私の意識は一向に消える気配がない。  仕方がないので、また目を開けた。  視界の先に見えるのは、相も変わらず、無惨な屍しかばねと化した加奈江だけである。  穴だらけになった『青いサーカス』に視線がいく。 「早く真実に気づいて目を覚ませ」  とたんに視線が、ふっと止まる。同時に意識が少しだけ、明めい瞭りようなものへと立ち戻る。  続いてふいに疑問が生じた。それから「どくん」と一度、心臓が大きく脈を打つ。  これは、本当に真実なのだろうか? 結末なのだろうか? と。  そういえばまだ、記憶は全て繫つながっていない。今へと至る、最前までの流れには。  思いだしたい。思いださなくてはならない。にわかに焦りのようなものが生じた。  私はあのあと、どうなってしまったのか。  目を閉じるのは、それからでも遅くはないだろう。  幸い、意識を記憶の糸のほうへと手繰り寄せれば、糸の先は途切れず先へ続いていた。  思いだす。  我が身に果たして何が起きて、この異様極まりない〝今〟があるのか。  思いながら私は、再び意識を記憶の先へと集中させた。

怪物の夢Ⅵ


 陰気で物憂い、死の季節──。  夜空を見あげれば、どす黒い漆黒のさなかに、いつしか無数の粉雪がちらついていた。  はらはらと舞い落ちる白雪の中を、私は仙台駅近くのバス会社を目指して進んでいた。  凍える大気に身を晒さらしていると、投身自殺を図ろうとした十数年前のあの日の光景や絶望感が、まるで昨日のことのように脳裏へまざまざと蘇ってくる。  だから冬は大嫌いなのだ。身体よりも先に、心のほうが冷えこんでくる。  盛んに吹きつける凍いてつく夜風に身を強張らせながら、街中をしばらく歩いていくと、まもなく明かりの灯ともされたバス会社の看板が見えてきた。私用で東京へ行く時などには毎回利用しているバス会社だったので、駅から迷うことなくたどり着く。  二〇一四年十二月半ば、世間がクリスマスムード一色に染まる頃。  数日前、関西地方に在住の女性から、出張相談の依頼が入った。  あえて県名は伏せるが、宮城から現地までの道程はひどく遠く、通常ならば飛行機か新幹線を使って向かうようなところである。  拝み屋はもうやめようと考えていたし、当初は断るつもりでいた。  けれどもそうした気持ちとは裏腹に、私の心は揺れ動いてもいた。  とりあえず出張に要する費用を大まかに伝えたが、先方は金銭的に余裕がないらしく、往復分の飛行機代や新幹線代まで工面するのは困難だと返された。  本来であれば、この段階で依頼を辞退しても、こちら側にはなんら非のない話だった。生活が苦しいのはこちらも同じ。自腹を切って他県まで遠征する余裕など、私にはない。ところが彼女のほうは「それでもどうか……」と粘り続けた。  それで交渉の末、高速バスを使って、赤字覚悟の県外出張を決めたのである。  所要時間を調べると、夜の八時に仙台を出発し、現地に到着するのは翌朝の九時過ぎ。実に半日あまりも時間をかけ、馴な染じみのない土地まで参じることになる。  往復の移動時間だけでも、丸一日を費やすのだ。まるで割に合わない仕事だった。  けれども私はそんな悪条件にもかかわらず、結局、先方の依頼を承諾することにした。  別段、薄っぺらい正義感や善意に根ざしてのことではない。  先日、水谷さんに言われた言葉が、心の中で燻くすぶり続けていたのである。  自分にとっていちばんつらい道を選んだら、何か見えてくるものがあるのだろうか。  気は進まなかったが、何かが見えるなら見たいという気持ちは、少しだけあった。  あるいは自分自身を痛めつけたいという気持ちも、どこかにあったのかもしれない。  自己探求とも自暴自棄ともつかないあやふやな気持ちのまま、私は自宅を出発した。  身を切り裂くようなひどい寒さに加え、絶えることなく次々と身体に降り落ちてくる忌いま々いましい雪の冷たさにげんなりしながら、バス会社の敷地へ足を踏み入れる。  発着場に停車しているバスの乗降口で係員に姓名を告げ、いそいそと車内へ乗りこむ。指定された座席は、うしろから数列目の窓側だった。  席について車内の時計を見やると、まだ七時四十分をわずかに回った頃。  平日の夜、ましてや観光シーズンでもない十二月半ばの、実に中途半端な時期である。早めに車内へ乗りこんだとはいえ、バスの中にいる乗客は、私を含めて三人しかいない。  やがて八時が近づいてくると、防寒着に身を固めた乗客たちが慌ただしく乗りこんで来始めたが、それでも十名ほどの侘わびしい人数にしかならなかった。  長時間の行程になるし、車内が空いているのはむしろ歓迎すべきなのかもしれないが、車外を凍てつかせるひどい寒さのせいで、なんともうら寂しい気持ちになる。  バスが動きだせば、車内はまもなく消灯される。眠る前に水分を摂とっておこうと思い、コンビニで買ったペットボトルのジュースに口をつける。  適度にのどを潤し、目の前のドリンクホルダーにボトルを差しこもうとした時だった。乗降口で係員の声が聞こえたのと同時に、新たな乗客がひとり、車内に乗りこんできた。一瞬だったが、その姿が目に入る。  背せ恰かつ好こうから判断して、おそらく若い女性だったはずである。  彼女は運転席にほど近い、前列側の席に素早く滑りこむようにして座った。  そのため、全身を視認できたのは、ほんの一瞬だけだった。けれども彼女を視認した私の目に間違いがなければ、彼女はこの場において、ひどく不似合いな服装をしていた。  白いTシャツにロングスカート。それも薄手の生地のロングスカート。  加えて彼女は、長いストレートの黒髪をしていた。  彼女が視界から姿を消して最初に思い得たのは、「まさかな」だった。  またもや例の病気が始まったのかと思い、たちまちうんざりした気持ちになる。  けれども次の瞬間、勝手に心臓が「どくん!」と大きく脈を打ち、作りかけた笑みがたちまち萎しおれたように消えてしまう。  座席から少しだけ身を乗りだし、気配を殺して、はるか前方の座席をまじまじと見た。小ぶりな座席のてっぺんからは、うしろ向きになった黒い頭が半分ほど突きだしている。私の視界にあるのは、ただそれだけ。別に顔を確認したわけでもない。  けれども、たったそれだけの〝断片〟からであっても、厭な予感を察してしまう。  家族や友人を始め、馴染みの人間の身体的特徴というものは、パーツ単位で認めてもそれらが誰のものなのか、直感的に分かってしまうものである。  その直感が、彼女の頭を〝誰の頭〟であるのか、知らせていた。  背筋にぞわりと悪寒が生じたのをきっかけに、はじかれたように視線を膝ひざへと落とす。 「馬鹿な」という疑念と「やはり」という確信が、頭の中でせめぎ合いを始める。  一瞬だったが、服装は見ている。背恰好も覚えている。  座席からはみ出た上半分だけだが、後頭部も見える。ほとほと見覚えのある頭だった。理性はどれだけそれを否定しても、心は狂ったように「警戒しろ」と捲まくし立てる。  ならばいいだろう。仮にあの座席に座っているのが〝あいつ〟だとしても、所しよ詮せんは幻。私が無意識に創りあげた妄想に過ぎない。  明めい晰せき夢むの要領でいけばいい。私が〝消えろ〟と念じれば、あいつは消えるはずなのだ。  前方の座席から覗のぞく後頭部に向かって瞳ひとみを絞り、〝消えろ〟と強く念じてみる。  無反応。頭は消えるどころか、わずかな動きを見せることすらなかった。  とたんにじわじわと、全身の血液が冷たく凝固していくような感覚を覚える。  否。落ち着け、馬鹿者。そうではない。取り乱すな。理論的に考えろ。  消えないのであれば、それは人違いということである。むしろ安心すべきことなのだ。馬鹿げた考えはさっさと捨てて、現実方面に意識を戻せ。  だが、一度疑念を抱き始めた私の心は、そんな小理屈程度で納得することはなかった。  勘違いだ、人違いだと自分自身に言い聞かせたところで、なんの安心感も得られない。むしろ九分九厘、私の直感どおりだという思いのほうに心が強く引き寄せられる。  恐怖と不安が理性と理屈を上回ると、あとはもう、どれほど「幻覚だ」「妄想だ」と割り切ろうとしても、駄目だった。得体の知れない緊張感に身体が強こわ張ばるばかりである。少し気を緩めれば悲鳴をあげてしまいそうなほど、心も抑えが利かなくなってくる。  そこへバスの運転手がマイクを通して、車内に出発進行のアナウンスを告げた。  逃げるなら今しかないと立ちあがりかけたが、すぐさま状況を思い返して、蒼あおざめる。  件くだんの後頭部は、乗降口付近の座席にでんと構えているのである。バスを降りるという選択はすなわち、あれの真横を抜けて背中を向けるという愚行に直結した。  気息を震わせ、どうしたものかと逡しゆん巡じゆんしているうちに、バスがゆっくりと動き始めた。  手遅れである。これでもう、逃げることはできない。  私はどうやら加奈江らしき少女と同じバスで、長い旅を始めることになった。  バスが駐車場を抜け、夜の車道を走りだしてまもなく、車内の照明が一斉に消された。窓には分厚い遮光カーテンが引かれているので、車内を照らす明かりは運転席の窓から射しこむ街の光だけとなる。  周囲の様子を静かにうかがうと、すでにわずかな乗客たちは座席を倒して身を沈ませ、早々と眠りに就こうとしているようだった。  続いて運転席に近い、前方の座席に視線を向けてみる。  座席は倒れておらず、そのままの状態で黒い後頭部が微動だにせず、突きだしている。寝る気がないのか、それとも座席を倒さず眠ろうとしているのか。  いずれであっても、一度縮んだ私の心は治らなかった。見れば見るほど多大な恐怖が、厭いやな胸騒ぎばかりが、肥大するように募っていく。  なおも悪いことに、この件に関しては〝悪しき前例〟というものもあった。  つい数ヶ月前の夏場にも、私は今とよく似た状況で、ひどい目に遭わされているのだ。  あの時は映画館の座席で、相手もまったく別種の化け物だったが、ほんのわずかの間、油断をしてしまったばかりに私はその後、生死の境をさまよう羽目になっていた。  同じ轍てつは二度と踏みたくない。あんな思いをするのは、もうたくさんだった。  眠るわけにはいかないと直感した。私の推測が当たっていようが当たっていまいが、そんなことは関係ない。肝心なのは最悪の事態を想定して、身構えておくことだった。  これまでも私の不意を狙うようにして、あいつは私の眼前に現れていた。今回だって状況的には大層いやらしく、いかにもあいつが仕掛けてきそうな案配だった。 〝ありえない〟と楽観的に判ずるよりは、〝ありえる〟と警戒していたほうがまだ賢い。不穏な気持ちを抱えたまま、私は座席の中で鉄のように身を硬くした。  やがてバスは一般道から高速道に上り、閑散としたアスファルトの上を疾走し始めた。前方の座席に変化はなく、相変わらず黒い頭だけが座席の上から覗くばかりである。  それからさらに時間が過ぎ、そろそろ日付を跨またぎそうな頃だった。  運転席からマイクを通して、トイレ休憩の告知があった。最寄りのサービスエリアに十分ほど車を停めるのだという。  緊張しながらずっと起きていたせいで、ペットボトルの中身はすでに空になっていた。なおも悪いことに口の渇きは一向に癒いえず、おまけに用も足したくなっていた。  ただし、それらの用件を済ますためには、嫌でも高いリスクを冒さなくてはならない。何しろ運転席付近には、推定的に加奈江と判断せざるを得ない人物が鎮座しているのだ。そんな危険地帯を平然と通り抜けられるほど、私の肝は据わっていなかった。  まもなくバスの速度がゆるゆると落ち始め、サービスエリアの駐車場に停車した。  どうしようかと再び悩んだ結果、状況しだいで降りることに決める。  まずは前方の後頭部に向け、視線を投げる。向こうは動くそぶりを見せない。  続いて、周囲の乗客たちの動向を探る。まもなくすると何人かが座席から立ちあがり、軽く伸びなどをしながら、バスを降りていった。再び周囲に視線を配ると、眠ったきり起きる気配のない乗客の姿を、三人ほど確認することができた。  ならば私も、このままバスを降りない。飲み物も小便もひたすら我慢しようと決める。  仮に乗客全員がバスを降り、私と前方の頭が車内でふたりきりになってしまうのなら、その場合に限り、私も彼らに紛れてバスを降りようと考えた。  十分後、バスは再び動きだし、深夜の高速道路を疾走し始めた。  何事もなく出発できたことに安あん堵どする半面、のどの渇きと強い尿意に呻しん吟ぎんする。  勇気をだして、あいつの顔さえきちんと確認できれば、その場で答えは出るのである。あれが別人だと判明すれば、極限的なこの状況が一気に解消される。  けれどもそんなことをする勇気など、毛ほども湧くことはなかった。  絶対そうだという確信が、私の胃の腑ふを縮こまらせ、わなわなと両脚を震わせていた。  さらに三時間近くが過ぎ、午前三時頃に二度目の休憩時間が訪れた。  加奈江とおぼしき後頭部は、やはり動く気配をまったく見せない。  トイレに立つ乗客もわずかだったため、私もそのまま座席に身を硬くして座っていた。  喉のどの渇きはさらに増し、尿意も鋭さを増してくる。加えてこの頃になるともうひとつ、〝睡魔〟という問題が私を徐々に悩ませ始めていた。  バスでの出発前日、移動中にぐっすり眠れるようにと、私は夕暮れ近くに布団へ入り、夜中の二時頃、起きだしていた。あとは再び眠らず、日中は平常どおりに仕事をこなし、不眠不休の状態で今夜のバスに乗りこんだのである。  だから逆算すると、もうすでに丸一日、寝ていないことになる。  さすがに限界だった。  バスが目的地に到着するのは午前九時過ぎ。依頼主とは十時に会う約束をしていた。  一方、頭のほうはひどく重たく、長時間の緊張状態から生じる極度の疲労も相まって、意識もしだいにまどろみ始めていた。  今からでも、ぐっすり眠ったほうがいいに決まっている。そんなことは分かっていた。けれども相変わらず車内には〝あれ〟がいるのだ。おまけに私とあいつ、運転手以外の乗客たちは昏こん々こんと寝入っている。こんな状況で眠ったら、あいつに何をしでかされるか気が気でならず、私は激しい睡魔を意地になって堪え続けていた。  やがて十分が過ぎ、乗客たちが車内に戻ると、再びバスが動きだした。  せめて飲み物が手に入って、用を足すこともでき、ついでに煙草の一本でも吸えれば、まだいくらか気分もマシだというのに──。  そのいずれも叶かなわずに走りだしたバスの中で私は煩はん悶もんし、押し寄せる睡魔に抗あらがった。  バスが再び発車して、どれほど時間が経った頃だろう。  ふと気づくと、前方に広がるフロントガラス越しの風景が、白々と明るくなっていた。時計を見れば、午前六時少し前。どうやら知らぬ間に眠ってしまったらしい。  寝ぼけた頭をぶるぶると振り、両目を擦こする。徐々に意識がはっきりし始めたところで、ようやく自分が置かれている状況を思いだして、はっとなる。  あいつは一体、どうしている──?  あわてて座席から身を乗りだし、前方を見やる。  ところが件の黒い後頭部は、座席の上から影も形もなくなっていた。  一瞬、座席の中に埋もれて、あいつも私と同様、眠っているのではないかと考えた。けれども周囲を見回してみると、座席の中で眠る乗客らは、いずれも背もたれの上から後頭部を半分突きだす形で寝入っているのが目に見える。  そんなに大きな座席ではない。よほど妙な姿勢で身体を捻ねじ曲げたりでもしない限り、背もたれから頭が隠れてしまうことなど、ないのである。  乗客たちを見回すついでに、車内の空席もひとつ残らずチェックしていく。  だが、あいつらしき人影は、やはりどこにも見当たらなかった。  もしかして、三度目の休憩時間にあいつはバスを降りたのではないか?  そんなことを考え始めていた矢先、運転席から小休憩を知らせるアナウンスが流れた。  目的地までの小休憩は全部で三回あると、発車前に説明されている。私が狼ろう狽ばいしつつ、バスが発車したのは二度目の休憩時だったから、今度は三度目の休憩ということになる。  私が寝ている間、何かの理由があってどこぞのサービスエリアに停まっていない限り、あいつがバスから降りる機会は一度もないはずだった。  では一体、あいつはどこへ消えたのか?  たちまち狐につままれたような心境に陥る。  半ば放心状態でいるところへ、バスがサービスエリアに滑りこんで停車した。  不穏な気持ちはまだ残っていたものの、車外に立ち並ぶ売店や自販機、トイレなどが目に入った瞬間、渇きと尿意が同時に、それも急激な勢いで戻ってきた。  大急ぎで座席から立ちあがり、乗降口に向かって車内中央の通路を足早に進んでいく。それでも最大限の用心と慎重を期して、加奈江とおぼしき女が座っていた座席の真横はとりわけすばやく通過した。同時に、盗み見るようにして座席の中にも目を向ける。  いない。  座席はやはり、もぬけの殻となっていた。  得体の知れない安堵を覚えながらバスを飛び降り、そのまま一直線にトイレへ向かう。手早く用を済ませ、続いて自販機でペットボトルのジュースを数本購入した。  サービスエリアの末端に位置する喫煙所のベンチに腰をおろし、煙草を吹かしながらがぶがぶと夢中になってジュースを流しこむと、ようやく人心地つくことができた。  それから再びバスへと戻り、乗降口に目を光らせていたが、発車時間になっても結局、加奈江らしきあの人物が車内に乗りこんでくることはなかった。  バスが発車してほっとするのと同時に、今度は無性に腹が立ってくる。  実在するはずのない小娘に、私は一晩怯おびえながら過ごしていたのである。 「またぞろ病気に踊らされたな、この愚か者めが」  内なる理性の声が、嫌ったらしい侮ぶ蔑べつをこめて冷ややかに囁ささやいた。  まさしく一語たりとも、反論の余地はなかった。  そのとおり。私の頭はどうかしている。  けれども今は、眠ることのほうが肝心である。幸いにもまだ、時間はたっぷりあった。  到着予定時刻である午前九時過ぎまで、私は苛いら立だちながらも再び眠ることにした。

青いサーカス、あるいは蒼ざめた馬


「アンモニアも亜硝酸も硝酸もさあ。魚を飼ってれば必然的に湧いてくるものじゃん? それをきちんと管理して適切な水質に保つっていうのも、水槽で魚を飼う醍だい醐ご味みだってわたしは思うのね。だからはっきり言っちゃうとね、わたし、こういう商品は大っ嫌い。人が魚を飼う感動を奪うし、魚の世話をすることに鈍感になっちゃうって思うんだ」  熱帯魚店の商品棚に並ぶ、ピンク色の液体が詰まった小ぶりなボトル。  それを渋い顔で眺めながら、露骨な呆あきれ声で加奈江が言った。  私が熱帯魚飼育に血道をあげていた中学時代、毎月購入していた観賞魚の専門誌には、〝生きている光合成細菌〟と謳うたった液状添加剤の広告が、毎号大きく掲載されていた。  怪しげな広告の謳い文句を鵜う吞のみにすれば、この添加剤を水槽に適量投下するだけで、魚にとって有害なアンモニアや亜硝酸、硝酸といった物質を光合成細菌とやらが分解し、水槽内の水を長期間、最適な状態に維持してくれるのだそうである。  当時、phの測定はおろか、水質の維持や濾ろ過かに関する小難しい仕組みに疎かった私は、「これさえ添加しておけば万事OK」という光合成細菌の効能を半ば盲目的に信じこみ、ろくな水質管理もせずに魚を飼い続けては、無駄に愛魚の寿命を縮めていた。 「大体だよ? 水槽の水替えをするっていう行為自体が、そもそも楽しいと思わない? 確かに手間はかかるけどさ。犬や猫なんかと違って、直接抱いたり触ったりができない魚たちといちばん近い距離で接することができるのって、水替えや水質検査でしょう? その楽しさを面倒臭いって感じるんなら、その人は魚を飼うのに向いていない人だって、わたしは思うんですけど?」  からかい半分の、いかにも「どうなんですか」と言わんばかりの顔つきで、加奈江が私の顔を覗のぞきこむ。私は加奈江の笑顔に気け圧おされ、「そんなことはない」と答えた。 「だよね? 魚を飼うってある意味、水や濾材も含めて水槽自体を飼うってことだもん。手間を手間なんて思わないで、いろんなことを楽しめないと、すごく損だって思うんだ。それにさ、この添加剤の効能自体がまずヘンだよ。適量投下するだけで、アンモニアも亜硝酸も硝酸も、全部除去してくれるわけ? そんなうまい話、あるわけないじゃん! さっさと目を覚ましてさ、愛情こめて魚の世話をしようよ。ねえ、たくちん?」  小首を傾げ、微笑みながら加奈江が言った。  ──当時の加奈江の弁舌に、昔の私は素直にうなずいたものだが、今現在はこう思う。  そもそも、お前という存在自体が〝うまい話〟だろうに。お前の言葉は矛盾している。  挙げ句に〝目を覚まして〟とは、皮肉もいいところである。お前の言葉は猛毒だ。  散々、人の心を蝕むしばんだ我が幻よ。私の記憶の中から、綺き麗れいさっぱり消えちまえ。  午前八時過ぎにバスの中で目が覚めた。  覚かく醒せい後、昨夜の忌いま々いましい一件を思いだしているさなか、次々と勝手に湧きだしてくる虚構の記憶の断片に、私はいちいち毒づくことを繰り返していた。  やがて時刻は午前九時を過ぎ、バスは予定どおり目的地へ到着した。  荷物をまとめてバスを降りると、停留所のすぐ目の前に大きな駅がそびえ立っている。駅の周囲は大小様々、雑多なビルや店舗が建ち並び、混こん沌とんとした空気を醸しだしている。時間的に考えて、出勤ラッシュの山はすでに終わっているのだろうが、それでも歩道を行き交う人の姿は多かった。幸い、こちらは雪が降った気配もなく、安あん堵どを覚える。  依頼主の家は、ここから徒歩で二十分ほどの住宅地にある。  ネットで検索した地図をプリントし、場所は把握していた。加えて時間に余裕もある。あれから二度寝をしたとはいえ、頭は未いまだに半分惚ほうけていた。  駅の中に入るとカフェがあったので、熱いコーヒーを頼んで眠気を覚ます。  店で二十分ほど時間を潰つぶし、それから駅舎を抜けだして、人波で賑にぎわう大通りに出た。地図を手に取り、携帯電話で先方に連絡を入れる。  ところが電話は繫つながらなかった。何度コールしても、一向に出る気配がない。  そうこうするうちにも、約束の午前十時は近づいてきていた。仕方なく地図を頼りに大通りを突っ切り、住宅地を目指して歩くことにする。  古めかしいアパートや長屋風の戸建てがひしめく住宅地をどんどん奥へ進んでいくと、やがて目的地が近づいてきた。けれども先方から連絡が返ってくることはなかった。  歩きながら数分おきに電話をかけ続け、四度目の発信をおこなった時だった。 「この電話はお客さまのご都合により、お繫ぎすることができません」  電話の向こうで無機質な女性アナウンスが淀よどみなく流れたあと、唐突に通話が切れた。  一瞬、頭の中が真っ白になったが、事態を把握した瞬間、顔からさっと血の気が引く。再び電話をかけ直したが、同じアナウンスが流れて切れるだけだった。  噓だろう……と狼狽しながらも、地図に示された依頼主の自宅を目指して進んでいく。細くて狭い路地を二分ほど大急ぎで歩いていくと、古びた一軒の民家の前へと到着した。目指していた依頼主の家である。  門口を抜け、玄関脇のチャイムを押すと、まもなく家の中から五十代前後とおぼしき、ひとりの中年男性が出てきた。依頼主の姓名を告げ、訪問した理由を大まかに説明する。結果は果たして、私が予期していたとおりのものだった。  男性はいかにも怪け訝げんそうな表情を私に差し向け、「そんな話は知りません」と答えた。玄関脇のポストにちらりと目を向けると、依頼主とはまったく違う苗みよう字じが記されていた。「失礼しました」と頭をさげ、ふらつく足どりで民家を辞す。  やられた……。  胸のまんなかを散弾銃で撃ち抜かれたかのような心地に、私は意識を失いそうになる。  ごく稀まれにだが、出張相談の依頼を騙かたるイタズラ予約があるのである。  以前にも仙台市内や栗くり原はら市、ほとんど県境に近い大おお崎さき市の果てなど、偽の出張依頼に踊らされ、散々な目に遭ったことがある。  だが、それらはいずれも宮城県内での話だった。高速バスで半日以上もかかるような場所まで誘いだされたことは、さすがにない。拝み屋稼業始まって以来の大惨事である。まったくもって最悪の気分だった。  帰りのバスが出発するのは、午後の八時過ぎ。現在時刻は、未だ午前十時過ぎである。  これからほとんど丸一日、一体どこで何をしながら、時間を潰せばいいというのか? 依頼主が存在しない以上、往復の交通費は自腹になってしまったし、万が一にと思って財布へ余分に入れてきた現金は、遊び金ではなく今月の生活費である。  こんな惨さん憺たんたる状況下で、一円たりとも無駄になどしたくなかった。  さて、どうしたものか──。  重苦しい気持ちを抱え、とぼとぼ路地を歩いていると、そのうちどこで間違えたのか、まるで見覚えのない小道へ迷いこんでしまったことに気がつく。路上に人の気配はなく、猫の一匹すらも見当たらない。なんとも寥りよう々りようたる雰囲気に、気分がさらに滅め入いってくる。  幸い、周囲は平屋建ての民家がずらりと立ち並ぶばかりだったので、視線をあげれば遠くの景色が見渡せた。背後を見やると、駅の周辺にそびえ建つビルの姿が確認できる。どうやら今の今まで、まったく見当違いの方角へ向かって歩き続けていたらしい。  遠くに見えるビルを目指してしばらく黙々と進み、何度目かの角を曲がった時だった。  視界前方に突然、樹々の鬱うつ蒼そうと生い茂る雑木林が飛びこんできた。林のまんなかには古びて苔こけ生むした石鳥居がぽっかりと口を広げる、小さな神社も見える。  足も疲れ始めていたし、休憩と時間潰つぶしも兼ねて、少し寄らせてもらおうかと考えた。  ただ、鳥居の前から境内の様子を覗き見ると、中はひどい荒れ様だった。拝殿へ至る参道の両脇は、黄土色に枯れ果てた背の高い雑草で埋め尽くされており、雑草の中には水を吸ってぱんぱんに膨れあがった雑誌の束や、赤あか錆さびた自転車が転がっている。  奥に見える拝殿も、屋や根ね瓦がわらが乱暴に食い散らかしたトウモロコシのようになっていて、野地板が半分剝むきだしになっていた。壁板や柱も傷んで黒ずみ、倒壊寸前の状態である。  悲惨な光景を目の当たりにし、寸秒ためらいが生じたものの、どうせやることもない。別にいいかと気を取り直し、ありがたく参拝に与あずかろうと腹を決める。  鳥居の前で拝はい揖ゆうし、ひび割れた石造りの参道を進み、あばら家のような拝殿へと至る。拝殿前の賽さい銭せん箱に小銭を入れて、二拝二拍手一拝のお参りをおこなった。  願いごとはしない。代わりにただ、「お邪魔させていただきます」とだけ挨あい拶さつをする。これはよほどの事情がない限り、暗に順守していることだった。  昔から、神社仏閣で自分自身が願いごとをすることに引け目を感じてしまうのである。願いなどより、「私ごときが」という思いのほうが先立ち、どうしても祈願ができない。だから代わりに、挨拶だけをするようにしている。  参拝を終えると、拝殿前の草むらで横倒しになっている小型冷蔵庫が目に入った。  周囲を見回してみたが、他に座れそうな場所もないため、冷蔵庫の上へと腰をおろす。  持参した鞄かばんから読み止さしの本を取りだし、時折吹きつける凍て風に身を縮ませながら、黙々と本を読んだ。愉たのしむためでなく、時間を潰すためにおこなう読書は大層味気なく、いかにも作業的で退屈なものだった。  やがて二時間あまりが過ぎ、午後の一時を半分過ぎる頃。私はとうとう痺しびれを切らし、鞄に本をしまいこむと冷蔵庫から立ちあがった。  相変わらず、やるべきことは何もない。だがその半面、時間ばかりが膨大にある。  胡う乱ろんな心地で境内を再び見渡せば、草むらのあちこちに散乱するゴミが視界に入った。  ふと気がつくと私は、境内に散らばるゴミをひとつひとつ拾ったり持ちあげたりして、それらを境内の一ヶ所にまとめる作業を、淡々とおこなっていた。  別段それは、善意から生じた行為でも、ましてや尊崇の念からくるものでもなかった。何しろ他にやることが何もない。暇であるがゆえの単なる時間潰しに過ぎなかった。  あらかたゴミをまとめ終えると、荒すさんだ境内の雰囲気はいくらかマシなものになった。心なしか、境内に漂う空気も清新なものに感じられる。  時計を見やると、午後の二時をわずかに過ぎた頃。  身体もだいぶ冷えこんできたし、さすがに腹も空すいてきた。  これ以上、ここにいても仕方がないと判じ、鳥居に向かって歩き始めた時だった。  ふいに背後で、得体の知れない気配を感じとる。空気の具合も肌身に感じておかしく、背中の向こう側からほのかな熱気も感じた。反射的にうしろを振り返る。  違和感の正体は、拝殿だった。ぼろぼろに傷んだ格子戸の向こう側、薄暗い闇の中にまるで巨大な渦潮が発生したかのごとく、内部の空気がぐねぐねと歪ゆがんでうねっている。  啞あ然ぜんとなりながら、そのまま視線を釘くぎ付づけにされていると、やがて歪んだ薄闇の中でそれはしだいに像を結び始め、格子戸越しにのろのろと動きだすのが視え始めた。  その輪郭や動きかたから察するに、どうやら人の形をした、何かのようだと直感する。  とたんに背中の産毛が、ざわりと一斉に逆立つのを感じた。  次の瞬間、拝殿からさっと目を逸そらすなり、私は古びた石鳥居を全速力でくぐり抜け、真冬のうら寂れた細い路地を真っ青になって駆けだしていた。  荒くはずんだ白い息を吐き散らしながら、駅前へ戻る道筋を必死になって駆け続ける。そのさなか、心臓はばくばくと狂い打ち、首筋からは冷たい汗が止めどもなく流れ出た。  別にあんなものが視たくて、私は境内の片づけをしたのではない。  そもそもあんなものは、生身の人間が目にしてよいものではない。  加えて、今の病みつかれた私の心には、あまりにも刺激が強過ぎるものだった。 「脳の花が開いた」と言っていた、いつかの女性客の言葉も思いだし、ますます気分がうそ寒くなる。浮かれ心地で「ありがたい」などと思う余裕すら、微み塵じんも湧き立たない。人知の及ばぬ得体の知れない存在など、私はもう金輪際、視たくない気分だった。  否。そもそもあれが〝本物〟であるという保証自体が、今の私にはないのである。  それが〝人知の及ばぬ存在〟だろうと〝単なる幽霊〟だろうと、対象は一切関係ない。  斯か様ような存在に関する回答なら先月、もうすでに出ている。  我が目に視えるそれらは全て〝私の壊れた頭が視せる幻〟だという結論である。  だから今となっては何が視えようと、それらはなんの意味もなさない虚構に過ぎない。本来ならば怯おびえる必要はおろか、逃げだす必然性すらもないのである。  ただ、虚構と理解しているつもりでいても、いざとなるとやはり身が竦すくむ。  昨夜のバスでの一件も含め、私はまだ、幻を幻として認知しきれていない面があった。いつまでこんな思いをしなければならないのかと考えると、心はさらに重たくなる。  半ば放心状態で住宅街を駆け抜け、ようやくの思いで市街地の中心部まで戻ってくる。  アスファルトをへこませるような勢いで走り続けたので、右の足首が少し痛くなった。幼い頃に大きな手術を受けた右足首は、未いまだに酷使し過ぎると鋭い痛みが生じてしまう。我を忘れて思いっきり走ってしまったが、本来ならばあまり好ましい行為ではない。  出張費はゼロ、交通費は自腹、完全な赤字。挙げ句の果ては、幻覚までもがぶり返す。このうえ足まで傷めてしまったら、それこそ目も当てられないことになる。  そんな愚かなことだけは、是が非でも避けたかった。  とにかく右足を休ませることと、最小限の出費で時間を潰つぶすこと。  心はそちらに専念すべきだと考えた。  バスの到着まで、残り六時間ほど。差し当たって、今度はどうしようかと考える。  とりあえずもう一度、駅の中へ入ってみるか──。  駅の中には喫茶店以外にも雑多な店が軒を連ねていたし、少しは時間が稼げると思う。右足の具合に気を配りつつ、無理をしなければ大丈夫だろうと判じた。  駅へと至る横断歩道の前に立つ。折しも信号は、赤へと変わったばかりだった。  私の周囲も横断歩道の向かい側も、大勢の人波で瞬く間に埋め尽くされていく。  やがて信号が、赤から青へと切り替わる。  横断歩道の両向かいにいた人影が一斉に動きだすのと同時に、私も前へと歩を進めた。  やがて、横断歩道を三分の一ほど渡った頃である。  私のちょうど真向かいを歩いてくるひとりの少女の姿に、ふと目が留まった。  色の白い細面に、まっすぐ伸ばした長い黒髪をそよがせた、小柄な体たい軀くの少女である。少女は人波に紛れながらも、颯さつ々さつとした足取りでこちらへ向かって歩いてくる。  少女は冬用の黒いセーラー服を着ていた。スカートの裾すそから見える生白い腿ももの先にも、黒いハイソックスと革靴を履いている。  胸元に結ばれたスカーフと、襟首のラインだけが白い。あとは全身黒ずくめだった。  一歩、また一歩と、私と少女の距離が狭まっていく。  しだいに距離が狭まり、やがて少女の顔の輪郭が、鮮やかな像を結んだ瞬間だった。  私の口からありったけの音なき吐息が、悲鳴の代わりに絞りだされた。  加奈江だった。  黒いセーラー服を着こんだ加奈江が、たわやかな笑みを浮かべながら、私に向かって歩いてくるところだった。  加奈江は外がい套とうこそ着ていなかったが、事情を知らない周囲の目には、どこにでもいる十代中頃の普通の少女に見えていることだろう。私だって初めはそう思っていた。  何しろ、こんな姿の加奈江を見たのは、生まれて初めてのことだったのだから。  蛇に睨にらまれた蛙のように、その場を一歩も動けなくなる。横断歩道のまんなか辺りで凍ったように固まる私の両脇を、たくさんの人影がぞろぞろと通り過ぎていく。  その対面からは、加奈江が軽やかな足取りで私に向かって近づいてくる。  やがて全身黒ずくめの加奈江が私の前でぴたりと歩を止め、私の顔をひたと見あげた。 「久しぶりだね──たくちん」  師走しわすの冷たく張りつめた空気によく響く、しなやかな声で加奈江が言った。  反射的に頭の中で〝消えろ〟と念じる。  無反応。  加奈江の姿は睫まつ毛げの一本すらも、消えてくれない。  たちまち膝ひざの力が、へなへなと萎しおれるように抜けていく。 「鬼ごっこするんでしょ? さっさと走ったら?」  目め尻じりと小鼻をくしゃりと縮め、加奈江がいかにもわざとらしく笑った。  鬼ごっこか。確かに他にどうしたらいいのか、妙案も思い浮かばない。  こうなったらもう、腹を括くくるしかないわな──。  決心するなり、震える足で地面を蹴けりつけ踵きびすを返すと、私はそのまま真冬の市街地の只ただ中なかを死に物狂いで駆けだした。

不滅の少女


 やはり冬に現れる。それも私の気持ちが大きく後退した時ほど、遭遇率が跳ねあがる。  結局、十月半ばにもたらされた予言めいた悪夢と、私の馬鹿げた推察は的中した。  それも、最悪のロケーションとタイミングを計って。  だがこの展開は完全に想定外だった。よもや郷里から千キロ近くも離れた関西の地でこの化け物と遭遇する羽目になるなど、一体誰に予見できるというのだろう。  しかも幻覚ではない。およそ一年ぶりに見る加奈江の風姿は、幻覚などという言葉で易々と片づけられるほど、曖あい昧まいなものではなかった。  もはや後の祭りだったが、加奈江を幻覚と片づけてしまった自分自身の怠慢を悔いる。状況から鑑かんがみて昨夜、高速バスの中にいたのは、やはり加奈江で間違いなさそうだった。  あの時、バスを降りてさえいれば、こんなことにならずに済んだのに。  だが今さら悔いたところで、もう遅い。とにかく今は、逃げねばならなかった。  交差点から歩道へ戻り、なるべく人気の多い場所を意識しながら、街中を走り続ける。背後を振り返ると、加奈江は軽やかな足取りで私から十メートルほど離れた後方を走り、一定の間隔を維持しながら、つかず離れず追ってくる。  顔には無邪気な微笑を浮かべ、いかにも「楽しんでいる」という気色を滲にじませている。駆け足で生じた身体の捻ひねりに呼応し、胸元の白いスカーフが右へ左へ気き忙ぜわしくはためく。  丈なす黒髪も寒風になぶられ、真冬の大気を切り裂く鉄線のごとき無数の筋となって、小さな身体の周囲でざわざわと盛大に躍り狂っていた。  いつのまにあんな服装に着替えたのか、皆目見当がつかなかった。  修学旅行のつもりなのか偽装のつもりなのか知らないが、なんて恰かつ好こうをしていやがる。  心の中で毒づくが、すぐさま「違う」と思い直して、ぞっとなった。  否。あいつは修学旅行のつもりなのではない。あれは単なるセーラー服なのでもない。 「今回の襲撃は、これまでのものとは少々わけが異なります」  そんな意志の表れである。さもなくば、あんな服装をすることの理に適わない。  さしずめ、特別仕様というわけか。  今度こそあいつは、私に何かとんでもないことをやらかすつもりでいるのだ。  振り返るに中学時代の昔から、少々悪ふざけの度が過ぎるきらいのあるガキだったが、こんな状況でさえどぎつい茶目っ気を振りまくとは恐れ入る。  けれども、あいつの思惑どおりにさせる気など毛頭ない。過去にも〝鬼ごっこ〟では一度も捕まっていない。今回も無事に逃げおおせて臍ほぞを噬かませてやるつもりだった。  見ていやがれと思いながら、歩道をまっすぐ走り続けていた時だった。  ふいに右の上腕をぎゅっと摑つかまれ、身体が斜めに大きくかたむいた。 「たくちん、たーくちん! 捕まえた!」  見ると加奈江が私の右腕に取り縋すがり、黒い真珠の瞳ひとみを光らせながら笑っていた。  とたんに悲鳴があがり、すかさず加奈江の腕を振りほどこうと身をよじる。  けれども加奈江の腕の力は万力のように凄すさまじく、まるでびくともしない。  加奈江の右手は、私の右の二の腕に、左手は上腕部へと絡みつき、色白の細長い指が深々と肉に食いこんでいる。腕に穴が開くのではないかと思うほどの激痛を感じた。  堪たまらず空いていた左手で加奈江を突き飛ばそうと腕を突きだしたが、加奈江は私からひらりと身を引き離し、こちらの張り手を難なく逃れた。 「遊ぼうぜ?」  胸元にあてがった両手をこちらに向かって結んだり開いたりしながら、加奈江が笑う。  何も言葉は返さず、その場を全速力で走り去る。  速い。それも異様に速い──。  私の足は決して速いわけではない。右足首のハンデがある分、むしろ遅いほうである。けれどもこちらの足の不備を考慮に含めても、加奈江の足はずば抜けて速かった。  十メートルも後方にいたはずなのが、わずか一瞬にして私の直近にまで距離を縮める。中学時代の住宅地や、市街地の屋上、ショッピングモールでの追跡。あれらの一幕では意図的に脚力を加減していたのではないかと勘繰るほど、加奈江の足は速かった。  遊んでいやがる。あいつは言のとおり、本当に鬼ごっこを楽しんでいやがるんだ。  それも私にとってまるで勝ち目のない、一方的な鬼ごっこを。  たとえこの場をうまく逃げられたとしても、宮城へ帰るバスが出るのは夜の八時過ぎ。これから実に四時間以上も先のことである。  とてもそんな長い時間を、加奈江から逃げきる自信はなかった。  猟犬に追われ、嚙かみ殺されるだけの運命にある兎の絶望感とは、こんな感じだろうか。すでに結末の決まっている無情な疾走を続ける中、今度は左腕に鋭い痛みが走る。 「捕まえたあ!」  振り返れば再びすぐ隣で、加奈江が私の腕を摑んでいた。  悲鳴をあげて加奈江の腕を振りほどく前に、加奈江のほうが自らぱっと手を離す。  全身にぐっしょりと冷や汗をかきつつ、勝ち目はないと確信しながらも再び走りだす。歩道をすれ違う人々は、一体何をしているのかと、横目で私たちの様子を見ていた。  やはり視えているようである。だが仮にそうなら、きっとこう見えているに違いない。  三十半ばの中年男と女子中学生が、街中で愉快なひと騒動を繰り広げている。  奇妙といえば奇妙だけれど、ただそれだけの光景にしか認められないのだと思う。  だが違うのだ。これはそんなに無邪気なものでも、牧歌的な光景なのでもない。  誰かに救いを求めたい衝動に強く駆られたが、そんな勇気も湧き立たなかった。  今この瞬間、私の前で繰り広げられている光景が、やはり単なる幻なのだとしたら? 仮に誰かに「救たすけて!」と声をかけても、怪け訝げんな顔をされるばかりだとしたら? 「そんな女の子なんか、どこにもいない」と言われたとしたら?  いわゆる〝霊〟の視える人が、視えない人に対して救いを求めんとする時の心情と、それは道理がまったく同じことだった。  最悪の状況に置かれているにもかかわらず、それを否定された時のリスクを考えると、どうしても決心がつかなかった。「自分は狂ってなどいない」と心の中で確信する一方、心の別のどこかでは、自分の正気を疑われるということに激しい恐怖も感じていた。  懊おう悩のうしながら走る間にも、再び右腕に鋭い痛みが生じる。  振り向いた瞬間、寒々とした笑みをこしらえた加奈江の細面が、目と鼻の先にあった。つま先立ちになって、私の顔へと身を乗りだしているのだ。  悲鳴をあげながら加奈江の腕を振りほどこうとすると、加奈江はすかさず手を離した。解放された私は、再び真冬の見知らぬ市街地の真っ只ただ中なかを猛然と駆けだす。  そのやりとりは私に思い起こさせた。まるでピラニアの捕食のようだと。  獲物に向かって猛然と接近し、肉をひと口嚙みちぎっては獲物から離れて距離をとり、再び獲物に接近しては肉を嚙みちぎる。ピラニアはこのようにして獲物を捕食するのだ。  三声の魚か──。「救けて!」と三回叫んだら、殺されるのではないかと思った。  加奈江は私の身体を嚙みちぎったりはしなかったが、代わりに右左の腕をランダムに引っ摑んでは指を肉へと食いこませ、鋭い痛みと衝撃で、巧みに私の動揺を誘っていた。  右、左、左、左、右、右、左──。  腕を摑む手が離れるたび、どうにか体勢を立て直し、街の中を無我夢中で走り続ける。土地勘などまるでないから、加奈江の攻勢に合わせ、進行方向を滅茶苦茶に変えながら走り回った。だがそれが結局、大きな仇あだとなってしまう。  十分ほど、走り続けた頃だった。  ふと周囲に視線を巡らせると、周りに人の姿がなくなっていることに気がつく。  いつのまにか大通りから大きく外れ、どこかの路地に迷いこんでしまったようだった。とたんに「しまった」と蒼あおざめる。  これはあいつが仕組んだ巧妙な陽動作戦なのだと、今頃になってようやく気がついた。  私が夢中になって逃げ回るのに乗じ、加奈江は私の両腕を不規則に摑むことによって密ひそかに進行方向を変えさせ、人気のない場所まで私を追いこんでいた。  背後から靴音がまっすぐ、こちらへ向かって近づいてくる。はっとなって振り返ると、後方五メートルほどの距離で、加奈江が得たりとばかりに微笑んでいた。  すかさず前方へ向き直り、路地から再び大通りを目指して走る。加奈江との遭遇から、あらまし三十分近くが経過していた。ほとんど全力で走り続けていたので、右足首には太い杭くいを打ちこまれたかのような、鈍い痛みが生じている。体力もそろそろ限界だった。このまま逃げ続けるよりも、どうにか加奈江を撒まいて終わりにしたいと考え始める。  必死になって路地を駆け抜けていくと、再び人の往来で賑にぎわう大通りが視界に開けた。道の向かいには高層建ての大きなデパートがそびえ立っている。  横断歩道に目を向けると、今しも信号が青から赤へと切り替わろうとしていた。  すかさず「これだ」とひらめく。  信号機が点滅し、道の両脇から大勢の群衆が路上へ駆けだす中、足の痛みを堪こらえつつ、横断歩道へ足を踏みだす。横断歩道を三分の一ほど渡ったところで信号は赤へと変わり、道端にいた人々はぴたりと歩を止め、再び信号が変わるのを待ち始めた。  肩越しに道の向こうを見やると、大勢の人波の先頭に加奈江が木偶でくのように突っ立ち、私の目を見て小憎らしい笑みを浮かべていた。  ご大層に交通ルールは守るのか。ずいぶんとお行儀のいい化け物じゃないか。  毒づきながら歩道を突っ走り、そのままデパートの中へと駆けこむ。  おそらく加奈江は、私がデパートに入ったのを見ているはずである。だから店の中に長い間、身を潜めておくわけにはいかない。だが、店の中を縦横無尽に走り回ったのち、別の出入口から外へ出て、こちらの居場所を攪かく乱らんすることならできる。  適度に背後を確認しながら、店内一階の売り場を奥へと向かってぐんぐん進んでいく。幸い、店の面積は驚くほどにだだっ広く、売り場も大勢の買い物客でごった返している。人込みに紛れ、一時的に身を隠すにも、加奈江を撒くのにも、最適な場所に感じられた。「やれる」と思いなし、さらに店の奥へと進んでいく。  ほどなくすると、前方の通路にエレベーターが見えてきた。階を移動することにより、私の行方はますます把握しづらくなるだろう。一も二もなく、上昇ボタンを押す。  箱が到着するまでの短い間、加奈江が先回りして中で待ち構えているのではないかと警戒しながら身を硬くしていたが、上から降りてきた箱の中には誰も乗っていなかった。急ぎ足で中へと駆けこむ。  最上階へのボタンを押し、続いて扉を閉めるボタンを押した直後だった。  静かに閉まり始めた分厚い扉の隙間から、何かがさっと中へ滑りこんできた。  加奈江だった。  次の瞬間、扉は音を立てて閉じられ、箱がゆっくりと上昇し始める。 「捕まえた」  その場に棒立ちになったまま硬直している私の右腕を、加奈江がぎゅっと摑つかんだ。  そのまますっと立ち位置を整え、私の隣へぴたりと貼りつくように横並びとなる。  街中を散々走り回ったおかげで、こちらは全身汗まみれになっているにもかかわらず、加奈江は顔に汗の一滴を浮かべることはおろか、髪すらまったく乱れていない。  私の顔に視線を向けたまま、加奈江は右手をスカートのポケットの中へと差し入れた。続いてポケットの中で、何やらかちかちと乾いた音がするのが聞こえ始める。  噓だろうと思いながら右手の様子を凝視していたが、ポケットの中から出てきたのは私が頭に思い描いた、まさにそのとおりの代物だった。  ピンク色のホルダーをした、大型のカッターナイフ。ホルダーの先端から飛びだした刃の幅は大人の親指ほどもあり、加奈江の眼前で鉛色の鈍い光を放っている。  なおも悪いことに、こんな時に限ってエレベーターは途中の階に止まらなかった。  読みが甘かったのである。こいつの知恵と狡こう猾かつさを、私は見み縊くびり過ぎていた。 「ねえ、もういいでしょ?」  黒い瞳ひとみにわずかな哀惜の色を滲にじませ、泣き笑いのような顔をして加奈江が言った。  かちかちと無機質な音を立てながら、ホルダーの先端からさらに鋭く刃が伸びる。  しばらくぶりに聞く優しい声音だったが、猿芝居もいいところである。  どんなに声を真似ようと、昔の加奈江は、私に対して決してこんなことはしなかった。  やはりこいつは、私が当時懇意にしていた加奈江ではない。中身の大半がごっそりとどす黒い魔性にすり替わった、まったく別の〝何か〟である。  やおら加奈江の両目が皿のように丸く、大きくかっと見開かれる。  口の両端が引っ張られるように横へと広がり、口の端が両耳の付け根にまで達すると、赤い舌を覗のぞかせた口内が、ばくりと大きく開かれた。  目的は、私を殺すことにあらず──。  少し前にはそのように考えていたが、どうやらそれは見当違いだったのかもしれない。こいつは今、どう考えたって私を殺す気でいるようにしか思えなかった。  加奈江が自分の目の前で、カッターナイフをひらひらと躍らせていた時である。  ようやく箱が最上階へ到着し、扉が開いた。  扉のすぐ向こうには中高年の男女が五、六人、固まるように突っ立っていた。  とたんに加奈江の形相が元に戻り、ピンク色のカッターがポケットにしまいこまれる。意外なことに私の右腕を摑んでいた手も、半ば振り払うようにして引き離された。  すかさず加奈江の前を走り抜け、エレベーターの前に立つ男女の間をすり抜けながら外へ飛びだす。うしろは振り返らず、今度はエスカレーターを使って三階ほど下へおり、続いて売り場を駆けずり回りながら別のエレベーターを見つけ、一階までおりた。  デパートへ入ってきた時とは違う出入口から外へ飛びだし、見知らぬ大通りへと出る。それから真っ青になって、再び路上を一直線に走り始めた。  まただ。殺そうと思えば殺せたはずなのに、どうしてそうしなかった?  凍てつく真冬の強風に身をなぶられながら、またぞろ疑問が鎌首をもたげ始める。  ひどく大きなカッターだった。首でも狙って搔かき切れば、事は一瞬で片づいたろうに。人気のない路地へ私を誘いこんだのと同じように、やはり人目を気にしているのか?  そこまで考えたところで突然、脳裏にぞっとするほど厭いやな想像が浮かびあがる。  加奈江がやろうとしていることが、〝一瞬で事が済まない〟ようなことだとしたら? あの化け物じみた巨大なカッターを使って、〝それなりに時間と手間を要すること〟を私にやろうと考えているのだとしたら?  単なる妄説に過ぎなかったが、思い至った瞬間、駆け足は全力疾走へと切り替わった。  走りながら周囲を見渡すも、加奈江の姿は見当たらない。だが、安あん堵ども覚えなかった。今度捕まったら最後だと震え慄おののきながら、私は死に物狂いで街の中を駆け続けた。  その後は背後を警戒しつつ、当てもないまま市街のあちこちをぐるぐるとさまよった。ほとんど立ち止まることなく、人気の多い場所を選びながら走りに走った。  おかげで右足首の不具合はさらに悲惨なものとなり、路上に足を一歩踏みだすたびに、まるで肉の中にガラスの破片がぎっしり詰めこまれているかのような痛みを覚える。  だが、それでも立ち止まらなかった。「捕まったら何をされるか分からない」という著しい強迫観念が、ずきずきと痛む右足をさらに酷使させていた。  けれどもさらに三十分近く走り続けた、午後四時頃。右足首はとうとう限界を迎える。アキレス腱けんが断裂したのではないかと疑うほどの激痛が走り、全身に脂汗が滲にじんだ。  痛みとともに見知らぬ街を独りで逃げる心細さも、今さらになって生々しく湧き立ち、これまで押し殺していた寂せき寥りよう感が、間欠泉のごとく意識の底からほとばしる。  冬の陽が落ちるのは早い。見知らぬ街の見知らぬ空を見あげると、すでに陽の輝きは力を失くして朧おぼろに霞み、まるで死にかけたクラゲのように西の空へと沈み始めていた。  額に浮いた脂汗を拭いながら周囲を見渡すと、狭い路上にぞろぞろと人々の行き交う、小さな商店街の只ただ中なかに私はいた。商店街の様子をさらにつぶさに眺め渡してみる。  眼前を通り過ぎる制服姿の女学生を目にするたびに身体が硬直し、胃の腑ふが凍いてつく。すでに中学校も高校も下校時間なのだろう。制服姿の少女が街中にいても不思議はない。怯おびえながら少女たちの顔を見やれば、加奈江とは似ても似つかぬ顔ばかりである。 「冷静になれ」と、自分自身に言い聞かせながら、路上を行き交う人々から視線を移し、今度は商店街の看板のほうへと目を移す。  歩きながら視線を巡らせていくと、やがて一枚の大きな壁看板に目が釘くぎ付づけになった。  ポップな色を背景に、かわいらしい猫たちの姿が描かれた、猫グッズの専門店である。看板を見あげた瞬間、真弓の笑顔がたちまち脳裏に思い浮かぶ。  真弓は昔から、大の猫好きだった。  バッグや食器、その他の小物類も、猫があしらわれたものを好んで買い求めていたし、猫に関する本や映像などにも目がなかった。結婚後、自宅で飼っている二匹の猫たちも、文字どおりの猫可愛がりで接している。  こんな状況なのにもかからわず、およそ緊迫感のない話だが、真弓の顔を思いだすとなんだか無性に土産を買って帰りたい気持ちになった。鋭い痛みに悲鳴をあげる右足もそろそろ休ませてやりたかったし、心はもっと休ませたかった。  周囲を見回しても加奈江の姿はない。ままよと思い、店の中を覗いてみることにする。  右足の痛みに顔をしかめながら店内に入ると、加工された猫たちの声で賑にぎ々にぎしく歌う『ジングルベル』が盛大に流れていた。かわいらしい猫たちの歌声に少しだけ頰が緩み、店内の商品棚に目を向ける。  ダヤンの絵本やガーフィールドのシール、『夏目友人帳』に登場するニャンコ先生のぬいぐるみなど、店の中はありとあらゆる猫グッズでぎっしりと埋め尽くされていた。  痛む右足をずりずりと引きずりながらしばらく店内を物色していると、ぬいぐるみがびっしりと並べられた店内中央の商品棚に、何やら見覚えのある猫の姿を見つけた。  全身真っ黒で、黄色い目をした猫のぬいぐるみである。  きっと中に針金が入っているのだろう。細い四本足をぴんと突き立て、黄色い目玉をまんまるく見開き、少し間の抜けた顔つきでこちらをじっと見ているそのぬいぐるみは、我が家で飼っているトミーという名の黒猫に、雰囲気がとてもよく似ていた。  これを買って帰ったら、真弓はすごく喜ぶだろうな。  黒猫のぬいぐるみは、サイズがL、M、Sの三種類があり、Lサイズのぬいぐるみは本物の猫と同じぐらいの大きさがあった。ただその代わり、値段のほうも驚くほど高い。一方、Mサイズのほうも全長三十センチほどと大きさは手頃なものの、こちらも値段は思わず難色を示さざるを得ない、微妙に渋いものがあった。  結局、私の貧しい懐具合では、全長二十センチばかりのSサイズの黒猫が限界だった。真弓には悪いと思いながらも、小さな黒猫をレジへと持っていき、精算を済ませる。  たかだかぬいぐるみさえ満足に買ってやれない己の稼ぎの悪さを恨めしく思いながら、綺き麗れいにラッピングしてもらった黒猫を片手にぶらさげ、店の入口へと向かう。  だが、店を出ようとしたところで、私の足は再び大きな黒猫の前へと戻ってしまった。  あともう少しでクリスマスである。確かに小さな黒猫でも真弓は喜んでくれると思う。だが大きな黒猫だったら、もっと喜んでくれるに違いない。  年に一度きりの贈り物である。どうせなら真弓が顔を輝かせ、心底喜んでくれる物を買って帰りたかった。目の前にでんと突っ立つLサイズの黒猫をまっすぐ見つめながら、そんな思いにひどく駆られる。  けれども予算の問題も大きかった。ここで大金を使って大丈夫かという心配が先立つ。何度も何度もLサイズの黒猫に手を伸ばしかけるも、その都度ためらいが生じてしまい、なかなか踏ん切りをつけることができない。  にゃんにゃんにゃーん、にゃんにゃんにゃーん、にゃにゃにゃーんにゃにゃーん  店内のスピーカーからは相変わらず、猫たちの歌う『ジングルベル』が流れていた。  そうだよな。せっかくのクリスマスなんだし──。  猫たちの歌声に後押しされて手を伸ばす。  しかし、いざとなるとやはり手が止まる。  にゃんにゃんにゃーん、にゃにゃにゃにゃにゃ、にゃんにゃんにゃんにゃにゃん  妻の笑顔か、懐具合の問題か。私にとって本当に大事なのは、どちらだろう──。  にゃんにゃんにゃーん、にゃんにゃんにゃーん、にゃにゃにゃーんにゃにゃーん  そうだよな。真弓が喜ぶなら、それでいいではないか。金の問題はあとで考えろ──。  意を決して、商品棚からLサイズの黒猫を抱えあげた瞬間だった。 「にゃんにゃんにゃぁぁーーん、にゃんにゃんにゃぁぁーーん、にゃんにゃんにゃあん、にゃにゃああぁーーーん」  がら空きになった商品棚のすぐ向こうに、加奈江の顔があった。 「メリークリスマス! 大丈夫? しにぞこない」  口から胃袋を吐きだしそうなほど驚きよう愕がくし、抱えあげた黒猫をその場にとり落とす。  次の瞬間、足の痛みなど忘却の彼方かなたへ追いやり、私は再び全力疾走で店を飛びだした。すでに夕闇が押し迫る商店街の人込みへ紛れこみ、身を隠しながら走りだす。  いつのまに追いついてきたのだろう。いや、もしかしたら私が気づかなかっただけで、あいつはずっと私の近くにいたのかもしれない。  だが、事実がどうであれ、地獄が再び舞い戻ってきたことに変わりはなかった。  加えて今度は、足の具合も最悪だった。正攻法ではとても逃げきれる自信はない。  走りながら時計を見やると、午後四時三十分を少し過ぎた頃だった。バスが出るまであと三時間と半時。それまでの間、どうにかして加奈江から逃げきらなければならない。  さもなくば、どうにかして加奈江自体を潰つぶしてしまうか──。  背後を振り返るが、人込みの中に加奈江の姿は確認できなかった。  とはいえ、油断は禁物である。どうせあいつは近くに身を潜めているに決まっている。警戒を緩めることなく、人込みを搔かき分けながら商店街の中を突き進んでいく。  歩く災厄のようなあの小娘に、どうすれば一矢報いることができるのか。  右足首の激痛に顔を歪めながら走るうちに、だんだんと思考がうまく定まらなくなる。脳が痛みと恐怖を忘れさせるためか、現実逃避じみた現況の解釈を勝手に始めだす。  やはりこれは全て、己の無意識が生みだした幻想に過ぎない。何もかもが虚構なのだ。桐島加奈江は、私の空想が創りあげた架空の産物に過ぎない。  加奈江ばかりではない。昼間、神社で目撃した得体の知れない〝何か〟もそうだ。  さらには自分自身が今、見知らぬ関西の街の中をひとりで逃げ続けているこの状況も、今日という日に至る流れさえも、全部私の脳が創りあげた幻想に過ぎないのである。  そんなことを怒ど濤とうのごとく考え始める。  ならば、何もかもに得心がいく。私は今、関西の街中などにはいない。自宅の布団で眠っているか、さもなくばどこぞの閉鎖病棟の病室にでも寝かされているのだ。  そうでなければ、こんな理不尽な状況に我が身が晒さらされていることの説明がつかない。全部、全部、全部、全部、何もかもが、私の狂った頭が創りあげた虚構に過ぎない。  私の頭はとうとう、修復不能なまでに壊れてしまったのである。 「ねえ。真面目に逃げる気ある?」  いつのまにか私の隣を加奈江が一緒に走っていた。スカートに突っこんだ右手からは、かちかちとカッターの刃が乾いた音をたてている。  掠かすれた叫び声を盛大に張りあげながら、とたんに現実へと引き戻され、真冬の冷気を引き裂くようにして、私は再び全力疾走を始める。  何が現実で何が虚構なのか。やはりそんなことはどうでもいい。  いや、むしろ我が目に映るこの今を、ありのままに受け容いれろ。  思考を切り替え、ここしばらく停滞していた、加奈江に関する考察を思いだしていく。  加奈江が世の理ことわりに反する、あるまじき存在であること。生半な魔ま祓ばらいは通じないこと。呆あきれるほどの執念深さ。慢心ともとれるほど過剰な自信に満ち満ちた、態度と言動。  考えろ。考えろ。考えろ。  どうすれば、この窮状を打破することができるのか。  背後に加奈江の息遣いを感じながら商店街を抜け、駅前の大通りに近い路地へと至る。バス停までは、ここから走って二十分ほどだったと思う。このまま加奈江に追われ続け、仮にバスへ乗りそびれてしまったら、その瞬間が全ての終わりになると判ぜられた。  できることならば、加奈江をバス停の周辺には近づけたくない。あいつに妨害されてバスに乗れなくなってしまったら、見知らぬ関西のこの街で私は多分、終わってしまう。  さあどうする? 限りなく負けに近いこの状況を、どうやって切り抜ける?  次々と思いを巡らせていた時だった。  ようやくひとつの妙案が、頭の中にはたと浮かぶ。  背後を振り返ると、加奈江は十メートルほど後方の歩道に陣取り、視えない磁力線に引かれるようにして、私のあとを追ってきていた。  果たして、足が持つのか持たないのか。けれども加奈江は、まだ粘る気でいるようだ。再び私を人気のない場所へ追いこんで、今度こそ〝何か〟をやらかすつもりなのだろう。  だがおそらくだが、その条件が整うまで、あいつは大きな動きを見せない。  さりとて、私の馬鹿げた打開策も功を奏すのか否か。ためしてみるより他なかったが、加奈江が考えているであろう狡こう猾かつな企たくらみは、この期に及んでむしろ好都合だった。  とにかくやってみるしかない。  決心するなり、目指す先へと進路を変える。  駅前の大通りを大きく迂う回かいするようにして、雑多な建物が軒を連ねる小道を駆け抜け、それから道幅の狭い住宅地へと分け入る。  周囲はすでに山水画のような薄闇に包まれ、色も輪郭も、何もかもが朧おぼろにぼやけ始め、通りを行き交う人の顔も姿も、ぼんやりと像を薄めた影のように変じている。  ごちゃごちゃと入り組んだ住宅地の路地を何度も曲がり、前へ前へと進んでいく。  もう少し、あと少し、もう少し──。  何本もの角を曲がったところで、茫ぼう漠ばくとした薄闇の先にようやく終着点が見えてきた。鬱うつ蒼そうと生い茂る雑木林の間にぽつりと佇たたずむ、古びて寂れた石鳥居である。  背後からは加奈江の革靴が路面を蹴けりあげる、乾いた足音が聞こえてくる。  石鳥居をくぐり抜け、荒れ果てた境内へと足を踏み入れる。拝殿前まで一気に駆けて背後へ向き直ると、加奈江も石鳥居をくぐって境内へ入って来たところだった。  これで一応、お膳ぜん立だては整った。あとは文字どおり、運を天に任せるのみである。  拝殿前に突っ立つ私の姿を認めると、加奈江も駆け足をやめ、薄笑いを浮かべながらゆったりとした足どりで、じりじりと間合いを詰め始めた。  対して、私のほうは加奈江から目を逸そらさぬよう、眼前にまっすぐ視点を定めながら、〝それ〟が起きてくれるのをじっと待つ。  加奈江が一歩、また一歩と歩を進め、やがて参道の中ほどまで至った時だった。  背後に建つ拝殿にほのかな熱気が生じ、同時に〝何か〟の気配が生々しく浮かび立つ。  振り返ると格子戸を隔てたすぐ向こうに、女の顔があった。  南洋真珠を彷ほう彿ふつさせる艶つややかな光沢と銀白色の肌をした、面長で無表情な女である。  直感的に「視てはいけない」と、頭の中で警報が鳴り、すかさず正面に向き直る。  前方では薄ら笑いを浮かべていた加奈江の形相が、がらりと大きく変わっていた。  まるで天敵に出くわした猛獣よろしく顔つきが険しくなり、目つきも鋭くなっている。ポケットからカッターナイフを抜きだしながら、「ちっ」と舌打ちを放つのも聞こえた。  加奈江の視線は私ではなく、背後の拝殿のほうへと向けられていた。  加奈江がカッターナイフを片手に、ひび割れた参道の上をずかずかと突き進んでくる。その目はやはり私にではなく、拝殿のほうへ射い貫ぬくようにまっすぐ向けられている。  その場を跳ねるように駆けだし、加奈江の進路をぐるりと大きく迂回するようにして、石鳥居を目指す。  鳥居まで残り数メートルまで近づいた時だった。  背後のほうで突然「ずどん!」と、落雷のような物凄い轟ごう音おんが鳴り響いたかと思うと、寂れた境内に加奈江の悲鳴が高らかにはじけた。  あえてうしろは振り返らず、そのまま鳥居の向こうへ飛びだす。  一か八かの大おお博ばく打ちだったが、予想以上の結果となり、全身にひどい震えが生じた。  だが、それでもどうにか出し抜いてやった。  やはり慢心していたか。これを狙っていたんだよ、ざまあみろ──。  化け物が軽はずみにご神域へ足を踏みこんだりすれば、果たしてどんなことになるか。少し考えれば分かるだろう。お前の負けだ、今度こそ──。  加奈江の凄まじい悲鳴を背中に受けながら、転がるようにして再び路地を駆けだした。  それからどれほど時間をかけたのだろう。何しろ右足の具合が限界を超えていたので、寂れた住宅地を抜け、駅前の大通りへ戻る頃にはすでに陽が暮れ落ちていた。  道中、何度も背後の様子を確認したが、加奈江が追いかけてくることはもうなかった。人込みで賑にぎわう大通りの路上を歩きだした頃、ようやく私は安あん堵どを覚える。  安堵が確信に変わり、確信が充足感へと切り替わると、疲れがどっと押し寄せてきた。思い返せば、三時間以上も走り通しだったのである。トータルで一体何キロ走ったのか、考えようとしただけでぞっとした。よくも身体が持ちこたえたものだと思う。  だが、それもそろそろ本当に限界だった。もはやほとんど使いものにならなくなった右足を引きずりながら、バス停を目指し大通りを進んでいく。  ここで私の記憶は、ふつりと途切れている。  携帯電話のアラームに気づいて目を覚ますと、私はバス停のベンチに身を投げだして、斜めに身体を傾げていた。どうやらいつのまにか、眠りこんでいたらしい。  時計を見ると、時刻は午後七時五十分。もうすぐバスが発車する時間である。  あくびをしながら伸びをして、つらつら記憶をたどっていく。  半日近くも加奈江にしつこく追われ続けたことや、加奈江を神社へおびき寄せたこと。記憶は一応思いだすことができたが、なんだかいずれも絵空事のようにしか感じられず、およそ実感というものが湧いてこなかった。  夢か。夢だろう。夢だよな。夢に決まっている。馬鹿馬鹿しい。  ひどい悪夢にうなされたものである。やはり私の頭は、どうかしている。  けれども右の足首は、刃物でずたずたに切り裂かれたようなひどい痛みを発していた。私の座るベンチの傍らには、綺き麗れいにラッピングされた黒猫のぬいぐるみもあった。  現実か──。  現実の定義すら分からなくなるぐらい、我が人生でも屈指の奇矯な体験だった。  まもなくバスが到着し、半分呆ほうけた頭のまま車内へ乗りこむ。  指定された座席へ座りこむと再び強い眠気が差し始め、まぶたが重たくなってきた。  あとは電源コードが引き抜かれるように、私の意識は刹せつ那なのうちに暗転した。

夢へのレクイエム


 再び気がつくと、バスはいつしか高速道路上のサービスエリアに停車していた。  座席から首を伸ばして車内の様子をうかがってみると、乗客たちの姿がほとんどない。車内に残ったわずかな乗客たちは、いずれも深く眠っているようでぴくりとも動かない。  どうやら休憩時間のようだった。  時計を見ると午前三時を少し回る頃。バスが発車してからすぐに眠ってしまったため、七時間近くも寝ていたことになる。足の痛みはまだ消えていなかったが、身体の疲れはだいぶ癒いえて、眠気もほとんど感じられない。  身体の具合がよくなると、無性にのどが渇いてきた。バスから降りて自販機へ向かい、ペットボトルのジュースを買って再びバスへと戻る。  よろめく足で座席に座り直し、ボトルのキャップを捻ねじろうとした時だった。  目の前の座席から何かがぽんと飛びだし、私へ向かって風のように降ってきた。  あっというまの出来事に、その場を飛び退く余裕すらなかった。  はっと思った瞬間には、腿ももの上にぼすりと重い衝撃が伝わる。  何事が起きたのか。視線を前へと絞った時に、ようやく事態を吞のみこむことができた。  膝ひざの上に、全身血みどろになった加奈江が乗っていた。  件くだんの古びた神社で、よほど苛か烈れつな〝仕置き〟を喰らったのだろう。  加奈江の顔面は、右の頰が海溝のように深々と縦に抉えぐられ、長く開いた断裂面からは、赤黒い血がどくどくとしたたり落ちていた。  冬用の黒いセーラー服はぼろぼろに引き裂かれ、露あらわになった生白い胸元や脇腹にも深々とした切り傷や刺し傷が刻まれて、真っ赤な鮮血に染まっている。  深手は負っているものの、他力本願では駄目だったか。たちまち絶望的な気分になる。  加奈江はふうふうと肩で荒い息をはずませながら、黒い真珠の瞳ひとみをぶわりと膨らませ、私の顔をひたと睨にらみ据えていた。 「許さないからッ!」  怒声を轟とどろかせながら振りあげた右手には、ピンク色の大きなカッターが握られている。両手を突きだして身を守ろうとしたが、加奈江の動きのほうがわずかに速かった。  ざっ! という厭いやな音が響いた瞬間、胸元に鋭い刃がまっすぐに突き立てられる。  痛みはなぜかまったく感じなかった。代わりに生じたのは、奇妙な違和感だった。  自分の心臓ではない何かに、刃が深々と突き刺さっている。  そんな奇妙な感覚をありありと抱く。  一体何が起きているのかと困惑していたところへ、ふいに視界が真っ暗になった。  驚く隙すら与えられず、暗転した視界がすかさず元へと立ち戻る。  だが、目の前に再び見えた光景は、その様相を信じがたいものへと一変させていた。  分厚い遮光カーテンでぴたりと窓を閉ざされた、薄暗い部屋。  部屋の四壁にずらりと並び立つ、生臭い汚水の張られた水槽群。  床上には熱帯魚関係の専門誌や飼育器具、ひびの入ったバケツやプラケースが散乱し、うっすらと埃ほこりの積もったそれらの合間を、蜘蛛くもの細長い糸が線を描いて幾重にも連なり、まるでワイヤートラップのように、部屋中の床一面に張り巡らされている。  それは十月半ばに夢の中で見た加奈江の部屋と、まったく同じ光景だった。  違いといえば、今は加奈江が私の上に馬乗りになって、胸元に突き立てたカッターをぎりぎりと厭な音をあげながら軋きしませていること。  そして、十月半ばのそれとは違い、何もかもがあまりにも現実的だということである。  墨を流したかのように薄暗く、隠滅とした部屋の視界。胸元でぎりぎりと響く刃の音。澱よどんだ水の張られた水槽からぶくぶくと聞こえる泡の音。  視界や音だけではない。水の腐った臭いや、肌寒い部屋の温度まで明めい瞭りように感じられる。  だが、明らかにここは夢の中。  それも恐ろしく現実的な、夢の中の世界だった。  明めい晰せき夢むの検証でだいぶ耐性がついていたとはいえ、中学時代からおよそ二十年ぶりに体感する異様なまでの臨場感に、心底打ちのめされた気分になる。  こんな世界に私はあの頃、何を疑うでもなく現うつつを抜かしていたのか。  こんなにも危うい、人の心も、世の理ことわりさえも狂わせる、おぞましい世界に──。  時を超えた〝夢の続き〟の凶悪さにど肝を抜かれ、強い吐き気と眩暈めまいを覚える。  けれどもその一方で、意識のほうは奇妙な違和感も捉とらえていた。  目の前では相変わらず、加奈江が凄すさまじい形相で、私の胸元を本気で抉り続けている。だが痛みはやはり、微み塵じんも感じられない。視覚と聴覚、嗅きゆう覚かくと温度覚はあるというのに、まるで胸の痛みだけが欠落しているような印象を強く感じる。  それでも抵抗しなければならないと焦り、加奈江に向かって両手を伸ばそうと試みた。しかし両腕はおろか、全身にまったく力が入らず、起きあがることすらできない。  胸元でぎりぎりと、刃の軋む耳障りな音が聞こえ続けるさなかだった。  突然、胸の中でべきり! と乾いた音が聞こえたかと思うと、急に身体が軽くなった。  続いて加奈江が胸元からカッターを引き抜き、まるで得心したかのように相好を崩す。 「やった……」  奇妙な笑みを浮かべながら、加奈江がぽつりと言った直後だった。  窓に引かれた分厚い遮光カーテンが、しゃっ! と鋭い音をたてながら開け放たれた。  とたんに窓一面から夏色のまばゆい陽光が燦さん々さんと射しこみ、反射的に目を閉じる。  窓から顔を背けて再び目を開けたとたん、今度ははっとなって目を瞠みはることになった。  全身血みどろになっていた加奈江の傷がひとつ残らず消え失うせ、血の跡も消えていた。  服装も黒い冬用のセーラー服から、シャガールの『青いサーカス』がプリントされた白いTシャツと、花柄模様のロングスカートに戻っている。 「戻れたよ……」  満面におだやかな笑みを浮かべ、加奈江が私の身体の上からすっと立ちあがる。  よく見ると、部屋の内部も廃はい墟きよのような荒廃ぶりから一転して、床中に堆たい積せきしていたゴミがひとつ残らず消え失せていた。水槽を満たす水も無色透明の清澄なものになって、水の中では無数の熱帯魚たちがのびやかに泳いでいる。  忘れもしない。何もかもが皆同じだった。中学時代に通い続けていた加奈江の自室が、当時と寸分違たがわず、私の目の前に復元されていた。  夢の中とはいえ、これは私の意思によるものでも、無意識によるものでもない。  私はこんな展開など、望んでいない。これは全て、加奈江の意思の成しえる業である。  怪物の夢──。  加奈江が私を飼育するためだけに築きあげた、とてつもなく巨大な、忌まわしき水槽。およそ二十年の歳月を経て、再びそれが動きだそうとしている。  私の夢のイニシアチブは、中学時代のあの夏と同じく、加奈江が握っていた。  息を吸いこめば、部屋中に漂う活いきた水の匂いや甘い芳香剤の香りをはっきりと感じ、肌には真夏の蒸し蒸しと湿気ばんだ熱気まで伝わってくる。  窓の外からは真夏の陽気に煽あおられ、盛んにすだく蟬たちの大合唱が、耳に届いてきた。  壁に掛けられたカレンダーにちらりと視線を向ければ、【一九九二年八月】の文字がでかでかと記されている。  なるほど、これか。加奈江は長い間、この機会を狙っていたのか。  やはり、私を殺すことが目的ではなかったのだ。今さらだったが、目的が分かった。  楽園への帰還。途絶されてしまった〈あの日からの〉時間の再開──。  そして私の心を今度こそ完全に奪って、この楽園で飼い続けるということ──。  何をどうやったのかは知らないが、とにかく加奈江はそれを成し遂げてしまった。  私が仰あお向むけのまま啞あ然ぜんとする中、加奈江は部屋中に整然と並び立つ水槽群を一本一本、愛いとおしげな眼まな差ざしで見て回り、水の中を泳ぐ魚たちに「ただいま」「久しぶり」などと、のどかな声で語りかけている。  加奈江の視線がこちらから離れている隙に、両の拳こぶしにぐっと力を入れてみた。動く。加奈江の目を盗みながら、腕や足も動かしてみたが、こちらもちゃんと動いてくれた。  だが、これだけではどうしようもない。肝心なのはここからである。  加奈江が背を向けている水槽のほうへ視線を移す。百八十センチ規格の大型水槽には、八十センチ近いサイズの巨大なシルバーアロワナが泳いでいた。数いる熱帯魚の中でも加奈江が〝シェルトン〟と名付けて、とりわけ可愛がっていた魚である。 〝広がる街の夢〟で書店の看板を改変した時と同じように、シェルトンに視点を絞って、〝変われ〟と念じる。  無反応。なんの変化も生じない。シェルトンは水の中を平然と泳ぎ回っている。  駄目か。ならばと思い、今度は自分自身に向かって〝目を覚ませ〟と念じてみる。  無変化。目の前の光景は何ひとつ変わることなく、そのまま残り続けている。  当時は瞬間移動もできたというのに、今は夢から目覚めることさえできなかった。  とたんに今まで押し殺してきた焦りと絶望感が、心の底から怒ど濤とうのごとく噴出する。  自分はこれから一体、どうなってしまうのだろう。  あるいは、何をされてしまうのだろう──。  心臓が爆竹を詰めこまれたかのように、どかどかとはじけるような高鳴りを始める。  と、そこへ水槽を眺めていた加奈江が、ふいにこちらを振り向いた。 「ねえ、たくちん」  快活な面差しに浮かんだ笑みは、はるか現世において二十年あまりも見せられてきた悪意のこもった怪物のそれではなく、中学時代の優しい加奈江の笑みだった。  だが、今はその温雅な微笑みこそが、私にとって何よりも忌まわしく、恐ろしかった。剝むきだしの脳に直接キスをされたかのような悪寒に、心がぞわぞわと震え始める。  加奈江が再び私へ向かってゆっくりと足を踏みだす。三つ折りのソックスに包まれた白いつま先が一歩、また一歩と少しずつ近づいてくる。  結局、あれは予知夢だったのか。十月半ばに見た悪夢と、よく似た展開になっていた。  このあと私は本当に、どうなってしまうのだろう。  時間がくれば起こしてもらえるのだろうか。それとも二度と目を覚まさせてもらえず、昏こん睡すい状態のまま、生身の身体が死ぬまでこの夢の中で生かされ続けるのか。  首筋や頭皮から次々と噴きこぼれてくる玉のような大汗は、恐怖によるものではなく、茹ゆだるようなひどい暑さによるものだった。耳には蟬どもの鳴き声が響いてやかましい。今は十二月だというのに、なんというザマだろう。何もかもが完全に常軌を逸している。  やがて加奈江の白いつま先が、私の眼前ですっと止まった。 「やっぱりスワローキリー、欲しいよね? なんとかして手に入れようよ」  小首を傾げ、黒い真珠の瞳ひとみを輝かせながら、加奈江が言った。 「もう、いっそのこと、ベネズエラまで行こうか? クラブのみんなも誘ってさ」  こんな狂った状況で、一体なんの話をしているのか。返す言葉が見つからない。  ただ、加奈江の顔に浮かぶ明るい笑みと、加奈江の口からこぼれる柔らかな声音から、その変へん貌ぼうぶりだけは容易にうかがい知ることができた。  否。正確には〝元に戻った〟と言うべきか。  おぞましいけれども、かすかな懐かしさも感じさせる加奈江の佇たたずまいは、何もかもが中学時代に私が恋焦がれていた、桐島加奈江そのものだった。 「具合悪い? 大丈夫。少し休めばすぐによくなるよ」  片かた眉まゆをわずかに吊つりあげ、加奈江が心配そうな顔で私の顔を覗のぞきこむ。その表情にはやはり悪意や邪気といった、私に切実さを感じさせるものは微塵も浮かんでいない。  どうやら私の推測どおりだったようだ。  夢から現世へ抜けだし怪物と化した加奈江は、現世より再び夢の中へと戻ったことで、ようやく正気を取り戻したのだろう。加奈江から顔を背け、壁際に整然と並ぶ水槽群を茫然とした心地で見つめながら、そんなことを考える。  だが、仮に加奈江が正気を取り戻したのだとしてもだ。  少なくとも私にとって、事態が好転したわけでは決してない。  それは単に、加奈江が現世をうろつく規格外の怪物から、私の頭の中に巣くう得体の知れない魔性に立ち返っただけの話に過ぎないのだから。  問いかけに対し、私がうんともすんとも言わないことに、今の加奈江は怒らなかった。先刻のように憤激して、私の胸にカッターナイフを突き立てるようなそぶりもない。  代わりに加奈江は「少し休んでて」と私に声をかけ、再び水槽のほうへ視線を戻した。  相変わらず、動どう悸きは狂ったように乱れ続けている。口の中もすっかり干あがっていた。  焦りと恐怖に蹂じゆう躙りんされて呻しん吟ぎんするうち、しだいに思考はほとびた海苔のりのようにばらけ、そのうちまともに何も考えられなくなってくる。  本来ならば感極まって失神しているのだろうが、夢の中ではそれすらも叶かなわなかった。失神できればあるいは現実に返れるのでは、という甘い期待も泡のように潰ついえる。  あの日からの楽園の再開か。少なくとも、加奈江はそれを望んでいるのだろう。  そして、この状況である。  今の私は自力で夢から抜けだすことはおろか、加奈江に対抗しうるわずかな手段さえ、ただのひとつも持ち合わせていない。  加奈江が私に直接的な危害を加える気があろうとなかろうと、それはもはや関係ない。私はどうやらこのままここで終わってしまいそうな予感を覚えた。  ああ、でもせめて。せめてもう一度、真弓に会ってから終わりたかったな。  黒猫のぬいぐるみを真弓に届けて、それから終わりにしてほしかった。  ぬいぐるみ、喜んでくれただろうな。ぬいぐるみ、真弓に届けてあげたかった……。  その時だった。  加奈江の肩越しに見えるシェルトンの水槽で「ごぶり」と水のはじける音がした。  反射的に水槽のほうへ目を向けると、いつのまにかシルバーアロワナのシェルトンが、オスフロネームスグラミィという東南アジア原産の大型魚に姿を変えていた。  私の視線に気づき、加奈江もはっとなって背後を振り返った瞬間だった。  視界が突然、濁ったようにぼやけ、五感に伝わる全ての感覚が曖あい昧まいなものになった。  首を振って視線を巡らすと、まるで両目に分厚い魚眼レンズを嵌はめられたかのように視界がぐにゃぐにゃと派手に歪ゆがんで、距離感すらもあやふやになっている。  だがそのくせ、意識だけはかろうじて自我を保っていた。この妙な感覚は覚えている。  明めい晰せき夢むのそれである。  おそらく夢のイニシアチブが加奈江から、私のほうへと戻ったのだろう。  ためしに加奈江のほうに視線を向けて〝さがれ〟と念じてみる。  するとすぐさま、茫ぼう漠ばくとぼやけて歪む視界の中で加奈江が襟首を摑つかまれるようにして、部屋の隅へと引っ張られていった。加奈江は戸惑い声で何かを大声で口走ったようだが、視界と同じく、声も意識の中で形を結ばず、言葉として認識することはできなかった。  だが、それでいいのだ。  ここは非現実たる夢の中。本来は、これこそが正常なのである。  ようやく床の上から立ちあがり、部屋の隅に置かれた大型水槽の前に貼りついている加奈江のほうへと近づいていく。すでに主導権はこちらにある。念じれば今すぐにでも自分の意思ひとつで、夢から目を覚ますこともできるはずだった。  だが、それではなんの解決にもならない。濁った意識の中、はたと思い至る。  仮に今目覚めたとしても、加奈江はまだ〝憑つき物〟として私の意識の中にいる。  これでは次に眠った時も、加奈江が実権を握る楽園の夢が繰り返されるだけである。  加えて向こうは、知恵も持っている。同じ轍てつを二度と踏まないよう、この次の夢では私の明晰夢に対するなんらかの防護策を講じる恐れも、十分に考えられた。  用心しておくに如しくはない。目覚めるのは、後こう顧この憂いを全て絶ってからだと判じる。霞かすんでうねり続ける異様な視界の中をずかずかと突き進み、加奈江の眼前に立つ。  私が〝消えろ〟と念じれば、こいつはおそらく跡形もなく消えてくれるはずである。  今度こそ片をつけてやる。  お前は所しよ詮せん、私の夢に生まれた幻にしか過ぎないのだから。  詰め寄りながら、加奈江に向かって瞳を絞り始めたとたん、視界が再び元へと戻った。窓の外から聞こえる蟬の声も、いつのまにか鮮明なそれへと立ち返っている。 「いや」  黒い瞳を恐怖でわなわなと震わせ、加奈江は小さく何度も私に向かって頭かぶりを振った。  一瞬、はっとなりながらも、構わずもう一度、瞳を絞って強く念じる。  まもなく視界がもやもやと揺らぎ、蟬の声もくぐもって不ふ明めい瞭りようなものへと立ち戻った。  だが、今度はそれが限界だった。意識のほうは明瞭さを保ったまま、曖昧にならない。  何事が起きたのかと思った直後、すぐに原因が判明した。 「いや……」  加奈江が必死で抵抗しているのである。怯おびえた小鹿のような顔をぎゅっと引き絞ると、視界が少し鮮明になり、加奈江の声もはっきり聞きとれるようになる。 「いや!」  悲ひ愴そうな声を張りあげ、加奈江がこちらに向かって身を乗りだす。  加奈江の声に呼応して蟬の声が一層鮮やかになり、肌に感じる熱気も生々しさが戻る。 「いやっ!」 「加奈江ッ!」  渾こん身しんの力をこめて声を張りあげ、すかさず主導権を奪い返す。霞みがかった視界の中、ひと思いに片をつけてやろうと思い、今度は強く、強く、強く念じる。  私と加奈江、ふたつの意識が鍔つば迫ぜり合いのように激しく、重くせめぎ合う。  五感が夜霧のごとく霞んでは歪み、再び明々と澄んでは霞んでを繰り返していく。  荒れ狂う意識のさなか、昔の記憶がノイズのように意識の隙間へ紛れこんでくる。  加奈江や熱帯魚クラブの連中と戯れる虚構の記憶、孤独に打ちひしがれる本当の記憶、加奈江と橋の上で交わした虚構の会話、すすり泣く真弓に結婚を申しこんだ本当の記憶、加奈江に「三声の魚」の話を聞いた虚構の思い出、水族館で真弓と過ごした本当の記憶、加奈江と熱帯魚店で過ごした虚構の記憶、夏休みを寝てばかりいて過ごした本当の記憶、加奈江にグッピーの和名を教えてもらった虚構の記憶、それを記憶している本当の記憶、加奈江がスワローキリーを飼いたがっていた虚構の記憶、それを思いだした本当の記憶。そんなものが入れ替わり立ち代わり押し寄せてくるたび、頭がずきずきと痛んで苛いら立だつ。頭がおかしくなりそうになる。狂おしい思いに正気を保つ自信がなくなってくる。 〝視える人〟が限界まで脳を使ったら、どんなものが視えるんですか──?  メールで〝脳の花が開いた〟と救いを求めてきた、あの女性客の問いかけを思いだす。  これが私からの答えである。  いわゆる〝視えてしまう〟人間が、自己における視覚的認知と潜在的認知を極限まで突き詰めていくと、その最果てにはこんな世界が広がるのだ。  もはや怪異と称することさえ憚はばかられる、ひたすら非現実的で、異様過ぎる光景が。  彼女が果たしてその目で何を視たのか、今となっては分からない。  けれどもそれが、彼女の心を狂わせてしまうものだったことだけは、想像に難くない。〝脳の花〟を開かせてしまった私自身も、少し気を抜けば発狂してしまいそうである。  なまじの人間が踏みこんではならない領域や、観測してはならない事象というものが、この世には確実に存在する。  怪異とも狂気ともつかない、意想外の境地である。  それらはいずれも、興味本位の安易な気持ちで受け止めきれるような代物ではない。凡人が有する脆ぜい弱じやくな心では真しん贋がんを見定めることすら困難な、極めて危ういものなのだ。  思うに、スウェーデンボルグを始めとする〝霊界へ行った〟と語る人物たちの体験や、〝神仏との対話を果たした〟と宣のたまう一部の宗教者や霊能者たちの証言も、蓋ふたを開ければこうした事象の誤認に過ぎないのかもしれない。  それは私がもっとも忌避する、客観的実証のしようがない自己完結的な世界観である。  神秘と妄執、怪異と狂気は、まさに紙一重。真贋を見極めるだけの才知がないのなら、決して踏みこんではならない、人の心の禁足地。  そんな地平に私は立たされ、今はこの狂った世界の織りなす理ことわりに己おのが心を預けている。何もかも想定外の流れだったが、とんでもない境地に来てしまったものである。  我が身に今起きていることを認知するだけで、寒々とした不安と恐怖で胸の内が慄おののき、そわそわと落ち着かない気分が募ってくる。  果たしてこんなことをし続けて、私はどこまで正気を保っていることができるのか? そんなことが脳裏をよぎると、わずかにためらいも生じた。  ただ、この段に至って、もはや後戻りをすることはできない。  怪異であろうと狂気であろうと、ここは紛まごうことなき、我が脳内に形成された夢の中。この窮地を脱するため、私がやるべきことはひとつしかなかった。  逃げずに立ち向かうこと。  目の前に広がるこの異様な光景を〝事実〟として全て受け容いれ、己が目に視えるもの、己が身に起きている事態に真っ向から対たい峙じする。  さもなくば私の心は、今度こそ完全に壊れてしまう。  せめて今、この瞬間だけでいい。〝常識〟という安寧に打たれた心の枷かせを引き抜いて、この狂った夢の楽園を加奈江ごと、全力で叩たたき潰つぶさなければならなかった。  もやもやした視界の中に佇たたずむ加奈江に向かって、再び「消えろ!」と強く念じる。  消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ!  ありったけの思いをこめて念じると、視界が一際歪んでぼやけ、室内に並ぶ水槽群や机、家具、小物類、果てはカーテンや窓ガラス、壁までもが次々と消し飛んでいく。  消滅した壁から外の景色を見やると、黒一面の深闇がのっぺりと広がるばかりである。  ああ、やはり書き割りの世界じゃないか。私が以前、思ったとおりだった。  その時、必要なものや自分が欲しいと思うものしか存在していない、ご都合主義的なまやかしの世界だ。こんなものは楽園でもなんでもない。ふざけやがって。  どろどろと不定形な視界の中、くぐもる音が鳴り響く中、加奈江の部屋にあるものの大半が搔かき消えた。けれども肝心要の加奈江だけが消えてくれない。加奈江は床の上にうずくまり、ぎゅっと身体を丸めながらも、未いまだに姿はしっかりと残っていた。 〝潰れて消えろ〟  加奈江を見おろし、一際強く念じようとした時だった。  床の上で丸まる加奈江の姿の異変に気づき、とたんに心がふっと萎しぼんでしまう。  もやもやと霞かすみがかった視界の中で見おろす加奈江は、ふるふると小刻みに震えていた。悲鳴はすでに消えていたが、代わりにぐすぐすと音をたてて、すすり泣く声が聞こえる。  思い惑いながらその場に立ち尽くしていると、加奈江は私の足元にそろそろと近づき、そのままとり縋すがるようにして、私の足元へぴたりと貼りついた。  もはやその姿に、長年私を脅かし続けた怪物としての色は、微み塵じんも感じられなかった。  罠わなかもしれない。油断をするな。何しろこいつは、大層知恵の回る怪物なのだから。  一瞬、そんなことを考えて警戒したものの、すぐに自分の気持ちが恥ずかしくなった。同時にもう長い年月、加奈江を怪物という目でしか見ていなかったことにも思いが至る。  加奈江は、かちかちと歯の根を震わせながら泣いていた。薄うっすらと紅潮した細面は恐怖と混乱に歪んで強こわ張ばり、玉のような涙が頰筋を伝ってぽろぽろと流れている。  その姿はどう見ても、十四歳の無抵抗な、ただのか弱い少女のそれだった。  たちまち心が痛み始める。自分は一体何をすべきなのか。心に強い迷いも生じ始める。  加奈江が泣くのを見るのは、これが初めてのことだった。よもやこんな状況に陥って加奈江の泣き顔を見ることになるなど、まったく予想もしえないことだった。  否……。違う。そうではない。  思いだした……。  私は昔、加奈江が泣いている姿を見たことがある。  中学二年生の初夏、私が初めて加奈江と出で逢あった時のことである。  あの日、寝入りばなに私は、自室の布団の中でさめざめと泣いていた。  集団無視が始まって、ひと月あまり。いつ終わるともしれない不安と孤独に苛さいなまれ、心がとうとう耐えきれなくなり、私は布団の中で泣きながら眠り、そして夢を見たのだ。  夢の中、自室の水槽を眺めている私の隣に、加奈江はいつのまにか座っていた。  それはほんの刹せつ那な、視界の隅に見えたことだった。  まっすぐ水槽を見つめる加奈江の目には、大粒の涙がほろほろと滲にじんで揺れていた。  それを私に気取られないよう、こちらへ振り向く直前に加奈江はぎゅっと目を閉じて涙を押しこみ、それから黒い真珠の瞳ひとみをきらきら輝かせながら、私にこう言ったのだ。  かわいい熱帯魚だね、と──。  なんということだろう。ようやく道理が全て分かった。同時に心がますます痛くなる。  十一月の始め頃、ショッピングモールからの帰り道にはたと思い浮かんだ、あの憶説。本当は薄々そうではないかと思っていたのに、確信を抱くより先に私は己の正気を疑い、全てを妄想の産物と片づけてしまった。だからこんなに遠回りをしてしまったのである。なんのことはない。結局のところ、あの憶説こそが正解だったのだ。  加奈江は私自身の生き霊。いや、厳密には私自身の〝もうひとつの自我〟である。  おそらく私の無意識が自己防衛のようにして生みだしたのが、加奈江なのだろう。  確かに歪いびつな楽園だった。生身の私をそんなところへ誘いこんで飼い続けようとすれば、最後はどんなことになってしまったのか、それを考えると空恐ろしいものがある。  だがそれを望んだのは加奈江ではない。他ならぬ私自身なのである。  加奈江はあくまでも素直に、私の願望を叶え続けていたに過ぎない。  その本質を見誤ってしまったから、のちへと続く災禍も余計に拡大してしまったのだ。  中学二年の八月、住宅地の路上に突然現れた加奈江は、あるいは加奈江自身の意思で私の頭から飛びだしたのかもしれない。夢と現実の齟そ齬ごに気がつき、苛酷な現実に再び目を向け直そうとし始めた私をもしかしたら、心配して。  それを私が過度に恐れ慄おののいてしまったからこそ、加奈江は怪物に変じてしまったのだ。  加奈江が勝手に怪物になったのではない。私が加奈江を怪物にしてしまったのである。その後も私が怯おびえれば怯えるほど、加奈江は私の恐れを糧にして凶悪さを増していった。当然である。何しろ加奈江は私自身であり、私の思いを投影する鏡なのだから。  それでも私の心の中に再び戻ってきたのは、果たして加奈江の意思によるものなのか、それとも私自身が心のどこかで加奈江を求めていたからなのか。その真相は分からない。分からないけれども、混沌とした意識の中、揺るぎないものがひとつ定まる。  加奈江はその場を微動だにせず、あえかな声ですすり泣きを続けている。  多分、中学時代の私だったら、このまま加奈江に「ごめん」と謝って、加奈江が描く夢の続きに身を委ねてしまうのだろう。たとえその先に永久の無が待っているとしても。  だが、そんな青臭いことをするには、私は少しばかり歳をとり過ぎた。無駄に歳だけ重ねてきたのかもしれないけれど、それでも今は返るべき現実というものがある。だから夢の続きには付き合えない。その代わり、私ができうる最善を尽くしたいと思う。  すまないことだが、加奈江。よく聞いてほしい──。  悪いようにだけは絶対しないから、どうか甘んじて受け容れてほしい──。  その場にしゃがんで加奈江の両手を握ると、加奈江はびくりと大きく身体を波打たせ、真っ赤に瞳を泣き腫はらした面をあげた。頭を左右にぶんぶん振っていやいやをしながら、加奈江は何か必死になって訴えかけてきたが、あいにく声は言葉の像を結ばない。  大丈夫だと言い聞かせながら、私の手を振りほどこうとする加奈江を制する。  スワローキリー、欲しかったんだよな──?  語りかけると、加奈江は震えながらも、うんうんと力強くうなずいた。  でもスワローキリーは手に入らない。この状況を根本から変えない限り──。  とたんに加奈江の唇が真一文字にぎゅっと結ばれ、両目が猫のようにぶわりと大きく見開かれる。  昔からスワローキリーは、その繁殖方法と累代飼育が非常に難しい魚といわれている。それらにおける最たる理由が、この魚が有する特異な産卵の習性にあった。  スワローキリーは一年という短い寿命の中、乾期が近づく頃になると土中に卵を産み、その短い命に末まつ期ごを迎える。やがて乾期が訪れると、彼らの生息していた河川や湖沼はことごとく干あがるが、土中に産み落とされた卵は乾燥に強く、次の雨季が訪れるまでおよそ数ヶ月もの間、水の中で孵ふ化かする機会をじっと耐えて待ち続けるのである。  スワローキリーの繁殖に挑戦する場合、これを人工的におこなうことになるのだから、個人的な繁殖の成功は元より、大規模な養殖がいかに困難なものであるか、想像するに難くない。だからスワローキリーは、幻の魚と言われていたのである。  私の意図を理解したのか、加奈江は再びぼろぼろと大粒の涙を流し、がたがた震えて「やめて!」というようなことを叫んだ。それを私は再び制する。  だが、こうするしかないのだ。これが最良であり唯一の道だと、私は確信している。  密ひそかに成長を続けていたあの絵の本当の意味が、ようやく分かったような気がした。  山の湧き水が、やがて海の水へとなるように──。  昔、橋の上で言っていたよな。本当はずっと、大人になりたかったんじゃないのか?  私の問いに加奈江は無言でゆっくり、けれども大きく深く、うなずいた。  でもそのためには、この楽園から卒業しなくては……。かつての私と同じように。  生まれ直そう。時間だけはある。ゆっくり休みながら生まれ変わる準備をするといい。スワローキリーの卵のように、来たるべき恵みの雨季が訪れるまで──。  そして無事に生まれ変われたら今度こそ、本当の意味で幸せになってほしい──。  音がくぐもり距離も摑つかめぬ、全てが曖あい昧まいな夢の中、加奈江の嗚お咽えつが一際鋭く木霊こだまする。か細い両手をぎゅっと握ると、加奈江も私の両手を力いっぱい握り返してきた。  大丈夫。また会える。会えるから。今度はきっと、もっといい形で──。  加奈江に向かって念をこめると同時に、視界がふいに暗くなり、それから何もかもが静かになって、やがて夢の世界の楽園は完全なる無へと帰した。  歪な楽園はもうない。代わりにあるのは、新たな兆しを孕はらんだ漆黒の静寂だけである。  頃合いを見計い〝そろそろ起きろ〟と、自分自身に念をこめる。  再び目を開くと、閉めきられた車窓のカーテンの隙間から朝陽が射しこんできていた。バスは再び高速道路を走行中で、車内の乗客たちもすでに多くが目を覚ましている。  時計は七時三十分過ぎを指していた。あと数時間で、仙台に到着するはずである。  気づけば、口の中がからからに渇ききって気持ちが悪い。  のどを潤そうと思って身を乗りだしかけたところ、左手に昨晩買ったペットボトルのジュースが握られたままになっていたことに気がつく。  キャップを捻ひねり、一気に全部飲み干す。渇きが癒いえて、しだいに目も冴さえてきた。  深々とため息をつきながら、人心地つく。  カーテンを開けて朝の光を真っ向から浴びると、果たして昨日の午後から今の今まで起こったことのどれが事実で、どれが気の迷いで、どれが妄想で、どれが夢だったのか、認識がごちゃごちゃしてきて、よく分からなくなってくる。  ただ、それを体験したこと自体は事実だし、自分の記憶に残っているのも事実である。そのうえ、着ていたシャツの胸元を見やると、直径四センチほどの切れ目ができていて、細い穴が確かにひとつ開いていた。  シャツの上から胸を触ってみたが、幸いにも痛みはなく、指にも血はつかなかった。けれども、ほっと安あん堵どの息を漏らして座席に背中を預けた瞬間、背中全体に鈍い痛みがじわじわと走り、苦しくなって思わず顔をしかめてしまった。  胸を刺されたのに背中が痛いとは、一体どんな理屈なのだか。  わけが分からず、なんだか狐につままれたような気持ちになった。  加奈江。そう、加奈江である。  こんなことをしでかしてくれたのは、加奈江なのだ。  苦節二十年あまり、ようやく無事に事が収まったのは喜ばしいことだった。  けれども半面、少しだけ不安も感じてしまった。私の鈍くて胡う乱ろんな頭が思いつく限り、他に選択肢がなかったとはいえ、本当にあれでよかったのだろうかと、今さらだったが自問自答してしまう。それでもあとはもう、祈るよりほかなかった。  加えて、そこはかとない寂しさも感じた。  ようやく加奈江に抱いていた誤解が解け、どうにか和解することもできたというのに、それが一区切りの別れとなってしまうとは。なんとも皮肉な話である。  つくづく私は勘が悪くて、間の悪い男だと思った。さらには都合のいい男だとも思う。これまで散々忌避してきたくせに、今は、加奈江のことを恋しく思ってしまうのだから。  漠然と思いを巡らせていた、その時だった。  まるで何かに突き動かされるように、無性にペンを握りたくて堪たまらなくなった。  足元に置いていたショルダーバッグを大急ぎで開け、中からペンとメモ帳を取りだし、開いたメモ帳の紙面にペンをあてがう。とたんに心の奥底から言葉が次々と湧きあがり、溢あふれこぼれる言葉を必死になってひとつ残らず掬すくいあげて書きあげていった。  お父さん。お母さん。友達。友達。魚。魚。魚。魚──。  そうか。そういえば両親も家族もいなかったな。さっそく何か思いついたのだろうか。でも大丈夫。それは望めばすぐに手に入ると思う。安心していい。  友達もできる。熱帯魚の大好きな楽しい親友たちと、またたくさん巡り合えるだろう。  魚も好きなだけ飼える日がくる。  あんなに欲しがっていたスワローキリーだって、いずれきっとかならず。  だが、これだけではまだ完全ではない。私からはこんなことを提案させてもらおう。  学校。成長。努力。涙。結婚。就職。いずれ弛たゆまぬ、強い信念と思いやり──。  喜怒哀楽と艱かん難なん辛しん苦く、全てが巡り巡るからこそ、人は初めて生きる幸せを実感できる。そんな当たり前のことを私の意識のどこかで、これから少しずつ経験していってほしい。加奈江と同じように私ももっと、生きることを頑張るから。  加奈江がこれから何をしていきたいか。それが決まって努力の末に結実したら、いつかかならずまた会おう。今度はもっと、みんなに愛される形で──。  己の心に向かって語りかけたのち、私は静かにメモ帳を閉じた。  それからバスはようやく仙台に到着し、私はその後、東北本線に乗って最寄り駅まで列車に揺られ、駅前の駐車場に停めた車を走らせ、最後の力を使って自宅を目指した。  道中、背中の鈍痛は消えることなく、まるで背骨を握り締められるかのような感覚にひどく難渋させられた。気分はまずまず快調だったが、未いまだ引きずり気味の右足に加え、この背中の痛みには大いに辟へき易えきさせられた。  一体、なんの痛みなのか。  とうとう何も分からぬまま、私はそれでも自宅へ帰り着いた。 「ただいま」と言って玄関を開けると、真弓が上り框かまちのところで待っていた。 「おかえりなさい」と返され、まっすぐ笑顔を差し向けられる。  それは本当の意味で、言葉どおりの「おかえりなさい」だった。  寡黙な妻の言葉は、多弁な人の言の葉よりも、その一言一句に色鮮やかな真実を含む。飾り気はないけれど、情のこもった真弓の声と言葉が私はとても好きだった。  私が右足を引きずり、背中に片腕をあてがいながら顔をしかめているのに気がつくと、真弓はとたんに顔色を曇らせ、「大丈夫?」と尋ねてきた。 「なんてことはない」と笑ってみせ、そんな顔が見たいのではないのだと思った。  黒猫のぬいぐるみが入った袋を差しだすと、真弓はきょとんとした顔で袋を受け取り、中身を取りだした瞬間、ぱっと顔を輝かせて「ありがとう!」と微笑んだ。  その顔が見たかったのだ。  だからこそ、どうにかこうして、帰ってくることができた。 「クリスマス、おめでとう」と笑いかけると、真弓も「おめでとう」と言って微笑んだ。  思えば今年は春先から年の暮れ近くまで、例年以上に逼ひつ迫ぱくした案件ばかりに見舞われ、本当に骨身に応こたえる一年だった。  そのくせまったく儲もうかっていない。間尺に合わない話である。  だが、それも全てが終わって笑えるならば、まだまだ御の字というものである。  夏の凶事を乗り越え、冬の凶事もなんとか乗り越え、これで私の災禍は完全に潰ついえた。今年一年で今後の安寧を手に入れたのだと思えば、儲けものだと思い直す。  真弓もこれで、不安を感じることがなくなる。これ以上は望むべくもない。  水谷さんにも報告にいかなければならないな、と思った。  自分の身に降りかかる困難を本気で解決したいんだったら、むしろ今の自分にとっていちばんつらい道を選び直せ──。  お前は初めから、何にもとり憑つかれてなんぞいやしない──。  まさに正せい鵠こくを射ている。何もかもお見通しだったというわけだ。さすが我が師である。愚かな弟子にも、最大限の助言を差し向けてくれた。深謝するより他はない。  同時にシャガールのことも思いだす。 「早く真実に気づいて目を覚ませ」  いかようにも解釈できる言葉だが、結果としては最善の解釈ができたと思う。  おかげで加奈江を潰つぶさずに済んだし、私も加奈江に潰されずに済んだ。  無事に我が家へ帰ってくると、ようやく平穏な日常が戻ってきたという実感が湧いた。自分の帰りを待ちわびてくれる人がいるということが、どれほど幸せなことであるのか。それを私はこの日、疲れた心と身体でありありと受け止めた。  その後は真弓とふたりでささやかなクリスマスを祝い合い、つましい暮らしながらも心安らかな毎日を過ごすことができた。  背中の痛みは数日で治まり、酷使し過ぎた右足もまもなく癒えた。  肌身を突き刺すように寒い毎日が続いていたが、心が凍えて後退することはなかった。あんなに嫌いだったはずの冬も、今後は少しだけ好きになれそうな気にもなった。  静かで平和な十二月の終わりを、私は真弓とふたりで穏やかに過ごした。

終わりへ向かいて 壱


 ……それで?  いや、待て。おかしい。  だって、おかしいだろう。こんな流れは、絶対におかしい。  なんだ。  なんだ。なんだ。なんだ。なんだ。なんだ。  ここまで思いだしても、過去の記憶が今へとまったく追いついてこない。  ならば今は一体、いつなのか?  何が原因で、この今がある?  こんな異様窮まりない状況に、どうして私は陥っている?  関西から自宅に帰ってきたことは、はっきりと覚えている。真弓の笑顔も覚えている。  ならば少なくとも今は、あれから先の未来ということだろう。  だがそれが果たしていつなのかは、未だにまったく思いだすことができなかった。  そもそも関西から無事に帰還した時点で、全ては終わったはずである。  あれからどうなるはずもないのだ。  だってあれ以上──どうにもなりようがないではないか。  シャガールの暗あん喩ゆが分かった。「脳の花」が、なぜ不快に感じられたのかも分かった。  加奈江が自分にとって、どんな存在だったのかもよく分かった。  加奈江のために、自分ができうる限りの最善も尽くしたつもりである。  それなのになぜ、こんなことになっている? 私の身に一体、何が起きたというのだ。  それに。  それに私の目の前では、加奈江が死んでしまっている。  加奈江の身にも、何が起きたというのか。  あれからふたりの身に、何が起きたというのだろう。  いつのまにか、頭の痺しびれはだいぶ薄まってきていた。意識もかなりはっきりしている。  もはや意地でも最後まで思いださねばならないと、強く思えるようにもなってきた。  頭をぶんぶん振り乱しながら、今へと繫つながる記憶をしゃにむに探りだしていく。  思いだせ、思いだせ、思いだせ。  あと少し。あと少し。  おそらく、あともう少しのはずなのだ──。  来た。そこへ再び記憶が、意識の奥より海かい嘯しようのごとく猛然と押し寄せてくる。  ところが頭の中に始まったのは、私自身がまったく予期せぬ極めて異質なものだった。

異話


序  じめじめと鬱うつ陶とうしい梅雨が明けかけた、七月の終わり頃だった。  よく晴れた日曜の朝、初老の柴しば田た幹みき夫おは、自宅の裏手に面した林道に赴いた。  広々とした森林の向こうに大きな山がそびえるこの林道は、その昔、伐採した材木を山から運びだす際に使われていた道だった。路面は未舗装で湿った土が剝むきだしとなり、道幅も三メートル足らずの細長い小こ径みちである。  長年連れ添ってきた妻を亡くして、十年あまり。  天気のよい休日、たまに気が向くと幹夫は、この林道をひとりで散歩した。  目的は特にない。歩くことへの動機らしい動機も、特にこれといってない。  妻を亡くした寂しさを紛らわすためかと問われても、それはなんとなく違う気がする。  強いて言うならば安らぎではないかと、幹夫は考える。  頭上から降りそそぐ木漏れ日が存外心地よいのと、辺りを包む静寂が気分を和ませる。  林道はすでに誰にも使われることのない、古くて辺へん鄙ぴな道である。  ゆえに路上を行き交う人の姿もない。周囲の視線になんらの気兼ねをすることもなく、いつでも好きなように歩けることこそ、己がこの道を歩く動機ではないかと思った。  周囲でさらさらと鳴る木の葉の音を聴きながら、いつものようにまっすぐな一本道をひたひたと踏み歩く。繁茂した木立ちの合間からは時折、土の香りの混じったそよ風がさらりと吹き出いで、ほのかに鼻び腔こうをくすぐった。  周囲の樹々や草々は濃い緑に色づき、目にほどよく染みて、気分が和む。  肌身に心地よい夏の微風を満喫しながら、しばらく道を歩いていた時だった。  ふと前方の樹々の間から、白々とした煙がたなびいているのが目に入った。  煙は森の中から目の前の林道に向かって、糸のようにか細くなって揺れ伸びている。  すわ火事かと思い、急ぎ足で駆けだし、樹々の合間を覗のぞきこんだ。  見ればやはり煙である。もやもやと霞かすんだ煙が一筋、森の奥から漂いだしてきている。  森の中に人家などない。誰かが焚たき火でもしているのかとも考えたが、こんな場所で火を熾おこしたらどうなるか、少しでも想像できる者ならそんな馬鹿はすまいとも思った。  胸騒ぎを覚え、灌かん木ぼくを搔かき分けながら森の中へと踏みこんでいく。  煙は鬱うつ蒼そうと生い茂る樹々の合間を縫うようにして、森のはるか向こうから流れてくる。  森の中は意想外に緑が深く、歩くのに大層難儀をさせられた。  頭上から毛細血管のように垂れ下がる無数の蔦つた。腰まで埋もれるほど高々と繁茂した笹やシダの織りなす葉の壁。目の前に伸びる樹々の小枝。  そんなものを搔き分けながら、煙をたどって一歩一歩、慎重に進んでいく。  十分ほど、煙をたどって進み続けた頃だった。目の前の視界が急に開けた。  見れば、密生した樹々が盛んに生い茂る薄暗い森の真っ只ただ中なかに、まるで天から巨大な杭くいを打たれたかのようにぽっかりと、円形の空き地が広がっている。  気がつくと、煙はいつのまにか見えなくなっていた。しかし、代わりにとてつもなく異様な物体が、幹夫の視界に飛びこんでくる。  空き地の中央には、古びた仏壇群が折り重なるようにして、積み固まっていた。  黒こく檀たんや紫檀、桐に鉄刀木など、高価な木材を使って造られた大小様々なサイズの仏壇。まっすぐに屹きつ立りつした状態のものもあれば、表側を天に向け、ばったりと倒れているもの、中には地中に半分埋もれて、斜めに傾いでいるものもあった。  数は全部で十基ほど。材質や造りは立派なものだったが、いずれも表面が傷んで腐り、苔こけや泥にまみれていた。それらが一ヶ所に寄せられて固まり、小山のようになっている。  初めは不法投棄だろうと考えた。だが、冷蔵庫並みに巨大な仏壇を見つめていくうち、果たしてそうかと思い直す。  まずもって場所がおかしいのである。獣道すら存在しないこんな森の奥深いところへわざわざ仏壇などを、しかもこれほど大量に運びこむ利点などあるのかと思った。  確かに鬱蒼たる森の中へ捨て置けば、滅多なことでは見つかったりはしないだろう。  けれどもそれに要する労力などを鑑かんがみると、あまり賢い選択であるとは思えなかった。不法投棄をおこなうだけなら、他にもっと楽な方法はいくらでもあるはずである。  さらにおかしいのは、少なからぬ労力を費やして森の奥まで仏壇を運びこんだくせに、投棄したのはこんな空き地の真っ只中なのである。  せっかく捨てにきたのだ。誰にも見つかってほしくないなら、むしろ樹々が生い茂る森の中へひっそり投棄すべきではないのか? 素人考えでもそのように思える。  だとすればこれは、投棄されたというよりもむしろ──。  なんらかの意図をもって、この場に置かれている。  そのように考えたほうが、この異様な光景をすんなりと吞のみこむことができた。  空き地に転がる仏壇群は、人目などまったく気にしていないように感じられる。  しかし一体、なんのために……。  朽ちかけた仏壇群の前に片かた膝ひざをつき、ひとつひとつをまじまじと観察してみる。  いずれの仏壇にも、位い牌はいや本尊などは入っていない。中は全てもぬけの殻である。  だから果たしてこれらがかつて、誰の家で祀まつられていたものなのかは分からない。  分からないけれども仏壇たちを眺めていると、なんだかひどく憐あわれに感じられた。  頭上では羽化したばかりの蟬たちが盛んにすだく声が、賑にぎ々にぎしく木霊こだましてくる。  そんな中、幹夫はしばらく無言で得体の知れない仏壇群を眺め続けた。  ふと気づくと頭上ですだく蟬の声が、アブラゼミからヒグラシのそれに変わっていた。周囲を見回せばすでに陽は暮れかかり、樹々の合間から濃い闇が迫りだしている。  一体何時間、ここにいたのだろう。  時間の感覚がまるでなかった。  眼前には暮れ残る空の色を浴びた仏壇たちが、薄い影を落としながら佇たたずんでいる。  状況が吞みこめていくにつれ、だんだん薄気味悪くなってきた。  はじかれたようにその場を立ちあがり、踵きびすを返して空き地を出る。急ぎ足で森の中を突っ切っていくさなか、身体はがたがたと震え始めていた。  我が身に何が起きたのかなど、分からない。  けれどもこの忌いま々いましい状況を知るだけで、もう十分だった。  朽ちかけた仏壇たちの姿が脳裏に思い返されると、歩調はますます速くなる。  一体いつからあそこにあったものなのか。  あんなもの、見つけるんじゃなかった……。  今日まで何も知らずに森の中を歩いていたかと考えると、それだけでぞっとした。  脇目も振らず、前方に繁る草木を力任せに搔き分けながら、猛然と家路をたどる。  二度とここには近づくまい。  心に固く誓い、わななく足で幹夫は森を抜けだした。  ところがその晩、床に就いたあとのこと。  日中、森の中で己おのが身に起きた時間感覚の消失と、あの気味の悪い仏壇たちのことを頭の中で何度も反はん芻すうしていくうち、幹夫の心境にいつしか変化が生じ始めた。  またあの仏壇を見にいってみたい。  初めは単なる思いつきから飛びだした、およそ現実味を伴わない願望に過ぎなかった。ところが時間が経つにしたがい、願望は徐々に現実味を帯び、切実さを膨らませてゆき、そして時刻が深夜を回る頃には、抑えがたい渇望にまで変わってしまった。  感情と衝動が、まったく真逆のところでせめぎ合っていた。  本当は行きたくなどない。ましてやこんな真夜中に。正気の沙さ汰たとは思えなかった。  けれども身体はそわそわとして、否いや応おうなしに落ち着かない。  まぶたの裏には、青白い月明かりを浴びた仏壇たちが暗い森の空き地の上に鎮座して、自分を待ち侘わびるかのように佇んでいるのが、くっきりと像を結んで浮かんでいた。  その光景は、たとえ虚像とはいえ恐ろしかった。「行きたい」という衝動とは裏腹に、総身はわなわなと電流を流したように震え続けた。  あんなところになど行きたくない。絶対に行きたくない。行ったりなどするものか。  布団の中で輾てん転てんと寝返りを打ちながら、幹夫は胸苦しくなるような衝動と葛かつ藤とうし続け、そのうち深い眠りに落ちた。  それからどれほど時間が経った頃だろう。眠りの中で、幹夫は妙な夢を見た。  ざわざわと周囲に木の葉が騒ぐ、深くて暗い森の中。  まるで樹々が忌避して逃げだしたかのように、そこだけ円形に開かれた小さな空き地。その真っ只中に黒々とした身を横たえる、たくさんの朽ちかけた仏壇たち。  仏壇の前に、幹夫は寝間着姿のまま座っている。  いつからここにいるのかは分からない。  だが、所しよ詮せんは夢の中の話である。時間の概念など、気にする必要はない。  それよりも着目すべきは、目の前に転がる仏壇たちだった。  仏壇の中身は、がらんどうである。けれどもそのうち、中から何かが這はいだしてくる。  それは生白くか細い、女の腕と脚だった。  仏壇の一基一基から一本ずつ、女の腕と脚がゆっくり、ゆっくりと這いだしてくる。  青白い月明かりを受けて朧おぼろげに輝くその肌身には、産毛の一筋さえも見当たらない。肌質は吸いつきたくなるほど、ひたすらすべすべしていて艶なまめかしい。  腕も脚も、指先がそろそろと空をくすぐるように蠢うごめき、時折ぴくりぴくりと痙けい攣れんした。その蠱こ惑わく的な動きをじっと眺めていると、胸の鼓動が張り裂けんばかりに高鳴りだす。  腕も脚も、ゆっくり、ゆっくりと這いだしてくる。しだいに肘ひじと膝ひざまで露あらわとなって、柔々とした乳房の片端や太ふと腿ももの付け根辺りも、ちらりちらりと見え始めてくる。  仏壇たちの前に半身を突きだし、早く出てこいと幹夫は息を荒げる。  うねうねと柔肌をくねらす女の腕と脚の艶めかしい動きに、いつしか顔中がほころび、気を失いそうなまでに胸の鼓動が高まっていく。  早く出てこい。早く見せろ。早く出てこい。早く触らせろ。  それは幹夫が久しく忘れていた、情欲と肉欲の紛れもない再燃だった。  翌朝目覚めると、森の中に寝転がっていた。  大の字に倒れた身の傍らでは、あの仏壇たちが朝日を浴びて薄々と輝いている。  とたんにぎょっとなって身を起こし、それからありったけの悲鳴を絞りあげた。  てっきり夢だと思っていたのに、そうではなかった。肌身がぞっと薄寒くなる。  着ていた寝間着を検あらためてみると、木の葉のかけらや乾いた土などでおびただしく汚れ、むせ返るような森の香気が鼻び腔こうを鋭く突き刺した。  足は裸足はだしのまま、同じく葉っぱと土まみれになって真っ黒に染まっている。  恐ろしさと絶望感に苛さいなまれ、そのままはじかれたように空き地を駆けだす。  ところが空き地の端まで来たところで、幹夫の足はゆるゆると止まった。  肩で荒く呼吸をはずませながらゆっくり背後を振り返り、仏壇たちに視線を投げる。  帰りたくない。  仏壇たちを見た瞬間、再び得体の知れない衝動が幹夫の心中にこみあげ始めた。  帰りたくない。もう少しだけ。もう少しだけ、ここにいたい。  泉のように噴きだし、昂たかぶってゆく意想外な衝動に、思わず総身がぶるりと震える。  ぶんぶんと首を振り、己の額をひっぱたきながら、幹夫は足早に空き地を抜けだした。森の草葉を懸命に搔かき分け、真っ青になりながら大急ぎで家路をたどる。  ただ、そうする中うちにも頭の片隅には、あの仏壇たちのところへ戻りたいという欲求が蛇のようにどろどろと渦巻いていた。  帰宅後、玄関脇に設しつらえられた水道で足を洗い、寝間着を脱ぎ捨て普段着に着替えると、仏壇に対する執着はしだいに弱く薄まっていった。  執着が立ち消えるのと入れ替わりに、今度は猛然たる後悔と恐怖の念に駆られ始める。  仏壇の素性については何も分からない。  ただ、あれがどうしようもなく忌まわしいものだということだけは分かった。  もう二度と行くまい。散歩にすら行かぬ。  再び心に固く誓い、幹夫はそのまま頽くずおれるように寝床へ入った。  それからひと月あまりが過ぎた頃。  幹夫は相変わらず、仏壇を眺めに森の中へと分け入っている。  再度の決心を決めてから三日目の朝。幹夫は再び、あの仏壇の前で目を覚ました。  気が狂いそうなほど動転した。  けれども覚かく醒せい前の夢の中──今度は、仏壇の中からあの生白い腕と脚が全部抜けだし、その白い裸身をあますところなく仰望することができた。  みんな若くて綺き麗れいな娘たちばかりだった。  裸の娘たちは笑顔を浮かべながら幹夫の身体にすがりつき、飴あめ細工のような細い指で総身を優しくまさぐった。それに応こたえて、幹夫も娘たちの裸身を無我夢中でまさぐった。  それからさらに二日後の朝、またしても仏壇の前で目が覚めた。  だがもう、目覚めたあとの胸中には、恐ろしさも絶望感も芽生えることはなかった。  そんなことよりも、寝たままここへ来てしまったら寝間着が毎回汚れてしまう──。  呆ぼう然ぜんと思いながら恍こう惚こつとした笑みを浮かべ、家路に就いた。  そこから先は登山用の衣服と靴を買い求め、昼とも夜ともなく、思いが猛り始めれば自分の足で森へ入った。己が意思で仏壇の前に参じるようになって以降は、眠りながら森の中へ迷いこむこともなくなった。  昼でも夜でも自分の意志で森の空き地へ参ずると、幹夫は仏壇たちの真ん前に横おう臥がし、持参した酒を呷あおりながら眠りに落ちた。  眠れば仏壇の中から娘たちがしおらしい笑みをたたえて現れ、幹夫に絡みついてくる。幹夫はひたすらそれに応え続ける。  こんな淫いん靡びで不穏な営みが、いつしか柴田幹夫の密ひそかな生きがいになっていった。 破  平野に広がる田んぼが黄金色に輝き、澄んだ秋風の中を無数の赤トンボが舞い始めた、十月半ばのよく晴れた日曜日の午後。  その日、柴田靖やす彦ひこと妻の千ち春はるは、暗然たる心地に陥っていた。  およそ半年ぶりに訪ねた県北の古びた実家にて、あまりにも変わり果てた幹夫の姿を目の当たりにしたからである。  元はそれなりに恰かつ幅ぷくのよかった幹夫の身体は、まるで視えない何かに肉だけごっそり吸われでもしたかのように瘦やせ萎しぼみ、今やほとんど骨と皮ばかりになっていた。  加えて幹夫は、心もひどく病んでいた。  靖彦と千春が実家に到着した時、幹夫はぶかぶかにゆるんだ登山用の衣服に身を固め、ちょうど玄関からふらふらとした足取りで出てきたところだった。  靖彦が声をかけると、頰骨のすっかり浮き出た骸がい骨こつのような面相に愛想笑いを浮かべ、それなりの返事は返してきたものの、口から出てくる言葉はことごとく上滑りしていて、心はどこか、別の世界にあるような印象を感じさせた。 「とにかく中に入って、話を聞かせろ」  幹夫を促し、実家の居間であれやこれやと尋ねてみたが、事情が少しも見えてこない。 「家の裏の森の中で、毎日楽しいことをやってんだ」  惚ほうけた細い顔に弱々しい笑みをこしらえ、眦まなじりをさげながら幹夫がぽつぽつと語るのは、森の中で見つけたという、得体の知れない仏壇にまつわる説明と感想ばかりだった。 「初めは恐ろしいと思ったが、それは自分の勘違いで、蓋ふたを開けたら桃源郷だった」 「何度もお迎えに来てもらって申しわけないから、今は自分で進んで行っている」 「あれはまさしく、天からの授かりもんだ。あれがあるから生きる意欲も湧いてくる」  まるで「自分は決して疚やましいことをしているのではないのだ」とでも言わんばかりに、幹夫はか細い声で熱っぽく、仏壇を礼賛する言葉を滔とう々とうと並べ連ねた。  だが、そんな話を聞けば聞くほど、靖彦と千春の心は大きくぐらつき、後退した。  それに加え、家の中に漂う空気も心なしか重苦しく、陰いん鬱うつに感じられて居心地が悪い。  幹夫の異様な立ち振る舞いと言動に心が竦すくんでいたため、初めは気のせいかと思った。だが時折、視えない何かが目の前をすっと横切っていくような気配や、首筋や二の腕をそっと嚙かみついてくるような空気の感触は、気のせいでは済まされないほどに生々しい。  電気をつけているというのに居間は薄暗く、まるで希釈した墨が空気に混ざりこんで、辺り一面に霧のごとく漂っているかのように感じられた。  以前は陽当たりのよい居間だったはずなのに、その面影はもはや微み塵じんも感じられない。わずか半年の間に、何がこれほどまでに父と家とを荒廃させてしまったのか。  考えようと努めても、暗あん澹たんたる雰囲気に心は乱れて、まともな思考は定まらなかった。  けれどもふたりのそんな気持ちはお構いなしに、幹夫はなおもぺらぺらと喋しやべり続ける。 「娘っこたちがまた、いいんだこれが。どれもこれも抜群の器量よしで、優しくてなあ。ねぶるのが上手うまいのもいるし、挟んでしごくのが上手いのもいるし、ちぎれるぐらいにとびっきり締まりがいいのもいるし、まさに回春だ、回春!」  幹夫の露骨な言葉に千春は目を伏せ、靖彦の鼻からは細い息が長々と漏れた。 「娘っこは、よりどりみどりだけど、順番なんかつけられねえから、みーんなまとめて一遍に相手をしてやるようにしてる。おかげで毎日毎晩、大変だけど、こればっかりはやめられねえ。だってよお、せっかくの好意を無下にするのは失礼ってもんだろう?」  細った満面に下卑た笑みをこしらえ、ふたりに「なあ?」と同調を求める幹夫の姿に、目の前がさらに真っ暗となる。  そうして幹夫の語る物狂おしい話に耳をかたむけ、小一時間あまりが過ぎた頃だった。 「そんなわけで、今日も俺は行ってくるから」  そう言って、幹夫がおもむろに腰をあげた。  あわててふたりが制すると、幹夫の態度はたちまち一変し、怒声を発して暴れ始めた。ほとんど骨と皮ばかりの身だというのに幹夫の力は凄すさまじく、羽交い締めにした靖彦の腕を軽々と振りほどき、千春は胸を押されて居間の壁まで吹き飛ばされた。 「何しやがるんだ、この野郎!」  盛りのついた雄犬のような形相で歯を剝むきだし、幹夫が大声を張りあげる。 「俺は包み隠さず、何もかも全部話してやった! それなのになーんだ、その態度は! お前らがやることに俺がいちいち難癖つけて邪魔したことがあるか? ねえだろうが! だったら俺のやることにもいちいち口をだすんじゃねえ! 何サマになったつもりだ! もういい! これ以上話すことは何もねえ! 俺は俺の好きなようにやる!」  骨張った薄い肩を大仰に怒らせ、幹夫はずかずかとした足どりで玄関を出ていく。  このままでは埒らちが明かぬと判断した靖彦は、千春に救急車を手配するよう指示をだし、幹夫の背中を追いかけた。  家の門口あたりでようやく幹夫に追いつき、瘦せ細った身体を再び羽交い絞めにする。幹夫も負けじと声を張りあげ、凄まじい力で抵抗を続ける。 「離せ、この親不孝者がッ!」  頰に拳げん骨こつをまともに喰くらい、靖彦の身体がもんどり打って地面に叩たたきつけられる。 「かわいい娘どもが待ってんだよお、俺のことをッ! どうしてそれが分からねえ!」  そんな娘たちなど、いるはずなかろうに。ましてや森の中の、それも仏壇の中などに、そんな娘たちが住んでいるはずなどなかろうに。  仮にいるとするなら、そんなものは化け物だ。人の心を狂わす魔物か何かの類たぐいだろう。親父の頭は正気じゃない。なんとしてでも止めねばならない。  投げ倒されては起きあがり、張り倒されては起きあがり、足あし蹴げにされても起きあがり、何度も何度も幹夫の身体に組み付いては、死に物狂いで幹夫を制した。  やがて十五分あまりが過ぎた頃、ようやく遠くで救急車のサイレンが聞こえ始めた。  まもなく到着した救急車に幹夫は半ば強引に乗せらせ、その日のうちに精神病院への入院が決まる。医師の診断では、統合失調症とのことだった。  青天の霹へき靂れきのようなこの流れに、靖彦も千春も心がひしゃげたような気持ちになって、ほとんど無言のままに家路をたどった。  幹夫は元々あまり、人との深い関わりを好まない物静かな気質の男だった。  十年以上前に母親が亡くなり、実家で独り住まいになってからも、自分たち夫婦との距離をことさら縮めようとはしなかった。  だがひとえにそれは幹夫なりの気遣いというか、遠慮があったせいなのかもしれない。  県北の片田舎にある実家と、靖彦たちが暮らす県南の市街地は、車で片道二時間以上、往復で五時間近い距離がある。  共働きで仕事も常に忙しく、なかなか揃って休みもとれない自分たちの事情を考慮し、幹夫はあえて何も望まず、電話もろくにしてこなかったのかもしれない。  だから日頃、緊密に連絡を取り合うこともなく、靖彦が実家に顔をだすのも年に数回、それも盆や正月は関係なく、自分の時間と都合に余裕がある時ばかりだった。  だが、結果的にそんな希薄で遠い繫つながりが、こんな事態を招いてしまったのだ。  今さらながら、靖彦は悔いた。  数日後の昼過ぎ、入院した幹夫を見舞うため、靖彦と千春は県北の精神病院を訪れた。診察室で医師から説明を聞くと、容態はあまり安定していないらしい。  看護師の案内で閉鎖病棟に通され、個室に入院している幹夫の許もとへ向かった。 「お前、よくもこんなことをしてくれたな……」  安定剤を飲まされ、意識が多少朦もう朧ろうとしているのだろう。  病室のベッドに横たわる幹夫は、身体を起きあがらせもしないまま、どろりと濁った両目を野犬のようにぎらつかせ、か細い声で靖彦に凄すごんでみせた。 「親父、本当にすまなかった。もっと早くに気づいてやるべきだった」  幹夫の前で深々と頭をさげて謝罪する。  だが、幹夫の怒りの矛先はそんなところにあるのではなかった。 「あの森の中の仏壇はなあ、あの仏壇の娘っこらはなあ、全部俺のもんだからなあ! 勝手に触ったりしてみろ? お前の喉のど笛ぶえ食いちぎって、血ち反吐へど吐かしてやっからな!」  両目をかっと見開きながら、澱よどんだ声で幹夫は叫んだ。 「こんなとこに俺を閉じこめやがって! 俺は毎日あそこに行かなきゃなんねえんだ! 俺が相手をしないで、誰があいつらの相手をしてやれるってんだ? お前か? あん? そんなことをしてみやがれ! お前のタマぁ毟むしり取って、ブチ殺してくれるぞ!」  目に悔し涙まで浮かべながら、幹夫はあらん限りの声で靖彦を口汚く罵ののしり続ける。  もはやその姿にかつての父の面影は、一片たりとも残されていなかった。  半ば放心した心地で、ふらつく足を引きずるようにしながら病院を辞す。  車に乗りこみ、初めは家へ帰ろうかと考えたが、無言で田舎道を走り続けていくうち、なんだか無性に幹夫が語る〝森の中の仏壇〟が気になってきた。  思いきって千春に話を振ってみると、千春もなんだか気になっているのだと応こたえた。ふたりで相談した結果、一度、森の中を見てみようという話になる。  実家の外周をぐるりと回って、裏手に延びる細い林道に車を走らせる。森といってもそれなりの広さがあったし、大体において、幹夫が語る〝仏壇〟が実在するのかどうか、それすらも怪しい。  気になりはしたものの、見つかるわけはなかろうという気持ちも多分にあった。  ところが林道を少し進んでいくと、道端に小さな酒瓶がごろごろと転がっているのが目に入った。見ると、幹夫が昔から愛飲しているウィスキーや日本酒の小瓶である。  小瓶が散らかる道端に車を停め、道端の先に広がる森のほうへ目を向けてみる。  樹々の間に生い茂る背の高い雑草が踏みならされ、奥へと続く道ができあがっていた。  千春に目配せをすると小さくうなずいたので、靖彦が先頭になって森の中へ踏みこむ。踏みならされた草の道をたどってしばらく先へ進んでいくと、やがて前方の視界が開け、薄暗い森の真っ只ただ中なかに、円形の空き地が広がっていた。  空き地の中央には果たして幹夫の言のとおり、古びた仏壇群の姿も確かにある。  押し固めたように積みあげられた仏壇たちは、どことなく薪まき組ぐみのような趣きもあり、これから不吉なキャンプファイアーが始まるような印象を、靖彦に感じさせた。 「確かに親父が言ってたとおり、単なる不法投棄なんかじゃなさそうだな」  仏壇たちに近寄りながら、ぼそりとつぶやく。  だが不法投棄でないのなら、一体誰がなんのために、こんな人目のつかない森の中にわざわざ大量の仏壇を寄せ集めたりするのだろう? まるで真意が摑つかめなかった。  仏壇群の前にしゃがみこみ、古びて朽ちかけた仏壇のひとつひとつを眺め回してみる。いずれの仏壇も扉が開け放たれてあったり、半開きになったりしていたが、中身は全て空っぽだった。本尊はおろか、位い牌はいのひとつも入っていない。  これも幹夫の言葉どおりである。  ただ、がらんどうになった仏壇の中をじっと見つめていると、なぜか気持ちが上向き、なんとも得体の知れない高揚感がうっすらと湧いてくる。  初めは気味が悪いとばかり思っていた仏壇群だったが、ものの五分も経たないうちに薄気味悪さは搔かき消え、むしろ尊いもののようにさえ思えてきた。 「ねえ。気持ちが悪いから、もう帰ろうよ」  背後で千春が声をかけなければ、おそらくもっと長い時間、仏壇たちに見入っていた。千春のひと声に「ああ」と生返事をしながら立ちあがると、靖彦は再び元来た道を戻り、後ろ髪を引かれる思いで薄暗い森をあとにした。  その晩、靖彦も夢を見た。  夢の中で靖彦は、森の空き地に積み重なる仏壇たちの前に座っている。  仏壇の上には、結いあげた黒髪に黄金色の冠を被かぶった女性が浮かんで靖彦を見おろし、温雅な笑みを差し向けていた。  血色のよい肌を露あらわに晒さらした上半身には、きらびやかな装飾の施された胸飾りが光り、腰には丈の長い天てん衣え、肩や腕には帯状の長い衣が巻かれて、ひらひらと宙に揺れている。  その背後ではまばゆいばかりの光が丸く輝き、周囲の闇を明々と照らしだしていた。  ひと目見るなり、靖彦は「観音さまだ」と思った。  その堂々たる威光に矢も楯たても堪たまらず、観音に向かって恭しく両手を合わせる。  すると観音は、やおら厳かな声で靖彦に言った。 「あなたはこれまで世のため、人のため、大変な努力と苦労を重ねて参られましたね」  深々と地べたにひれ伏し、「ははあ!」と靖彦は応える。 「けれどもあなたの労を、世の者はあまり分かってはくれない。わたくしはそのことが、大変不ふ憫びんに思えてならないのです」  厳かだけれど、軽やかで慈愛の滲にじむその声こわ風ぶりに、靖彦の心が震えた。 「ですが、わたくしは存じておりますよ。ご安心なさい」  観音の慈悲深いそのひと言に、靖彦の頰に涙が一筋、長々と伝う。 「衆しゆ生じようがあまりにも蒙もう昧まいで、あなたという人の真価を理解できないまでのこと」  観音は言った。  確かに今、自分が置かれている職場の環境はそうだった。  大学卒業後の入社以来、実に十年以上もの間、無遅刻、無欠勤で真面目に仕事に勤め、それなりに会社の業績を伸ばす貢献もしてきた。それは紛まごうことなき事実である。  だが、肝心要の会社のほうは、そうした労など一切知らぬ存ぜぬといった采さい配はいを下し、今年の四月から靖彦を「事業支援・強化センター」などという肩書きばかりはご立派な、実質的には〝追い出し部屋〟へと異動させていた。  なんとしてでも元の部署へ戻りたかったし、上の連中も見返してやりたかった。 「確かにそうです。自分で語るのも恐縮ですが、誠に仰おつしやるとおりでございます!」  ぼろぼろと玉のような涙をこぼしながら、靖彦は叫んだ。  靖彦の涙と叫びを慰めるかのように、観音はゆっくりとうなずいてみせた。 「おいでなさい。あなたの無明を照らしましょう。急いで此ここへとおいでなさい」 「はい! 急いで参ります!」  歓喜と安あん堵どにぶるぶると身を打ち震わせ、靖彦は心の奥底から高らかな叫びをあげた。  朽ちかけた仏壇たちの上で楚そ々そと身を浮かべる観音は、雅みやびな笑みを靖彦にみせる。  背後にはまばゆく輝く金色の光輪が煌こう々こうと冴さえわたり、さらにはるか頭上の闇空では、銀色に輝く満月が鈍い光を寒々と地上へ投げかけていた。 急  暮れも近い十二月下旬の午前中、千春の電話に靖彦の会社の上司から連絡が入った。  今日でもう四日ほど、靖彦が会社を無断欠勤しているとのことだった。  連日、本人の電話にも連絡を入れているが、一向に出る気配がないのだと上司は言う。ふた月ほど前から体調不良を理由に何度か欠勤することはあった。だが、今回のように本人からまったく連絡がないのは初めてだという。  何か重篤な病気でも患っているのではないかと尋ねられたが、心当たりはまるでない。それどころか、靖彦が会社を休んでいることさえ千春はまったく知らなかった。  現に今朝だって千春は、背広姿で自宅を出ていく靖彦を見送っている。  挙動に不審な点もなく、いつもと変わらぬ様子で靖彦は自宅を出ていったのだ。  それは十月半ばから今朝に至るまで、ずっと同じことである。 「辞めたいのだったら、いつ辞めてもらってもいいと伝えておいてください」  話の最後に、無機質な声音で上司は言った。  通話を終えたあと、すぐに靖彦の携帯電話に連絡を入れてみた。だが応答はなかった。一時間おきに連絡を入れてみたが、結局その日、靖彦が電話に出ることはなかった。  千春の胸中に、言い知れぬ不安がよぎる。  午後の八時を過ぎた頃、靖彦が帰宅した。  密かに不倫を疑い始めていた千春は、率直に事の次第を問い質ただした。 「は? 俺が不倫なんてするわけないだろう?」  ところが当の靖彦は顔をきょとんとするばかりで、まったく悪びれる様子がない。 「じゃあ、会社が言っていたみたいに病気だっていうの? そんなわけないでしょう? すでにもう噓をひとつ吐いているじゃない。そんな人の話を簡単に鵜う吞のみにできますか。疚やましいことがないんなら正直に言って。四日も会社を休んで一体、何をしているの?」  千春の抗議に靖彦は大仰なため息をつき、いかにも気だるそうに頭を振った。 「大事な話を聞きにいっているだけだ。特にここ何日間は、本っ当に大事な話なんだよ。今さらあんな会社に関わっているヒマなんかないんだ。分かってくれよ」  さっぱり意味が分からない。さらにしつこく問い詰めていく。 「大事な話って何? 何日も会社を休んで、どこで誰と何を話してるっていうの?」  そこでわずかに靖彦は笑んだ。普段見せることのない、奇妙に乾いた笑みだった。 「俺たちの将来に関わる話だよ。それもすごくいい話。まあ、任せておいてくれよ」  胸中に疼うずいていた言い知れぬ不安が、さらにじくじくと強まっていくのを感じた。 「だからそれを具体的に話して! あなたは毎日、どこで何をしているの!」  堪たまらず腹から大きな声が出る。 「森だよ。実家の裏にある森。覚えてるだろ? 古い仏壇がある、あの森に行ってる」  事もなげに白状した靖彦の声は奇妙なまでに落ち着いていて、逆に肌身が凍りついた。聞き間違いだったと思おうとしたが、首筋と二の腕に生じた鳥肌がそれを拒絶した。 「森って……なんでそんなところに行ってるの? あんなところで誰と話してるのよ」 「観音さまだよ。俺のことを物もの凄すごく心配してくださっててさあ、今後の人生プランとか、新規事業を起ちあげる計画だとか、逐一丁寧に助言をしてくださるんだよ」  そう言って靖彦は、子供のような無邪気な笑みを浮かべてみせた。 「ちょっと待って……おかしいよ? 自分で何を言ってるのか、ちゃんと分かってる? 観音さまってなんなのよ? あなたがそういう愛称で呼んでいる人?」 「観音さまは観音さまだよ。バカだなあ、お前。お仏さまに決まってるじゃないか」  からかうような靖彦の言葉に再びぞっとなり、千春の唇がわなわなと震え始める。 「ヘンな冗談言うの、やめてくれる? 真面目に答えてよ。本当はどこに行ってるの? 本当は毎日、どこで誰となんの話をしてんのよ! 正直に答えて!」 「ああもう! だから内緒にしてたんだよお! 一応、観音さまにも言われてたんだよ、お前には黙ってろって。どうせ頭が混乱するだけだろうから、話さないほうがいいって。やっぱりそうだよ! 観音さまはなんでもお見通しだったってわけだ!」  突然大声をあげて地団太を踏み始めた靖彦に、ぎょっとなって身が強こわ張ばる。  この異様な憤激の仕方は、千春の記憶にまだ生々しく残っていた。  十月半ば、靖彦の実家を訪ねた時に目の当たりにした、幹夫の憤激と瓜うり二ふたつである。  とたんに心臓がばくばくと早鐘を打ち始め、頭が混乱を来たし始める。 「分かった。分かったから、そんなに怒らないで。信じる。信じるから。余計なことを聞いちゃってごめんね? 観音さまとお話しているんだ?」 「そうだよ。分かってくれさえすればいいんだ。噓なんかついてないんだからさ、俺は。別に疚しいことがあるわけでなし」  すかさず謝罪すると、靖彦の怒りは噓のように鎮まった。ひとまずほっとなる。  幹夫への面会はあれ以来、千春は一度もいっていない。「ひとりで大丈夫だから」と靖彦が千春を慮おもんぱかり、休日になるとひとりで面会にいっていた。  それについて千春は、なんの疑いを持つこともなかった。むしろ本心では面会になど行きたくないと思っていたので、靖彦に感謝さえしていた。  だが今になって考えてみると、違うのだ。  靖彦の申し出は多分、自分を慮ってのことなどではない。  午前中、会社の上司から聞いた話を今一度思いだしてみる。靖彦はふた月ほど前から会社を欠勤するようになったと聞いている。その頃はちょうど、幹夫が病院に入院してまだいくらも経っていない頃のはずである。  おそらくではあるが、どうやら間違いなさそうだった。靖彦は職場の病欠と並行して、休日がくるたびに幹夫の見舞いと称し、あの森に足繁く通い続けていたのだ。  だが内実は分かっても、どうして、という疑問だけは残った。 「でも、隠し事をしてたのは悪かった。それは謝る。すまなかったね」  そこへ再び靖彦が口を開いたので、あわてて相あい槌づちを打ってどうにか切り抜けた。 「まあ、せっかくお前も知ってしまったことなんだし、これ以上は隠し事もしたくない。観音さまと俺が毎日、どんな話をさせていただいているか聞いてみたいか?」  千春の謝罪に機嫌を直し、再び乾いた奇妙な笑みを浮かべ始めた靖彦が、水を向ける。嫌とはとても言える雰囲気ではなかった。  その後、リビングのソファーテーブルを挟んで、靖彦から延々と話を聞かされた。  なんでも近いうちに今の会社を辞め、個人事業を起ちあげるつもりなのだという。 「いやあしかし、世の中には盲点っていうものがつくづくあるもんだなあって思ってさ。商売っていうのは誰しも売れそうな物だとか、さもなくばすでに誰かがもう売っていて、商売として安定してる物を売ろうとするだろう? ところがこういう貧相な発想こそが、盲点を生んでしまうんだよ。そうじゃなくて、誰も売らない物を売ればいいんだ」  たとえば小石がぱんぱんに詰まったコンビニ袋とか、折れた定規とかさ──。  誰も商売としてそんな商品は取り扱っていないし、取り扱おうともしないだろうから、俺が市場を独占できる──。言いながら靖彦は、げらげらと笑った。  他にも百円ショップで大量に仕入れた乾電池をひとつに繫つないで巨大な発電装置を作り、電力会社を起ちあげるという計画や、路傍に生えた雑草などを用いて作った自然食品をブランド化して売りこむプランなど、様々な話を聞かされた。  言うまでもなく、いずれも荒こう唐とう無む稽けいで頭の芯しんから狂った計画ばかりだった。  こんなことを本気で考え、本気で実行に移そうとしている靖彦の心根が恐ろしかった。そこにはもはや今朝がた、笑顔で自宅を出ていった時の靖彦の面影はどこにもなかった。これまでずっと仮面を被かぶって暮らしていたのかと思うと、千春はさらにぞっとなった。 「そんなわけだから、明日あした以降も話を聞きにいってくる。本当にあともう少しなんだよ。起業の目め処どがついたら、その時にはお前にもいろいろ手伝ってもらうことになるかもな。まあ大丈夫だって。今の会社にいるのとは比べものにならんぐらい、これからは儲もうかる。ようやく俺たち夫婦の人生にも、大きな転機と飛躍が訪れることになったってわけだ! ビバ・パーフェクト・プラン! 観音さま、万歳!」  靖彦の機嫌を損なわないよう、余計な刺激を与えることのないように、千春は決して笑顔を絶やさず、だがそれでも全身を小刻みに震わせながら靖彦の話を聞き続けた。  そうして二時間以上も語り続けたのち、ようやく靖彦の狂気じみた演説は終わった。 「今日はもう疲れたから寝る。明日も行ってくるからね!」  笑顔で寝室に消えていく靖彦の姿に安あん堵どした直後、明日からどうしようという不安が入れ替わるようにして頭中に押し寄せてくる。  他県で暮らす実家の母に相談しようかとも考えたが、すぐに一いつ蹴しゆうした。  千春の父は数年前に脳のう梗こう塞そくを患い、以後は母の手による完全介護の状態が続いている。そんな母に、これ以上余計な心労を与えたくないという思いが強かった。  かといって、身近に頼れるような身内や知り合いもいない。会社に相談したところで、夫を追い出し部屋に押しこめたような薄情な会社である。実状を知れば、一も二もなく退職を勧められるだけだろうと思う。  やはり自力でどうにかして、病院に連れていくしかないのか。  そんなことを考え始めた時、ふと脳裏に「果たして本当に病気なのだろうか」という思いがふわりとよぎる。  そこへ誘発されるようにして、幹夫のことが再び頭に思いだされてきた。  幹夫も靖彦も、あの森の中の仏壇たちに異様なまでの執着を示し、正気を失っている。いかに親子とはいえ、果たしてそんな偶然がありえるのだろうかと疑念が湧いてくる。  そもそも冷静に考えてみると、やはりおかしいのである。  幹夫のほうは見た目もがりがりに瘦やせさらばえて別人のようになってしまったけれど、靖彦のほうは違う。今夜、観音さまとやらの話が発覚するまで、靖彦はこのふた月の間、見た目も含め、普段と何ひとつ様子に異常が見られることはなかった。  上司の口からも靖彦の挙動などについての報告は一切なかったため、おそらくそれは職場でも同様だったものと思われる。  もしも仮に靖彦がなんらかの病気を患っているのなら、こうもたやすく正気と狂気の住み分けができるものなのだろうか。専門的な知識はないので、あくまでも素人考えに過ぎなかったが、それでもなんだかどうしても、納得のいかないものがあった。  疑念を強める原因は、やはりあの仏壇という存在である。  もしもあの仏壇たちが全ての原因であるとするならどうだろう?  千春は別段、悪霊だの祟たたりだのを殊更に信じる性分ではない。平素はそんなことなど、少しも考えることはない。  だが今、こうした状況に至ってしまってはむしろ、病気がどうのこうのと考えるより、全ての災いの原因があの仏壇にあると解釈したほうが、何もかもに得心がいった。  確証たりえるものなど何もないにもかかわらず、今はそう感じられて仕方がなかった。  ならばどうすればいいのかと考える。  靖彦は明日もあの森へ行くと言っている。  いや、明日だけではない。明後日あさつても明々後日しあさつても、そのまた次の日も、おそらくずっと。幹夫と同じような状態にまでなるか、あるいはそれよりひどい状態に陥ってしまうまで、靖彦はきっと、あの森へ憑つかれたように通い続けるに違いない。  いずれにしても、まずは実際に現場を見てみることからだと、千春は思い得る。  果たして靖彦はあの森で日がな一日、何をしているのか、それを自分の目で確かめる。病院云うん々ぬんという話はそれから先でも遅くはなかろうと、千春は腹を括くくることにした。  翌朝、何食わぬ顔で寝室から起きだした靖彦は、背広姿に着替えると朝食も摂とらずにいそいそと家を出ていった。昨夜はあれだけ観音さまの話を熱弁していたというのに、今朝はまるで昨夜の話がなかったかのように、靖彦は森の話題に一切触れなかった。  昨夜の一件が全て噓か夢なら、どれだけいいだろう。  そんなこともふと考えてしまうほど、靖彦の様子は普段と何も変わることがなかった。  けれども現実は違う。靖彦は今日もあの森へ向かうはずなのだ。  自宅で二時間ほど待ったのち、千春も車で県北の田舎に広がる森へと向かった。  正午近くに柴田の実家の門前までたどり着き、家の裏手へ回って林道に入る。細狭い小道を慎重に走らせていくと、路傍に停めてある靖彦の車がすぐに見つかった。  車を降りて森の中へと慎重に足を踏みこむ。  空き地へ至る森の中の細道は、十月半ばに訪れた頃よりもさらに下草が踏みならされ、一段と歩きやすくなっていた。あれから一体、靖彦は何度この道を通ったのかと思うと、それだけで背筋が冷たくなっていくのを感じた。  足音を殺しつつ五分ほど歩いていくと、やがて森が開けて目の前に空き地が広がった。前方に視線を向けると、空き地の中央に押し固まるように積みあげられた仏壇群の前に、紺色のジャージを上下に着こんだ男のうしろ姿が見えた。  服装こそは違えども、ほとほと見慣れた背中である。見間違うことなどありもしない。目の前にいるのは、靖彦本人で間違いなかった。  靖彦は仏壇たちの真ん前に正座して、その場を微動だにしない。  視界の端に何かが見えたので目を向けてみると、空き地の片隅に緑色をした個人用の小さなテントが張ってあった。あそこで着替えをしたりしているのだろうか。  再び視線を靖彦の背中へ戻す。  茂みの陰に身をひそめ、息を殺しながらしばらく静かに様子を見ていると、そのうち靖彦の全身がぴくりぴくりと小さく波打ちだした。  続いて笑い声。靖彦の声だった。奇妙に音のくぐもった、忍び笑いをあげている。  何がそんなにおかしいのかと、耳をそばだて聞いてみる。 「ええ……ええ……ええ……ふふふふふふ……素晴らしいことだと存じます……」  靖彦は前方の仏壇たちが堆たい積せきするさらに上方、何もない虚空に向かってしきりに笑い、ぶつぶつと何事かをつぶやいていた。 「……ええ……ええ……大変に光栄でございます……それではその線で参りましょう」  誰かと話をしているのだ。否。観音さまとやらと話をしているのだろう。  千春の目には何も視えなかったが、それだけ見ればもう十分だった。  心が張り裂けそうで、とても正視に耐えきれない。  足音を忍ばせ踵きびすを返すと、千春はぼろぼろと涙をこぼしながら森を去った。  その晩、背広姿で帰宅した靖彦の様子は、昨晩よりも一段とおかしくなっていた。  今朝方の立ち振る舞いとは打って変わり、靖彦は顔中に薄気味の悪い笑みをこしらえ、賑にぎ々にぎしくはずんだ声音で「いよいよ成果が訪れそうだ!」と叫んだ。  見せかけばかりの笑顔をどうにか作りながら、千春は靖彦の話に耳をかたむける。 「聞いてくれ! 年が明けたら、昨夜話した壮大なプランを一気に全部発動させるぞ! 今日の午後、とうとう観音さまから『時が来ました』ってお言葉をいただいたんだよ! 俺はやるぞ! 来年からは夢の大金持ちだ! お前にも協力してもらうぞ!」  口から唾つばを撒まき散らし、激しい身振り手振りを加えながら、靖彦は千春に熱弁した。  作り笑いが消え失うせ、代わりに再び涙が溢あふれそうになるのを千春は一生懸命に堪こらえる。それからありったけの勇気を振り絞り、「会社はどうするの?」と訊たずねた。 「うるっっせえんだよ、バーーーーカ!」  とたんに靖彦の顔面がどす黒く膨れあがり、落雷のような怒声が家中に響きわたった。  千春がその場にくずおれて号泣し始めるのを舌打ちしながら憎々しげに一いち瞥べつすると、靖彦はそのまま自分の寝室へこもり、あとはそれきり出てこなくなった。  冷たく静まり返った自宅の居間で千春はしばらく泣き続けたが、やがて立ちあがると居間の隅に設しつらえられたパソコンデスクへ向かい、PCを起動させた。  インターネットブラウザを立ちあげ、それから次々と検索を始める。  精神保健福祉総合センター、精神医療センター、家庭問題相談センター、精神科救急、精神科、心療内科、人生相談所……。  思いつくまま手当たり次第に検索をかけ、ページを開いてあれこれ調べてみるのだが、いずれも千春の琴線には触れず、しだいに焦りが募っていく。  違う。違う。違う。こういうところじゃない。  少なくとも今の段階ではこういうところじゃない。こういうのは最後の手段にしたい。  大丈夫。きっとよくなるから、大丈夫。  でもじゃあ、どこを探して誰に相談したらいいんだろう?  その時ようやく、もうひとつの〝認めたくない現実〟を思いだした。  確かに馬鹿げているかもしれないけれど、今は万が一という可能性だってなくはない。  一度でいい。一度きりでいいから、もしもその可能性があるなら賭かけてみよう。  祟り、悪霊、憑ひよう依い、霊障、お祓はらい、除霊……。  藁わらにも縋すがるような思いで検索を続けていくと、やがてひとつの目星がついた。  あった。ここだ。  ここにする──。

オルフェウス


「夫の様子、どうにか元に戻すことはできませんか?」  仕事場の座卓を挟み、柴田千春は悲ひ愴そうを滲ませる切羽詰まった声こわ風ぶりで、私に懇願した。  二〇一四年十二月下旬。  クリスマスも過ぎ、あと数日で大おお晦日みそかを迎えようとしている午前中のことだった。  昨晩、千春から予約相談の依頼を受けた私は、彼女の語る長くて異様極まりない話に静かにじっと耳をかたむけていた。  千春の問いに寸秒間を置き、それから言葉を選んで慎重に答える。 「話を聞かせていただいた限りでは、かなり厄介な案件だと思います」  なまじな希望を持たせるよりはよほどよいだろうと思い、まずは率直な意見を述べる。案の定、千春の表情がにわかに曇るのが見てとれたが、それでも仕方のないことだった。さらに言葉を選んで話を続ける。 「まず、私が実際に現地へ出向いて、お祓いなり供養なりをさせていただいたところで、果たしてどうなるのか、断言できないという問題があります。よろしいでしょうか?」  千春は「はい」とうなずいた。 「それで治まるかもしれないし、治まらないかもしれません。あるいは今よりももっと、事態が悪化してしまうような可能性だってなくはない。リスクも高い仕事だと思います。こんな感じで申しわけないのですが、そのうえでご判断していただけますか?」  ゆっくりと嚙かんで含めるように、念を押して確認する。  およそ半年という短い期間に、大の大人ふたりが正気を失っているような案件である。いつぞやの閉鎖病棟で対面した女性ではないが、ここまで事態が悪化しているとなると、もはや取り返しのつかない状態になっているだろうという危き惧ぐのほうが強かった。  千春が語る森の中の仏壇自体は、どうにか無害なものに祓い清められるかもしれない。けれども仏壇を祓うのと、正気を失ったふたりが治るか否かは、また別問題なのである。すでに心の芯しんまで壊されているのなら、それは私の仕事ではなく、然しかるべき医療機関の役目ということになる。  そうした説明まで懇々と語り聞かせたが、しかしそれでも千春の意思は固かった。 「それでも構いません。少しでもチャンスがあるなら、それに賭けたいと思います」  今年はやたらと客に粘られるな。そんなことを、ふと思う。  だが、依頼人の了解が得られた以上、断る道理もなかった。  あとは拝み屋として、やれるだけのことをやってみるだけの話である。 「いつ来てくださるんですか?」という千春の質問に、「今すぐ行きましょう」と答え、私は車庫から車をだした。  千春の車に先導してもらい、一時間ほどで件くだんの森が広がる細狭い林道へ到着した。  前方の路傍には真っ黒な軽自動車が一台停められていたが、中はもぬけの殻である。 「旦那の車です。今日も空き地にいるはずです」  車を降りた千春が私に近づき、耳打ちをするような距離で静かにそっと囁ささやいた。  森のほうへ目を向けると、千春の話で語られていたとおり、樹々の間の下草が踏まれ、森の奥へと続く細い道筋が、確かに一本できあがっている。 「今は旦那さんと顔を合わせるの、あまりよくないでしょう? ひとりで行ってきます。終わったら連絡しますから、どこかに車を移動させて適当に待っていてください」  千春に断ると、すぐに「分かりました」と応こたえが返ってきた。  車から祝詞のりとや経文が収められた鞄かばんを取りだし、魔祓いに用いる直径四十センチほどの銅剣も持ちだす。銅剣は肩掛けのついた布地の袋に入っているので、一見しただけでは中身は分からない。  右手に鞄を、左肩には銅剣の入った袋をぶらさげ、鬱うつ蒼そうと茂る森の中へと入っていく。  およそ半年近くにわたって幹夫と靖彦に踏みしだかれた森の小こ径みちは、わずかな不備も感じさせることなく、仕事用の着物姿でも滑るようにして歩くことができた。  周囲に伸びる樹々と足元に残る下草は、薄い茶色や黄土色にすっかり色いろ褪あせて末うら枯がれ、寂とした森の中の冷たい空気を、一層寒々としたものに変えている。  寒さに肩を縮ませながら五分ほど進んでいくと、視界が開けて円形の空き地へ至った。空き地のまんなかには、押し固まるようにして積みあげられた仏壇の小山が確かにある。仏壇の前には紫色のウィンドブレーカーを着た男が、こちらに背中を向けて座っていた。あれが問題の柴田靖彦で間違いなかろうと判じる。  樹々の間から空き地へ抜け、何歩か歩いたところで足元に転がっていた小枝を踏んだ。ぱきりと乾いた音が、ぴんと張り詰めた森の空気に、思ったよりも大きく響く。  とたんに靖彦の両肩がびくりと大きく持ちあがり、すかさずこちらを振り向いた。 「ええ……どちらさまでしょう?」  果たして元よりそうなのか、あるいはここに通うようになってからそうなったのか。靖彦は、顔色が木肌のように浅黒い、目玉がぎょろぎょろとせわしなく動く男だった。けれども全身から滲にじみ出る異様な雰囲気だけは、一目で生来のものではないと分かる。  身が陰っているのだ。彼が得体の知れない何かに魅入られているのは明白だった。  余計な警戒心を抱かせないよう、静かな足どりで歩を進め、近くまで距離を詰める。 「拝み屋という妙な仕事をしている者です。そちらの仏壇たちに用があって参りました。お取り込み中のところ大変恐れ入りますが、その仏壇を拝ませてはいただけませんか? あなたのためにもなることだと思います。お願いします」  出任せを言っても仕方がないので、肝心の目的だけはぼかす形で率直に意向を伝える。靖彦がごねたり突っ撥ぱねたりするのなら、しつこく食い下がるつもりでいた。  時間にして十秒ほどの沈黙があった。靖彦は感情のこもらない木偶でくのような面持ちでこちらをじっと見つめ続けたあと、それからぽつりとつぶやくように言葉を返した。 「はあ……拝み屋さんですか。そんなに仏壇、拝みたいんですか?」 「はい。拝ませていただくと、大変ありがたいです。よろしいでしょうか?」  私の言葉に靖彦は虚うつろな目で地面を見つめながら、まるで何かを確認するかのように何度か大きくうなずき、そして再び口を開いた。 「いいですよ、拝んでも。すごくいい仏壇です。で、私はどこにいたらいいですか?」  意外なほどあっさりと承諾をもらえたので、少々面食らってしまう。  だがしかし、好機であることに変わりはなかった。気を取り直して話を続ける。 「ありがとうございます。おそらくそんなに時間はかからないと思いますが、集中して拝みたいので、できれば私が拝み終わるまで、森から出ていていただけると助かります。ご協力いただけますか?」  私の言葉に、靖彦は「ふっ」と短く鼻息を漏らし、初めて笑みを浮かべてみせた。 「ああ、大丈夫です。そのつもりでしたから。じゃあ、林道のところで待ってますので、終わったら一応、声をかけてください。よろしくお願いします」  言い終えるが早いか、靖彦は踵きびすを返すと空き地の隅に張ってあったテントへ潜りこみ、中からリュックを背負って出てきた。あとはそれっきり、こちらを一いち瞥べつすることもなく、踏みならされた森の中の小径へ背中を向けて消えていった。  再びぽかんとさせられたものの、これで魔ま祓ばらいのお膳ぜん立だては全て整ったことになる。乱雑に積み重なる仏壇たちの前に腰をおろし、手早く支度を始めた。  鞄から経文を、布袋から銅剣を抜きだしながら、目の前の仏壇たちに視線を巡らせる。  一体誰がなんのために、こんなことをしたのだろう。  加えて一体何が、これほどまでに人の心を蝕むしばむ元凶になっているのか。  そもそもこんな異様な形で投棄されている仏壇など、今まで一度も見たためしがない。実物を前にしてもまったく見当がつかなかったが、己がやるべきことは分かっている。左手に経文を開き、右手に銅剣を構え、魔祓いの呪じゆ文もんを唱え始める。  眼前の仏壇たちに意識を強く集中させ、大きな声で呪文を詠唱しながら銅剣を振るう。全ての災いを滅却し、二度と人の心を狂わせたりできないように、語気をさらに強めて一心不乱に魔祓いの儀式を執りおこなう。  だがその一方、当の仏壇たちから感じ取れるものは、何ひとつとしてなかった。  通常ならば、向こう側からなんらかの抵抗があったり、反応があって然しかるべきなのに、それがまったくといっていいほど感じられない。小山のように積み重なった仏壇たちは、いずれも静かに鎮座しているばかりである。  なんだか妙な具合だな、と疑問を抱き始めた頃だった。  出し抜けに目の前で「ばんっ!」と乾いた音が轟とどろいたかと思うと、がら空きになった仏壇の中から、何かが一斉に飛びだしてきた。  鳥だった。  それも何十羽という金色の鳥が、鈍色の寒空へ向かってばさばさと舞いあがっていく。無論、生きている鳥ではない。その証拠によく見ると、いずれの鳥にも目玉がなかった。あれが災いの正体ならば、仏壇から外へ逃げだしていったということだろうか。  否。違う。  鳥たちは確かに空へと向かって羽ばたいていったが、飛び去っていったわけではない。見あげると、仏壇群の真上の中空に鳥たちはとどまり、ぐるぐると円を描くようにして鳴き声ひとつたてずに飛び回っている。  なんなんだ、こいつらは──。  思いながら頭上を仰ぎ見ていたさなか、再び仏壇の中からばん! と音が轟いた。  今度は、手だった。  雪のように生白い人間の手が、それも蛇のごとく異様に細長い人間の手が、何十本も怒ど濤とうのごとく仏壇から飛びだし、目の前の宙をうねうねと絡まるようにして舞い始める。手の群れはまるでほどけた白滝のように、仏壇の上空を瞬く間に埋め尽くしてしまった。  反射的に立ちあがり、仏壇から離れようとしたが遅かった。  両脇から伸びてきた手が私の両腕を摑つかみ、その場にどっと膝ひざを突かされてしまう。  死に物狂いでどうにか立ちあがろうとしているところへ、今度は別の手がまたふたつ、私の頭を両側から押さえこみ、さらに身体の自由を奪った。  こめかみと顎あごの両端に、心臓が凍りつくような冷たい指の感触がありありと伝わる。指は私の頭をぐいぐいと上へ向かってかたむかせ、まっすぐ天を仰がせた。  仏壇の上空では金色の鳥たちが円を描いて回っている。その下の虚空では無数の手が滅茶苦茶になって踊り狂い、森の中に開いた丸い凍て空を狂った光景に変えていた。  こいつらが一体なんなのか、まるで正体が分からなかった。異様な姿をしたものなら今まで腐るほど視てきているが、それでもこんなものを視るのは初めてだった。  潰つぶれるような勢いで両側を押さえこまれた頭は、ほんのわずかも動かすことができず、そのまま虚空にうねる蛇のような手の大群を見つめ続けることしかできない。  そこへふいに眼前を舞っていた何本かの手が、ぴたりと動きを止めた。  なんだと思って視線を向けると、静止した手が親指と人差し指の先端同士をくっつけ、こちらに向かって歪ゆがんだ輪っかを作った。  次の瞬間、輪の中からストロボのような光が放たれ、視界一面を白銀色に染めあげた。とたんに目の中が焼かれたように熱くなり、喉のどの奥からありったけの悲鳴があがる。  目をしばたたかせながらもがいていると、再び上空で閃せん光こうがはじけた。  今度は針で突かれたような鋭い痛みが、目の中ではじける。  自分の鼓膜が張り裂けるほどの絶叫が、のどから勝手に絞りだされた。  駄目だ。駄目だ。駄目だ。見るな、見るな見るな!  目を開けたらやられる。潰されてしまう。殺されてしまう。絶対にあれを見るな!  悲鳴をあげながら、両のまぶたをぎゅっと固く閉じ結ぶ。  すぐさま両のまぶたの上下に、冷たい指の感触が走った。  両目の脇にぴたりと張りついた人差し指と親指に、まぶたがぐいとこじ開けられる。  私の顔のすぐ前に輪っかを作った手がふたつ、眼鏡のように並んでいた。  凄すさまじい閃光が発せられると同時に、両目と脳を握り潰されるような激痛が生じる。  自分の発する悲鳴を聞きながら、激しい後悔に駆られた。  先刻、「いいですよ、拝んでも」とあっけなく答えた、靖彦の奇妙な笑顔を思いだす。いやにあっさり承諾したと思ったら、理由はこれだったのか。  おそらくあの男は、こうなることが分かっていたのだ。  あるいは〝観音さま〟とやらに吹きこまれたのである。  なんとかしなければならなかったが、もう何もかもが遅かった。拘束されているうえ、痛みとショックで、すでに抵抗する気力もない。  無理やりこじ開けられた両目に、再び光が穿うがたれる。  凄まじい痛みとともに、今度は視覚に異変が生じた。  右目と左目に見える風景が、それぞれまったく違うものになっている。  右目には相変わらず、虚空をうねり狂う無数の手が見えている。だが左目のほうには、どことも知れぬ真っ青な水面が、天上から俯ふ瞰かんする形で視界のはるか真下に見えている。海なのか湖なのかは判然としないが、水面にはわずかな揺らぎも見受けられない。  そこへ再び光。今度は痛みは感じられず、代わりに意識がたちまち朦もう朧ろうとなっていく。本当は見たくなどないのに、こじ開けられた両のまぶたを自分でさらに大きく見開かせ、輪っかの中から光が放たれるのを待つ。  気がつくと口の両端が吊つりあがり、頰に強い力が入っていた。笑いたくなどないのに、私は勝手に笑っているのだ。たちまち何が起きているのかを悟り、全身の血の気が引く。  憑ひよう依いされたのだ。  それも自分の意識を保ったままの状態で。  目の前にまた別の手がふたつやってきて、光を放つ。  右の視界も切り替わった。紺碧色をたたえた綺き麗れいな水面が、視界の全てを埋め尽くす。その直後、脳の天地が入れ替わるような違和感を覚え、強い吐き気を覚えたかと思うと、私はそのまま、はるか眼下に広がる水面へ向かって一直線に落下していった。

ノクターン、あるいは染まりゆく赤


 身体が弾丸のごとく水面を貫き、入道雲のような水泡が視界一面を覆い尽くすように水中ではじけ広がっても、痛みも衝撃もまったく感じられなかった。  代わりに身体が勝手に動く。自分の意思に反して、痺しびれた身体が勝手に動く。  否。正確には生身の身体ではなく、私の意識が勝手に動いているのだった。  つい先日、加奈江と最後の別れをした日とよく似た感覚だったので、すぐに分かった。ここは現実ではなく、私の頭の中である。  ただし先日とは違って、今自分がどこにいるのかは分からなかった。  目の前に広がるのは、ひたすら青々と澄んだ水ばかりで、他には何も認められない。  一方、身体のほうは水の中を底へと向かい、ぐんぐん潜って下っていく。  顔面には貼りついたような笑みが浮かんだままでいるのだろう。筋肉の張り具合からそれは容易に察することができた。  この水の中に、何があるというのだろう。私の身体はどうしてこんなに躍起になって底へ底へと潜っていくのか。  もしかして、ブレインロック現象を狙っているのだろうか?  深い水の底まで私の身体を沈ませて、虚構の中で水に対するパニックを起こさせるか、あるいは溺おぼれたように信じこませ、私の脳機能を停止させるのだ。  だが仮にそうだとしても、身体の自由が利かず、感覚すらもほとんどない今の私には、あまり意味のあることとは思えなかった。水の中だから呼吸はできるはずもないのだが、別に呼吸をせずとも苦しさはまったくなかったし、水の冷たさも感じない。  これでは自分が水の中で溺れ死ぬなどという実感は、少しも湧いてくるはずもない。だが、それでも我が身は嬉き々きとして、底の見えない水の中を真っ逆さまに沈んでいく。  一体、何が目的だ。  むしろ先刻、両目に浴びた光のほうが、よほど死ぬかと思ったのである。  たとえ実存の伴わないまやかしの光であっても、対象が痛みを感じた時点で力を持つ。あれをあのまま続けられていれば、それこそ脳が外傷性ショックを誤認して引き起こし、死んでいたかもしれないではないか。  だがそれでも身体は、音ひとつ聞こえない幽ゆう邃すいな水の中をさらに底へと潜行していく。  どれぐらい潜った頃だろう。やがて視界のはるか遠くに、小さな点が見え始めてきた。初めはあまりにも距離が遠過ぎて、それがなんなのか分からなかった。  だが、しだいに距離が縮まり、点が輪郭を帯びて点でなくなり、我が身の向かう先がなんなのか分かった瞬間、私はようやく事態を吞みこみ、とたんに心が真っ青になる。  やられた──。なんてことを考えやがる。  眼下の水中には、胎児のように身を丸めた加奈江が、浮かず沈まず漂っていた。  私と加奈江の距離が数十メートルほどまで狭まったところで、水中を潜り進んでいく我が身の動きが急激に速まっていく。同時に顔中の筋肉がさらに強こわ張ばるのも感じた。  最高の笑みを満面にこしらえたのだ。生まれてこの方、私が作ったことのない笑みを。  右手には銅剣が握られたままになっている。その柄つかを握る手も、さらに固く強張った。  身体が凄まじい勢いで水を搔かき分け、ぐんぐん加奈江へ近づいていく。  嗤わらいながら。  嗤いたくもないのに嗤いながら、右手にどす黒い狂気を孕はらんだ銅剣を携えて。  私の気配に気がついたのか、あるいは水の動きに反応したのか。  残り十メートルほどまで近づいたところで、加奈江がゆっくりと目を開けた。  逃げろ。逃げろ。逃げろ。  声にだして叫ぼうとしたが、水の中で声などだせるはずもない。そもそも私の身体はとうに自由を奪われていて、自分の意思では何もできない状態にあった。  加奈江が丸めた身体をほどいて、ゆるゆるとこちらを見あげる。  目が合った。  とろりと惚ほうけた瞳ひとみをゆっくり閉じて、また開き、加奈江はほんの少しだけ微笑んだ。  逃げろ、逃げろ、早く逃げろ!  心の中で必死になって念じるが、私の想いは届かない。  代わりに身体が勝手に動いて、私がしたくないことを全部やろうと勇んでいた。  加奈江の小さな唇がわずかに開き、口から小さな泡がこぼれて、水中に浮かぶ。  きっと何かを私に語りかけたのだろう。だが、言葉は水に吞まれて聞こえなかった。  嗤いながら。  嗤いたくないのに、嗤いながら。  右手にきつく握り締めた銅剣の切っ先を、加奈江に向けてぎらつかせる。  顔で嗤い、心の中では泣きながら。  顔で嗤い、心の中では泣きながら、加奈江に向かってぐんぐん近づいていく。  逃げろ。  逃げろ。逃げろ。逃げろ。  逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!  私の身体が加奈江の身体に真っ向からぶつかり、全身に重苦しい衝撃が走る。  とたんに視界が真っ赤に染まって、つかのま何も見えなくなった。  数秒後、まるで濃い霧が晴れるかのように、真っ赤な視界が細かな赤い粒子となって、水の中の方々へと散らばり、流れ、溶け合い、薄まり、やがて前方の視界が開ける。  すぐ目の前に、加奈江の顔があった。  加奈江は黒い真珠のような両目を大きくかっと剝むきだし、あんぐり開いた口の中から真っ赤な鮮血を、水の中へと煙のように撒まき散らしていた。  溢あふれる血の赤と一緒に真っ白い水泡がぼこぼこと、凄すさまじい勢いで吐きだされている。血と泡の紅白に混じって、加奈江のくぐもった絶叫も水の中に高らかとはじける。  ああ、まだ生きている。  加奈江は胸のまんなかを深々と刺し貫かれていた。  すでに致命傷なのはひと目で理解できたが、今ならまだ息があるとも思った。  鼓膜をびりびり震わす絶叫と、水泡に揺れる水の流れを肌身にひしひしと感じながら、早くなんとかしなければ、なんとかしなければと、私は色めく。  だが、どうすることもできなかった。身体はやはり、まったく言うことを聞かない。  加奈江の胸に刺さっていた銅剣が、力任せに引き抜かれる。  続いて再び右手に強い力がこもったのを感知した瞬間、私の心は千々に乱れた。  加奈江の腹のまんなかに、深々と銅剣が突き刺さる。  続いて右腹、左腹、胸、胸、胸、胸、腹、腹、腹、腹……。  嗤いながら、泣きながら。嗤いながら、泣きながら、加奈江の胴を刺す。  刺す。刺す。刺す。  滅多刺しにする。  刺して、刺して、刺し貫いて、新たに生まれくるべき儚はかない存在を、徹底的に破壊する。  加奈江の口や胴から漏れだした紅玉のような鮮血が、水の中を薄い赤へと染めていく。  同時に天上から降りそそぎ、水中を明るく照らしていた陽の光が、暗々と陰っていく。まるでこの世界の終わりを告げるかのように。  加奈江の口からこぼれる水泡も、しだいに弱く、小さく、少なくなっていった。  それでも私は信じていた。泡が出ているうちは、加奈江はまだ生きているのだと。  絶対生きている。絶対助かる。絶対救たすけてやるのだと。  けれども加奈江の口の端からビーズのように小さな泡粒がひとつ、ゆっくりと上って暗く染まった頭上の彼方かなたへ消えていったのを最後に、私の希望も泡のように潰ついえた。  加奈江の顔を見る。  小ぶりな面に苦く悶もんと無念の色をまざまざと焼きつけたまま、両目と口をかっと開いて、無声の悲鳴をあげているかのような悲ひ愴そうな表情を浮かべ、加奈江は果てていた。  紛まごうことなく、果てていた。  瞬間、心の中で絶望と哀惜と憤怒がいっぺんにほとばしり、そして何もかもが壊れた。  ああ、崩れていく。崩れていく。終わってしまった。何もかもが崩れていく──。  薄赤く染まり、暗々と陰った水の中で、私は声にならない叫びをあげ続けた。  やがて自分が何に対して絶望し、何を哀しみ、何に怒りをぶつけようとしているのか。  それすら分からなくなりかけてきた頃だったのだと思う。  私は意識を失い、全ての記憶を自ら閉ざした──。

赤終わりへ向かいて 零


 そして再び気がつくと私は独り、赤くて暗い水の中にいた。  心が壊れ、記憶を閉ざし、何もかもを忘れてしまった状態で──。  そうだ。思いだした。  思いだしたよ、何もかも。  今や頭の痺しびれも身体の痺れも、完全に治まっていた。意識はとても明瞭としている。  右手に固い感触を覚え、目の前にかざしてみると、やはり銅剣が握られている。  目の前に浮かぶ加奈江の遺い骸がいを、今一度まっすぐに見つめてみる。  どれほど見つめても、加奈江が死んでいることに間違いはなかった。  私が加奈江を刺したのだ。  できることなら時間を戻したいと思ったが、そんなことが叶かなうはずもない。  水の中は生なま温ぬるく、五感がはっきり戻ると、包みこまれるようなたわやかさも感じた。  そう、生温くて優しい。その温ぬくもりと優しさで、私は多分目覚めたのだ。  それはまるで、加奈江が私に「目を覚ませ」と言っているかのようにも感じられた。  思い得た瞬間、あたかも役目を終えたかのように加奈江の身体が暗い水底へ向かってさらに速度を増しながら、ぐんぐん沈み始めていった。  私はそれを追うことはしなかった。それは今の私がすべきことではないから。  代わりに意識を調整し始める。  意識も五感も明めい瞭りような状態に立ち戻ったというのに、それでも目覚めないということは、生身の身体のほうはまだ、憑ひよう依い状態にあるという証あかしである。  意識はあるのに、身体の自由が利かないというパターンの憑依。  昔聞いた、霊媒師の文江さんの身に起きた災難と、おそらくよく似た状態なのだろう。憑依としては、最悪の部類に当たるものである。  だが、こちらにも策がないわけではなかった。たった今、ひらめいたのである。  ならば今度は私自身が〝規格外〟の存在になって、あの化け物を出し抜いてやるのだ。できるかどうかは分からなかったが、とにかくやってみるしかない。  夢の中でさらに眠るような感じで、再び意識を朦もう朧ろうとした状態へと落としこんでいく。だが本当に眠るのではない。意識のレベルをほんの少しだけさげる。  たちまち視界がぼやけ、五感が曖あい昧まいなものへ変じていく。  明めい晰せき夢むの状態である。  この状態を心と身体に深く刻みつけ、続いて自分に向かって「起きろ」と念じる。  目を開くと、茫ぼう漠ばくと霞かすんだ視界一面に、未いまだ白い手の大群がぐねぐねとうねっていた。背後には冬枯れに色いろ褪あせた薄暗い森の姿も見える。  意識が現実へ復帰したのだ。けれども視界は霞み、五感の曖昧さも保持し続けていた。こちらの思惑以上にうまくいって安あん堵どする。成功だ。  明晰夢の状態で、こちら側に帰ってこられた。  私が目を開けたことに気づいたのだろう。鈍にび色いろに陰る虚空を舞い狂っていた手が数本、再びこちらへ向かってにょろにょろと舞い降りてきた。  消えろ。  鎌首をもたげるようにして迫ってきた手が、眼前の虚空で跡形もなく消え失うせる。  そこへすかさず他の手が伸びてきて、またぞろ親指と人差し指で輪を作ろうとした。  光らない。  ぴたりとついた親指と人差し指の輪から光は放たれることなく、虚空に制止した。  続いて両腕と頭、両目を押さえつけている手たちに向かって鋭く念じる。  離れろ。  手はたちまち枯れ果てたようにだらりと崩れて地面にひれ伏し、動かなくなった。  所しよ詮せんは不可視の存在なのだ。こちらが〝実在する〟と認知するからこそ、脅威となる。こちらに為なす術すべがないからこそ、不可視の存在は初めて脅威たりうるのである。  だが今は違う。お前らにとってもっとも嫌な〝為す術〟を持ってきてやった。  今の私の意識レベルは、お前らを〝夢の一部〟として認識している。特異な状況下で、なおかつ意想外の流れがあったからこそ成し得た、おそらく二度とは再現できない芸当。いわば、俺とお前らの共同作業が生みだした〝奇跡〟のようなものだ。ざまあみろ。  地面から立ちあがり、眼前に舞う無数の手と金色の鳥たちへ向かって強く念じる。  お前らは何もできない。俺には指一本すら触れられない。  山積みにされた仏壇群に飛び乗り、そのままずかずかと中心部へ向かって進んでいく。朽ちかけた仏壇どもを両手で次々と引き抜いては抱えあげ、上から順に放り投げていく。周囲では荒縄のような白い手がぐるぐると渦を巻いていたが、そのうちの一本たりともこちらに向かってくることはなかった。  目のない金色の鳥どもも、上空に円を描いて気き忙ぜわしく回り続けているだけである。  仏壇を摑つかんでは持ちあげ、持ちあげては放り投げてを一心不乱に繰り返していくうち、やがて山積みになった仏壇たちの形状が崩壊し、押し固まるようにひしめき合っていた仏壇群の中心部、その地面がようやく露あらわになった。  なるほど。こういうことだったのか。やはりいちばん怖いのは、なんとやらだな──。  露わになった土の上には、湿気で黒ずんで濡ぬれそぼった、平たい木箱が置かれていた。蓋ふたを開けると、がさがさに皮膚の乾いた真っ黒い人間の顔が入っていた。  否、正確には人の顔ではない。人の顔を模して作られた面である。  面は蛙の干物でできていた。無数の蛙が互いに縫い合わされ、人の顔に象かたどられている。  どうりで魔ま祓ばらいが効かないはずである。  完全に心得を間違えていた。こいつらにそんなものが効くはずなどないのだ。  周囲を飛び交う手と鳥──。こいつらは悪霊でも怨おん霊りようでも、物の怪けの類たぐいですらもない。今頃になって、この仏壇たちの正体がようやく分かった。 〝呪い〟である。  押し固めたように集められた古びた仏壇の小山は、悪意ある誰かが故意にこしらえた、あまりにも強過ぎる、いわば〝呪いの発生装置〟だった。  呪い自体に意思などないが、私が魔祓いを始めたことで防衛機能のようなものが働き、敵意をもって挑んできた私を排除しようとしたのだろう。  それも今の私にとってもっとも痛手となるべき、最悪の手段を選んで。 「この外道」  箱の中からこちらを見あげる醜悪な面に、銅剣を突き立てる。  剣先は面の中心を貫き、腐りかけた箱の底を突き抜け、湿った土の地面にめりこんだ。突かれた衝撃で固く干からびた蛙の黒い死し骸がいが何匹か、ばらばらに飛び散る。  とたんに周囲を飛び交っていた白い手の群れが、電源を落としたように一斉に消えた。頭上を見あげれば、鳥たちの姿も一羽残らず消えている。  面から剣を引き抜き、軽く目を閉じ、自分に向かって「起きろ」と念じる。  鮮明に蘇よみがえった視界で周囲を再度見回して見たが、やはり手も鳥も全て消えていた。  代わりに五感が全身に復帰したとたん、背骨をぎりぎりと握り締められるかのような、あの背中の痛みがなぜかぶり返し、苦痛に顔が歪ゆがんだ。同時に怒りも生々しく沸き立つ。  醜い相そう貌ぼうのまんなかに風穴が開いた面に向かって、思いっきり右足を蹴けりおろす。 「この腐れ外道!」  足を傷めることも厭いとわず、渾こん身しんの力をこめて忌いま々いましい面を、何度も何度も踏みしだく。背中の痛みに加え、足首にも鋭い痛みを感じ始めると、怒りはさらに燃えあがった。 「この外道! 外道! 腐れ外道ッ!」  そうして息があがりきるまで踏み続けたあと、私はぐしゃぐしゃに潰つぶれた箱の中から面の残ざん骸がいを拾いあげ、もう一度それをまじまじと睨にらみ据えた。  こんなもののために──畜生。  面はだいぶ形が崩れていたが、それでも未いまだ人面の形をとどめているのが癪しやくだった。  着ていた羽織りの袂たもとから携帯電話をとりだし、時間を見る。  拝んでいるさなかに憑依されてから、まだ一時間ほどしか経っていなかった。  千春の番号に発信すると、すぐに彼女が電話に出た。 「一応、終わりました。とりあえず、やれることは全部やりましたので」 「ありがとうございます。うちの旦だん那なは大丈夫ですか?」 「森の外で待っているみたいです。様子を見ながら私は先に帰ります。それでは」  千春の返事を待たずに通話を終えると、私は森閑となった空き地を抜けだした。  樹々の寒々と末うら枯がれた森の中の小こ径みちを抜けて、林道まで戻る。  私が森から出てくる姿を認めると、路傍に停められていた車から靖彦が降りてきた。 「終わったんですか? ずいぶんかかったみたいですね……」  呆ほうけているのか焦っているのか、判然としない奇妙な顔つきで靖彦が言った。 「観音さまって、これ?」  ぼろぼろになった面を、靖彦の前に突きだして見せる。 「え……」  靖彦の顔がだらりとなって力をなくし、緩んだ口が半開きになる。 「まあいいや。年の瀬に風邪なんかひきたくないでしょう? 帰ったほうがいいです」  言いながら、両手で蛙の顔をぐしゃぐしゃに丸めると、自前の鞄かばんの中へ放りこんだ。  あとで影すら残らないぐらい、焼き尽くしてやると思いながら──。 「奥さんのこと、大事にしてあげてください」 「はあ……」 「人ってね、当たり前にそばにいる人とか、たまに鬱うつ陶とうしいなって思ってしまう人ほど、実際いなくなられると物もの凄すごく寂しいものですよ。身近にいる人ほど、大事にしてやりな。あんたのいちばんそばにいてくれる人は、あんたのいちばん大事な人でもあるんだから。奥さんによろしくね」  言い終えると返事は待たず、憮ぶ然ぜんとしながら靖彦の前を通り過ぎる。  車に乗りこむため、羽織りの袂から鍵かぎを取りだすと、真弓にもらったキーホルダーの勾まが玉たまから、四神と陰陽太極図のプリントが全部消えていることに気づいた。  先刻、車を降りた時には確かにあったはずなのに──。  まるで初めからそんなものなどなかったかのように、勾玉の表にプリントされていた五つの模様は綺き麗れいさっぱり消え失せていた。  人の念がこもると、こんな安物の玩がん具ぐでもきちんと機能してくれるものなのだな。 「予想外の連続だよ、本当に」  背中に生じた鈍い痛みと右足首の鋭い痛みに懊おう悩のうしながら、私は車を発進させた。

画家とその二重自画像


 車が林道を抜けて国道に入り、自宅へ向かってまっすぐ帰るさなかのことである。
 私の頭は先刻までの出来事を、死に物狂いで合理的に受け止めようと努めていた。
 怒ることはない、悲しむこともない、悔やむこともない、気負ったりすることもない、ならば傷つく必要さえ、ないはずではないか。
 結局、全ては不可視の現象、概念としてしか認知することのできない事象に過ぎない。客観的事実を証明することのできない、私個人の主観における問題に過ぎないのだ。
 初めから、何も存在などしていなかった。
 少なくとも、自然科学の理ことわりに支配されたこの世界では、何も実存などしていないのだ。
 大体、こんなことを人に話したところで、誰も信じてくれはしないだろう。
 馬鹿馬鹿しいと笑われるか、呆あきれられるか、憐あわれまれるか、噓つきとして罵ののしられるか、さもなくば本気で正気を疑われるだけである。
 私はそれを知っている。私自身も、この現実世界に生きる生身の同じ人間だから。
 ならば私も信じない。信じないことのほうが正しいならば、私自身も信じない。
 初めから何も存在しなかった。今日は何も起こらなかった。一切合財、何もなかった。
 合理的かつ冷静な視点で考えれば、ただそれだけで、事は簡単に済むこと。
 所しよ詮せん、加奈江は私の頭の中にしか存在しない、虚構の産物に過ぎないのだ。
 虚構の産物が頭の中で死んだからといって、この世の中にどんな影響がある?
 自分自身の半分が死ぬと、自分も一緒に死ぬのではないかと怯おびえたこともあったな。
 だがそんなことにはならなかった。金髪のサーシャと少女のようにはならなかった。
 ならばやはり、そうだろう?
 この世にとっては元より、私自身にとってさえ、それはなんの影響もないものなのだ。余計な記憶を捨て去り、きちんと現実に目を向け直す、今がいちばんの好機ではないか。
 今までおかしかったものが、ようやく正常に戻ったというだけの話である。
 ただそれだけのこと。ただそれだけのことなのだ。
 それ以上の感慨を持ってはいけない。何も持ってはいけないのである。
 だが。
 持ってはいけないのだけれど、そんなことを次々と考えてしまう自分自身が厭いやだった。自分は最低の人間だと感じられて、許しがたい自己嫌悪に駆られてしまう。
 けれども私がそれを受け容いれなければ、私自身の心が潰れてしまいそうで怖かった。
 汚いことを考えてしまう自分の心は嫌いだけれど、同時に自分がかわいくもあった。
 だからやはり割り切ろう。その始まりから全ては、私の頭の中だけで起こったこと。
 桐島加奈江は実在しない。実存しないものに、なんらの情も抱く必要はないのだ。

「ねえ、たくちん」
 開け放たれた部屋の窓から夏色に煌きらめく陽光が健すこやかに射しこむ、のどかな昼下がり。自室でエンゼルフィッシュの水槽を眺めていた加奈江が、私に声をかけた。
「昔、日本に青いエンゼルフィッシュがいたって知ってる?」
「いや、知らない。そんなのがいたの?」
 市場に流通しているエンゼルフィッシュは、銀色をベースに黒い縞しま模様が入る原種と、全身が金色、ないしは黒一色に染まる改良品種が一般的だった。
 青いエンゼルフィッシュなど、私はこの当時、見たことも聞いたこともなかった。
「昔、プロのブリーダーがエンゼルを繁殖させていた時、突然変異で生まれたんだって。すごく綺麗な青だったみたいだけど、生まれた数が少なかったから固定はできなくって、あとはそれっきり生まれてくることはなかったんだって」
 いかにも残念そうな顔で、加奈江が言った。
「写真とかないの?」
「んーん。残念だけど、うちにはない。でも想像してよ。すっごく綺麗だと思わない? わたしは好き。いいなあ、青いエンゼル。ロマンもあるし、すっごくいい」
 自室の虚空に遠い目を浮かべながら、加奈江が夢見心地のように柔々と微笑む。
 純真なのだ、この娘は。だから好奇心が旺おう盛せいだし、感受性も人一倍豊かだった。
「でも、思うんだ。たった一度きりだったとしても、それは確かに生まれてきたんだよ。ていうことはさ、それはもう二度と実現できないような不可能ではないってことだよね。だからわたしも挑戦しようと思って」
 言いながら加奈江は、原種のエンゼルフィッシュが泳ぐ水槽を指差した。
「この子たちから少しでも青味の強い子が生まれたら、選別して掛け合わせていくんだ。血が濃くならないようにしながらだから、気の遠くなるような時間がかかると思うけど、もしもその途中でいきなり突然変異の真っ青な子が生まれてくる可能性もあるでしょ? 気長にがんばっていったら、ふたつのチャンスがあるってわけ。ね、どう思う?」
 とても素晴らしい挑戦だと思った。
 加奈江ならきっと、やりきるだろうとも思った。
「いいと思う。すごくいい。手伝えることがあったら、なんでも言って。協力するから。でもその代わり、青いエンゼルが本当に生まれたら、俺にも少し分けてくれる?」
「いいよ。好きなだけ分けてあげる。じゃあよろしくね。気長にがんばっていこう」
 天真爛らん漫まんな笑みを浮かべ、黒い真珠のような瞳ひとみをきらきらと輝かせながら、加奈江が私に手を差しだしてきた。私も笑いながら、その手を優しく握りしめる。
「分かった。気長にがんばっていこう」
 加奈江の手はひんやりと冷たかったが、感触はとても優しく、温かかった。

 実在しようがしまいが、そんなことはどうだっていい。
 記憶は消えずにそのまま残っていた。かつては烙印だと疎んじていた──でも本当は何にも増して暖かく、優しさと安らぎに満ち満ちた、かけがえのない記憶が。
 そしてあまりにも大きな喪失感も、私の心をかつてないほどぐらつかせていた。
 本当にどこまでが現実で、どこまでが虚構なのか、もはや自分でも分からない。
 加奈江は本当に死んでしまったのだろうか。いなくなってしまったのだろうか。
 そんな無慈悲で残酷過ぎる現実など、とても受け容いれたくはなかった。
 あるいは記憶をいじられてしまったのかもしれない。頭の中を散々引っ搔かき回されて、私はありもしない虚構の記憶を事実と思いこまされているだけなのだ。
 この忌々しい蛙の面に──。
 助手席のシートに置いた鞄かばんを、ぼすりと拳こぶしで殴りつける。
 大丈夫。大丈夫だ。
 本当は加奈江は死んでいない。消えてなどいない。いなくなってなどいない。
 いや、仮に本当にいなくなったのだとしても、私がまた想像すればいいのだ。
 そうだ。今度はあの、広がる街の夢の中に加奈江を住ませよう。
 あの街の夢にだって、何か意味はあるはずだ。おそらくこれが、答えなのだろう。
 広大無辺に拡張していくあの世界を、加奈江の住むべき安住の地にする。
 そうだ、そうしよう。そうなるために、私は今まであの街の夢を見続けていたのだ。
 でも。でもそんなことをしたら、本当にそんなことをしてしまったら──。
 まるで私こそが、怪物じゃないか……。
 大体、今さら想像してみたところで、思いのとおりに加奈江を作れる保証はなかった。仮に作り直せたところで、それは本当の加奈江ではない。虚構の上の、さらなる虚構だ。
 私は一体、どうしたらいいのだろう……。
 そこへ水谷さんの言葉が脳裏へ突然蘇よみがえり、乱れた気持ちをみるみるうちに萎しおれさせた。
 人は困難な時にこそ、自分のもっとも楽な道を選びたがる──。
 確かにそうだ。仰おつしやるとおり。v  水谷さんの言葉が、さらに脳裏を強く打ち据える。
 自分にとって、もっとも都合の悪い事実にこそまっすぐ目を向けろ──。
 結局、それが答えなんだろうな……。
 自分でも本当は分かっていたのに、私はまた逃げようとしていた。本当に最低である。
 やはり真実だけを、ありのままに受け容れよう。

 私は失った。大事なものを失った。
 もう二度と、戻ってはこない。

 だから私は帰りの車中、あらん限りの声を張りあげ、涙が涸かれ果てるまで泣き続けた。
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